キーナの魔法

小笠原慎二

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シゲール襲来編

それぞれの一日

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仕事紹介所、斡旋所、口入れ屋。つまりはお仕事を世話してくれる場所である。
テルディアスがキーナを伴って訪れ、事細かに注文を付けて仕事を紹介して貰った。
偏に以前の様なことにならないためである。

男が少ない、またはいない所。できれば客にも少ない所。それでいてあまり重労働ではない所。できるだけ大通りに近く治安の良い場所。等々。
キーナは何故自分が働くのにテルディアスが注文を付けているのだろうと思いながらも、何か考えがあるのだろうとテルディアスの言うことに口を挟まなかった。
苦い顔をした紹介所の店主が、これならどうだと紹介状を出してきた。
その中身を読み、テルディアスが頷く。

「まあいいだろう」

どうやら納得のいく仕事らしい。
その紙を持って、紙に書かれた店へと移動する。

「どんな仕事なの?」

仕事する本人なのに仕事の内容を知らないキーナが尋ねる。

「まあ、前にやった給仕と変わらんだろう」

テルディアスが紹介状をキーナに見せる。
キーナがなんとか読めるようになった文字を追って行くと、確かに給仕の仕事らしい。
簡単に言うと、「甘味処」である。
経営者、従業員共に女性ばかりであるらしく、一時的に人手が足りなくなってしまったので短期的なお手伝いを要するというものだった。

「甘味処」といえば、その客層は圧倒的に女性が多い。男性にも甘いものが好きな者はいるが、何故か女性の方が数が多い不思議。そして女性ばかりが集まると、男性はその中へ入り辛くなるという心理が働く。つまり客層も女性が多い。

「なるほど。確かに前にやったお仕事と似てるかも」
「だろう」

つまり注文を取って品物を運ぶやつだ。
これならいけるかもとキーナも足取り軽く店へと向かう。
その店に着いてみれば、明らかに女性客を狙ったと思われる店の外見。テルディアスの足が止まる。男のテルディアスにとっては踏み込みづらさがあるのだろう。
しかしキーナはれっきとした女の子なので、そんなことで足は止まらない。

「こんにちはー」

躊躇なく店へと入っていく。
テルディアスも多少顔を引き攣らせながらも、キーナの後に続いた。

「いらっしゃいませー」

すでに開店していたのか、ちらほらと客がいる店内。

「2名様ですか?」

黒髪の利発そうな女性が、背の高いテルディアスを一瞬だけ怪訝そうにチラ見したものの、すぐさま笑顔で応える。プロである。

「あの、紹介所で紹介してもらったんですけど」

とキーナ紹介状を出す。

「あら。かしこまりました。少々お待ち下さい」

1度チラリとキーナへ視線を向けると、奥に引っ込んだ。
そして戻って来ると、

「こちらへどうぞ」

とキーナ達を案内する。
女性について奥に行くと、事務所の様な所へ案内された。

「ようこそ」

事務所の机に座っていた茶色い髪の経営者然とした女性が立ち上がった。

「こんにちは」

キーナがペコリと頭を下げてご挨拶。テルディアスは無言で頭を下げた。
案内してくれた黒髪の女性は扉を閉めて去って行った。

「紹介状を持って来た、ということだけど。確認させてもらってもいいかしら?」
「はい」

キーナが素直に紹介状を差し出す。
受け取った紹介状を見て、

「確かにね…」

と女性が顔を上げた。

「それで? お二人がうちで働きたいと?」

慌てて首を振る二人。

「いえ、僕だけです!」

キーナが答える。

「あらそう」

ジロジロとキーナを眺める女性。

「失礼。1つだけ聞かせてくれるかしら?」
「はい?」
「あなた、女の子よね?」

キーナが滑った。

「女の子です…」
「そうよね、そうよね。ああ良かった! 女の子を募集してたのにどうしてかしらとか思っちゃって。ああびっくりした」

女性がカラカラと笑った。

「期間は短期。だいたい1月くらい。お給金は1日90セル。この条件だけど、間違いないわね?」

紹介状に書かれていた内容だ。

「はい!」

よく分かっていないけれど、テルディアスが「いいだろう」と言っていたのだから悪くはないはずだ。

「で、そちらの男性? は何故来たの?」

キーナもちょっと気になっていた。

「いや、一応キーナの職場になるところを確認…、世話になるのだからよろしく頼もうと思って」

危ないものがないか確かめに来たらしい。

「あらそう。大丈夫ですわ。危ない仕事では無いですし。確かにお預かり致します」

過保護すぎる保護者かと納得したのか、女性が頷いた。
テルディアスも頷いた。

「じゃあキーナ。俺は別に仕事を探してくるから」

居心地が悪いのかさっさと立ち去ろうとする。

「うん。テルも気をつけてね」

一応最後に頭を下げて、足早にテルディアスは去って行った。いや、逃げるように、か?

「キーナちゃんていうのね。私はミラ。よろしく」
「はい! よろしくお願いします!」
「じゃあ早速だけど皆に紹介するわ」

ミラが先に立ち、案内を始めた。













地の力は便利である。
サーガはそう思った。
森の中で結界を張り、メリンダが逃げ出さないように見張っているつもりだったのだが…。
ダンがメリンダに着せる服、その他食料や入り用な物を買い込みサーガの元へとやって来ると、雨ざらしではなんだと簡単な小屋を建ててしまった。
木の根や幹などを柱の代わりに、屋根は葉が生い茂り、壁は土が混ざったものではあるが、雨風を凌ぐだけならば問題ない造りではある。

いつもの地下小屋でも良かったのだが、サーガが渋った。地下は苦手なので。
それに正気を失ったメリンダが万に一つでも力を暴走させることを恐れた。地下で暴走なんてされた日には…。考えたくもない。
サーガとメリンダが横になっても十分な広さはあるが、竈などはないので料理などは外でやるしかない。飲み水は近くに川があるので、ダンがその水を溜めておく大きな瓶を一つ作ってくれた。
便利だ。
そうやって生活基盤を整えている間にも、メリンダが意識を取り戻した。

「あーーーーーーーーーーーーーーー!」

サーガ達の姿を見るなり叫びだし、逃げ出す。
サーガがそれを捕まえる。

「姐さん!!」
「あーーーーーーーーーーーーーーー!」

暴れるメリンダ。
サーガの手に思い切り噛みついて振りほどこうとする。

「っ!」

しかし離さないサーガ。
と、メリンダの足にツタが絡みつき、メリンダが転んだ。

「あーーーーーーーーーーーーーーーっ! あーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

転んでも手だけで逃げようとするメリンダ。
その手にもツタが絡みつき、身動き出来なくなる。

「あーーーーーーーーーーーーーーー!」

両手両足を縛られながらも、なおも逃げようと藻掻くメリンダ。
サーガが触れようとすると噛みつこうとして牽制してくる。

「寝かせる?」

ダンが聞いて来た。
サーガは渋い顔をしたものの、

「頼む」

と言った。
そしてメリンダはまた意識を失い、眠りに就いた。












その日の夕方。

「宿代が勿体ない」

というキーナの意見で、街の外でダンの地下小屋を作り、そこで寝泊まりすることになった。
食事を終え、いつものようにキーナはお風呂を頂く。しかしそこにメリンダはいない。
いつも並んでいたベッドの数は5つ。今日は2人分がないので3つ。
キーナはお風呂で顔を何度も洗っていた。
寝る仕度を整え、今日一日の報告をする3人。

キーナは甘味処での仕事を話す。
今日は初日ということもあり、ほぼ雑用で終わったとのこと。まずはメニューを覚えなければならないが、品数はそれほど多くはないのでなんとかなるだろうと。
テルディアスは討伐関係の仕事がなかったので、簡単な労働。荷物を運んだり届けたりなどの仕事をしていたらしい。
ダンはサーガとメリンダの様子を簡潔過ぎる形式で話した。
簡潔過ぎるのでキーナとテルディアスがいくつか質問せねばならないほどに。

「簡単な護衛の仕事をしようかと思ってるんだが…」

テルディアスが切り出す。
護衛の仕事となると、街中の仕事ではなく街の外、隣街などへ向かう仕事となるだろう。となるともちろんだが日帰りは難しい。

「2、3日帰れなくなるかもしれんが、大丈夫か?」

主にキーナに向かって聞く。

「ん…。寂しいけど。大丈夫。我慢する!」

ダンと2人きりにさせることに不安がないわけでもないが、ダンならばサーガのようなアホな事はしないだろうとも思えるのでテルディアスも多少は安心だ。実際に追いかけられたのはテルディアスだし…。
ちょっと思い出し身震いするテルディアス。
自分がいない間はキーナをくれぐれもよろしく頼むとダンに念を押す。ダンは鼻息荒く頷いた。何故か少し顔を赤くしているのは頼られて嬉しいからなのだろう。
そして3人は眠りに就いた。

横になってすぐ、キーナは枕元に置いてある火の宝玉を眺めながら、メリンダが早く良くなるようにと祈った。













メリンダが逃げるので縄で縛るしかなかった。
メリンダに噛みつかれた所を治療して貰い、一応ダンにも周りに結界を張ってもらった。自由に出入り出来ないようにはしてもらったが安心は出来ない。縄もいつ焼き切られるか油断ならない。
メリンダが眼を覚ますと叫び出す。逃げようとする。しかし手足を縛られ体にも縄が括られ、小屋から一定の距離以上は離れることが出来ない。
風の結界を張っているので声が外に漏れることはないだろう。サーガならばメリンダの声そのものを封じることも出来たが、あえてその方法は取らなかった。

騒ぎ疲れ暴れ疲れ、メリンダがぐったりとなる。
その側にコップに入れた水を置いた。丸2日水さえ口にしていないはずだ。

「…えう…」

水に視線を向け、手を伸ばすかと思いきや、いきなりコップに顔を近づけた。そのままコップに噛みついて飲もうとしたが、コップはあえなく倒れてしまう。

「うああああ!!」

怒ったように声を上げると、次の瞬間なんと地面を舐め始めた。

「ちょ、待て! さすがにやめろ!」

サーガが近づこうとするとメリンダが体を起こし身構える。その怒ったような怯えたような目に、サーガも怯んでしまう。

「分かってても、きっついな~…」

今度は皿に水を入れ、メリンダの側に置いた。
サーガが距離を取ると、警戒しつつも皿に顔を突っ込んで犬のように飲み始めた。
水を飲んで落ち着いたのを見て、サーガはダンが作っておいてくれたお粥を皿についだ。ヤケドはしないようにきちんと冷ましてある。
お粥を側まで持って行き、地面に置く。腹が減っているだろうからすぐに口にするだろうと思っていた。
しかし、メリンダはお粥に見向きもしない。警戒するように体を丸め、サーガを睨み付けている。

「食っていいんだぜ?」

そう優しく話しかけても、メリンダはサーガを睨み付けているだけだった。
無理矢理口に入れることも考えたが、今の状態では難しいだろう。

「美味い美味い! このお粥最高に美味いなぁ!」

と大袈裟に美味しそうにサーガがお粥を食べても、メリンダはお粥に手をつけようとはしなかった。

(だめか…)

どうにか食べてくれる手段はないかと、サーガは頭を悩ませるのだった。
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