キーナの魔法

小笠原慎二

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男娼の館編

消えたキーナ

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行く先に街が見えてきた。
その街の北の少し開けた丘に、何だか立派な屋敷があった。何故あんな所にあるのだろう?
ともかく四人は街に入る。
街中でちょっと地図を見たいとメリンダがサーガの荷物をまさぐると、

「あん、そこん、だめん」

とおかしな声を出し、メリンダの鉄拳が飛んだ。
メリンダが地図を確認する。

「ボンバイって名の街ね」

辿ってきた道などを確認し、現在地を確認する。
時間的にも今日はこの街で宿を探す事になる。

「あまり大きくはないから、魔導医はいなさそうね」
「いや、だが、しかし、一応探してみた方が…」
「そりゃあ勿論探すわよ~。でもファルトウンには絶対に行くわよ」

テルディアスの必死のあがきも、メリンダには通用しなかった。

「観念なさいな」

ほほほっとメリンダ勝ち誇る。
回避は無理かとテルディアス落ち込んだ。

「あんたの足じゃ、足手まといだから」

とちらりとサーガを見る。

「そうですね」

サーガ傷ついた顔で素直に同意する。

「サーガを一先ず宿屋に預けて、それから三人で街中を調べてみるしかなさそうね」

そんな感じで真面目に話す隙に、キーナがフラリと近くの魔道具屋を覗く。
なんだか面白そうな道具がショーウインドウに並んでいる。
顔をキラキラさせながら品物を見ていると、すぐ横の路地から、黒白の猫がフラリと現われた。
目が合う。
途端に逃げ出す猫。
追いかけるキーナ。
キーナの姿が路地に消えていく。

「魔導医が居てくれりゃありがたいけど」

と自分の足元を見下ろすサーガ。

「まあこの街じゃ、無理だと思うわ。とりあえず宿屋を探しましょう」

誰にも気づかれず路地に入っていくキーナの後ろに、こっそりと近づいていく人影が。
その人影が素早く動き、キーナの口を塞ぐ。
ビックリして暴れ出そうとするキーナだったが、途端に何故か体の力が抜けていき、意識も遠くなっていく。
意識を失い、ぐったりとなったキーナを、その人影は素早く担いで、路地を人目に付かないように抜けていった。

「本当は3手に別れて探したい所だけど、キーナちゃん一人で歩かせたら危ないし…」
「で、消えてるし」

そこで初めてサーガが気付いた。
言われてテルディアスとメリンダも、キーナが居ない事に気付く。

「キーナちゃん?!」
「キーナ?!」

辺りを見渡すが、キーナの影はない。

「さっきまでこの辺りにいたと思うんだけど…」

とメリンダがいたはずの場所を指さしながら頭を抱える。

「キーナにさっきは通用しないぜ」

次の瞬間には予想も付かない所にいたりするので、一秒前の記憶もほぼ当てにならないのである。

「仕方ないわね。テルディアス!」
「ああ」

テルディアスが双子石に意識を向ける。
困った時の双子石。迷子捜しにとても有用です。
音のする方へとテルディアスが歩き出し、その後をメリンダとサーガが続く。

「ホント、首に縄を付けたくなるわ…」

ボソリと呟いたメリンダの独り言に、テルディアスとサーガも心の中で同意した。
細い路地を少し行った所で、テルディアスが突然足を止める。

「どうかした?」

テルディアスの前を覗くが、キーナの姿は見えない。
が、その地面に赤く光る小さなものが。
テルディアスが近づき、それを拾う。

「それって、キーナちゃんの…? まさか…」

双子石が人為的に外される状況…。つまり、拐かされた。
テルディアスの頭に血が上る。

「テルディアス?!」

突然駆け出すテルディアスを、メリンダとサーガが追いかけるが、なにせ足が早過ぎる。
とうてい追いつけるものではない。

「ちょっと、待ちな…さい!」

メリンダがテルディアスの進行方向に、力を集中させる。
と、突然テルディアスの前に炎の壁が現われた。
慌てて足を止めるテルディアス。
ギリギリの所で丸焦げにならずにすんだ。

「まったくもう! キーナちゃんの事となると見境いなくなるんだから!少しは頭冷えた?」

頭は冷えたが、マントが少し焦げた。

「大体ねー! 走り出したはいいけど、探す当てでもあった訳?!」

メリンダにそう問い詰められ、すっと視線を外す。
実は全くない。
キーナが絡むと本当に頭が回らなくなるというか、後先見えなくなるというか。
とにかく頭に血が上って駆け出してしまっただけだったりする。

「こっちにはサーガ探索のプロがいるんだから、落ち着きなさいよ!」

(あ、やっぱ俺なんだ…)

ご指名を受けたサーガ。言われずともやる気ではあったが、なんだか少々複雑な気分。

「てことで、サーガ」
「へいへいほ~い」

気分は複雑ではあったが、キーナを放っておくわけにもいかない。
手近な木箱にどかりと腰を下ろすと、目を閉じて意識を集中させ、風を繰り出す。
ふわりと、サーガを中心にして、風が広がっていった。












風が街中に広がっていく。
テルディアスは掌の双子石を見つめ、メリンダは大人しく壁にもたれかかっていた。
サーガが探索を終えるのを大人しく待っている。
しかし、時を追うごとに、サーガの表情が険しくなっていく。
どれだけ待ったか。サーガがその瞳を開いた。

「ダメだ! いねぇ!」

悔しそうに吐いた。

「え?!」

その答えに二人が反応する。

「な、何? ちょっと、どういうこと?」
「隅々まで探したが、この街の中にゃ、キーナの気配はねぇ」
「た、建物の中とかは?」
「風の通る場所は全部探したよ」

言葉の通り、サーガは風が入る隙間さえあれば、どんな場所でも探し出す事ができる。
できない場所と言えば、完全に密封されている場所か、はたまた水の中か。
だがしかし、サーガのこと知っていなければ、わざわざそんな場所へ行く事などは考えないだろう。

「それは、つまり…」
「そ」

考えられるとしたら、

「こんな短時間で街から消える事ができるって事は、攫った奴らは馬車か何かで移動してるって事だ。もう一度、今度は街道を調べてくるから待ってろ」

そう言うと、再びサーガは目を閉じた。
風が今度は広がる事なく、一陣の塊になり飛んで行く。
キーナを攫ってすぐに馬車に乗り、この街を出て行った可能性が高い。
メリンダが祈るように手を合わせる。

(キーナちゃん…)
(くそっ…。キーナ…)

何もできない自分に苛立ち、テルディアスは拳を握りしめる。
サーガは意識を風に同調させながら、考えていた。

(ここから近いのは俺達が来た西の門と北の門。時間的に東の門は考えにくい。となれば…)

西と北に向かって風を飛ばしていく。
少し行くと、北の街道に手応え。馬車が一台走っていた。

(北の街道…、馬車か)

するりと幌の隙間から風を忍ばせ、そこにいる人達を撫でる。

(1、2、3、4、5、6人? やっぱ人買いだな。しかも男ばっかし?んで…、一人床で伸びてる奴…。キーナの気配。こいつだな)

馬車の中には、座っている人物が6名、そして床で寝転んでいるキーナがいた。
しかも、馬車の前後には鉄格子があり、簡単には逃げられないようになっていた。
つまり、人買い、もしくは人攫いだ。
あとはこのことをテルディアス達に話、追いかけるだけで良い。

(ん?)

サーガはふと気づき、馬車の向かう先へと風の手を伸ばした。
その先にあるのは、少し場違いに立派な屋敷。
その中へと風を忍ばせていく。











サーガが薄らと目を開ける。

「いたぜ」
「どこに?!」

待ってたとばかりにメリンダとテルディアスが身を乗り出す。

「北のかい…ど…」

言葉を紡ぐ事ができず、そのまま意識が暗転しそうになる。

「サーガ?!」

慌ててメリンダがサーガを支えた。

「大丈夫?!」

よく見れば、青ざめた顔に酷い汗をかいている。
力を酷使し過ぎたようだ。

「う…大…じょぶ…。それより…、北だ…。北の、街道…」
「北の街道だな?!」
「屋敷だ…」
「屋敷?」

不穏な空気を感じ、テルディアスが踏み出しかけた足を引っ込める。
メリンダがそっとサーガを横にしてやる。

「北の街道の先…、屋敷に向かってる…。そこに…、人が、集まってる…」
「!」

人が集まっている。つまり、すぐにでもオークションが始められてしまうかもしれない。
ならばそこへ行くまでにキーナを取り戻さねばならない。
なぜなら、そんな中にテルディアスが飛び込んで、万が一にでもダーディンだとバレたなら、どんなことになるか。

「屋敷に着く前に叩けば…」
「時間的に無理くせーな」

馬車はもうすぐにでも屋敷に着いてしまうだろう。
つまり、屋敷に着く前に取り戻す事は不可能。

「で、でも!」

メリンダが口を挟む。

「テルディアスなら! 追いつけるかもしれないじゃない!」

テルディアス一人で、全力で追いかければ、もしかしたらと言う事もあるかもしれない。

「行って! テルディアス! サーガはあたしが看てるから! さ、早く!」
「ああ…」

テルディアスは小さく頷くと、そのまま全速力でその場を離れる。そして空へと飛び上がると、北に向けて飛んで行った。

「あ~あ、知らねーぞ」
「何がよ?」
「あいつのことがバレたらキーナどころじゃねーだろ」
「その時はあたしとあんたで頑張れば良いでしょ!」

フンスっと鼻から勢いよく息を吐き、メリンダがサーガを睨み付ける。
そのあまりにも簡単な答えに、サーガは目を見張って、それから笑った。

「ちげ~ねぇ」

あっさりそんな簡単に言われたら、悩んでたこちらが馬鹿みたいだ。
しかし、そこに激痛が走った。

「う…」
「どうしたの?!」
「力…、使い過ぎた…。足が…、熱持って…」

力の酷使は体に負担がかかる。ましてや今は足に大怪我を負っている。負担も尋常じゃない。

「何か…、冷やすものを…」

怪我している周辺が高熱を持って、まるで火ぶくれしているように熱くて痛い。
何か冷やす物はないかとサーガが言うと、おもむろにメリンダが患部に手を翳し始めた。
すると、不思議な事に、サーガの足の熱がみるみる引いていく。

(熱が…、引いていく…?)

「火の一族は火を操るだけじゃないのよ。熱そのものを操る事ができるの」

そう言ってメリンダがウィンクした。

「へ~、そうなんだ…」
(あ、気持ちいいかも…)

熱が引いていき、良い感じに患部が冷えていく。しかし、冷えすぎると言う事もない。

「あんたら風だって、空気、音を操る事ができるでしょ? それと同じよ」

(なるへそ)

風は空気、音、などを操ることが得意で、時に音を遮断したり、どんな小さな声を拾う事もできたりもする。
火は熱そのものを操り、上げる事もできれば、下げる事もできるのだった。

「ま、でも、やっぱり火だから、冷やすよりは燃やす方が得意だけどね」

(大丈夫だよな? 俺の足…)

気付かないうちに、「ごめ~ん、燃やしちゃった♪」とか言われそうで、ちょっぴりサーガ怖かった。












テルディアスが北の門の上空を飛んでいき、街道を少し行った先で降り立った。

(この道か!)

そして走り出す。
街の中では建物などを避けて走るよりは飛んだ方が早かったので飛んで来たが、元より跳ぶよりは走る方が断然早いので、街道に着くなり走り出す。

(屋敷に着く前に…! キーナ!)

馬車に間に合うかどうかは分からないが、テルディアスは全速力で走った。














ガタゴト鳴る馬車の中。
少し覚醒仕掛けたキーナが、ガタゴトうるさい事を気にしていた。

(なんだかやけにうるさいベッドだな~。揺れるし…。あれ?そういえば僕、どうして寝てるんだろう?)

攫われても暢気なキーナは、馬車に揺られながら、屋敷の中へと入って行った。
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