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キーナのバイト
バイトの終わり
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陽が落ち、辺りはとっぷりと暗くなり、家々の窓に仄かに明かりが灯る。
一日の仕事を終え、キーナも有り難くお風呂に入り、夕飯をいただき、さて後は寝るだけとなった。
今日もなかなかの売り上げだったらしい。
昨日に引き続き、食材がなくなってしまったので、お店はいつもより早い締めとなった。
キーナもさすがにくたくたであった。
「にゃ~、さっぱりした~」
寝間着だけになったキーナがくるりんと回る。
「不慣れなもの身に付けてると、な~んか調子狂うのよね」
スカートはすーすーするし、頭はいつもより重く感じるしで、肩が凝る。
「おいキーナ」
「何?」
ぼすっとベッドに腰を下ろす。
「その、だから・・・。本当に他に部屋はないのか?」
「うん」
即答。
・・・・・・・・
しばしの沈黙。
「やっぱり俺は他に宿を・・・」
と言ってテルディアスが出て行こうとすると、キーナが追いすがる。
「やだやだ! いいじゃん! 一緒の部屋でもさー!」
と必死。
「テルがいない間、怖くてよく寝れなかったんだもん。いいでしょ?」
と上目遣いでちょっと泣きそうな顔で言われたら、さすがのテル君も強く出られなかった。
「本当にそこでいいの?」
ベッドの脇に腰を下ろしたテルディアス。
「ああ。狭すぎて一緒には無理だろう?」
「それはそうだけど・・・」
くっついて寝れば大丈夫でないかな?とキーナは考える。
やめてあげて。テルディアスが眠れないよ。
(狭くて良かった)
とほっと胸を撫で下ろすテルディアス。
よかったね。
「ま、テルが傍にいてくれるならいいや」
「・・・」
テルディアスの動機が早くなった。
「そ、傍にいるくらいなら・・・、いつでも・・・」
と振り向いた時には、すでにキーナはすやすやと安らかな寝息を立てていた。
相変わらず寝付きがいいな!
半月が夜空に浮かんでいる。
家々の窓の明かりもほとんど消え、街も夜の中に溶け込んでいっているようだった。
屋根の上で夜空を見上げ、テルディアスはぼんやりと考えていた。
(俺は、キーナの保護者なのであって、それ以上もそれ以下も望まない)
静かな風が通り過ぎる。
夜の風は少し冷たい。
(運命の恋人とやらに出会うその時まで、傍にいられればいい。それだけでいいんだ・・・)
それだけでいいはずなのに、何故か、先程のメイド姿のキーナが浮かんでくる。
髪型が違うせいか、いつもと違って女らしく見えた。
体の線がぴっちり見える服を着ていたせいか、より華奢な感じに見えた。
スカートからすらりと伸びた足は、実は直視できなかった。
そんなことを思い出し、また汗がダラダラと出てくる。
(何だってんだ俺は?! 少しあいつが女らしく見えたからって!)
ギャップ萌えというやつでしょうか?
初めて味わう苦しさと切なさ。その想いは止めどなく溢れ、とうとうテルディアスは男の本能に身を任せ・・・
「するか!」
しないのか。
でも、キスしたいと思ったのは事実なのだよね?
「う・・・」
テル君顔が赤くなる。
キーナの寝顔に思わず見とれて、そのつややかな唇に目が離せなくなって、堪えきれなくなって、外に飛び出して来たんでしょ?
そうだよね?
タリタリタリ・・・
汗がダリダリ。
うおーーーー!!
とテルディアスが頭を掻きむしった。
ふ、アホをからかうのは楽しいのう・・・。
女将さんがふと目を開けた。
何故目を覚ましたのか分からなかったが、目の前に誰かが立っている事に気付いた。
「キーナちゃん?」
それはキーナであったが、なぜか髪が長く、白く光って揺れている。
キーナはにっこりと微笑むと、すすすっと女将さんの側に寄ってきて、口元に手を当て呟いた。
『お世話になったお礼にね、いいこと教えてあげる。次の満月の晩に頑張れば、望むものが手に入るよ。あなた達の子供も、早く生まれたがってる』
そう言うと、ふわりとキーナが離れていった。
『久々に楽しかったわ。ありがとう』
キーナの白い髪がフワリと広がった。
「キーナちゃ・・・?」
女将さんがガバリと身を起こす。
しかし、そこにはもう人影はなかった。
「夢・・・?」
自分の見たものが何だったのか、女将さんには分からなかった。
テルディアスがフワリと部屋に戻ってくると、ベッドが空になっていることに気付いた。
(キーナがいない?! どこへ? まさか、俺を探しに・・・?!)
一度寝たら朝まで起きなさそうな奴だったけど、思い出してみたら、こいつ夜中に部屋を移動するんだったと気付く。
慌てて部屋の出入り口を見ると、白い光が戸口に立った。
白く長い髪がフワリとたなびく。
その顔は紛れもないキーナであるのに、何故髪が長くなった位でこんなにも印象が違うのだろう。
テルディアスは思わず見とれてしまっていた。
キーナも何故かびっくりしたような顔をする。
次にその顔は喜びに輝き、勢いよくテルディアスに飛びついてきた。
テルディアスが気付いた時にはすでに首に手が回る所だった。
(なんで?!)
わざわざ飛びついてくる?
そのままお約束。ベッドに重なったまま倒れた。
(なんだ? 何が一体どうなってんだ? というか、なんで御子の姿になってる?!)
パニクる頭をフル稼働するが、
(ん!?)
気付けばすでに、いつもの髪の短いキーナに戻っている。
そして耳元にすやすやとキーナの寝息が聞こえ、薄い寝間着の向こうから柔らかい感触が伝わってきて・・・。
キーナをベッドに寝かせると、テルディアスは再び屋根の上に戻っていった。
眠れない夜は続く。
夜が明ければ朝になる。
当たり前だ。
陽の光を浴び、街中が活動し始める。
キーナ達も朝食をご馳走になり、少ないけどと、キーナが働いた分の給金まで頂いて、飯屋を発つことになった。
「世話をかけた」
「お世話になりました」
深々と頭を下げて、女将さんと主人に挨拶をする。
「あんた達も元気でね!」
「気をつけてな」
女将さん達も笑顔で送り出してくれる。
「女将さん達も頑張ってね!」
と、キーナが一言付け足した。
女将さんの目がキョトンとなる。
テルディアスもそこは元気でねじゃないのか?と突っ込んでいる。
ともかく、二人は出発した。
キーナは見えなくなるまで振り返り振り返り、手を振っていた。
女将さんも手を振り返す。
二人の姿が見えなくなるまで見送っていた。
キーナ達の姿が見えなくなると、女将さんがポツリと呟いた。
「ねえ、あんた」
「ん?」
「もう一回、頑張ってみない?」
女将さんの頬が少し赤らんだ。
主人もそれに気づき、ちょっと顔を赤らめた。
そして、次の満月の晩、二人はとても頑張ることになるのだが、それはまた別のお話。
「あ~楽しかった」
とキーナが伸びをする。
テルディアスは相変わらず無口である。
キーナは構わず喋り続ける。
「僕働くの初めてだったから!」
「そうか」
テルディアスは適当に相づちを打つ。
「いろんなお客さんがいたのよ! 変な人とか、変な人とか、変な人とか・・・」
変な人しかいないじゃないか。
「くっつくな歩きにくい!」
ともすれば体を寄せてくるキーナを引き剥がしながら、二人は街を出て、街道の森へと差し掛かる所へ来た。
するとそこに、
「待ってたよ」
領主の息子とやらが立っていた。
「この僕にあんなことをしておいて、そう易々と見逃すわけないだろう?」
顔には大きな絆創膏らしきものが貼ってある。
(小物の常套文句だ・・・)
キーナは思った。
すると息子君、何故かキョロキョロと辺りを見回す。
(?)
と思う二人。
何を探しているのだろうか?
そして息子君が言った。
「キーナさんは一緒じゃないのか?」
二人はずっこけた。
「てっきり一緒に旅してるものかと思ったのだけど」
と首を傾げる。
「き、キーナは僕だけど・・・」
キーナが自分を指さしながら答える。
「はあ?」
息子君がキーナをじっと見つめた。
キーナはその視線も気持ち悪くて、少し体を引いてしまう。
「キーナさんは男《・》じゃなくて、可愛い女の子だぞ?」
キーナの心がザクッと抉られた。
テルディアスは思わず噴き出した。
「テル・・・今笑った・・・?」
「いや、その・・・」
キーナの怒りの視線が痛くて視線を逸らすテルディアス。
「はっ、まさか! 女装して僕らを騙した・・・?!」
さらに失敬な言葉を続ける息子君。
「僕は最初っから女の子!」
キーナが叫ぶ。
「だって! どう見たって同一人物には見えない!」
「失敬な!」
テルディアスは思った。
(気持ちは分かる・・・)
「そ、そうか! 僕の純情を弄ぶために・・・」
「ちがーーーう!」
誰が純情か。
「ひ、ヒドイ・・・。僕、本気だったのに・・・」
「ちがうっつーに!」
最早キーナの言葉は聞こえていないようだ。
「許せない・・・、いや、許さない・・・」
ブツブツと呟いている。
「だーかーらー! 聞いてんのかこいつはー!」
聞いてないね。
「こんな奴ら、ボコボコにしちゃえ!」
と息子君が叫ぶと、辺りの茂みから、囲むように男達が飛び出してきた。
まあ、最初からテルディアスを倒して、キーナを連れ去ろうとでも画策していたのでしょう。
「やっぱりこうなるか」
テルディアスは一応気付いてた。
(小物の常套手段・・・)
キーナもなんとなくこうなる予感がしていた。
「テル・・・」
「ん?」
「あいつは僕がやる・・・」
息子君を指さす。
目が据わっている。
(当然だろうな・・・)
「分かった」
二人は同時に駆けだした。
前方にいた二人が剣を振り上げ、応戦しようとする。
テルディアスも剣を抜き、続けざまに二人の剣を弾いた。
キーナはその間を疾走する。
「ひ・・・」
あっという間に息子君との間を詰め、右手を下から振り上げた。
パン!
小気味よい音がして、息子君が地面に尻餅をついた。
「痛ぁ・・・」
叩かれた右頬をさする。
「まったく、人のお店潰すとか、人を・・・男に間違えるとか・・・」
ゴゴゴゴゴ
という擬音語が背中に見えそうな形相で睨み付ける。
「ひいいいいいい~~~」
息子君が後退る。
それほど迫力があった。
キーナは息子君に近づき、手を腰に当て、説教モード。
「しかも自分は手を下さないで高みの見物?! 卑怯にも程があるよ! ていうか、男の風上にも置けないよ! 少しは自分の力でどうにかせんかーい!」
「うわわわわわ・・・」
息子君涙目になっている。
「キーナ」
「ん? テル?」
「こっちは片付いたぞ」
くいっと指さす方向を見ると、見事に全員地面に突っ伏していた。
「あら、お早いお仕事」
まさにあっという間だ。
それを見てさらにビビる息子君。
「た、助けて・・・、殺さないで・・・」
みんな気絶しているだけなんだけど。
「誰も殺してなんか・・・」
ないと言いかけたキーナの言葉を遮り、
「そうだ、次はお前だ」
とテルディアスがフードを取る。
「? テル?」
「ぎゃ!」
マスクも取った。
「て、テル! フード! フード!」
慌てるキーナを押し止め、テルディアスが息子君に向かって凄んだ。
「今度また俺達に関わって来たら、次はお前の命がないと思え・・・」
「ひいいいいいいいいいい!!!」
息子君、恐怖のあまり顔面蒼白。
「もちろん、あの店もだ。分かるな?」
高速で首を縦に振る。
「よし」
「テル! 人に見られたらやばいんでしょ!?」
キーナが早く隠せと急かす。
「ああ、そうだ」
ともう一度息子君を睨み付け、
「俺の事も誰にも言うなよ? その後は、言わなくても分かるな?」
先程よりも高速で全力で首を縦に振る。
「よし、行くぞ」
「テルっ。大丈夫なの?」
「多分な」
森へと続く街道を二人は歩き始める。
「あれだけ脅しておけば・・・な」
息子君達は程なく木々の間に隠れて見えなくなった。
「この姿が役に立つとはな」
しっかりとマスクとフードをし直し、再び素顔を隠した。
そんなテルディアスを見上げながら、
「ダーディンてそんなに怖いんだ?」
とキーナが素直に疑問をぶつけてきた。
この世界の人達は幼い頃からその恐ろしさを話して聞かされているので分かってはいるが、キーナにはなんのこっちゃである。
(ずれてるとは思ったがここまで・・・)
テルディアスは心配になった。
「元々知らないし、テルで見慣れちゃってるし、怖いってのがよくわっかんない」
「・・・。本物が出たらもちろんにげろよ?」
「テルと間違えないように頑張る!」
「・・・」
失礼な奴である。
そんなこんなと言い合いながら、二人は道を進んでいった。
森の木々が、光を浴びながら、ザワザワとざわめいた。
一日の仕事を終え、キーナも有り難くお風呂に入り、夕飯をいただき、さて後は寝るだけとなった。
今日もなかなかの売り上げだったらしい。
昨日に引き続き、食材がなくなってしまったので、お店はいつもより早い締めとなった。
キーナもさすがにくたくたであった。
「にゃ~、さっぱりした~」
寝間着だけになったキーナがくるりんと回る。
「不慣れなもの身に付けてると、な~んか調子狂うのよね」
スカートはすーすーするし、頭はいつもより重く感じるしで、肩が凝る。
「おいキーナ」
「何?」
ぼすっとベッドに腰を下ろす。
「その、だから・・・。本当に他に部屋はないのか?」
「うん」
即答。
・・・・・・・・
しばしの沈黙。
「やっぱり俺は他に宿を・・・」
と言ってテルディアスが出て行こうとすると、キーナが追いすがる。
「やだやだ! いいじゃん! 一緒の部屋でもさー!」
と必死。
「テルがいない間、怖くてよく寝れなかったんだもん。いいでしょ?」
と上目遣いでちょっと泣きそうな顔で言われたら、さすがのテル君も強く出られなかった。
「本当にそこでいいの?」
ベッドの脇に腰を下ろしたテルディアス。
「ああ。狭すぎて一緒には無理だろう?」
「それはそうだけど・・・」
くっついて寝れば大丈夫でないかな?とキーナは考える。
やめてあげて。テルディアスが眠れないよ。
(狭くて良かった)
とほっと胸を撫で下ろすテルディアス。
よかったね。
「ま、テルが傍にいてくれるならいいや」
「・・・」
テルディアスの動機が早くなった。
「そ、傍にいるくらいなら・・・、いつでも・・・」
と振り向いた時には、すでにキーナはすやすやと安らかな寝息を立てていた。
相変わらず寝付きがいいな!
半月が夜空に浮かんでいる。
家々の窓の明かりもほとんど消え、街も夜の中に溶け込んでいっているようだった。
屋根の上で夜空を見上げ、テルディアスはぼんやりと考えていた。
(俺は、キーナの保護者なのであって、それ以上もそれ以下も望まない)
静かな風が通り過ぎる。
夜の風は少し冷たい。
(運命の恋人とやらに出会うその時まで、傍にいられればいい。それだけでいいんだ・・・)
それだけでいいはずなのに、何故か、先程のメイド姿のキーナが浮かんでくる。
髪型が違うせいか、いつもと違って女らしく見えた。
体の線がぴっちり見える服を着ていたせいか、より華奢な感じに見えた。
スカートからすらりと伸びた足は、実は直視できなかった。
そんなことを思い出し、また汗がダラダラと出てくる。
(何だってんだ俺は?! 少しあいつが女らしく見えたからって!)
ギャップ萌えというやつでしょうか?
初めて味わう苦しさと切なさ。その想いは止めどなく溢れ、とうとうテルディアスは男の本能に身を任せ・・・
「するか!」
しないのか。
でも、キスしたいと思ったのは事実なのだよね?
「う・・・」
テル君顔が赤くなる。
キーナの寝顔に思わず見とれて、そのつややかな唇に目が離せなくなって、堪えきれなくなって、外に飛び出して来たんでしょ?
そうだよね?
タリタリタリ・・・
汗がダリダリ。
うおーーーー!!
とテルディアスが頭を掻きむしった。
ふ、アホをからかうのは楽しいのう・・・。
女将さんがふと目を開けた。
何故目を覚ましたのか分からなかったが、目の前に誰かが立っている事に気付いた。
「キーナちゃん?」
それはキーナであったが、なぜか髪が長く、白く光って揺れている。
キーナはにっこりと微笑むと、すすすっと女将さんの側に寄ってきて、口元に手を当て呟いた。
『お世話になったお礼にね、いいこと教えてあげる。次の満月の晩に頑張れば、望むものが手に入るよ。あなた達の子供も、早く生まれたがってる』
そう言うと、ふわりとキーナが離れていった。
『久々に楽しかったわ。ありがとう』
キーナの白い髪がフワリと広がった。
「キーナちゃ・・・?」
女将さんがガバリと身を起こす。
しかし、そこにはもう人影はなかった。
「夢・・・?」
自分の見たものが何だったのか、女将さんには分からなかった。
テルディアスがフワリと部屋に戻ってくると、ベッドが空になっていることに気付いた。
(キーナがいない?! どこへ? まさか、俺を探しに・・・?!)
一度寝たら朝まで起きなさそうな奴だったけど、思い出してみたら、こいつ夜中に部屋を移動するんだったと気付く。
慌てて部屋の出入り口を見ると、白い光が戸口に立った。
白く長い髪がフワリとたなびく。
その顔は紛れもないキーナであるのに、何故髪が長くなった位でこんなにも印象が違うのだろう。
テルディアスは思わず見とれてしまっていた。
キーナも何故かびっくりしたような顔をする。
次にその顔は喜びに輝き、勢いよくテルディアスに飛びついてきた。
テルディアスが気付いた時にはすでに首に手が回る所だった。
(なんで?!)
わざわざ飛びついてくる?
そのままお約束。ベッドに重なったまま倒れた。
(なんだ? 何が一体どうなってんだ? というか、なんで御子の姿になってる?!)
パニクる頭をフル稼働するが、
(ん!?)
気付けばすでに、いつもの髪の短いキーナに戻っている。
そして耳元にすやすやとキーナの寝息が聞こえ、薄い寝間着の向こうから柔らかい感触が伝わってきて・・・。
キーナをベッドに寝かせると、テルディアスは再び屋根の上に戻っていった。
眠れない夜は続く。
夜が明ければ朝になる。
当たり前だ。
陽の光を浴び、街中が活動し始める。
キーナ達も朝食をご馳走になり、少ないけどと、キーナが働いた分の給金まで頂いて、飯屋を発つことになった。
「世話をかけた」
「お世話になりました」
深々と頭を下げて、女将さんと主人に挨拶をする。
「あんた達も元気でね!」
「気をつけてな」
女将さん達も笑顔で送り出してくれる。
「女将さん達も頑張ってね!」
と、キーナが一言付け足した。
女将さんの目がキョトンとなる。
テルディアスもそこは元気でねじゃないのか?と突っ込んでいる。
ともかく、二人は出発した。
キーナは見えなくなるまで振り返り振り返り、手を振っていた。
女将さんも手を振り返す。
二人の姿が見えなくなるまで見送っていた。
キーナ達の姿が見えなくなると、女将さんがポツリと呟いた。
「ねえ、あんた」
「ん?」
「もう一回、頑張ってみない?」
女将さんの頬が少し赤らんだ。
主人もそれに気づき、ちょっと顔を赤らめた。
そして、次の満月の晩、二人はとても頑張ることになるのだが、それはまた別のお話。
「あ~楽しかった」
とキーナが伸びをする。
テルディアスは相変わらず無口である。
キーナは構わず喋り続ける。
「僕働くの初めてだったから!」
「そうか」
テルディアスは適当に相づちを打つ。
「いろんなお客さんがいたのよ! 変な人とか、変な人とか、変な人とか・・・」
変な人しかいないじゃないか。
「くっつくな歩きにくい!」
ともすれば体を寄せてくるキーナを引き剥がしながら、二人は街を出て、街道の森へと差し掛かる所へ来た。
するとそこに、
「待ってたよ」
領主の息子とやらが立っていた。
「この僕にあんなことをしておいて、そう易々と見逃すわけないだろう?」
顔には大きな絆創膏らしきものが貼ってある。
(小物の常套文句だ・・・)
キーナは思った。
すると息子君、何故かキョロキョロと辺りを見回す。
(?)
と思う二人。
何を探しているのだろうか?
そして息子君が言った。
「キーナさんは一緒じゃないのか?」
二人はずっこけた。
「てっきり一緒に旅してるものかと思ったのだけど」
と首を傾げる。
「き、キーナは僕だけど・・・」
キーナが自分を指さしながら答える。
「はあ?」
息子君がキーナをじっと見つめた。
キーナはその視線も気持ち悪くて、少し体を引いてしまう。
「キーナさんは男《・》じゃなくて、可愛い女の子だぞ?」
キーナの心がザクッと抉られた。
テルディアスは思わず噴き出した。
「テル・・・今笑った・・・?」
「いや、その・・・」
キーナの怒りの視線が痛くて視線を逸らすテルディアス。
「はっ、まさか! 女装して僕らを騙した・・・?!」
さらに失敬な言葉を続ける息子君。
「僕は最初っから女の子!」
キーナが叫ぶ。
「だって! どう見たって同一人物には見えない!」
「失敬な!」
テルディアスは思った。
(気持ちは分かる・・・)
「そ、そうか! 僕の純情を弄ぶために・・・」
「ちがーーーう!」
誰が純情か。
「ひ、ヒドイ・・・。僕、本気だったのに・・・」
「ちがうっつーに!」
最早キーナの言葉は聞こえていないようだ。
「許せない・・・、いや、許さない・・・」
ブツブツと呟いている。
「だーかーらー! 聞いてんのかこいつはー!」
聞いてないね。
「こんな奴ら、ボコボコにしちゃえ!」
と息子君が叫ぶと、辺りの茂みから、囲むように男達が飛び出してきた。
まあ、最初からテルディアスを倒して、キーナを連れ去ろうとでも画策していたのでしょう。
「やっぱりこうなるか」
テルディアスは一応気付いてた。
(小物の常套手段・・・)
キーナもなんとなくこうなる予感がしていた。
「テル・・・」
「ん?」
「あいつは僕がやる・・・」
息子君を指さす。
目が据わっている。
(当然だろうな・・・)
「分かった」
二人は同時に駆けだした。
前方にいた二人が剣を振り上げ、応戦しようとする。
テルディアスも剣を抜き、続けざまに二人の剣を弾いた。
キーナはその間を疾走する。
「ひ・・・」
あっという間に息子君との間を詰め、右手を下から振り上げた。
パン!
小気味よい音がして、息子君が地面に尻餅をついた。
「痛ぁ・・・」
叩かれた右頬をさする。
「まったく、人のお店潰すとか、人を・・・男に間違えるとか・・・」
ゴゴゴゴゴ
という擬音語が背中に見えそうな形相で睨み付ける。
「ひいいいいいい~~~」
息子君が後退る。
それほど迫力があった。
キーナは息子君に近づき、手を腰に当て、説教モード。
「しかも自分は手を下さないで高みの見物?! 卑怯にも程があるよ! ていうか、男の風上にも置けないよ! 少しは自分の力でどうにかせんかーい!」
「うわわわわわ・・・」
息子君涙目になっている。
「キーナ」
「ん? テル?」
「こっちは片付いたぞ」
くいっと指さす方向を見ると、見事に全員地面に突っ伏していた。
「あら、お早いお仕事」
まさにあっという間だ。
それを見てさらにビビる息子君。
「た、助けて・・・、殺さないで・・・」
みんな気絶しているだけなんだけど。
「誰も殺してなんか・・・」
ないと言いかけたキーナの言葉を遮り、
「そうだ、次はお前だ」
とテルディアスがフードを取る。
「? テル?」
「ぎゃ!」
マスクも取った。
「て、テル! フード! フード!」
慌てるキーナを押し止め、テルディアスが息子君に向かって凄んだ。
「今度また俺達に関わって来たら、次はお前の命がないと思え・・・」
「ひいいいいいいいいいい!!!」
息子君、恐怖のあまり顔面蒼白。
「もちろん、あの店もだ。分かるな?」
高速で首を縦に振る。
「よし」
「テル! 人に見られたらやばいんでしょ!?」
キーナが早く隠せと急かす。
「ああ、そうだ」
ともう一度息子君を睨み付け、
「俺の事も誰にも言うなよ? その後は、言わなくても分かるな?」
先程よりも高速で全力で首を縦に振る。
「よし、行くぞ」
「テルっ。大丈夫なの?」
「多分な」
森へと続く街道を二人は歩き始める。
「あれだけ脅しておけば・・・な」
息子君達は程なく木々の間に隠れて見えなくなった。
「この姿が役に立つとはな」
しっかりとマスクとフードをし直し、再び素顔を隠した。
そんなテルディアスを見上げながら、
「ダーディンてそんなに怖いんだ?」
とキーナが素直に疑問をぶつけてきた。
この世界の人達は幼い頃からその恐ろしさを話して聞かされているので分かってはいるが、キーナにはなんのこっちゃである。
(ずれてるとは思ったがここまで・・・)
テルディアスは心配になった。
「元々知らないし、テルで見慣れちゃってるし、怖いってのがよくわっかんない」
「・・・。本物が出たらもちろんにげろよ?」
「テルと間違えないように頑張る!」
「・・・」
失礼な奴である。
そんなこんなと言い合いながら、二人は道を進んでいった。
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「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
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