キーナの魔法

小笠原慎二

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赤い髪の女編

猛る炎

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三日月が輝き、星々が煌めく。
街の明かりもだいぶ消え、人々が夢の中へ旅立っている頃。
とある宿屋の屋根の上を歩く者が一人。

カタ・・・カタ・・・カタ・・・

固いハイヒールの音が小さく鳴る。
ウェーブがかった長い赤い髪がふわりと揺れ動く。
三角屋根の最上階は屋根裏部屋仕様。
三角の出窓から外を眺めることができる。
つまり外から中を見ることもできる。

(ここね)

事前に聞いていた部屋の窓から中を覗く。
ベッドに見える焦げ茶色の頭。
あの少年のものだろう。

(よく寝てるわね)

赤い髪の女、メリンダは意識を集中させる。
狙うは窓の鍵。

(あとでバッカスに謝らなきゃ)

すうっと息を吸い、指を鳴らす。
一瞬にして高温の小さな炎が現われ、消えた。
窓の鍵も同時に消え去った。

カタ・・・

静かに窓を開け、部屋の中に入り込む。
ベッドの横に静かに降り立つと、その気配を感じたのか、ベッドの中の少年が目を開けた。

「誰?」

寝ぼけ眼でメリンダに問いかける。

「今晩はボウヤ」

にっこりと微笑んだ。











空気が揺らいだような気がして目を開けた。
そこには赤い髪の綺麗な女の人が立っていた。

「誰?」

その人はにっこりと綺麗な笑顔を作って、

「今晩はボウヤ・・・

と言った。

ボウヤ?

聞き間違いでなければボウヤ・・・と言ったよね?

(目が覚めた途端に男に間違えられるなんて・・・、これは夢?)

夢だと思いたいけど、この綺麗な女の人は誰なのだろう?
女の人はキーナに顔を近づけると、

「私はあなたを助けに来たの」

と言った。

(は?)

助け?
何故?
なんか助けて欲しいことあったっけ?

訳が分からずベッドの中でもやもやと考えていると、

「私と一緒に逃げましょう」

と女性がハッキリと言った。

逃げる?
何故?
なんで?
何から?

「え・・・と、なんで?」

ゆっくりと体を起こす。
誰かと勘違いしてやしないかと思って。

「あなたフードを被った男と一緒にいたでしょう?」
「うん」

おや?人違いではないのかな?と思ったキーナの耳に、女性の言葉が突き刺さる。

「あの男は、ダーディンなのよ」

(知ってます・・・)

あまりのことに言葉が出ない。

「あなたは騙されてるのよ!」
「あ~の、え~と、それは~・・・」
「いずれあの男はあなたを食べる気なのよ!」
「いや、その、違うんだけど・・・」

キーナは困った。

(どー言えばいいのかしらん?)

どういう説明をしたら分かってもらえるのだろうか?

「だから私と一緒に逃げましょう」

女性がキーナの腕を掴む。

「あの男に気付かれる前に、さ、早く」

無理矢理引っ張ってキーナを連れて行こうとする。

「うわっ、ちょ、ま、待って! 違うの! 
 テルは、その・・・、ダーディンであってダーディンでないというか・・・、その・・・」

キーナは必死に抵抗する。

「だからそれはあなたが騙されてて・・・」
「そうじゃなくて・・・」

あーだこーだそーだどーだと押し問答が続く。

「ラチがあかないわね」

女性が密かに忍ばせておいた眠り薬をキーナの鼻先に持っていく。
ふわりと芳しい香りを嗅いだと思ったら、キーナはもう意識を失っていた。



















くったりとなったキーナを抱え、

「少し眠っててね」

と担ぎ上げ、窓からよいしょと部屋を出る。

「何をしている」

出た途端に声がした。
振り向けば、隣の窓に掴まって、ダーディンが立っていた。

「さっきの娼婦か」
「ダーディン・・・」

ダーディンの男がメリンダを睨み付けてきた。
メリンダも睨み返す。

「無理矢理キーナを連れ出して、どうする気だ?」
「決まってるでしょ。この子を助けるのよ」

バランスを取りながら屋根の上に立ち上がる。
そしてビシッとダーディンを指差しながら、

「この子を騙して連れて行って、機を見て食べる気なんでしょ!」

と言い放った。
ダーディンは返す言葉もなく固まっていた。
やはり、思った通りだった。
















(そんなことないと言ったって・・・、信じないだろうな・・・)

テルディアスは顔を見せたことを後悔していた。
あの時はアレが最善の手だと思っていたのだが、まさか関わってくるとは思わなかった。
普通の人間なら、逃げ出して、災厄が通り過ぎるまで大人しく震えていただろうに。

「この子もこの街も、あんたなんかに壊させないわよ!」

女の周りが赤く光る。
空気に熱気が籠もった。

「!」

一瞬にして、火の狼が形作られ、テルディアスに襲いかかってきた。

「く・・・」

咄嗟に屋根から飛び降りる。
テルディアスがいた空間をガチリと噛み砕いた狼は、目的を失ったのか、ボヒュッと消え失せた。

「風翔(カウレイ)!」

テルディアスが風の魔法を使って屋根の上に舞い戻ると、すでに女は逃げ出していた。
遠くに、赤く光る女が、空を飛んで逃げていくのが見える。

「くそっ」

テルディアスは追いかける。



















チラリと後ろを振り返ると、ダーディンが空を飛んで追いかけてくるのが見えた。

(やっぱり追ってくるわね。このまま街外れまで誘い出して、そこで始末してやるわ)

メリンダは城壁を飛び越え、森の手前まで飛んで行った。
森の手前は木もなく、広々とした草原になっている。

(この辺りなら)

メリンダは地面に降り立った。
ダーディンも距離を開けて地面に降り立つ。
抱えてきた少年《・・》を地面に横たえる。

「おい、お前が考えているようなことはそいつにはしない。
 だから返してくれ。俺にはそいつが必要なんだ」
「はっ? よく分からないことを言うわね。
 ダーディンが食料以外に人を欲しがる理由なんてあるわけ?」

ダーディンが固まる。
返す言葉もないようだ。












実際は、

(どんな説明をしたって、信じてはくれないよな・・・)

と考えていたのだが。

「やはり説得は無駄か・・・」

テルディアスが剣に手をかけた。

「力ずくで奪えるものなら、やってご覧なさい!」

女が赤い光に包まれた。
信じられない程の炎が吹き上がった。

「何?!」

炎は踊り狂い、竜の首となってテルディアスに襲いかかる。

「く・・・!」

テルディアスは地を蹴る。
間一髪、竜の顎が掠める。
背後から炎の掌が、テルディアスに掴みかかって来た。
それもぎりぎりで躱す。

(呪文を唱えている暇がない?!)

テルディアスは視界を良くする為、フードとマスクを取った。
どこから炎が襲ってくるか分からない。

(というよりも、呪文もなしに、これだけの炎を・・・!)

踊り狂う炎の触手をなんとか躱しながら、テルディアスは魔力を練り始める。

(まさか、火の一族の者?!)

女が猛る炎を集めた。

「さあ、丸焼けにしてあげるわ!!」

集められた炎がテルディアスに一直線に向かってくる。

「水(クア)・・・、壁(ロー)!」

なんとか水の気を集め、壁を作ることに成功したが、少し肩を焼かれた。

「ち・・・」

女がくすりと笑う。

「そんなもの」

ドオ!

今までの火にならないほどの熱量がテルディアスに襲いかかった。

「ぶはっ」

熱気で呼吸もままならない。

(結界を張ってこの熱量! 尋常じゃない! やはり・・・)
















「ふにゃ?」

キーナがパチリと目を覚ました。
むくりと体を起こす。

「あり? 僕?」

なんだかやけに明るいなぁと振り向くと、炎を纏っているお姉さんと、炎に巻かれているテルディアス。

「テ、テル?」

キーナには一体何が起こっているのか分からない。



















カキ・・・
ピシ・・・

結界から嫌な音がし始めた。

(火の力に圧されて水の結界が崩壊しかかっている?!)

火は通常ならば水に弱いのだから、水の結界を破ることはできない。
だが、その水の力を遙かに上回ることができた時、初めてその結界を壊すことができる。
つまりそれほどの威力。

ピシシ・・・

音は大きく、多くなっていく。

(一か八か・・・、炎の層が薄い上から・・・)

ピシリ・・・











(水の力が弱まってる? このままじゃ、テルが・・・)



赤い髪の女がニヤリと笑った。
















ダンッ!

テルディアスが結界を手放すと同時に地を蹴る。

ジュオ

一瞬にして水は蒸発してしまった。
宙に躍り出たテルディアスに女が、

「そう来るのを待ってたわ」

炎の鎌首がテルディアスに襲いかかった。
今まで水の気と繋がっていたため、咄嗟に風を喚ぶことができない。
宙に浮いたテルディアスに為す術はなかった。

(だめだ! 呑まれる!)

熱気が襲いかかってくる。











(やった!)

女が勝利を確信し、笑みを浮かべた。
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