キーナの魔法

小笠原慎二

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火の村編

火の村を後に

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ぐったり
という言葉がまさに似合う感じで、テルディアスがベッドに座っていた。

「大丈夫? テル」

寝る仕度をしながらキーナが声を掛ける。

「疲れた…」

もう言葉を発する事さえ億劫らしい。
色んな女性に話しかけられ、それにいちいち対応することに、頭をフル回転させ、気を使った。
戦っている方が余程ましだと思う。

「も…、きょは…、寝る…」

と言葉らしからぬ言葉を吐いて、テルディアスはベッドに倒れ込む。
パタリと横になった途端、寝息が聞こえてきた。

「オヤスミ…」

と言ったキーナの声は届いていないかもしれない。

「僕より先に寝るなんて珍しい…」

大概、寝る時はキーナが先、起きるのはテルディアスが先。
テルディアスの寝顔を見ることなど滅多にない。
まあ、キーナもベッドに倒れ込むやいなや、眠りの世界に落ちて行くような奴だからなのだけれども。
キーナがニヤリとする。

「これなら…、夜中に忍び込まないで済む」

と、いそいそとテルディアスのベッドに潜り込みやがった。
おいおい。

(今夜は朝までぐっすりにゃ♪)

と横向きで寝ているテルディアスの腕の中に潜り込む。
目の前には鍛えられた胸筋。
普通の女性ならばドキドキしてしまうところだと思うのだけれど…。
キーナは眠る事しか考えていなかった。
そのまま目を閉じようとした時、ガシッと頭を掴まれる。

「にゅ?」

そのままぎゅうっとテルディアスの胸に顔を押しつけられてしまった。

「むぎゅ…」

潰された時に思わず声が出る。
口と鼻が胸筋によって塞がれ、息ができない。

(息…! 息ができない!)

ともがき、なんとか上方に逃げ道を見つけ、頭を動かす。

「ぶっは!」

と、目の前にテルディアスの顔ドアップ。
伸びをしたら鼻が触れてしまいそうな所にある。
さすがにドキッとなるキーナ。

(ち、近…)

鼻が近い、ということは、唇なんかも近く見えまして。
キーナ、ちょっとドキドキしてきた。

(テルってやっぱ、綺麗な顔してる…)

まじまじと間近で観察してしまう。
寝ているその顔は、あどけない少年のようにも思えてきてしまう。
テルディアスは年上ということもあり、あまりそういう風には考えた事はなかった。
しっかりしてるし、頼りになるし、何かと面倒見てくれるし…。

男としては見ていないわけね。

そのうち、否が応でも視線は何となく唇の方へ移動していく。
間近で見る唇は柔らかそうに見えた。
けれども、これだけ筋肉質な人の唇って柔らかいのかしら?
などと考える。
おいおい。

【ファーストキスはレモンの味】

ふいにキーナの頭にどこかで聞いたフレーズが浮かび上がる。

(って、誰から聞いたんだっけ?! てか、なんで今思い出す?!)

まあ、目の前に顔があるからでしょう。

(てか、僕のキス(?)って…)

覚えていないけどファーストキスと思われるものは、気を失っている時の人工呼吸だし、サーガとは、口移しで薬を飲ませてもらったし…。
ろくなものがない。

(ちゃんとした(?)キスって…、まだだよね…)

目と目で見つめ合って、ゆっくりと顔が近づいていって、お互いの吐息がかかって、恥ずかしさに目を閉じる…。
少女漫画か。
そうではなくて、自分の意思でしようとしたことは今までにない。
全部不可抗力だ。
一応キーナもお年頃の女の子。
そういうことに興味が無いわけでは無い。
しかも今、目の前にはいい男の顔がででん!
少年のように眠るテルディアスの顔をキーナは見つめる。

どきどきどき…。

あどけないその寝顔。

どきどきどき…。

安らかに眠るその寝顔。

どきどきどき…。

心地よく眠るその吐息の音…。

すやすやすや…。

寝落ちた。

色気より、眠気…。
キーナにはまだ、青春というものは早かったようです。
おやすみなさい。








次の日、目覚めたテルディアスは、今までに無い恐怖を味わう事となった。











小鳥の声。
目が覚める。

「ん…」

意識が覚醒する。
そして、自分の置かれている現状を知り、愕然となった。
寝ている時に何が起きたのか。
何故か、自分の腕が、キーナの着ているシャツに入り込んで、キーナの脇の辺りから手が出ていた。
温もりが腕に伝わってくる。

絶叫が村に響き渡った。















「テルディアス! あんたねー!」

バタン!

と扉が勢いよく開き、メリンダが入ってくる。
が。

「俺は何も見てないしてない感じてない俺は何も見てないしてない感じてない俺は何も見てないしてない感じてない…」

と布団を被って隅っこで震える男。

「おふぁよ~、メリンダさん」

とベッドに寝ぼけ眼で起き上がり、ありゃ?布団がにゃい?と呟く少女。

(だめだこりゃ…)

メリンダは頭を抱えた。



















村の入り口に大勢の人が集まり、キーナ達を見送る。

「元気でね」
「キーナもね」

すっかり仲良くなった二人が、えへへ~と笑い合う。

「さ、私が代表して導きの大樹まで案内するわ」

とリオ姉さんが前に進んできた。

「あれ? メリンダさんがまだ来てないよ?」

キーナがリオ姉さんを見上げる。

「ああ、メリンダは…。来ないわ」
「え? どうして?」

リオ姉さんが顔を背ける。

「話の流れからして、一緒に行くもんだと」

とキーナが抗議する。

「あの子は、次代巫女になったんだもの…。巫女としてこの村にいてもらわなきゃ」
「そんな! だってメリンダさん…」
「キーナ」

テルディアスがキーナを宥める。

「この村にはこの村の事情があるんだ。これ以上口を挟むな」
「でも…、だって…、メリンダさん…、外に出たがって…」

キーナがくるりと村に向き直る。

「僕、引っ張ってくる!」

と駆け出そうとする。

「キーナ!」

テルディアスがキーナを止める前に、村の人達がキーナの行く手を阻んだ。

「いくら御子と言えど、我らが巫女を渡すわけには行きません」
「そうです。巫女のお告げがなければ、私達は身を守る術がないのです。私達が生きる為に、巫女は必要なのです」
「巫女を連れて行くということは、私達を殺すということ」
「それでも、連れて行く?」

レズリィが真剣な眼差しでキーナを見つめた。
他の村人達も、キーナを見つめた。
キーナはその迫力に押され、何も言えなくなってしまった。
メリンダさんという存在が、この村にどれほど必要なのか、分かってしまった。
俯くキーナの肩に、リオ姉さんが手をかける。

「さ、行きましょ」

と優しく言った。
キーナが無言で頷いた。
それを見ていたレズリィが、キーナに足早に寄って来て、その手を掴んだ。

「キーナ! 元気を出して! きっと、いい事があるから! ね!」

とウィンク。

「…うん、ありがと。レズリィ」

自分を励ましてくれた友達に、なんとか笑顔を見せる。

「またね! キーナ!」

レズリィが手を振って見送った。

「またね! レズリィ!」

キーナも手を振り返す。
村人達も手を振り、キーナとテルディアスを見送った。
キーナはその向こうに見える火の村を見つめ、

(さよなら。メリンダさん)

と心で呟き、テルディアス達の後を追った。



















森の中をざくざくと歩く。

「寂しくなるね…。テル」

悲しそうに言うキーナ。

「ああ…」

と言いながら、じつはせいせいしたと思っているテルディアス。
手の掛かる上に口うるさい女が消えた事を、実は喜んでいる。
冷たい奴だ。

「そう言ってもらえたら、メリンダも喜ぶわ」

リオ姉さんが振り向いて言った。
キーナがリオ姉さんを見上げる。

「リオ姉さん…、あの、メリンダさんに、元気でねって…」

伝えてくれと言いかけたキーナに、

「フフフ、自分で伝えたら?」

とリオ姉さん。

「え?」

もう会えないのにどうやって?
と思った瞬間、キーナの目の前が真っ暗になった。

「だ~れだ!」

誰かが後ろから目隠しをしたのだ。
てか、この声…。
テルディアスがゲと小さく呟いたのは聞こえなかったようだ。

「え? え?」

目を隠す手を取り、振り向くと、

「バア!」

赤い髪の女性がいた。

「メリンダさん?!」
「フフフ」

嬉しそうにメリンダが微笑む。

「な、なんで?!」

もう二度と会えないのだと思っていた矢先なのに…。

「逃げ出して来ちゃった♪」

と頬を染めるメリンダ。

「え?」

目が点になるキーナ。

「ま、そーゆーこと」

とリオ姉さんがメリンダの隣に立った。

「公式に外に出すわけにはいかないから」
「あたしが逃げ出したってことにすればね。ってね」

とにっかり笑い合う。

「じゃ、じゃあ…」
「これからもよろしくね! キーナちゃん!」

キーナの顔がみるみる輝き、

「わーい!」

とメリンダに飛びついた。

「あはっ」

メリンダもキーナを抱きしめた。
そんな中、一人落ち込んでいるテルディアスには、誰も気を使わなかった。















導きの大樹の下で手を振るリオ姉さん。
それに振り返すキーナとメリンダ。
テルディアスは軽く頭を下げただけで、あとは振り向きもせずに去って行った。
相変わらずの無愛想っぷりだ。
三人の姿が見えなくなり、ゆっくりと手を下ろすリオ姉さん。
そして人知れず呟いた。

「ちゃんと、帰ってくるのよ。じゃじゃ馬娘…」

大樹の葉が、風に吹かれてザワザワと鳴っていた。














森を進む三人。

「良かったぁ。メリンダさんいた方が楽しいもんね!」
「うふ。ありがとう、キーナちゃん。ところでテルディアス。あんたなんで暗い顔してんのよ」
「…別に」
「しっつれいな男ねー。どうせあたしがいなくなってせいせいするとか思ってたんでしょ」

ギク!

「いや…別に…」
「だいたいあんたはねー…」

ピーチクパーチク騒ぎながら、三人は森の中を進んで行った。
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