キーナの魔法

小笠原慎二

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テルディアスの故郷編

髪を切ったティア

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街の北にある、街中でも特に大きい、アスティの剣道場へと直行する。
修練場の扉を勢いよく開けると、

「みんな、喜べ! テルディアスが帰ったぞ!」

アスティが大きな声でその場にいた者達へ告げた。
修練場で鍛錬していた者達が一斉に振り向く。

「テルディアスが?!」

行方不明になっておよそ3年。
生死さえ分からない状態だったテルディアスが姿を見せたのだ。
ヘッドロックされたまま連れられてきたテルディアスが、アスティの腕から逃れようとジタバタしているところへ、皆が群がって来た。

「テルディアス?!」
「テルディアスか?!」

あっという間に揉みくちゃにされる。

「ギャー!」

人の波に埋もれかかるテルディアス。

「人気者だね…」
「人気者ね…」

その様子を少し離れた所から眺める三人。
とてもじゃないが入っていける隙間はない。
3年振りと嬉しさが混ざり、触ったり叩いたりつねったり、皆やりたい放題である。
と、アスティがパン!と手を叩き、

「おし、みんな! 今日はもう稽古は切り上げて、宴の準備だ! 酒持ってこい!」

と声を張り上げた。
その声に、ある種興奮状態に陥っていた皆が正気を取り戻す。

「っしゃー! 酒だー!」

ある者は酒を用意するために走り、ある者は場を整えるために走り、

「俺皆に報せてくる!」

ある者は今日来ていない門下生などを呼びに街に走り出した。
その場には、ボロボロにされたテルディアスが残された。

「あんたらも遠慮せずに飲んでくれ!」

笑顔でキーナ達を案内し始めるアスティ。
メリンダとサーガが思わず顔を見合わせ、こっそりとアスティに近づく。

「お酒以外も出るかしら?」

と確認を取る。

「え? 飲めねーの?」
「あの子が、ちょっとね…」

とチラリとキーナを見る。
ジュースも用意してくれる事となった。














テルディアスの生還を祝う宴は盛り上がる。
皆一様にテルディアスの側に行き、無理矢理酒を注ぐ。
そして触ったり叩いたりつねったり…、先程と変わらんではないか。

「何処行ってたんだテルディアス!」
「コノヤロコノヤロ!」
「生きてたのかこいつ!」

続けざまに言葉が降ってくる。

「色々あったんだ…」

テルディアスが詰まりながらも言葉を返すが、酒の勢いもあり、皆まともに話を聞かない。
どれだけ探しただの、どれだけ心配しただの、苦労話が展開される。
テルディアスはすまん、すまんとひたすらに謝っている。
キーナ達は端のテーブルに座り、出された簡単な食事を食べ、飲み物を飲んでいる。
キーナは勿論ジュースである。

ふらっとアスティがやってきて、空いている椅子に腰掛けた。

「大丈夫か?」
「アスティさん」
「子供にこういうのはまだ難しいだろ?」

と笑顔で言ってくる。
キーナが自分を指さし、15歳だと告げると、

「え? 15歳?」

一瞬アスティの目が点になった。
すぐに落ち着きを取り戻し、いつものにへらとした笑顔に戻る。

「テルディアスと何処で知り合ったんだ?」

と聞いてきた。
キーナが少し考え、

「んと…、川」
「川?」

大まか過ぎる単語に、アスティが首を傾げた。

「溺れてたのを助けて貰ったの。命の恩人」
「へ~。あいつがねぇ…」

詳しい背景はよく分からないが、とにかくどこかの川で溺れていたのを、テルディアスが助けたのだという事だけは分かった。
チラリとテルディアスを見ると、やはり揉みくちゃにされている。
なんだか必死に頭の被り物を外されまいと頑張っている。

「色々あったみてぇだな…」

アスティが目を細めた。
滅多な事では他人に優しくない、無表情無感動のテルディアスが、ちょっぴり成長したのだな、と嘆息した。

「あんたらは?」

アスティに問いかけられ、メリンダとサーガがギクリとなる。
テルディアスとの出会い…。

メリンダはまだ娼婦の仕事をしていたころ、街中で声を掛けたが、ダーディンだと告げられ、その後殺しかけた。

サーガは昔の女に立てた誓いと、己の幸せを手に入れるために、殺そうとした。

あまり話せる出会いでは無かった。

「ま、まあ…、色々と、ね」
「そうそう、色々と、な」

笑って誤魔化した。













宴もたけなわとなった頃。
バタンと宴会場の扉が勢いよく開かれた。
皆が一斉に扉の方へと顔を向ける。

「テルディアス?!」

そこには息を切らせた一人の女性。
その姿を見てテルディアスが呟く。

「ティア…」

髪型が変わっていたが、その顔は幼い頃よりよく見ていた少女のもの。
ティアが口を押さえた。
目に涙が浮かぶ。
と、勢いよく走って、テルディアスに飛びついた。
場が静まり返る。

(テルに抱きついた!)
(あれが噂の…)
(昔の女…)

キーナは仰天、メリンダはキラリと目を光らせ、サーガは渋い顔をした。

「本当に?! 本当にテルディアスなのね?」

ティアが顔を近づけ、じっくりとテルディアスを眺め回す。

「ティ、ティア…」

さすがに近い。

「ハッ!」

そこでティアが気付く。
二人を見つめる、周りのニヤニヤとした視線に。
なんとなくだが、ティアのテルディアスへの思いは、皆察していたのだ。

「う、裏に行って話さない?」
「そうしよう」

二人に向けられる視線にいたたまれなくなる二人。

「ティアちゃ~ん」
「ゴルドーが泣くぜ~」

皆が囃し立てる。

「やかましいわよ! あんた達!」

ティアが睨み返すも、ニヤニヤの視線は止まない。
テルディアスが立ち上がり、ティアと共に裏庭への扉へと向かうと、今度はヒューヒューと囃し立て始めた。

「そんなんじゃないったら!!」

ティアが一喝し、二人は扉から出ていった。
主役がいなくなったと騒ぎ始めるが、すぐに帰ってくるだろうと、再び飲み始める。
そんな中、キーナが二人が消えた扉を、なんとはなしに見つめていた。
多分本人は自覚していない。
その視線にメリンダが気付く。

「キーナちゃん、少し散歩でもしてきたら?」
「え? 散歩?」
「そ」

さりげなくキーナが席を立つ理由を提示してやる。
その話にアスティが乗ってきた。

「うちの庭は手入れしてるから、なかなか見物だぜ? ここに居てもつまらないだろ?なんなら見ておいでな」

と援護。

「えと…、うん…」

少し迷いながらも、キーナが頷いた。

「ほいだば、ちょろっと」

と席を立つ。

(((ほいだば?)))

三人が心の中で首を傾げた。
何語だろう?と。



ほいだば=それじゃあ です。



ちょろろっと足早に扉に近づき、するりと扉の向こうに消えていった。
注意していなければ、キーナが消えた事に気付かない程に素早かった。
あれが時折街中で発揮されるのだ。探す方の身にもなって欲しいものである。

「え…と、一つ聞いていいかな?」

アスティがちょっと困ったような顔をしながら尋ねてきた。

「何?」
「キーナちゃん…て、女の子?」
「そうよ」
「だぜ」

メリンダとサーガが、同類を見る目で、アスティを見つめた。















一人庭へ出たキーナ。
アスティの言葉通りに、庭はとても良く整備されていて、散歩するにも丁度いい。

(広い庭…。それに手入れが行き届いてて、地の精達の楽しそうな気配を感じる。いい所…)

ルンルン気分で歩いていたキーナが、突然何かに気づいたように、木の陰に身を隠した。
視線の先には、テルディアスとティア。
仲良さそうに何かを話している。

低木の陰に身を隠しながら、コソコソと二人の話の聞こえる所まで近づくキーナ。
ギリギリの場所まで行くと、耳をそばだてた。

「生きてて良かった…」
「すまん。色々あって…」

とぼそりぼそりと聞こえてくる。

「ティア、お前、その髪…」

テルディアスがそういうと、ティアが髪を抑え、にっこりと笑った。

「ふふ…、そう。あたし、結婚したの」

ティアの髪は肩くらいで切り揃えられ、一纏めにされている。
テルディアスの記憶のティアは、もっと髪が長かった。
長い髪を短く切り、一纏めにする理由は、この世界においては結婚を意味する。
キーナが物陰で息を飲んだ。

「そうか…。と…、おめでとう」

ぎこちなくテルディアスが祝いの言葉を述べた。
ティアがそんなテルディアスの顔を見て、何故かむくれたような表情をする。

「ずるいわ…。テルディアス」
「は?」
「あなたって本当! ずるい人ね」
「どういうことだ?」
「教えてあげない」

何故かぷいと顔を逸らせてしまうティア。
テルディアスには全くもって何故ティアが不機嫌になったのかよく分からない。
キーナも物陰で、何故ティアが突然起こったようになったのか首を傾げていた。

(あたし、ずっとあなたの側にいたのよ。あなたにずっと想いを寄せて。その想いも伝えたわ。なのに…。あたしが結婚したと聞いて…、そんな嬉しそうな顔をするなんて…)

テルディアスのその表情は、まさに幸せそうな嬉しそうな顔だった。
まるで心配していた妹の門出を祝うかのように。

「あなた変わったわ」
「俺が?」
「ええ、なんていうか、角が取れて丸くなったって言うのかしら?」
(丸…?)
「昔のあなたはそんな顔をしなかったわよ」
(そんな顔?)

と言われても、どんな顔をしていたのか、テルディアスには分からない。
全くもって自覚がないのだ。

「さ、今のうちに行きなさいな」
「え?」
「マーサさんにまだ会いに行ってないんでしょう?」

とティアが詰め寄ってきた。

「ああ…」

そういえばそれどころじゃなかったしなとテルディアス思い返す。
街に入る手前からアスティにヘッドロックされたままで道場に連行されて来たのだ。
あの状況から逃げ出すことなどできやしない。

「このままじゃ、兄さん達あなたを離しやしないわよ。早くいって安心させてあげて」

そう言ってにっこり微笑んだ。
テルディアスがいない間、ティアはテルディアスの代わりとばかりに、しょっちゅうマーサに会いに行っていたのだ。
マーサの気持ちは痛いほど分かっていた。

「ああ、すまん…」
「兄さん達のことは任せて! 毎度のことだから慣れてるわ!」

とティアがガッツポーズ。
ティアは今、この道場の姉御的な立場にいたりする。
アスティの穴を埋めるべく、日々道場の面倒を色々見ていたりするのだ。

「ティア」
「ん?」
「ありがとう」

そう言って、テルディアスは微笑んだ。
微笑んだ。
微笑んだ。
微笑んだ・・・・

ティアがぐるりとテルディアスに背を向ける。

(あ、あ、あ、ありがとう?! あのテルディアスがありがとう?!しかも微笑み付き…!!)

今までのテルディアスであるならば、ここは

「すまん」

と一言。
仏頂面で告げていただけであろう。
だがしかし、今目の前にいるテルディアスは、ありがとうの言葉を唱え、しかもしかめっ面しか見たことのなかったティアが、初めてテルディアスの微笑みを見た!
大事件であった。
そんなことをぐるぐると考えていたティアにテルディアスはそっと近づき、肩にポンと優しく手を置き、その耳元に口を近づけ、

「どうした? ティア」

と囁いた。
テルディアスの無自覚天然必殺技、セクシーボイスが決まった。
ティアの背筋を電気が走る。

「あた、あた、あた、もう行くから!」

とティアが逃げるように走り出す。

「ああ…」

無自覚天然男は、何故ティアが走り出したかも分からず、その背中を見送った。
と、ティアが少し離れた所で足を止めた。

「テルディアス」
「?」

ティアが振り向いた。

「あなた、やっぱり変わったわ」

嬉しそうな、寂しそうな笑みを浮かべていた。
そしてまた、駆け出した。
今度は振り返らぬまま。

(変わった…? のか…?)

無自覚テルディアスは天を仰いだ。
変わったと言われても実感がなかった。
しかし、ティアがそう言ったのだ。きっと何かが変わっているのだろうと納得する。
何よりも幼い頃からずっと側にいた幼馴染《・・・》なのだから。

そして、後ろの木陰に潜むものに向かって、声を投げかけた。

「キーナ」
「ぴにゃ!!」

気づかれていると思っていなかったキーナが驚いて声をあげてしまう。
おずおずと立ち上がり、

「え、え~と…、気づいてた…?」
「最初から」

実を言うと、キーナが庭に出てきた時から気づいていたのではあるが、まあ害はないだろうと放っておいただけだった。
聞かれてまずい話をしていたわけでもないし。

「お前も行くか?」
「にゅ? どこ行くの?」
「俺の家」

話の流れからして分かっているかとも思っていたのだが、にぶちん・・・・キーナは気づいていなかったようである。

「行く行く行く行く!! 見たい見たい!!」

低木を飛び越え、キーナがテルディアスに走り寄る。

(だろうと思った…)

予想通りの反応であった。

「うにゃ…、でも…。行っていいの? 僕…」

お邪魔でないかしら?と悩むキーナ。

(こいつにも一応こうゆう殊勝なところがあったのか)

とキーナの珍しい反応に、ちょっと感心するテルディアス。

「まあ、隠れて付いてこられるよりましだ」

そう言ってスタスタと歩き始めた。
キーナは微妙な顔をしてその後ろを追いかける。
その顔は、心当たりのある表情になっていたとか。









余談ではあるが、宴はティアの一言で、途中で終わりになった。
アスティはもう少し周りのことを考えろと、ティアに叱られていたとか。
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