キーナの魔法

小笠原慎二

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闇の間の声

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闇の中を疾る影。
時折その影が消え、また別の場所に現われる。
その人物はしきりに後ろを振り向いていた。
まるで何かに追われるように。
その空間に、また別の影が現われた。

「逃がすか!」

黒髪、黒服の少年、オルトが、闇の力を行使する。
逃げる人影、ルイスに向かって、闇の力が迫る。
ルイスが振り向き、その力を相殺した。
動きが一瞬止まる。
その背後に新たな影。
ルイスが気付き、振り向く前に、その掌から力が放たれる。

「ぐあっ!」

背にまともに食らってしまう。
ルイスが再び、その空間から逃げ出した。

「また別の空間に跳んだか!」

オルトが歯ぎしりする。
その側にルーンも寄ってきた。
別の空間に跳ばれると、その気配を探し出すのも厄介なのだ。












無事別の空間に逃げおおせたルイスが、体を庇いながら素早く移動していく。

「く…そ…」

その疾走する影を、上から見下ろす不審な影があった。

「いたぜ。ルイスだ」

その人影が呟いた。














(確か、この辺り…)

ルイスが何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回す。
すると、その目の前に、捲いたはずの二つの人影、オルトとルーンが現われた。

「逃がさないよ。ルイス」

オルトがルイスを睨み付ける。

「分かってくれ! オルト! 俺は…、俺には、もう…!」
「大丈夫さ。すぐに闇に染めてあげるよ。僕らと同じように」

オルトが手を伸ばす。
ルイスが後退る。
その時。
ルイスの目の前に、また一人、フード付きのマントを着けた人影が現われた。

「お久しぶりですね。オルト」

フードの下からは、澄んだ女性の声が響いた。

「お、お前は…」

オルトが後退る。

「こんな所で何が起きてるかと思ったら、あなた方だったとは」

女性が坦々と話す。
オルトがルイスを睨み付けた。

「フ…、考えなしに逃げてたわけではなかったようだな。ルイス」
「ま、ね」

ルイスが微笑んだ。

「いかがいたしますか?」

女性が声を張る。

「ここで不毛な戦いを始めますか? それとも、退いて頂けますか?」
「へん。あんたなんかと、まともに戦う気はないよ」

最後にもう一度ギロリとルイスを睨み付け、

「じゃあな、ルイス」

そう言って、オルトとルーンが消えた。

「ふ~~~~…」

体中の緊張感を解き、ルイスが溜息をついた。
フードの人物がルイスに向き直る。

「よくここまで頑張りましたね。ルイスさん」

ルイスが頭をかく。

「もうだめだと何度も思ったがね」
「フフフ」

目の前の人物がフードを取ると、中から24、5の、美しい黒髪の女性が現われた。

「申し遅れました。私、リーステインと申します」

女性が自己紹介する。

「知ってるよ。あんた有名だかんな」
「あら、左様ですの?」

女性が上品ににっこり微笑んだ。
闇の者の間では、知る人ぞ知る人物である。
あのオルトに唯一対抗できる人物として。
リーステインはルイスの目をじっと見て、

「あなたも、目覚められた方なんですね」

と言った。

「ああ。あるお方のおかげでな」

ルイスも微笑んだ。

「どうぞ、こちらへ。ご案内致しますわ。闇の宮へようこそ! 一同歓迎致しますわ」

そう言って先に立つ。

「有り難いね」

ルイスがその後に続いた。




















「はあ…、はあ…、はあ…」

どこまでも続く闇の中。
少年は少女を負ぶって歩く。
だがその小さな体では、まだ少女の体をしっかりと支えることができず、

「うわ!」

足を取られて転んでしまう。

「う…く」

ナトがアディを見る。
その瞳は虚ろで、何の光も捕らえていない。

「アディ…、アディ…」

肩を揺するが、何の反応もない。

「ち、きしょ…。アディになんてことしやがるんだ…」

ナトがアディを抱きしめる。
しかしやはり、アディは何も反応しなかった。
もう一度アディをその背に負ぶさる。

「絶対逃げ延びて、術を解いてやるからな! アディ!」

ふらつきながらも、ナトは足を進めた。
アディの口が微かに動いたが、その音はナトの耳には届かなかった。

「重たそうね。手伝ってあげましょうか?」

後ろから女の声がした。
振り向くと、そこにはアディをこんな風にしてしまった二人、オルトとルーンが立っていた。

「うわ!」

慌てて駆け出すが、その目の前にオルトが姿を現す。

「空間移動もまともにできない君が、逃げられると思った?」

蔑むようにナトを見下ろす。

「くそー!」

ナトが力を行使するが、オルトは難なくその力を止めてしまう。

「逃がしはしないよ」

止めた力を相殺し、ナトに歩み寄る。

「優秀な仲間を失ったばっかだってのに、これ以上失ってたまるか」

闇がその濃さを増した。
そこに微かに響いたアディの声は、誰の耳にも届かなかった。
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