キーナの魔法

小笠原慎二

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火の村編

火の巫女

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「メリンダー!」

導きの大樹の根元で、メリンダを呼ぶ声がする。
それに気付いたメリンダが下を向く。

「リオ姉―!」

導きの大樹の一枝に座って景色を眺めていたメリンダが返した。

「またそんな所登ってー! 早く下りて来なさーい!」
「もう少しだけー!」

メリンダが大きく腕を振って応えた。

「まったく・・・」

リオ姉が溜息をつく。

「だって、こんなに綺麗なんだもん」

メリンダが呟いた。
遠くに連なる山々。
そこに沈んでいく太陽。
太陽の光に照らされ、様々に色を変えていく雲や山。
だんだんと赤から黄色、青、紫と変わっていく空。
暗くなった空には、気の早い一番星。
太陽に向かって帰って行くような鳥たち。
全てが美しかった。

メリンダはつい先日、大婆様から言われた言葉を思い出す。

「お前ももう6つになった。巫女として修行を始める時期じゃ」
「なんであたしが?」
「お前はこの村でも珍しい、赤い髪と赤い瞳を持っている。それは火の精霊に愛されている印なのだよ。精霊に愛されると、その精霊の色を体に宿して生まれてくる。赤は火の精の色。お前は火の精霊にとても深く愛されているのじゃ。その中でも特に愛された者が巫女となり、宝玉に触れ、宝玉の力を操る事を許される。そしてこの村を守る礎となる。それはとても名誉なことなのじゃよ。じゃから、これからお前は巫女候補として、しっかり修行をするのじゃ」

メリンダは両の手の拳を握りしめた。

(でも、そうなったら、巫女になったら・・・)

太陽が沈んでいく。
もうすぐ完全に沈み、夜がやってくる。

(一生、この村からは出られない!)

巫女は村を守る為に、村から出る事は許されない。
万が一、誰かに攫われ、その力を悪用されることにでもなったら取り返しがつかないからだ。
かつて、まだ世界が混沌としていた頃、戦争で勝つ為、火の村の民が攫われることが何度もあった。
中には力の無い者まで。
火の村の出身というだけで、戦場に駆り出されたのだ。
中には、村を守る為、力を使った者達もいた。
だが、それがまた噂に拍車をかけ、火の村の民は狙われるようになったのだ。
逃げるしかなかった。
山奥に。
人が来れないような場所に。

だが、完全に外界と接触を断ったわけではない。
火の村の出身ということを隠し、村の外に出て、村では用意できない物を買ったり、情報を集めたりはしている。

(あたしは、巫女になんてなりたくない! 村を出て色んなものを見てみたい! 空との境目が分からない程青くて広い海とか、美しい町並み、珍しい食べ物、色々な髪や瞳の色を持った人達・・・)

伝え聞く村の外の世界。
幼い頃から憧れていた。

(あたしは世界を見てみたい!)

年を負うごとに、その想いは強くなっていった。

















ある時、村がざわついていた。

「何かあったの?」

近くの女性に聞いてみると、

「森で人が倒れていたそうよ」
(村の外から来た人?!)

滅多に人が入ってこない山の中。
だが、絶対ではない。
時折、迷った者が、村の近くで倒れたりしている事もあった。
そんな時は、客人専用の小屋に、一先ず連れて行かれる。
メリンダは夜、暗くなってから、その小屋に忍び寄った。

(バレてない、バレてない・・・)

足音を殺し、そっと裏から窓の方へと忍び寄る。
外から来た者と接触は限られるため、余程の事がなければ、メリンダは見る事もできない。
せめて一目だけでも、と窓に近づくと、

ガラリ

窓が開いた。
そして、窓を開けた人物とバッチリ目が合った。










なんだかんだで、こっそりと中に入れてもらう。

「表から来ればいいのに・・・」
「うちの村、規則とかうるさいから・・・。限られた人しか近寄れないし・・・」

ベッドに並んで座って、他愛ない会話をする。

「今時珍しいね。こんな閉塞的な村」
「やっぱりそうなの?」
「君みたいな綺麗な人も・・・」

男がメリンダを見つめた。
メリンダは何故か動く事ができなかった。
男の顔が近づいて来る。
メリンダは避けようとも思わなかった。
ただされるがままに、唇に男の温もりを感じた。
顔が離れ、男がメリンダの顔を見て、ハッとなる。

「あ・・・、ごめん! 迷惑だった?」
「え、いえ・・・、初めてだったから、びっくりして・・・」

メリンダは胸が熱くなった。
初めて味わう感情に、とても心地いいものを感じていた。
メリンダを見つめる男も、同じ事を感じているようだった。













「どういうことですか!」

バン!

と机を叩く。

「この村を出られないなんて!」
「それがこの村の掟なのです。あなたには悪いが従って頂く」

大婆様が淡々と男に告げる。

「悪いようには致しません。住んでみれば、ここもなかなかいい所ですよ」

会話はそこで打ち切られた。















「トラッド・・・」

いつものように忍び込んで来たメリンダが、男を慰めようとする。

「僕には病気の母がいるんだ・・・。早く帰らないと・・・」

故郷から離れた街で働いていた所、母が病に罹ったと報せを受け、帰る途中で道に迷ってしまったという。
このままでは母の死に目に会う事もできない。
頭を抱える男に、メリンダが胸を叩いた。

「あたし、抜け道を知ってるわ! だからお願いトラッド。あたしも連れて行って!」

男がメリンダを見上げた。


















シャラン・・・

腕輪が澄んだ音を奏でる。
幼い頃から仕込まれた巫女舞い。
忘れる事なく、間違う事なく、メリンダは舞い続ける。

(二度と村に戻る事もない。巫女舞いを舞う事もない・・・。そう思っていたのに・・・)

チラリとキーナを見る。
キーナはメリンダの舞いに、ボ―――――っと見とれていた。

(キーナちゃん、不思議な子・・・)

なんの力も持たない、ただの子供にしか見えない。
だが、何故か惹かれる。
何故か引っ張られる。
側に居たいと思う。
守りたいと思う。

(あたし、あなたの為なら、何でもするわ!)

この身がどうなろうとも、この命がどうなろうとも、キーナの為なら何も惜しくないと思えた。
宝玉の為に舞っているはずなのに、メリンダの心はキーナでいっぱいだった。



















「綺麗だねい、テル~」
「・・・ああ」

キーナが夢見心地でポツリと言った。
テルディアスはまあ綺麗だとは思っていたが、それだけだった。
無感動能面男め。

(メリンダさんて綺麗だな~とは常々思ってたけど、こうして舞ってる姿は、まるで炎の女神みたい・・・)

赤い髪、赤い瞳。
赤を基調にした踊り子のような衣装。
そして映えるような白い肌。
舞いの動きを見ていると、本当に炎が意思を持って舞っているように見えた。

シャラン・・・

両腕を頭の上で交差させ、

シャン・・・

それを胸の前まで下ろし、腕輪を軽く鳴らし、舞いが終わった。
キーナがパチパチパチと拍手する。
テルディアスは動かない。
そして、キーナの拍手の音が静かに止んだあと、何も音がしなくなった。
しんとして、動く事も息をすることもためらってしまうような時が流れた。

メリンダが両手を下ろす。
諦めたような笑みを浮かべる。

(やっぱりね。火の村を出たあたしなんかに、応えるわけがないのよ・・・)

当然の結果だ。
自分は火の村を捨てたのだ。
くるりとメリンダが振り返る。

「ごめんね、キーナちゃん。宝玉・・・、貸してあげられなくなっちゃった・・・」

ぽりぽりと顔をかいた。

「メリンダさん・・・」

そのちょっと悲しそうな、残念そうな、それでいてほっとしたような顔を見て、キーナは慰めていいのかよく分からなくなる。
その時。

ゴポリ

闇の奥底から、何か音が聞こえた。
そして、

ドオッ!

マグマの柱が立った。
メリンダが振り向く。
マグマが一点に凝縮されていく。
そして、凝縮されていたマグマが、今度ははじけ飛んだ。
そこには、赤い、丸い宝玉が浮かんでいた。

ふわりと宝玉が動き、メリンダの手の間にゆっくりと収まった。

「宝玉・・・」
「メリンダさん! やったあ!」

キーナが駆けてくる。

(喜ぶ・・・、べきなのよね、この場合・・・。宝玉を手にできたんだから・・・)

喜ぶ所であり、決して悲しむ所ではない。

「やっぱり凄いやメリンダさん。火の巫女に選ばれるなんて!」

無邪気にキーナがメリンダを褒める。

(火の・・・巫女・・・)

だがしかし、その言葉は、メリンダにとって、ある意味呪いのようなものだった。
火の巫女に選ばれた。
つまりもう、自分には自由はない。
二度と村の外へ出る事は叶わず、村の為だけ、宝玉の為だけに生きる。
だがしかし、自分は6年もの間、村を出て自由に生きたのだ。
それでよしとしなければ。
メリンダは眼を瞑った。

キーナに振り向くと、宝玉を差し出す。

「はい、キーナちゃん」
「にょ?」

差し出されたので、反射的にもらってしまうキーナ。
もう少し物事を考えなさい。

「キーナちゃん、テルディアス、良く聞いて」

メリンダが真剣な顔をして言った。

「ここを出たら、すぐに逃げて」
「にゃ?」
「あの大婆様のことだから、素直に宝玉を渡すとも思えないわ。だから、ここを出たら、空を飛ぶなり、なんなりして急いで逃げて。後の子はあたしに任せて。上手くやるから」

メリンダが胸を叩いた。

「メリンダさん・・・」

キーナが悲しそうな顔をして俯いた。

「やっぱり・・・、ここでお別れなの・・・?」
「キーナちゃん・・・」

キーナにとっては頼れるお姉さん。
できればもっと一緒にいて、色んな事を教えて欲しかった。
メリンダがキーナを抱きしめる。

「ありがとう、キーナちゃん。あなたのおかげで火の村にも帰って来れて、本当に楽しかった」
「僕も、メリンダさんに会えて嬉しかったし、楽しかったよ」

キーナもメリンダを抱きしめた。
そのまま二人はしばらく、お互いを感じ合っていた。
テルディアスは、ただ黙って眺めていた。

メリンダが体を離す。

「さ、あとは出口まで送るわ。テルディアスの呪い、早く解けるといいわね」
「うん」

そして、三人は元来た道を戻っていった。
マグマの飛沫も行きよりは飛んでくる事もなく、マグマの海も、問題なく通り過ぎた。
階段を上がり、出口が近づいて来る。
光が溢れてくる。
中とは違う眩しさに、キーナが眼を細めた。
三人が、洞の入り口の外に出たその時だった。


「水縛(クアバル)!」


声が響いた。
そして、水がメリンダの体を拘束した。

「な・・・」
「放て!」

メリンダの体が引っ張られる。

「キャア!」
「メリンダさん!」

キーナが手を伸ばすが、間に合わなかった。
そして、二人に向かって一斉に飛んでくる火球。

「キーナちゃん!」

メリンダが必死に首を回し、キーナ達を振り見る。
事態を一瞬で把握したテルディアスが、キーナに覆い被さる所だった。

「だめ・・・」

火球が二人に降り注ぎ、

ボウン!

爆発した。












どさりとメリンダが誰かの胸に抱き留められた。
そんな事など構わず、二人を仰ぎ見る。
聖選の洞の入り口に、炎の柱が立っていた。

「い・・・、嫌あああああああ!!!」

メリンダが絶叫した。
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