キーナの魔法

小笠原慎二

文字の大きさ
上 下
203 / 296
闇の宮編

はぐれ闇のシゲール

しおりを挟む
地の一族が懇意にしている所があると、とりあえずそこを目指している一行。
さすがのダンも、調味料を一から作りながら旅をすることは出来ない。多少は出来るが…。
サーガとテルディアスに言わせれば、「塩があるだけまし」なのではあるが。

他にも手に入れたい日用品などもあるので、一行はその場所を目指していた。
地の一族の村より北北西に進んだ森の中。途中村などはないので、普通に森の中を旅していたならば色々ボロボロになっていておかしくはないのだが…。
5人の身体は清潔に保たれており、服は多少ほつれなどはあっても擦り切れている事もなく、野営続きで疲れるはずが、毎日心地よいベッドで寝られる日々…。

ダン無双。

時折サーガとテルディアスは普通の野営(と言っている)をしていたりはするが。
普通の旅人がいたならば、「ふざけるな」と文句を言いそうな旅をしていたのだった。
そして、目的の場所が近づいて来たのか、なんとなくだが少し開けた道のような場所を通っていた。はっきり道として整備されているわけではなく、そこそこの往来があるのか草が少ないので歩きやすくなっている。

相変わらずちょろちょろと無駄に動きの多いキーナを、テルディアスとサーガが注意して見張りながら歩いていた。時折メリンダと楽しそうに会話などもして、何がそんなに楽しいのか、ルンルンと足も軽い。
きちんと見張っていた。しかも2人がかりで。なのに…。

「! キーナ?!」
「キーナ?!」
「キーナちゃん?!」

4人が気付いた時には、キーナの姿は消えていたのだった。








「! おい、おかしいぞ!」
「貴様の顔はいつもおかしいだろう」
「あんだあ? 誰の顔がおかしいって?」
「ああ、顔だけじゃなく、頭もだったな」
「あああん?!」
「喧嘩しとる場合か!」

メリンダの容赦ないチョップで、争いを止める2人。
ダンはすでに探索を開始している。

「で、何がおかしいって?!」

メリンダの睨みにギクリとなるサーガ。

「その、俺が付けてた風が、なくなってる…」
「風?」
「キーナが何処か行ってもすぐ分かるようにいつも風を付けてるんだが、それが消えてるんだよ」
「あんたが見失ったんじゃないの?」
「俺が風を見失うなんてことあるわけないだろ」

テルディアスもさっそく双子石で探し始めるが…。

「おかしい…」
「あんたも?」
「反応が、ない…」

ダンを見ると、ダンも首を横に振る。ダンにも見付けられないようだ。

「どういうことよ…」

メリンダが辺りを見回すも、キーナの姿を見付けることは出来なかった。













「にゅ?」

普通に歩いていたら、何か変な感じがして足を止めたキーナ。

「あり?」

気付いたら、すぐ前を歩いていたテルディアスの姿がなくなっている。
キョロキョロ辺りを見回すが、すぐ側を歩いていたメリンダの姿も、その後ろにいたサーガの姿もなくなっている。

「おろろ?」

テルディアス達の姿がなくなっただけで、森は続いている。

「またはぐれたんかな?」

時折自分が皆とはぐれてしまうのは自覚している。しかし、いつの間にはぐれたのか覚えがない。
いつもならつい目に付いた花とか鳥とか小動物とかに気を取られ、ついついそっちに足を向けそうになって止められるのだが。今回は何かに気を取られたわけでもなく、皆と一緒に歩いていたはずなのだが。
とにかく皆と合流せねばと、足元に続いている道を辿る。しかし…。

(なんか、変だぞ)

いくらも行かないうちに足を止めた。
上手く言えないが、何かが変だ。空気が違うというか、気配が違うというか。
第六感とでも言えばいいのか、それが何か警鐘を鳴らしている。
ここは、違う・・・・・・

「へえ、さすがというか。気付くのか」

どこからともなく声がした。聞いた事のない声だ。
だが、キーナの背筋がゾワリとなった。今すぐにでも逃げ出したいと思うが、何処へ逃げていいのか分からない。
視線を右に左に、忙しなく動かすが、誰の姿を見ることも出来ない。
後ろに下がろうかとも思うが、果たして後ろに進んだ所で安全とも思えなかった。

動けない。

「勘がいいのか? それとも、御子の力?」

また声がした。

(正面?!)

声がした方をよく見ると、木陰に人影が見えた。先程までは見えなかったはずなのに。

「誰?!」

その人物が近づいて来る。黒い髪、黒い瞳の目つきの悪い、感じの悪い男だ。

「初めまして、だな。光の御子さん、だよな? 俺はシゲール。所謂、はぐれ闇って奴だよ」

シゲールと名乗った男がにやりと笑った。
キーナの背筋が余計にゾワゾワと寒くなる。
よく分からないが、キーナの本能が訴える。この男は気持ちが悪い。近づきたくない。
シゲールが近づいて来る事に本能的な恐怖を感じたキーナは、踵を返して逃げ出した。

「おいおい、なんで逃げる?」

笑いながらシゲールが追ってくる。
向こうは歩いているだけなのに、何故か距離が開かない。夢中で足を動かすのだが、シゲールの姿はいつまで経っても同じ距離に見えている。

(違う、違う。ここは何か違う!)

キーナは感じた。ここは、違う空間だ・・・・・、と。
どうやったのかは分からないが、キーナはいつの間にかあのシゲールの空間に引き摺り込まれていたらしい。そして、その答えに行き着いた。

(あの人の空間なら、出口は…!)

多分、ない。

前に出会ったナトという、闇の力を使う少年に聞いた事がある。
上位の闇の者ほど、自分の空間を思いのままに作り出す事が出来ると。ナトとアディはその空間に捕らわれ、出ることが出来なかったと。
闇の力を使えるナトでさえ、脱出するのがもの凄く難しかったというのに、闇の力など使えないキーナが、その空間から脱出することなど不可能だ。

光の力を使えればどうにか出来るかもしれないが、如何せん、キーナは何故か光の力を思い通りには使えなかった。

(なんで、なんでこんな時にこそ、使えないの?!)

あの人がいないから?

キーナにもその答えは分からない。

「そろそろ鬼ごっこも飽きたかな?」

背後からそんな声が聞こえ、背筋がゾワリとなる。
すると、あちらこちらの木の枝がしなり、キーナに向かって来た。

「うわあ!」

振り払おうとした手に枝が絡まる。反対の手も絡み取られた。そして、右足、左足。
あっという間に動けなくなった。

「う、く…」

藻掻いてもびくともしない。
シゲールが近づいて来た。

「へ~。本当に男にしか見えね~な~」

ジロジロとキーナを上から下まで眺める。
キーナはその視線が気持ち悪くてしょうがなかった。手で身体を覆いたい衝動に駆られるが、両手は万歳の格好のまま動けない。

「お前、本当に女なのか?」

シゲールが顔を近づけて来た。
気持ち悪さと恐怖で顔を背けるも、追いかけるように顔を近づけて来る。

「まあ、見てみりゃ分かるよな?」

シゲールがキーナの胸元を掴んだ。そして、勢いよくその手を下に振り下ろす。

ビリイ!

「うああ!」

マントが外れ、地面にパサリと落ちた。来ていた服の胸元が縦に裂かれ、下着と肌が露わになる。
キーナは初めて、顔から血の気がなくなるという現象を知った。
恐怖で身が強ばる。喉がきゅっとなり、声が出なくなる。
とてつもなく逃げたいのに、恐ろしすぎて身体が動かない。

「へえ、本当に女だな」

シゲールがキーナの胸元を見つめ、唇を舐めた。
それがとてつもなく気持ち悪くて、身の毛がよだつ。

(テル! テル! テル! テル!)

眼を瞑り、テルディアスの名前を心の中で叫ぶ。
助けを呼ぶ単語さえ出て来ない。

「いいね~、その顔」

シゲールがキーナの顔を見ているのか、見られていることさえ気持ち悪く、余計に目を瞑る。

「裸にひん剥いてやったら、どんな顔になるのかなぁ?」

心底嬉しそうなシゲールの声が聞こえた。

「っ!」

恐ろしさのあまり、キーナが目を開けると、シゲールと目が合った。キーナの胸元から見上げるようにキーナの目を覗き込んでくる。
嬉しそうに楽しそうに、シゲールがにんまりと笑う。

(テル! テル! テル! テル!!)

心の中でテルディアスの名を叫ぶ。しかし答えるものはいない。
シゲールの手が、キーナのズボンに伸びてくる。
恐怖のあまり、涙が滲み出る。これから起こるだろう事に身を竦ませ、キーナは見たくないとばかりに眼を瞑った。







「何をしている」

違う声が聞こえた。
シゲールの身体が離れたのが空気で分かった。

「てめえ…」
「こんな所に変なものがあると思ったら、お前か、シゲール」

キーナがゆっくりと目を開けると、

「久しぶりだなぁ。ルイス」

黒い髪、黒い瞳の背の高い男、以前に出会ったはぐれ闇、ルイスが立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...