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火の村編
火の女神
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水の戒めが解かれる。
メリンダは肩を震わせ、俯いていた。
ジャリ…
背後に足音が聞こえた。
「大婆様…」
背後に立ったその人物を、射殺すかのように睨み付ける。
「なんてこと…、なんてことをしたのよ大婆様!! なんであの二人をこんな目に!」
「村を守る為じゃ」
淡々と大婆様は答えた。
「だからってこんな…! あの子は光の御子なのよ!」
「もし、真に光の御子であるならば、こんなことで死ぬるわけがないはずじゃ。この程度で死ぬるというなら、やはり騙りであったということじゃろう」
「!」
メリンダは激情した。
己の内にある力を、感情のままに解き放とうとした時、
『老いたな、クラウディカ』
澄んだ声が辺りに響いた。
「!」
「!」
皆が一斉に、声がした場所を振り向いた。
そこには未だに、高々と火柱が立っていた。
すると、突然火柱が割れ、みるみるうちに炎はかき消えた。
そして、そこには当然のように、二人の人影があった。
しかし、その内の小さい方の人影が、今までとは違う様相をしていた。
赤く波打つ長い髪、閉じていた瞳が開かれると、そこには深紅の瞳。
「ま、まさか…」
大婆様がよろけた。
その顔は驚愕の色を隠せない。
『昔は誰よりも優しい存在であったのに…』
「あなた様は…!」
『お前ならばこの忌まわしき慣習も変えてくれると思ったが、買い被り過ぎたか?』
そう言いながら、体に纏う赤い光が増していき、だんだんと体が変化していく。
背が高くなり、胸も尻も言いようのないくらいに美しく盛り上がり、着ていた服も、赤い衣へと変じていった。
「火の…女神様…」
広場にいた全員が、その赤い女性に向かって平伏した。
メリンダだけは、呆然とその光景に見惚れている。
『時は流れ、移ろいで行くものだよ。世情も、人の考えも、在り方も…。閉塞された場所では火は燃え尽きてしまうものだ。この村にも新しい風、新しい力が必要だ。メリンダのような子が生まれた理由も、お前は薄々感じていたのではないのか? クラウディカ』
大婆様は顔を伏せたまま、身じろぎさえできなかった。
『メリンダはこの村に新しい風、新しい力を呼び込む者だよ。好きにさせてやれ』
火の女神がメリンダを見て、微かに笑った。
そして、赤い光がまた増してきた。
『さて、このお方の負担になるから、私はもう消えるが、クラウディカ。お前を信じているよ』
最後に大婆様を優しく見つめると、女神は光の中へと消えていった。
その姿が薄くなって行く最中、一歩後ろに控えて様子を見ていたテルディアスに、女神がチラリと振り向いた。
『お体を貸して頂けてありがとうと…、お伝え願えますでしょうか?』
「…ああ」
テルディアスが同意を示すと、女神は美しく微笑み、光の中に消えた。
光が収まると、そこには、ただのキーナが立っていた。
ふらりと倒れそうになるのを、テルディアスが後ろから支える。
(キーナちゃん…)
メリンダの顔が感動で輝いている。
広場にいた者達も、呆然と少女を見上げていた。
「うにゃ?」
そしてキーナが気がついた。
一人状況を把握できず、何故か大勢の人の視線を浴び、タジタジとなるキーナであった。
「大変失礼致しました」
大婆様始め、村の重鎮達が、キーナ達に向かって頭を下げた。
最初に案内された大婆様の屋敷に、キーナ達は今までとは打って変わった丁寧な対応をされながら、案内されてきた。
しかも上座に座らされている。
真ん中にキーナ、両隣にテルディアスと何故かメリンダも座っている。
メリンダはにっこにこだ。
「今までの数々のご無礼、お許しください」
大婆様が頭を下げたままキーナに言った。
「いや、あの、その…」
慣れぬ対応に言葉が見つからないキーナ。
「だ~から、あたしが言ったのよ!」
と鼻高々のメリンダ。
大婆様が頭を上げ、
「ささやかながら、宴の席を設けましたので、存分にお楽しみ下さい」
と神妙な面持ちで言った。
そんな雰囲気に耐えられなかったキーナ。
「あ、あの、一つ、いいですか?」
「なんなりと」
大婆様の顔が真剣すぎて怖い。
「そんなに畏まらないで、今までのように接して下さい」
とお願いした。
大婆様始め、重鎮達が目を丸くした。
屋敷の前の長い階段を、テルディアスと共に下りていく。
下にはレズリィが待ち構えていた。
「あ、レズリィー!」
キーナが気付いて声を掛ける。
レズリィも気付いてキーナに頭を下げた。
「あ…、み、御子様…」
「畏まらなくていいって」
キーナが突っ込む。
「今まで通りキーナでいいよ。堅っ苦しいの苦手だし」
にゃははとキーナが笑うと、
「本当?! 良かった~。あたしも実は苦手!」
とレズリィもにゃははと返した。
(似た者…)
とテルディアスが心の中で呟いた。
そんなテルディアスにレズリィが視線を向けて、
「あの…、ダーディンだって、聞いたけど…」
どうやら村中に知れ渡っているらしい。
テルディアスが後退りしそうになるのを、キーナが捕まえる。
「大丈夫大丈夫! 一見ダーディンに見えるけど、人を襲ったりしないから!」
「はあ…」
レズリィが疑いの眼差しを向ける。
まあ当然であろう。
(御子様が言うから安全とは言われてるけど…)
と疑心暗鬼。
「お、そーだ!」
と何やら妙案が浮かんだキーナ。
「レズリィ、お化粧ってできる?」
とレズリィに聞いた。
それを聞いてギクリとなるテルディアス。
「できるけど?」
それがどうしたのかとハテナ顔をするレズリィ。
キーナがテルディアスを見上げ、やったねとVサイン。
テルディアスは、
(あれを…するのか…?)
とかなり引き気味であった。
大婆様の屋敷、祭壇の前に、大婆様と、少し離れてメリンダが座っている。
大婆様は祭壇を整えている。
(大婆様…)
大婆様の後ろ姿を見ながら、メリンダは何も言う事ができない。
大婆様がこの村の為にどれだけ働いてきたのかを知っている。
宝玉を守る為に、あのような暴挙に出てしまったのも、ひとえに村を守る為。
メリンダが巫女に選ばれた事も、表には出さないが、きっと喜んでくれている…はずであった。
きっと。
たぶん…。
メリンダがそんなことを考えながらモヤモヤしていると、
「現巫女のフレイヤ様が持ち直された」
大婆様がポツリと言った。
「! 良かった!」
現巫女様がまだお元気であらせられるならば、メリンダが急いで巫女になる必要も無い。
メリンダにとっても、フレイヤ様はお世話になった方であり、元気になってくれれば言う事はない。
「だが、次の巫女はお前じゃ。分かっておろうな、メリンダ」
大婆様の突き刺すような言葉が降ってきた。
「…はい」
にわかに盛り上がった気持ちが、一瞬のうちに萎えた。
巫女である。
つまり、自分にもう自由はない。
「我らの力の意味は知っておろうな?」
大婆様が祭壇の供物を所定の位置に置いた。
「火の…、力の意味は…、滅び」
四大精霊の中でも、強大な破壊力を持つといわれる火。
その意味は滅びを表す。
全ての命を飲み込む、慈悲無き力。
故に火の村の者は、自身の力を表に出す事をためらう。
そこにある、重き意味を知るからこそ。
「それと、始まりじゃ」
大婆様がはっきりと言った。
メリンダが目を見開く。
「え?」
大婆様が顔をメリンダに向けた。
「全ての終わりは、新しき始まりとなるのじゃ。心しておけ」
「終わりが…、始まり?」
大婆様の瞳が優しく細められている。
「我らの力は、ただ滅ぼす為だけにあるのではない、ということじゃ」
「…」
分かるような、分からないような…。
ただ、自身の力が、ただ滅ぼす為だけのものではない、ということは、なんとなく救われたような気がした。
「我らは長く籠もりすぎた」
大婆様が祭壇に向かって呟いた。
「?」
「血が濃くなっているのじゃろう。子供が生まれにくくなっておる。このままでは、この村がなくなる」
「え?!」
初耳だった。
そんな事になっていようとは。
「外に、世界を広げる時なのかもしれん…」
「外…」
火の女神が言っていた言葉。
『新しい風、新しい力』
あれはそういうことなのだろうか。
確かに、昔よりは戦の陰は少なくなって来てはいるが、なくなっているわけではない。
だが、このまま外界と切り離していても、村の存続が危ぶまれる。
「じゃが、メリンダ。お前は次期巫女じゃ」
「ぐ…」
それは外に出るなということでは…。
では自分には何もできないのか?
「巫女は…、分かっておるな?」
確かめるような言葉が響く。
「巫女は…、外には…、出られない…」
村の為に。
巫女の身の安全の為に。
そして、世界の為に。
「そうじゃ。掟ではな」
「…?」
何か含むような言い方に聞こえた。
次に降ってきた言葉に、メリンダは一瞬固まった。
「だが、お前はまた逃げ出すのだろう?」
いや、ちょ、まさか、しかし、いくらそんな、自分が常習犯だからといって…。
「大婆様?!」
そこまで自分は信用されてない?!
「我らは、巫女を出すわけにはいかん。分かっておるな?」
それって、逃げろと言われているようにしか、最早聞こえないのだが…。
「はい…」
メリンダは諦めたように笑った。
この村を守りたい。
その想いは、大婆様と同じであったから。
「あ、メリンダさ~ん」
キーナがメリンダに気付いて手を振る。
「キーナちゃん…」
その姿を目にした途端、メリンダは走り出した。
「キーナちゃあ~~~ん」
と思いっきり飛びつく。
「ぐび」
首が絞まったらしい。
「キーナちゃん?!」
「やりすぎよ…」
レズリィの厳しい突っ込みが入った。
村の中の広場で、昨日のような宴会もどきが繰り広げられていた。
「そういえば、テルディアスは?」
キーナの側に、ストーカーとも言えるテルディアスの影がない。
こらこら。
「テル?」
「あっち」
二人が苦笑いしながら同じ方向を指さした。
そちらに顔を向けると、村中の女に囲まれたテルディアスの姿。
「うっわ~~…」
化粧を施してあるはずなのに、青く見えるその顔。
女共に囲まれて、憔悴しているその表情。
周りの女性達は、そんなテルディアスの気を引こうと、かいがいしく世話をしている。
それがさらにテルディアスを憔悴させていた。
「あいつにとっては拷問ね…」
多少、テルディアスという人物の事が分かってきていたメリンダが同情する。
奴は人見知りで女嫌いの硬派な奴。
それが女性に囲まれているのだ。
笑うしかない。
「ダーディンだとは知ってるハズなんだけど…」
ダーディンの姿ではみんな怖がるだろうと、レズリィに頼んで簡単に化粧してもらっただけなのだが…。
広場に連れて来られた途端、キーナ達を押しのけて、女性達が群がって来たのだった。
「仕方ないからレズリィと踊ってた」
「まあ」
テルディアスは取られてしまったし、食べて飲んで、酒は飲めないし、することもないので、二人で巫女舞いらしきもの、を見よう見まねで踊っていたのだ。
「じゃ、あたしも一緒に! 巫女舞い教えてあげる!」
「わ~い」
メリンダと二人の少女達が、舞いを舞い始めた。
その姿を見ながら、周りの者達も楽しみながら酒を飲んだりしていた。
ただ、一角だけ、異様な雰囲気を醸し出していた。
(これなら…、ダーディンでいた方がまし…)
フードを被って、人目のつかない所で一人でいた方が、どれだけ気が楽であるか。
メリンダでもいいから助けてくれ…と願いながらも、誰も助けてくれないその状況。
群がる女性達に囲まれながら、テルディアスは早く宴が終わる事を、ただひたすら祈っていた。
メリンダは肩を震わせ、俯いていた。
ジャリ…
背後に足音が聞こえた。
「大婆様…」
背後に立ったその人物を、射殺すかのように睨み付ける。
「なんてこと…、なんてことをしたのよ大婆様!! なんであの二人をこんな目に!」
「村を守る為じゃ」
淡々と大婆様は答えた。
「だからってこんな…! あの子は光の御子なのよ!」
「もし、真に光の御子であるならば、こんなことで死ぬるわけがないはずじゃ。この程度で死ぬるというなら、やはり騙りであったということじゃろう」
「!」
メリンダは激情した。
己の内にある力を、感情のままに解き放とうとした時、
『老いたな、クラウディカ』
澄んだ声が辺りに響いた。
「!」
「!」
皆が一斉に、声がした場所を振り向いた。
そこには未だに、高々と火柱が立っていた。
すると、突然火柱が割れ、みるみるうちに炎はかき消えた。
そして、そこには当然のように、二人の人影があった。
しかし、その内の小さい方の人影が、今までとは違う様相をしていた。
赤く波打つ長い髪、閉じていた瞳が開かれると、そこには深紅の瞳。
「ま、まさか…」
大婆様がよろけた。
その顔は驚愕の色を隠せない。
『昔は誰よりも優しい存在であったのに…』
「あなた様は…!」
『お前ならばこの忌まわしき慣習も変えてくれると思ったが、買い被り過ぎたか?』
そう言いながら、体に纏う赤い光が増していき、だんだんと体が変化していく。
背が高くなり、胸も尻も言いようのないくらいに美しく盛り上がり、着ていた服も、赤い衣へと変じていった。
「火の…女神様…」
広場にいた全員が、その赤い女性に向かって平伏した。
メリンダだけは、呆然とその光景に見惚れている。
『時は流れ、移ろいで行くものだよ。世情も、人の考えも、在り方も…。閉塞された場所では火は燃え尽きてしまうものだ。この村にも新しい風、新しい力が必要だ。メリンダのような子が生まれた理由も、お前は薄々感じていたのではないのか? クラウディカ』
大婆様は顔を伏せたまま、身じろぎさえできなかった。
『メリンダはこの村に新しい風、新しい力を呼び込む者だよ。好きにさせてやれ』
火の女神がメリンダを見て、微かに笑った。
そして、赤い光がまた増してきた。
『さて、このお方の負担になるから、私はもう消えるが、クラウディカ。お前を信じているよ』
最後に大婆様を優しく見つめると、女神は光の中へと消えていった。
その姿が薄くなって行く最中、一歩後ろに控えて様子を見ていたテルディアスに、女神がチラリと振り向いた。
『お体を貸して頂けてありがとうと…、お伝え願えますでしょうか?』
「…ああ」
テルディアスが同意を示すと、女神は美しく微笑み、光の中に消えた。
光が収まると、そこには、ただのキーナが立っていた。
ふらりと倒れそうになるのを、テルディアスが後ろから支える。
(キーナちゃん…)
メリンダの顔が感動で輝いている。
広場にいた者達も、呆然と少女を見上げていた。
「うにゃ?」
そしてキーナが気がついた。
一人状況を把握できず、何故か大勢の人の視線を浴び、タジタジとなるキーナであった。
「大変失礼致しました」
大婆様始め、村の重鎮達が、キーナ達に向かって頭を下げた。
最初に案内された大婆様の屋敷に、キーナ達は今までとは打って変わった丁寧な対応をされながら、案内されてきた。
しかも上座に座らされている。
真ん中にキーナ、両隣にテルディアスと何故かメリンダも座っている。
メリンダはにっこにこだ。
「今までの数々のご無礼、お許しください」
大婆様が頭を下げたままキーナに言った。
「いや、あの、その…」
慣れぬ対応に言葉が見つからないキーナ。
「だ~から、あたしが言ったのよ!」
と鼻高々のメリンダ。
大婆様が頭を上げ、
「ささやかながら、宴の席を設けましたので、存分にお楽しみ下さい」
と神妙な面持ちで言った。
そんな雰囲気に耐えられなかったキーナ。
「あ、あの、一つ、いいですか?」
「なんなりと」
大婆様の顔が真剣すぎて怖い。
「そんなに畏まらないで、今までのように接して下さい」
とお願いした。
大婆様始め、重鎮達が目を丸くした。
屋敷の前の長い階段を、テルディアスと共に下りていく。
下にはレズリィが待ち構えていた。
「あ、レズリィー!」
キーナが気付いて声を掛ける。
レズリィも気付いてキーナに頭を下げた。
「あ…、み、御子様…」
「畏まらなくていいって」
キーナが突っ込む。
「今まで通りキーナでいいよ。堅っ苦しいの苦手だし」
にゃははとキーナが笑うと、
「本当?! 良かった~。あたしも実は苦手!」
とレズリィもにゃははと返した。
(似た者…)
とテルディアスが心の中で呟いた。
そんなテルディアスにレズリィが視線を向けて、
「あの…、ダーディンだって、聞いたけど…」
どうやら村中に知れ渡っているらしい。
テルディアスが後退りしそうになるのを、キーナが捕まえる。
「大丈夫大丈夫! 一見ダーディンに見えるけど、人を襲ったりしないから!」
「はあ…」
レズリィが疑いの眼差しを向ける。
まあ当然であろう。
(御子様が言うから安全とは言われてるけど…)
と疑心暗鬼。
「お、そーだ!」
と何やら妙案が浮かんだキーナ。
「レズリィ、お化粧ってできる?」
とレズリィに聞いた。
それを聞いてギクリとなるテルディアス。
「できるけど?」
それがどうしたのかとハテナ顔をするレズリィ。
キーナがテルディアスを見上げ、やったねとVサイン。
テルディアスは、
(あれを…するのか…?)
とかなり引き気味であった。
大婆様の屋敷、祭壇の前に、大婆様と、少し離れてメリンダが座っている。
大婆様は祭壇を整えている。
(大婆様…)
大婆様の後ろ姿を見ながら、メリンダは何も言う事ができない。
大婆様がこの村の為にどれだけ働いてきたのかを知っている。
宝玉を守る為に、あのような暴挙に出てしまったのも、ひとえに村を守る為。
メリンダが巫女に選ばれた事も、表には出さないが、きっと喜んでくれている…はずであった。
きっと。
たぶん…。
メリンダがそんなことを考えながらモヤモヤしていると、
「現巫女のフレイヤ様が持ち直された」
大婆様がポツリと言った。
「! 良かった!」
現巫女様がまだお元気であらせられるならば、メリンダが急いで巫女になる必要も無い。
メリンダにとっても、フレイヤ様はお世話になった方であり、元気になってくれれば言う事はない。
「だが、次の巫女はお前じゃ。分かっておろうな、メリンダ」
大婆様の突き刺すような言葉が降ってきた。
「…はい」
にわかに盛り上がった気持ちが、一瞬のうちに萎えた。
巫女である。
つまり、自分にもう自由はない。
「我らの力の意味は知っておろうな?」
大婆様が祭壇の供物を所定の位置に置いた。
「火の…、力の意味は…、滅び」
四大精霊の中でも、強大な破壊力を持つといわれる火。
その意味は滅びを表す。
全ての命を飲み込む、慈悲無き力。
故に火の村の者は、自身の力を表に出す事をためらう。
そこにある、重き意味を知るからこそ。
「それと、始まりじゃ」
大婆様がはっきりと言った。
メリンダが目を見開く。
「え?」
大婆様が顔をメリンダに向けた。
「全ての終わりは、新しき始まりとなるのじゃ。心しておけ」
「終わりが…、始まり?」
大婆様の瞳が優しく細められている。
「我らの力は、ただ滅ぼす為だけにあるのではない、ということじゃ」
「…」
分かるような、分からないような…。
ただ、自身の力が、ただ滅ぼす為だけのものではない、ということは、なんとなく救われたような気がした。
「我らは長く籠もりすぎた」
大婆様が祭壇に向かって呟いた。
「?」
「血が濃くなっているのじゃろう。子供が生まれにくくなっておる。このままでは、この村がなくなる」
「え?!」
初耳だった。
そんな事になっていようとは。
「外に、世界を広げる時なのかもしれん…」
「外…」
火の女神が言っていた言葉。
『新しい風、新しい力』
あれはそういうことなのだろうか。
確かに、昔よりは戦の陰は少なくなって来てはいるが、なくなっているわけではない。
だが、このまま外界と切り離していても、村の存続が危ぶまれる。
「じゃが、メリンダ。お前は次期巫女じゃ」
「ぐ…」
それは外に出るなということでは…。
では自分には何もできないのか?
「巫女は…、分かっておるな?」
確かめるような言葉が響く。
「巫女は…、外には…、出られない…」
村の為に。
巫女の身の安全の為に。
そして、世界の為に。
「そうじゃ。掟ではな」
「…?」
何か含むような言い方に聞こえた。
次に降ってきた言葉に、メリンダは一瞬固まった。
「だが、お前はまた逃げ出すのだろう?」
いや、ちょ、まさか、しかし、いくらそんな、自分が常習犯だからといって…。
「大婆様?!」
そこまで自分は信用されてない?!
「我らは、巫女を出すわけにはいかん。分かっておるな?」
それって、逃げろと言われているようにしか、最早聞こえないのだが…。
「はい…」
メリンダは諦めたように笑った。
この村を守りたい。
その想いは、大婆様と同じであったから。
「あ、メリンダさ~ん」
キーナがメリンダに気付いて手を振る。
「キーナちゃん…」
その姿を目にした途端、メリンダは走り出した。
「キーナちゃあ~~~ん」
と思いっきり飛びつく。
「ぐび」
首が絞まったらしい。
「キーナちゃん?!」
「やりすぎよ…」
レズリィの厳しい突っ込みが入った。
村の中の広場で、昨日のような宴会もどきが繰り広げられていた。
「そういえば、テルディアスは?」
キーナの側に、ストーカーとも言えるテルディアスの影がない。
こらこら。
「テル?」
「あっち」
二人が苦笑いしながら同じ方向を指さした。
そちらに顔を向けると、村中の女に囲まれたテルディアスの姿。
「うっわ~~…」
化粧を施してあるはずなのに、青く見えるその顔。
女共に囲まれて、憔悴しているその表情。
周りの女性達は、そんなテルディアスの気を引こうと、かいがいしく世話をしている。
それがさらにテルディアスを憔悴させていた。
「あいつにとっては拷問ね…」
多少、テルディアスという人物の事が分かってきていたメリンダが同情する。
奴は人見知りで女嫌いの硬派な奴。
それが女性に囲まれているのだ。
笑うしかない。
「ダーディンだとは知ってるハズなんだけど…」
ダーディンの姿ではみんな怖がるだろうと、レズリィに頼んで簡単に化粧してもらっただけなのだが…。
広場に連れて来られた途端、キーナ達を押しのけて、女性達が群がって来たのだった。
「仕方ないからレズリィと踊ってた」
「まあ」
テルディアスは取られてしまったし、食べて飲んで、酒は飲めないし、することもないので、二人で巫女舞いらしきもの、を見よう見まねで踊っていたのだ。
「じゃ、あたしも一緒に! 巫女舞い教えてあげる!」
「わ~い」
メリンダと二人の少女達が、舞いを舞い始めた。
その姿を見ながら、周りの者達も楽しみながら酒を飲んだりしていた。
ただ、一角だけ、異様な雰囲気を醸し出していた。
(これなら…、ダーディンでいた方がまし…)
フードを被って、人目のつかない所で一人でいた方が、どれだけ気が楽であるか。
メリンダでもいいから助けてくれ…と願いながらも、誰も助けてくれないその状況。
群がる女性達に囲まれながら、テルディアスは早く宴が終わる事を、ただひたすら祈っていた。
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