キーナの魔法

小笠原慎二

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テルディアスの故郷編

痛くしないで

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テクテクテク。

街の北は少し大きな丘になっている。
道場からさらに北を目指し、キーナとテルディアスは上り坂を登っていた。
街の中とは言え、丘になっていて木々が多く、林になっているせいか、この辺りは民家が少なかった。

「ホホウ」

坂を登っていくほどに見える景色を見て、キーナが声を上げる。

「なかなか良い景色だねぃ」

言われてテルディアスは、さも気付いたように顔を上げた。

「…ああ…」
「?」

テルディアスの返事がいつもよりも曖昧な事に、キーナが訝しむ。
どうかしたかと声を掛けても、別に、といつも通り返されてしまう。
とりつく島もない。
実はテルディアス、何気に感慨に耽っていたりする。
2年振りに歩く道、2年振りに見る景色。
不思議な感覚が押し寄せていた。

(2年振り…か。この道を歩くのも、この家をこうして見るのも…)

目の前に、生まれ育った赤い屋根のそれ程大きくはない可愛らしい家が見えてきていた。
ダーディンの姿になって一度訪れた時は、無我夢中で道なき道を走って来た。
正面からこの家を見る事もなく、林の中からこの家を見ていた。
あの時は、扉を開けて出て来たマーサが、自分の姿を見て悲鳴を上げた。
その時の情景が浮かんでくる。

ドクン

心臓が高鳴る。
もしまた、悲鳴を上げられたら。
もしまた、拒絶されたら…。

ドクン

足が止まる。
本当に行っていいのか?
行かない方がいいのではないのか?
恐がらせるだけなのでは…。

くいっ

キーナがテルディアスのマントを引っ張った。

「テル」

ギクリとしてキーナを見下ろすと、

「大丈夫だよ」

そう言ってキーナがふにゃりと笑った。
何が大丈夫なのか分かって言っているのか…。
疑問に思ったが、不思議と、キーナのそのふにゃりとした笑顔を見て、気持ちが落ち着いてきた。

(変な奴だ…)

テルディアス小さく笑みを浮かべた。

「ああ、行こう」

さっぱりした顔をキーナに向けた。

「うん!」

キーナはテルディアスの横を歩く。













コンコン

扉をノックする。
少しして、

「は~い」

と声が聞こえてきた。
ガチャリと扉が開き、

「どちらさま…」

マーサがテルディアスを見て固まった。

「…坊ちゃま…?」
「マーサ…」
「坊ちゃま? 本当に坊ちゃまなんですね?」

そう言って、背伸びをしながらテルディアスの顔に手を伸ばす。
テルディアスは少し屈んで、マーサの手の中に顔を埋める。

「ああ…」

目の前の青年の顔の温もりを存分に感じ取り、マーサは目の前の青年が本物である事を確認した。

「お待ちしておりました。お帰りなさいまし、テルディアス坊ちゃま」

目を潤ませ、マーサが頭を下げた。

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「ああ…、ただいま、マーサ…」

テルディアスも、胸の奥から温かい思いが溢れ、それ以上言葉を紡げなくなる。
言葉はなくとも、温かい、静かな時が少し流れる。
一番言いたかった言葉を、ようやく言えたという満足感。
マーサが指で軽く目を拭く。

「あら?」

そこでようやくキーナの存在に気がついた。

「こ、こんにちは…」

二人の空気に入っていけなかったキーナ。やっぱりお邪魔だったのでは無かろうかと、心配していた。

「旅先で知り合ったキーナだ」

テルディアスがキーナを紹介する。

「ハジメマシテ!」

ぴょこんとキーナが頭を下げた。
珍しくお行儀が良い。
マーサがにっこり笑って、

「あらまあ、お可愛らしい坊ちゃま・・・で…」

キーナが滑る。
テルディアスもちょっと難しい顔をしたまま、マーサの言葉を訂正した。

「え? お嬢様…?」

やっぱり見えなかったようだ。

「ま、まあ、とりあえず、お入りになりませんか?」

誤魔化した。

「ああ」
「お邪魔しま~す」

テルディアスとキーナが玄関に入ろうとしたが。

「あらまあ、そうだわ。坊ちゃま、お母様の所へ先にいらしては?」

とマーサがテルディアスに提案した。
テルディアス、足を止め、少し考えると、

「ああ、そうだな…」

そう呟いて踵を返す。

「このまま行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ」

テルディアスはキーナを見ると、

「お前も行くか?」

そう声を掛けた。

「え…」

キーナが珍しく少し考えた後、

「ううん。僕、ここで待ってる」

珍しく首を横に振った。

「…そうか」

珍しい返答にちょっと拍子抜け。
しかしそのまま、テルディアスは母の墓に向かって歩き始めた。

「行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃ~い」

キーナは大きく手を振りながら、テルディアスを見送った。

「よろしかったのですか?」

マーサがキーナに尋ねた。
キーナはまたも珍しく少し考えた後、

「うん、なんとなく。僕は行っちゃいけない気がする…」

そう呟いた。
















テルディアスが行った後、どうせ暇だからとマーサがキーナを応接間に案内した。
そこで紅茶を入れ、お互いのテルディアス知識交換・・・・・・・・・をすることとなった。
なんじゃそりゃ。

「ねえ、マーサさん」
「なんでしょう?」
「テルって昔からあんな無愛想なの?」
「そうですね。昔はもっと無表情でしたね。感情を持たずに生まれてきてしまったのではないかと、本気で心配しましたよ。でも一度だけ、坊ちゃまが感情を露わにしてお怒りになったことがありまして」
「フンフン」
「怖くもありましたが、同時に嬉しくもありました。ああ、この方にもきちんと感情はあるのだなと。色々と抱え込みすぎて、感情を表に出すのが少し苦手なだけなのだな…と」
「うん、きっと…。そうなんだろうね」












途中で見つけた野花を、そっと墓の前に添える。
墓はマーサが手入れしているのか、整備されていた。
少しの間、無言で頭を垂れていたが、やがて起き上がる。
立ち上がったその目の前には、街を一望できる景色が広がっていた。













「ただいま…」

特にノックもせずにガチャリと扉を開けると、賑やかしい笑い声が降ってきた。
声の方へと赴くと、応接間でキーナとマーサが楽しそうに話し合っているではないか。
いや、仲が良いのはいい事だと思うのだが…。何故か嫌な予感しかしない。

「おい」

呼びかけて、やっと二人がテルディアスに気付く。

「あ、テル、お帰り~」
「あらまあ! お帰りなさいまし!」

マーサが慌てる。

「あらやだ、キーナさんとのお喋りに夢中になってましたわ」
「テルの事をねー、いっぱい話してたんだよ!」

キーナが楽しそうに両手を広げる。

「あんなこととかこんなこととか…」
「いえいえ、まだまだ色んな事がございますよ」

二人が顔を見合わせながら、黒い笑みを浮かべる。

「坊ちゃまの名誉のためにも話せない事も多数…」
「マーサ?」

さすがにテルディアスからストップがかかった。
生まれた時から世話になっているマーサなのだ。
テルディアスの知らないテルディアスまでも知っていたりする。
ある意味テルディアスが一番怖い相手でもある。
マーサはそんなテルディアスを知ってか知らずか、にっこり笑って聞いてくる。

「坊ちゃま、すぐにお戻りになられるのですか?」
「え…」

特に何も考えていなかった。

「そうだな…」

と考え始めた途端、

「やだ~~~~~!!」

とキーナの声。

「キーナ…」
「ヤダヤダヤダ! もうちょっと居ようよう!」

と駄々をこね始める。
お前、年はいくつだ。
そんなキーナをクスクスと笑いながら眺めるマーサ。

「キーナさんもこう仰られてますし、久々私の手料理を食して行かれませんか?」

キーナはいくつに見られているのだろう。
テルディアスが手料理と聞いて、思わず喉を鳴らした。

「ああ…。そうだな…」

久々のマーサの料理。
テルディアスにとってはお袋の味そのものである。
食べたくないわけがない。

「やったね!!」

キーナも誰に向かってか、ガッツポーズ。
根掘り葉掘り聞くぞう!と呟いた途端、テルディアスの左手がキーナの頭をガシッと掴む。

「テル痛いよ。頭痛いよ」
「ああ、凝ってるようだから解してやる」

と言いながら、頭をゴリゴリと力任せに揉みしだく。
というか、単なる嫌がらせだ。

「いたいのー! いたいのー!」

キーナは必死に逃げようとするが、テルディアスはしばらく離してくれなかった。















カチャリとその扉を開けると、簡素な部屋があった。

「ほう、これが、テルの部屋…」
「大人しくしろよ」

一応注意喚起するが。
一歩部屋に入った途端、チョロチョロと動き回るキーナ。
やっぱり相変わらず落ち着きがない。

「キーナ…」

テルディアス、半分諦めの境地に至っている。
机の引き出しを開けたり、クローゼットの扉を開けたり、ベッドの下を覗き込んだり…。
何かを探しているのか?

「う~ん、ないなぁ」

探していたらしい。

「何が?」

一応何を探していたのか聞いてみる。

「男部屋定番アイテム、エロ本」

ビキ!

青筋が立った。

「キーナ!!!!!」
「にゃほほ~い」

狭い部屋の中なのに、何故か追いかけっこが始まる。








突然の大声に驚き、マーサが味見していたスープを噴き出しかけた。

「あの坊ちゃまが大声を出したり暴れたりするなんて…」

ドタドタと足音が聞こえて来ている。

(余程仲がよろしいのですね…♡)

鼻歌を歌いながら、マーサは食事の準備を続ける。








「きゃうん!」

キーナがベッドに倒れ込む。
すかさず覆い被さり、その両手を上から押さえる。

「こいつ…! 大人しくしろと…」

そこまで言って、端と気付く。
今の二人の態勢を。
キーナは膝を立てて仰向けに倒れ、その両手はテルディアスの両手が塞いでいる。
テルディアスはキーナの足の間に両膝を突っ込む形で、四つん這いでキーナの上に追い被さっている。
なんだか色々まずい気がして、テルディアスが青ざめる。
そこにキーナ、ちょっと泣きそうな顔で、潤んだ瞳で呟いた。

「テルゥ…、痛く、しないで…」

テルディアス固まった。









ズザザザザザ!
バン!

見事ながに股すり足後ろ歩きをして、勢いよく扉にぶつかるテルディアス。
何故か動きがガタガタになっている。

「どったの? テル?」

キーナが身を起こし、不思議そうにテルディアスに問いかけた。

「ナンデモナイ…」

青ざめたまま、テルディアスが答えた。
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