キーナの魔法

小笠原慎二

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光の宮編

真の光の御子

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キーナの体がビクンっとなった。
バッと勢いよく振り向く。その方向には光の神殿。

「そうですか。仕方ないですね・・・」

直前まで、今後どうする、宮を出て行くと話し合っていたので、ソウが独りごちる形になってしまっていた。
キーナが神殿の方向を見たまま固まる。

「いけない」

言葉が口から漏れ出でた。
その言葉に気付き、ソウが振り向く。

「どうかしましたか?」

しかしキーナが動く気配はない。


















光の力が収束されていく。
テルディアスの体に巻き付いた闇の力を剥がそうとする。

「ぐあああああああああ!!」

激痛にテルディアスが悲鳴を上げた。



















「テルっ!」

キーナが叫ぶ。
まるでテルディアスの様子が見えているかのようだ。










テルディアスの腕にヒビが入る。












「だめ!」

キーナが叫ぶ。

「あの・・・、キーナさん?」

キーナがなんだか訳の分からない方を向いて、訳の分からない事を叫んでいるので、ソウは心配になる。

「その方法じゃ解けない・・・。テルが死んじゃう!」

そう叫んだ途端、キーナの体をまばゆい白い光が包み、髪が白く、長くなる。
まるで別人だ。

「え・・・、これって・・・」

白い光は光の力の印。
それを体に纏っていられるのは光の者のみ。
つまり・・・。

「まさか・・・」

ソウも一応事の件はおおまかに聞いていた。
神殿に光の御子様がおいでになったので、この娘は御子様の足止めのためにしばらくここに置くのだと。
しかし、今目の前にいるのは・・・。

『ソウ君』

キーナが振り向いた。

「は、はい!」
『お母さんに会いたい?』
「え?」
『お母さんに、会いたい?』

なんだか話し方も表情も大人びたような感じになっている。
ソウはあまりのことに頭の回転が鈍くなっていたが、その言葉の意味をなんとか理解する。

「は、はい!」

会いたいかと問われれば、やはり会いたいに決まっている。
抱かれた記憶もほとんどないが、あの綺麗な人が自分の母ならば、その腕にもう一度抱かれてみたかった。

『なら一緒に行きましょう』

そう言ってキーナがスタスタと歩いて行く。

「え? あ、あの・・・」

どこへ行くのかとついて行くと、キーナは迷わず月の宮に通じる扉に向かって行った。

「そ、そっちは月の宮!」

慌てて引き留めようとしたが、時すでに遅し。

ドゴオ!

派手な音を立て、月の宮と星の宮を隔てる扉が、壁ごと破壊された。
突然の轟音に月の宮がざわめき出す。
何事かと寄ってきた光の者達が見たのは、破壊された壁と扉と、その中を慄然と歩いてくる一人の少女。

『さ、行きましょ』

たたらを踏むソウに向かってキーナはにっこり微笑む。

「は、はい!」

なんだかよく分からないけど、今を逃したら一生母には会えない気がして、ソウは覚悟を決めてキーナの後について行った。




















御子の寝所で、アイがテルディアスの着ていた服を胸に抱え、ボンヤリとしていた。
その顔は微かに赤らみ、微笑みを浮かべている。
時折微かに溜息を吐いている。
これは、もう、端から見て、どう見ても、好意を抱いているとしか、思えない。
あの天然タラシ男。どうせ気付かないのであろうけれども。

しかし、そんな少し夢見心地の時間は、扉が破壊される轟音で妨げられた。

ドガン!

「きゃ!」

ぱらぱらと破片が舞い落ちる。

「な、何?」

と破壊された扉の方を見ると、沸き立つ砂埃の向こうに人影。

『時間がないから手荒でごめんなさい』
「誰なの?!」

そして気付く。
その人物の後ろにいた影に。
向こうもアイに気付き、

「あ・・・」

と顔を赤らめる。
その顔はおぼろげながら昔の面影を残していた。

「ま、まさか・・・、ソウ?」

その少年の顔が嬉しさで余計に赤らむ。

「ぼ、僕なんかの名前を・・・、お、覚えていて下さったんですか・・・」
「あ、当たり前でしょう?」

少年に近づき、その頬に手を当てる。
温かくて柔らかい。
昔の面影そのままに成長したその少年は、自分に似た眼差しで、こちらを見上げてくる。

「あなたは私のたった一人の息子ですもの・・・」

腕に抱いた感触を思い出す。
泣きわめき、ぐずっていたことを思い出す。
おっぱいを飲ませている時の安らぎ。
笑顔を見せてくれた時の喜び。
寝転んで、はいはいをして、立って、歩いて、その全てが驚きで、喜びだったあの日々。
そして引き裂かれてしまった悲しみ。
様々な思い出が蘇る。

「大きくなったわね・・・」
「お母さん!」

母と子は抱き合った。
お互いを確かめ合うように。

『感動的な所をごめんない。時間がないの』
「あ・・・」

二人が髪の長い少女に向き直る。

『私はこれからあの人を助けた後、ここから逃げるわ。その時・・・』

その少女は二人を力強く見つめた。

『あなた達も来る?』

















「ガ・・・ア・・・」

テルディアスの全身にヒビが入る。
所々割れ、欠片が宙に舞い、消えていく。
だが、その欠片の剥がれた後に見えるのは、肌色ではなく、闇の色だった。
テルディアスは激痛のあまり意識を失いかけている。
その時、光の精達の動きが鈍った。
術者達がそれに気付いた時、

バゴオ!

神殿の扉が壁ごと破壊された。

『やめなさい!』

少女の凜とした声が響いた。
驚き、扉の方を見ると、美しい白く長い髪をたなびかせた少女が入って来た。

「ま、まさか・・・」
「御子様?」

術士達が驚き、術を停止する。
テルディアスは突然の解放に、そのまま床に倒れ込んだ。

『テルっ!』

キーナが駆け寄り、テルディアスを抱き上げる。

『テル、テル、しっかりして!』

テルディアスの顔は苦痛に歪んでいたが、意識を失っているわけではなさそうだった。
剥がれかけていた欠片も、体中に走っていたヒビも、あっという間に元通りになっていく。

「う・・・、あ・・・」

と何か話したそうにはするが、うめき声にしかならない。
その様子にほっとするキーナ。
だが、

ズキ・・・

頭の奥に痛みが走る。

『!』

この痛みは・・・。

「あなた様が・・・、真の御子様?」
「なんたることだ。我らは、低俗な、しかも闇に捕らわれた者などと間違えていたなんて・・・」

その台詞を聞いて猛烈な怒りがこみ上げて来た。

『まだ、そんなことを言っていたの? あなた達。あの時本当に潰しておけば良かった・・・。いっそのこと、今・・・』

ズキィ!

先程よりも強い痛みが走った。

(もう限界?! 待って・・・、待って・・・、僕の体・・・!)

キーナが痛みに耐える。

パキ

キーナとテルディアスの周りに、光の結界が張られた。

「逃がしませぬぞ御子様。あなたはここにいるべきなのです!」

光の者達が周りを取り囲む。
キーナが光の者達を睨む。
そしてそっとテルディアスの頭を床に下ろすと、立ち上がった。

『私はこんな所に留まらないと、言い続けてるでしょう!』

キーナが声を張り上げる。

「光は希望なのだ!」

光の者も声を張り上げた。

「そしてあなた様は人類の希望なのだ。だから! 宮殿《ここ》にいるべきなのだ!」

光の者達がキーナを拘束しようと、じりじりと近づいてくる。
キーナはそれを睨みつけ、一度目を閉じた。
再び目を開けると、キーナの表情が変わっていた。

『相変わらずね・・・』

話し方も何故か艶が増したような感じになった。
光の者達が一瞬たじろぐ。

『私達の為に、少し眠っていてもらいましょう』

そう言ってキーナが右手を空に向かって掲げた。
すると、何故か結界がかき消えた。
光の者達が驚く。

「な、何をした・・・?」

光の者達が違和感にたじろぐ。

『力を封印したの。本当はしたくなかったけど。この状態じゃ、仕方ないしね・・・』
「な・・・、なんだと?!」

光の者達は自覚していた。
今まですぐ側に感じられていた光の精達の気配を微塵も感じなくなっていたことに。
力を封印した。
つまり、光の力はもちろん、その他の精霊の力も使えなくなってしまったのだった。
キーナが光の者達に背を向ける。

『バイバイ』

そう一言告げた。

ガゴオ!

神殿の屋根を破壊し、キーナはテルディアスを連れて空へと飛び出した。

「御子様―――――――――!」

残された光の者達には、為す術もなかった。





















光の力を使い、高速で空を飛ぶ。
その後ろには、アイとソウがが抱き合いながら一緒に空を飛んでいた。

ズキィ!

先程よりも強い痛みが走り、一瞬意識が遠くなる。

「う・・・」

これ以上飛ぶのは危険と思い、森の中へと着地した。
テルディアスに肩を貸す。

『テル、大丈夫?』
「ああ・・・」

キーナの肩を借りながら、フラフラと一人で立とうと頑張るテルディアス。
そんな二人を見ながら、アイは諦めの溜息をそっと吐いた。
数年ぶりに味わった仄かな感情に、チクリと胸が痛んだ。

『立てる?』
「ああ」

なんとか足元がしっかりしてきたテルディアスが、一人で立つ。

「御子様」

アイが声をかける。

『ああ、怪我はない? 二人とも』
「はい」

アイが手に持っていた荷物をキーナに差し出す。

「これを」
『テルの荷物一式ね。ありがとう』
「いえ」

なにせテルディアスはパンツ一丁。
着替えやら剣やらをアイに探してもらったのだ。

『二人にはこれね』

そう言ってゴソゴソと取り出し、アイの手に少し大きい革袋を手渡す。

『はい』

お金だった。
しかもかなり入ってる。

「こ、こんなに?!」
『これからいるでしょう。持ってって』
「でも、こんなには・・・」

さすがに多すぎるのではないかと半分位にしてもらおうとするが、

『あって困る物でもないでしょう?』

と押し返される。

『もう二人は自由よ。宮の方もしばらくは大忙しだろうから追っ手も来ないだろうし。自分の好きなように生きて! 光の力さえ使わなければあいつらなんかに見つからないから!』

アイの目から涙が零れ始めた。

「あ、ありがとうございます・・・。まさか・・・、あそこから出られて・・・、ソウにも会える日が来るなんて・・・」
「お母さん・・・」

涙を流す母を見ながら、ソウの目にも熱い思いが溢れ出す。

「僕はこれから、母を支えていきます!」

キーナに向かってそう宣言した。

『ええ。頑張って』

キーナも嬉しそうに微笑んだ。
そんな光景を、テルディアスは黙って眺めていた。


















ソウがこちらに手を振り、アイが頭を軽く下げる。
二人は手を繋ぎながら、街道を目指して森の中を去って行った。
手を振り返し見送っていたキーナが、二人が見えなくなった所で腕を下ろした。

「キーナ・・・」

テルディアスがキーナの肩に手をかけようとした時、キーナの体を覆っていた光と白く長い髪がフッと消えた。
短い髪のいつもの感じに戻ったキーナは、そのまま前のめりに倒れ込む。

「キーナ!」

テルディアスが慌てて抱え込む。

「はっ、はっ、はっ、はっ・・・」
「? キーナ?」

荒い呼吸を繰り返すキーナの顔を見ると、蒼白になっていた。そして大量の脂汗。

(顔色が青い! 呼吸が荒い! それになんだこの汗?! 今までにも覚醒した後はぶっ倒れてたが・・・、今回のこれは尋常じゃないぞ?! とにかく、落ち着ける場所を探そう)

キーナを抱き上げ、テルディアスは落ち着ける場所を探しに歩き始めた。















少し行った所に運良く洞窟を見つけ、その中にキーナを寝かせる。
荷物も取ってきて、自分のマントをキーナに掛けてやった。
布を魔法で湿らせ、汗を拭いてやる。
キーナは青い顔のまま眠り続けた。
日が暮れる頃には、呼吸も少しは落ち着いてきた。

(呼吸が少し安定してきたか・・・)

「キーナ・・・」

目覚めないキーナの汗を拭きながら、テルディアスはキーナを見守り続けた。
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