キーナの魔法

小笠原慎二

文字の大きさ
上 下
199 / 296
沈黙の森編

恋愛系のテンプレ

しおりを挟む
森の中を双子石の示す方へと走って行く。
最早周りの様子など見えていない。
すでに他の者達とはぐれたことも気にせず、キーナは走っていた。
そして、いくつかの木立の影を通り過ぎた時、その灰色の人影が見えた。

「テル!!」

急ぎ近づき、その様子を見る。

「キーナか…?」

ぐったりとしながら、テルディアスがキーナを見た。いつもの人を見下すような元気はないようだ。

「良かった…」

とにかく、生きていたことにほっとする。

「待ってて!」

元気にそう言って、早速魔法で治療を…しようとして気付く。そうだ、ここでは魔法が役に立たない。

「どうしよう…」

と周りを見るも、いつの間にかメリンダやサーガ達の姿もなくなっている事に気付く。
いや、遅いだろ。

「メリンダさん? サーガ? ダン?」

周りを見渡すも、その姿はなく、声も音も聞こえない。
その様子を見て、テルディアスはいつもの事をしやがったなと溜息を吐いた。

「どうしよう…」

どうしようもないだろう。

「他の奴等は…?」

まさか森の中、単身突っ込んで来たわけではなかろうな?とテルディアスが問いかける。

「途中まで一緒に来てたんだけど…」

その途中がどこからなのか微妙だったが、キーナの様子からして、森のどこかまでは一緒だったのだろうと推測する。
サーガとメリンダだけだったら少し不安だが、今はダンがいる。
ダンの力ならば、この森でも何かどうにか出来るのではないかと期待するしかない。
出来るのか? 不安が頭をもたげる。
しかし、生い茂る木々の枝は太陽の姿さえ隠し、崖がどちらにあるのかも分からない。
キーナのこの様子では、多分どこから走って来たのかさえも分からないだろう。
大人しく待っているのが一番だと思える。

「このまま…、ここで大人しく…っつ!」

不意に襲い来る痛みに顔を顰める。

「テル?!」

慌てて治療を試みるも、やはり治療の手応えがない。

「だい…じょうぶ…だ」

ちっとも大丈夫そうには見えない。

(早く…、早く治療しないと…)

素人のキーナには、テルディアスの怪我がどれ程のものか見ただけでは見当がつかない。とにかく苦しそうな顔をしているので、その痛みを早く取ってやらねばと焦る。
もしかしたら命に関わるかもしれない。
そんなことを考えてしまったらもういても立ってもいられない。

(とにかく、とにかく森を出ないと…)

森を出れば魔法が使える。魔法が使えれば治療も出来る。
しかし出口が分からない。

(テルが…、テルが死んじゃう…)

最悪な考えしかもう思い浮かばない。

キーナの目の色が変わった。

意識を集中し、森を探る。

「テル、動ける?」
「?」
「森を抜けよう。そうしたら治療出来る」
「しかし…」

出口が分からないだろう?と答えようとして、キーナのその瞳に気付いた。いつもとは違うその瞳の色。髪は伸びていないが、それは御子の力を振るう時の瞳の色だった。

「分かった…」

痛みを堪え、キーナの手を借りて立ち上がる。
背の低いキーナの肩を借りながら、ヨタヨタと歩き始めた。
キーナの足取りに迷いはない。
テルディアスはキーナに進路を任せて、痛む足を引きずりながら進んだ。











どれくらい進んだか。
日が落ち始めているのか、森の中に差してくる太陽の光の量が減ってきていた。

「テル、出たよ!」

キーナの声に前を見れば、広がる草原。森を抜けていた。
ほっと一安心する。

「あ、あんな所に…」

どんな物好きが何の為に建てたのか、山小屋風の建物があった。
丁度良いとばかりにそちらへ向かう。
太陽はすでに山の端に半分程姿を隠していた。














ダンが首を横に振る。
さすがに暗くなって来た森の中を引き摺った跡を探しながら歩くのは難しい。

「ち」

サーガが舌打ちする。
何がいるのか、もしかしたら何もいないかもしれないが、そんな森の中をフラフラ歩き回るのも危険だ。少し開けた所に行き、久しぶりに地下ではない地上での普通の野宿をすることになった。

「大丈夫、よね?」

メリンダが心配そうに、誰ともなしに問いかける。

「まあ、テルディアスとは合流してるだろ」

サーガが投げやりに答える。
どんな状況になっているのかも分からない。
3人は眠れぬ夜を過ごしたのだった。














小屋に入ったキーナとテルディアス。
埃っぽいのは仕方ない。早速床にテルディアスを寝かせ、キーナが治療を試みる。
森を抜けたとは言え、まだ森の影響が残っているのか、いつもよりは魔法も効きずらかったものの、しばらくすると、苦しそうなテルディアスの顔が穏やかになっていった。
ほっと一安心。

安心すると不思議とお腹が空くもので、それを主張するかのように、キーナのお腹も「くう」と小さくなった。
しかし、近頃はダンがいたので、保存食の類いも持ち合わせていなかった。

(こういう時の為に、ダンに保存食を作って貰わないとだめかな?)

後で会えたら進言してみようと思ったキーナであった。
そして今は、何も食べる物などない。
小屋を見渡して見るも、食べ物が置かれている様子はなかった。
目に入った暖炉にとにかく火を灯そうと、薪らしき物が置かれている所へ行き、良さそうな木切れを持って暖炉に並べる。力は多少は戻って来ているので、火を付けるのはそう難しい事ではなかった。
火が付くと、これまた何故か安心感が増す不思議。キーナは何か役に立つ物がないかと見回すも、長い間使われていないのか、がらんとしていた。

と、テルディアスが寒そうに震えているのが目に入る。
暖炉までまだ距離があったので、近づけてあげようと、キーナはとても頑張ってテルディアスを引き摺った。
なにせ、テルディアスは身長187㎝、体重はおよそ80㎏前後。キーナの体重のおよそ1.7倍。計算しないでね。
疲れていたのか、痛みが引いて気が抜けたのか、テルディアスは眠っているようで動かない。起こすのも可哀相なので、キーナはとても頑張ったのであった。頑張ったのだ。
暖炉の側にやっと寝ころばせ、息を吐く。余計に腹が減る。

そして気付いた事があった。森の下草が濡れていたのか、テルディアスの衣服もキーナの衣服も水気を含んでいたのだ。これでは体温が奪われて風邪を引いてしまう。
暖炉が近くなったとは言え、衣服が濡れているのでテルディアスも心なしか寒そうにしている。そして、辺りにはかけてやれそうな布団の一枚もない。

15歳。乙女である。思春期真っ只中である。

普段色々と無頓着なキーナではあったが、現状を正しく理解しているキーナではあったが、さすがにこの場合は色々と躊躇われた。
衣服を脱がさなければならず、自分も脱がなければならないだろう事を。
とりあえず、マントを外した。テルディアスのも。
乾きやすいように、そこにあった樽に掛けた。マントが乾けば、せめてもの掛け布団に出来る。
早く乾くようにと、魔法で風を送ってみる。

「へくしゅ!」

自分でくしゃみをしてしまった。
風はちょっと不味いかもしれないとやめた。風を起こすとなると、空気が動く。となると、関係ない所の空気も動いて、キーナの身体にも風が当たる事になってしまうのだ。これはいけない。
先程より身体が冷えて来ている気がする。うん、これは早く服を乾かした方が良いだろう。
そして、テルディアスも…。

しかし、15歳乙女の心情が、その行動を阻害する。
いくら相手が寝ているとは言え、服を脱ぐのは…。

「ぶし!」

抑えていたくしゃみが飛び出た。これは身体から自分への警告かもしれない。
色々と悩みつつも、

(テルの上半身は見慣れてるしね!)

と自分に言い訳しながら、テルディアスの上を脱がしにかかる。
悪戦苦闘しながらも、なんとか脱がし、適当な所に広げた。
朝までには乾いていてくれればいいが。

「へっぶし!」

早く脱げという身体からの警告なのだろうか。
これ以上は身体が本格的に冷えてしまうかもしれないと、キーナは脱ぐ決意を固める。
その前に、ちらりとテルディアスを見る。上を脱いで炎の熱が直接当たるようになり暖まって来たのか、穏やかに寝息を立てて眠っている。

「よし」

キーナは一気に脱いだ。こうなったら羞恥心など構ってはいられない。
適当に広げて置いて、ついでに下も、ズボンも脱いだ。下着は脱いでない。ズボンも適当に広げておく。
ちらりとテルディアスを見るが、眠っている。

よし。

そして、最後の難関が待っている。
テルディアスのズボンである。
これを脱がすと、つまりはテルディアスも下着一丁の姿になるわけである。
さすがにそれはキーナも恥ずかしさを覚える。
だがしかし、やはり地面に座っていたせいもあるのか、ズボンが一番濡れている。脱がさないわけにはいかない。

ここまで来たら腹をくくるべ、と、すでに下着姿になっているキーナは意を決して、テルディアスのズボンに取りかかった。
やはり悪戦苦闘をしつつも、テルディアスのズボンを剥ぎ取る事に成功。途中下着も一緒に脱げそうになったハプニングはあったが、なんとか見えずには済んだ。
何が?

テルディアスのズボンも広げ、早く乾けと祈る。
喉の渇きとお腹を誤魔化す為に、少し水を飲んで、さてこれからどうしようかと考える。
いや、もう暗いし寝るしかないのではあるが…。

どこに?

暖炉に薪を足して、色々誤魔化しながらどこで寝ようかと見回すも、暖炉の側しかないわけで。
なにせ少し離れただけでも寒い。服を着ていないせいか、余計に寒い。
そして、マントもまだ乾いていない。
となれば…。

キーナは読書家である。というか、まあ本を読むことは好きだ。特に絵が多い物とか…。つまりは漫画だ。いや、ラノベも読むよ。
ではなくて、本を読むのだからこういう展開も少女漫画などで見たことはある。恋愛系のテンプレとでも言うか。
雪山、山小屋に閉じ込められた2人が、お互いの体温で温め合う…。

キーナが勢いよく首を振る。
さすがに抱きついて寝るなどと、恥ずかしすぎて出来ない。
いや、毎夜テルディアスのベッドに潜り込みに行ってるだろうが。
ところが作者のツッコミなどキーナの耳には届かないわけで。

さすがにベッドでは、テルディアスも上は裸であるが下はちゃんと履いているし、キーナもきちんと服を着ている。
そこが羞恥心の分かれ目か。

今はテルディアスはパンツ一丁で転がっており、キーナも下着姿で暖炉の側で暖を取っている。
悩みどころであった。
これから夜が更けていけば、やはり気温は下がってくるだろう。暖炉の火だけで暖を取るのもいろいろ限界がある。人肌で温め合うのが一番の解決法であることは分かっているが、分かってはいるのだが。
さすがに下着姿で触れ合うのは、勇気がいる。

キーナは痴女ではない。ただテルディアスの側で寝るがの好きなだけだ。

キーナは唸る。
一番の解決法は分かっている。しかし、そこには羞恥心という壁がある。
せめてマントだけでも早く乾かないかと触ってみるが、さすがにそんなに早く乾くものでもない。
座って眠れぬものかとも思うが、壁は暖炉と離れすぎていて背もたれにするには遠すぎて寒い。マントを掛けた樽も、中身がないのか軽すぎてもたれかかると動いてしまう。

答えは一択のみとなってしまった。

暖まりながら眠るには…。

(ええい! 女は度胸!)

使う場が違う気もするが、キーナは覚悟を決めて、テルディアスの側に寄る。
テルディアスは気持ち良さそうに、規則正しい寝息を立てている。起きそうな気配はない。
ゴクリと1度生唾を飲み込み、そっとテルディアスの横に寝てみた。
もちろんだが、腕枕を借りている。いつもの癖かもしれない。

(温かい…)

男性の方が女性より少し体温が高いとも聞く。しかしそれだけでもないだろう。
ピタリと寄り添うと、テルディアスの体温がキーナを温めてくれる。その心地よさに、キーナは目を閉じた。
すぐに眠りの精がキーナの意識をまどろみへと誘っていく。
すぐに2人分の気持ちよさそうな寝息が聞こえてくるようになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...