キーナの魔法

小笠原慎二

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テルディアス求婚騒動編

焼き餅ではない

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なんとなく部屋にも居づらくて、廊下を一人トボトボと歩くキーナ。
その時、

「キーナ!」

聞き慣れた声が、廊下の向こうから聞こえた。
見れば、毎度見慣れた、テルディアスの姿。
その姿が目に入った途端、キーナがアワアワと慌て出す。
そして、目の前にあった扉に、何も考えず飛び込んだ。
いそいで扉を閉め、テルディアスとの遭遇を防いだ。

「キーナ…?」

扉の向こうにテルディアスが立ったのが気配で分かる。

(ダメにゃ…。どんな顔していいか分かんにゃい…)

扉に背もたれながら、扉の向こうにいるテルディアスのことを考える。
うん、今のままではテルの顔見れない。きっと自分は変な顔をしてしまう…。
普段どんな顔してたっけ?などと考えていると、テルディアスの絞り出すような声が聞こえてきた。

「キーナ…、俺が、何かしたというなら、謝るから…、頼む…。俺を、避けないでくれ…」

苦しい悲鳴のような声に、キーナはハッとなる。

(あ…! そうだ…、テルはずっと…、みんなに避けられて…)

テルディアスの顔を見ただけで、それがダーディンだと分かっただけで、今まで笑っていた人が、たちまち豹変してしまう。
いくら違うと唱えても、誰もその言葉に耳を貸さない。
そんな悲しい場面を、キーナも2、3度目にしたことがあった。
その心の痛みは、キーナもなんとなくは分かっているつもりだった。
なのに、自分は手を振り払ってしまった…。
キーナは意を決して、扉に手をかける。
思い切って扉を開けた。

「テル!」

しかし、そこにはすでにテルディアスの姿はなかった。

(テル…)

お嬢様の所にでも行ったのだろうか?

(どうしよう…。僕、テルに…、ひどいことしちゃったのかも…)






「テルディアスがキス?!」

ぶっひゃはははははは!
ちょっとお下品な笑い声を立てて、メリンダが腹を抱えて笑い出す。

「メリンダさん?」

テルディアスの手を振り払い、あてどなく廊下を歩いていたキーナに、メリンダが声をかけてきた。
ようよう説明した途端、メリンダが爆笑した。
キーナには何故メリンダが爆笑したのか分からない。

「あるわけないない!」

腹が捩れるほど笑い、なんとか声を出せるようになったメリンダが、顔の前で手を振りながら、キーナの言葉を否定する。

「そんな度胸あるなら今頃…」
(とっくにキーナちゃんに手を出してるわよ…)

とは口に出せなかった。

「? メリンダさん?」

不自然に言葉を切らせたメリンダに、不思議そうに視線を向けるキーナ。
冷や汗を一筋垂らしたメリンダが、その先はあっちへ置いといてとばかりに、話をずらす。

「で? それを見てキーナちゃんは、ヤキモチを焼いたって訳だ」

キーナの目が見開かれる。
指先をツンツンモジモジしながら、

「ヤ…ヤキモチ…なのかなぁ…」

とモジモジモジモジ。
メリンダはそんなキーナの姿を見て、襲ってしまいたくなった。
こらこら。







(ヤキモチなんかで…、テルを傷つけるなんて…。僕のバカ! 本当にバカ!テルにちゃんと謝らなきゃ…)

テルディアスを追いかけようとしたその時、

「キーナ?」

別の声がキーナを呼び止めた。

「サーガ?」
「何してんだ? こんな所で」
「サーガこそ」

しばし、お互いの状況を話し合う事となった。

「てなもんで、姐さんがお前を部屋で待ってる」
「サーガは何しに行くの?」
「俺はじいやさんが持ってるだろう鍵を盗りに」

サーガは鍵を盗りに行く係、メリンダはいつ帰ってくるか分からないキーナを待って、状況を説明する係。
まあ、すでにサーガが説明してしまったけれど。

「鍵…」

キーナの目つきが変わる。

「分かった。僕が盗ってくる」
「いい?!」

止める間もなく、キーナが歩き出す。

「ちょ、待て! いくらなんでもお前にゃ無理だ! っておい、キーナ!」







とある部屋では、重苦しい空気が支配していた。
じいやが動き、お茶のお代わりを取ってこようと、部屋を出る。

「失礼いたします」

静かに扉を閉めた。
部屋から出るのも、じいやにとっては一つの作戦だった。
二人きりにさせて話をすれば、もしかしたら言い方向に話が行くかもしれない。自分のような年寄りがいるよりは、話しやすくなるに違いないと。
じいやは考え込む。

(容姿、家柄、財産、全てにおいて最高の者を持っているお嬢様…。普通の男ならば、小躍りして喜びそうな事だというのに…。何故あの若者は拒むのだ?!)

宝玉が光ったのだ。
宝玉のお墨付きということで、喜んで婿になると言ってくるかと思いきや、あの若者は、

「自分にはまだ成すべき事がある。故に受けられない」

と頑なに断っていた。
成すべき事とやらも具体的に話さず、お嬢様と婚約を果たしてからでもと申し出たが、頑として首を縦に振らない。
明るい未来を話すべき場だったのが、未来の指針がズレすぎていて、舵も取れない様となっていた。
二人きりになって、お嬢様と話をすれば、お嬢様がどんなに素晴らしい淑女か分かるかもしれないと、じいやは口実を作り、二人きりにした。
上手く行ってくれればいいが…。
その時、曲がり角から足音が聞こえ、何かがぶつかってきた。

「と…」
「きゃ…」

見れば、あの青年と一緒にいた少年。

「ご、ごめんなさい」

まだ幼いその顔が、戸惑いに満ちている。

「広いから迷っちゃって」

子供だから探検でもしていたのだろうか?とじいやは思った。

「僕たちの部屋ってどこですか?」
「ああ、ここを真っ直ぐ言って、三つ目を左に行って…」
「ああ! 反対方向に来ちゃったんだ!」

慣れないと広い屋敷では迷ってしまうのはしょうがない。

「すいません。ありがとうございます」

少年は礼儀正しくお辞儀をして、部屋へ向かって歩き出した。

「いやいや、もう迷わないように気をつけるんだよ、ボウヤ」

何故か少年がこけそうになっていた。
水でも落ちていて足を滑らせたのだろうか?じいやは首を捻りながら、調理場へ向かった。






次の曲がり角まで、不自然にならないように歩いて行く。

「お? やったか?」

角に潜んでいたサーガが出て来た。

「何か…、あったか?」
「う~~~」

キーナの顔がブルドックのようになっていたが、その手にはちゃんと、じいやさんから掏り取った鍵の束が握られていた。
宝玉の間に向かって走りながら、話を聞くと、

「ぶひゃひゃひゃ! また男に間違えられたって?」
「う~~」

肯定なのか、不機嫌な唸り声なのか。

「そりゃお前、そんな格好してっからだろ」
「メリンダさんみたくスカートにした方が?」

やはり女性は足を出さなければダメなのかしら?

「そこじゃねーよ」

否定された。

「髪だよ髪! んな短くしてたら、誰も女だとは思わねぇよ」
「髪?」
「そ」

髪?短い?どして?

「女が髪切るなんて、結婚した時か、余程のことがあった時くらいしかないだろ?」

キーナ足が滑った。
慌てて態勢を立て直し、サーガに追いつく。

「お、オシャレで切るってないの?!」
「ねーだろ」

すっぱり。
あ~だからみんな、自分を男として見るのね~。と納得。
この世界の習慣なのか、女性は結婚するまでは髪を伸ばし、結婚すると髪を切るらしい。
これは、未婚と既婚の女性を早々に見分け、結婚への出会いをより確実なものにするためらしい。
まあ、髪を切ると言っても、キーナのようなベリーショートはまずいない。
髪が短い=男、という固定概念みたいなものがあるせいかもしれない。
そんなことを話ながら、二人は宝玉の間に辿り着いた。







調理場で、茶の支度をしていたじいやが、ふと、とっておきの茶がある事を思いだした。

(そうだ。あの茶葉を…)

腰にあるはずの鍵の束を探る。
が、手に何も触れない。

(ない?! まさか、落とした?!)

じいやが慌てる。
あの鍵の束は、この家の重要な場所の鍵などもかかっている。
余程の事でもない限り、落とす事はない。
ふと、先程ぶつかってきた少年が思い出された。
あの時に?
しかし、そこでふと思い出す。
少年がこけそうになった時、小さな金属音が、チャリ…と聞こえた気がしたのだ。
まるで、鍵がぶつかり合ったかのような音が。

(まさか…?!)








じいやがいなくなった部屋で、お嬢様はなんとかテルディアスを説得しようと頑張っていたが、元より、それほど話し上手というわけではない。
それに、なんだか先程とは違い、テルディアスの態度がつっけんどんになっている気がした。
二人でテラスで話していた時は、もう少し優しかったはずなのに…。
お嬢様はいたたまれなくなり、腰を浮かす。

「あ、じいや、遅いですわね。見てきますわね」

早くじいやに戻ってきてもらって、助けて貰わなければ、この空気に押しつぶされそうだった。
小さく溜息をつき、扉を開ける。
すぐそこの廊下を、バタバタと走っていく人影が見えた。
あの姿は、衛兵のような気がする。

(何かあったのかしら?)

一応自分の屋敷でもあるのだし、お嬢様は何事かと、その衛兵の後を追いかけた。
テルディアスは、その足音を聞いていた。







サーガとキーナが鍵を差し込み、同時に回す。

ガチャリ

鍵が開き、扉を押し開ける。

ギイイイイ…

少し重そうな金属音を立てながら、扉が開いた。
六角形の一段高くなった台の上に、また六角形の台座が備え付けられ、その上で、噂の宝玉が鎮座していた。
暗い部屋に、天窓から月明かりが差し込み、うっすらと部屋の中を見分ける事ができた。

「あれか…」

サーガが用心しながら、部屋に踏み込む。

「アレを取りゃいいんだな?」

キーナはキョロキョロと部屋を窺うと、

(罠らしきものはなさそう…)

と見える範囲で脅威がないことを確認し、身軽にひょいひょいと台に飛び乗った。

「で?!」
(あいつ、あんなに身軽だったか?)

先行したキーナを追う。
キーナが宝玉を覗き込んだ。
そして、何かに気付き、両目が開かれた。

「これ…」
「?」
「宝玉じゃない…」
「はあ?」

サーガビックリ仰天。
いやだって、宝玉だって専らの噂ですぜ?

「ただの…、ガラス玉…」

キーナが言い切った。

「マジカ?!」

サーガも台に上がり、宝玉を覗き込む。
しかし、サーガの目には、それがガラス玉なのか宝玉なのか分からない。

「うん…。何の力も感じないし…、それに…」

キーナがガラス玉をじいっと覗き込む。

「何か仕掛けがある」
「仕掛け?」

曲面でよく見えないようになっているが、何かが玉の下にあった。

「何のだ?」

サーガが聞くが、キーナにもよく分かっていないようだった。
と、何か思いついたのか、キーナがキョロキョロと床を見回す。
そして、ヒラリと台から飛び降りると、とある一角まで走り寄る。

「おい、キーナ?」

床を見つめていたキーナが、何やら床を踏み出した。

「何やってんだよ…」

キーナの行動はいつも予測がつかないが、やはり今も理解できない。
と、キーナが床のとある一角を踏んだ。
その途端、

パアッ!

玉が光った。
突然の明かりにギョッとなるサーガ。
キーナが足を離すと、光が消えた。
また踏むと、また点いた。
また離して、また踏んで…。

「インチキかよ…」
「そ、みたいね…」

宝玉で婿選びするとかって、結局人が決めるんかい。
と無言の突っ込みをしていた所へ、

「そこで何をしている!!」

小さな部屋に、大きな声が響いた。
サーガとキーナが慌てて振り向くと、そこには衛兵を連れたじいやさんの姿。

「宝玉をどうするつもりだ!」

その顔は、先程までの人のいい顔では無く、憤怒によって赤く染まっていた。
サーガは冷静に、じいやさんの後ろに立つ二人の衛兵を眺めた。

「なんで?」

キーナが言葉を口にする。どうしても聞いておきたいことがある。

「どうしてコレを、宝玉だと?」

偽物を、なぜ宝玉と呼ぶ?

「宝玉だ」

じいやさんが言い切った。

「我らにとって、ラディスティク家にとって…、それは紛れもない、宝玉だ!」
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