53 / 296
水の都編
罠
しおりを挟む
扉に張り付き、キーナが鍵を開けにかかる。
思ったより単純な鍵だ。それほど手間はかかるまい。
道具を駆使し、カチャカチャといじっていると、
カ・・・チリ
と音がした。
(今の音?)
何か開いた音とは違う気がするが・・・。
「開いたか?」
キーナの手が止まったのでテルディアスが声をかける。
「う、うん」
違和感を感じながらも、扉を押し開けた。
ギイイイイ・・・
扉は難なく開いた。
廊下の明かりが差し込み、奥に宝玉を抱いた台座が見えた。
台座の前には階段があり、敷物が敷かれてある。だが、その敷物は階段を下りてすぐの床で途切れていた。
普通こういうのは扉から伸びてる物では?と不思議に思う。
そういうデザインなのだろうか?
台座の上で宝玉がきらめく。
内部にまるで水の流れがあるように見える。
気泡のような物が浮かんだり消えたりしている。
「あれが・・・」
「水の宝玉・・・」
テルディアスとキーナが魅了されたように呟いた。
確かに普通の石とは違う何かを感じる。
「あれがか・・・」
誘われるようにテルディアスが歩き出した。
だが、キーナは動けなかった。
じわじわと感じる違和感。何かが変だ。ただ、何が変なのかがよく分からない。
背後で扉が独りでに閉じた。
そして、
カ・・・チリ
と音がした。
そう、この音だ。
普通の鍵が開く音ではない。
キーナは図面を思い出す。
この辺りには確か何も書かれてはいなかった。そう、宝玉の間は真っ白だったのだ。その間の通路に至っては、事細かに書かれていたのに。
隠し通路、罠の設置してある場所、マジックミラー等々。
だが、宝玉の間だけは真っ白・・・。
(まるで、何もないことを強調するような・・・)
何もなさ過ぎる。
そうだ、そして、鍵。
(なんで宝が置いてある部屋なのに、他の部屋と変わらない鍵なの?! 普通閂とか、もっと厳重な鍵が備え付けてあるはず・・・)
そしてあの音。
カ・・・チリ
あれは鍵の開いた音ではない。何かが嵌まった音。
(もしかして、罠?!)
「テル!! 待って!!」
キーナが叫ぶ。
「え?」
テルディアスがふと我に返ってキーナに振り向いた時だった。
ドバン!!
二人の足元の床が消えた。
「な・・・」
ほぼ真ん中まで来ていたテルディアス、テルディアスに駆け寄ろうとしてバランスを崩したキーナ。
捕まる所などあるはずもなく、重力に任せて、二人の身体は落とし穴へ落ちていく。
「きゃああああ!」
「うわああああ!」
一瞬驚いて悲鳴を上げるが、すぐに呪文を唱える。
「風翔(カウレイ)!」
風が二人の身体をフワリと包み、重力から解放される。
「あー、びっくりした」
「まったくだ」
落とし穴は心臓に悪い。
「早く上がろう」
「うん!」
魔法を使ってしまった。下手をすると警備兵が押し寄せてくる。急いで逃げなければならない。
キーナは上を見上げて、上昇するようにイメージするが・・・。
「・・・あれ?」
上がらない。というか、下がっている。
「テル・・・、なんか、下がってる気が・・・」
風の魔法を使っているのに何故?
「ああ・・・、これは、まさか・・・、魔力封じの結界が張られている・・・」
「まりょくふーじ? つまり、魔法が使えなくなる・・・」
「そういうことだ」
「・・・」
キーナの頭は瞬時に理解した。
魔法が使えなくなる、つまり、落とし穴にこのまま落ちていく。
下を見る。
宝玉の間には元々明かりがなく、落とし穴にはもちろんそんなものは用意されていない。
闇は続くよどこまでも。
「真っ暗~~~! 下見えない~~~! 落ちたら死ぬ~~!!!」
キーナがパニックに陥った。
「落ち着け! 魔法も少しは使えるようだから、このまま、ゆっくりと・・・」
ゆっくりと加速していく。
「降りられないらしいな・・・」
「うにゃあああああああ!!!」
二人の身体を重力が再び捕らえた。
このままでは二人とも無事では済むまい。
(キーナだけでも!)
とテルディアスは空中で向きを変え、なんとかキーナに近づこうとするが、うまくいかない。
キーナは恐怖のあまり気絶した。
その時、宝玉の間で、宝玉が光を帯び始めた。
その青い光はだんだんと強まり、落とし穴の奥を照らし始める。
ドプン
テルディアスの落下速度が緩和される。
(・・・水?!)
どこからか水が満たされ、身体の落下が緩和されたのだ。
だが、不思議なことに、水の中のような感触なのに、呼吸が普通にできる。
(これは・・・なんだ?!)
身体を動かすと水の感触がする。やはり水の中にいるのだ。
そして気づいた。
キーナの側に誰かがいるのを。
青い長い髪の美しい女だった。
白く流れるドレスは、裾に行くほど青みを帯びていく。
(誰だ?)
危険は感じなかった。
キーナをとても大事そうに抱えているからだ。
その女がテルディアスに気づく。
キーナのおでこに軽く口づけすると、ゆらりと泳いでテルディアスに近寄ってきた。
そして優しくテルディアスの顔に触れる。
すると、口を動かしてもいないのに、女の声が頭に響いてきた。
『この下は私の力も及ばぬ領域。力になることはできません。私の気配をお探しください。それが外へ出る為の唯一の方法・・・。御武運を・・・。我らが御子よ・・・』
そう言って女は二人を見送りながら消えていった。
(あれは・・・、水の?)
テルディアスがその先を考えようとした時、突然水の気配が消えた。
ドベッ!
「きゃん!」
ドゴッ!
「ぐっ!」
一人はどうやら打ち所がちょっと悪かったらしい。
「あててて、おしりが、つぶれちゃうかも・・・。って、あれ? そういえば僕、どうして・・・」
とキーナが現状に気づく。
闇は続くよどこまでも。
右見て左見て、右手見て左手見て、何も見えない。
顔の前に手を持ってきても見えない。
真の闇。
闇、闇、闇・・・、キーナはあの夢を思い出す。
闇の中、自分は一人で彷徨う。
誰もいない、助けを呼んでも誰もいない。
ただ独り。
たった独り。
恐怖が沸き上がる。
ざわざわとざわざわと足元から這い上がってくる。
「あ・・・ああ・・・!」
叫びだそうとした時、
「キーナ!」
テルディアスの声が響いた。
「テル!」
声のした方に振り向く。
「キーナ?」
声はすれども姿は見えず。
恐ろしさが沸き上がる。
「テル・・・、どこ?」
声が震える。
「テルゥ!」
「落ち着け! キーナ!」
テルディアスが優しく語りかける。
「落ち着け、今そっちに行くから」
「・・・うん」
見えないので距離感もよく分からない。
だがそこまで離れていないのも分かる。
キーナは頑張って耐える。
怖いけど、これはあの夢ではない。独りではない。テルがいるのだ。
テルディアスは手探りでキーナの声のした方に進む。
床に何かしら転がっているようだが気にしない。気にしていられない。
(頼れるのは己の触覚と聴覚だけ、か。死の宝玉とはよく言ったものだ。こんな暗闇に一人で落とされたら時をおかずして皆発狂するだろう。それよりも、あの高さから落とされたんだ。ここに落ちた時点で生きている者の方が少ないか・・・)
ガサガサガサ
と音が近づく。
床にある色々な物を避けているのだろうと考える。
ガサガサガサ
近い。
「テル?」
「キーナ?」
答える声がすぐ近くで聞こえた。
手を伸ばせばすぐそこにいるような。
キーナは思い切って膝立ちになって手を伸ばす。
より遠くへ腕を伸ばす為に。
そして、手ではなく、胸に何か触れた。
(!!!!!!!!!)
感触からして、これは・・・手!
テルディアスの手!
手が胸に!
(こ、この場合どうすべき?! 声を上げるべき?! たたき落とすべき?! でも、やっと会えた?のにここでこの手を払ったりして、また分からなくなったらどうするどうするどうするどうする・・・)
キーナはパニックに陥った。
「キーナか?」
何も分かっていなテルディアスは、触れている物を確かめるように手を動かす。
サワサワと。
(!!!!!!!!!)
恥ずかしさのあまりキーナの足から力が抜ける。
ペタリンコ、と床に座り込む。
手に触れていた物がなくなり、
「キーナ?」
テルディアスが不審に思って手を伸ばす。
すると、今度はさらさらした物に触れる。
(髪? 頭か?)
「キーナ?」
触ってみると頭のようだった。
さっき触れた物はなんだったんだろう?とも思うが、どうせ真っ暗なのだから分かりゃしない。考えないようにする。
それよりも、目の前にいるキーナのはずのものがなんだかピクリとも動かないし声も出さない。
テルディアスは不安になった。
「キーナ? どうした? 大丈夫か? 怪我はないか?」
両手で頭と思われる物をなで回す。暗闇でなかったら変態だ。
「う、うん! 大丈夫だよ!」
「ならいいが」
なんとなく声がうわずっているような気もしたが、声が元気そうなので大丈夫だろうと判断する。
明かりがあればキーナの顔が真っ赤になっていることに気づいたであろうけれども。
そういえばとテルディアスが思い出す。
「お前、ライトを持っていなかったか?」
「ライト? ああ!」
うっかりすっかり忘れてしまっていた。こんな時こそ道具を使う時!
「そーだそーだ! そんな便利な道具が・・・」
ゴソゴソとポケットを探っていたが・・・、
「・・・ない」
声のトーンが一気に落ちた。
「落ちた拍子にどっか行っちゃったみたい~」
泣きそうになるキーナ。
でも表情は分かりません。
「仕方ない。手探りで出口を探すしかないか」
「出口?! あるの?!」
キーナの声が弾む。
「ああ」
先程のあの青い髪の女性が言っていた。
『私の気配をお探しください。それが外へ出る為の唯一の方法』
外へ出る。つまりどこかに出口があるということだ。
「よかった・・・」
キーナの声が涙声になっていることに気づく。
「暗い所嫌いだもん・・・。怖いし、独りっきりみたいだし・・・」
ベソベソとキーナが泣いている気配が伝わってくる。
いつもへらへらと笑っている元気印のような男の子に間違えられる女の子が泣いている。
一言多くないか?
テルディアスはキーナを軽く抱き寄せると、キーナの耳元(テルディアスは気づいてない)で囁く。
「俺がいつでもお前の傍にいてやる。どんなときも。だから安心しろ」
真っ暗闇で、男の人に抱きすくめられ、しかもテルディアスは声優並みにいい声をしていて、それが耳元でなんだかいい台詞を吐き出すものだから、さすがににぶいキーナもなんだかドキドキしてしまう。
「う、うん・・・」
なんとか声を絞り出す。
心臓がドキドキとうるさく、顔が火照っているのが分かる。
いたたまれなくなってキーナは、テルディアスを軽く押し返しながら、
「テ、テルは、暗いの、怖くないの?」
と聞いた。
「ああ、前に似たような目に遭ったことがある」
「そうなんだ」
もちろんだがテルディアスの顔は見えない。
「その時は独りだった。でも今はお前がいる」
そう言って頭をくしゃくしゃにする。
「にゃー!」
キーナが抗議の声を上げる。
「だから、怖くない」
キーナはテルディアスの腕を捕まえながら、暗闇で良かったとちょっぴり思った。
でなければ、顔が赤くなっているのがバレバレであったろう。
テルディアスの手は大きくて、キーナの頭をすっぽりと覆ってしまっている。その温かさを感じているだけで、キーナは安心感を得られた。
この手に捕まっていれば大丈夫、とそう思えた。
思ったより単純な鍵だ。それほど手間はかかるまい。
道具を駆使し、カチャカチャといじっていると、
カ・・・チリ
と音がした。
(今の音?)
何か開いた音とは違う気がするが・・・。
「開いたか?」
キーナの手が止まったのでテルディアスが声をかける。
「う、うん」
違和感を感じながらも、扉を押し開けた。
ギイイイイ・・・
扉は難なく開いた。
廊下の明かりが差し込み、奥に宝玉を抱いた台座が見えた。
台座の前には階段があり、敷物が敷かれてある。だが、その敷物は階段を下りてすぐの床で途切れていた。
普通こういうのは扉から伸びてる物では?と不思議に思う。
そういうデザインなのだろうか?
台座の上で宝玉がきらめく。
内部にまるで水の流れがあるように見える。
気泡のような物が浮かんだり消えたりしている。
「あれが・・・」
「水の宝玉・・・」
テルディアスとキーナが魅了されたように呟いた。
確かに普通の石とは違う何かを感じる。
「あれがか・・・」
誘われるようにテルディアスが歩き出した。
だが、キーナは動けなかった。
じわじわと感じる違和感。何かが変だ。ただ、何が変なのかがよく分からない。
背後で扉が独りでに閉じた。
そして、
カ・・・チリ
と音がした。
そう、この音だ。
普通の鍵が開く音ではない。
キーナは図面を思い出す。
この辺りには確か何も書かれてはいなかった。そう、宝玉の間は真っ白だったのだ。その間の通路に至っては、事細かに書かれていたのに。
隠し通路、罠の設置してある場所、マジックミラー等々。
だが、宝玉の間だけは真っ白・・・。
(まるで、何もないことを強調するような・・・)
何もなさ過ぎる。
そうだ、そして、鍵。
(なんで宝が置いてある部屋なのに、他の部屋と変わらない鍵なの?! 普通閂とか、もっと厳重な鍵が備え付けてあるはず・・・)
そしてあの音。
カ・・・チリ
あれは鍵の開いた音ではない。何かが嵌まった音。
(もしかして、罠?!)
「テル!! 待って!!」
キーナが叫ぶ。
「え?」
テルディアスがふと我に返ってキーナに振り向いた時だった。
ドバン!!
二人の足元の床が消えた。
「な・・・」
ほぼ真ん中まで来ていたテルディアス、テルディアスに駆け寄ろうとしてバランスを崩したキーナ。
捕まる所などあるはずもなく、重力に任せて、二人の身体は落とし穴へ落ちていく。
「きゃああああ!」
「うわああああ!」
一瞬驚いて悲鳴を上げるが、すぐに呪文を唱える。
「風翔(カウレイ)!」
風が二人の身体をフワリと包み、重力から解放される。
「あー、びっくりした」
「まったくだ」
落とし穴は心臓に悪い。
「早く上がろう」
「うん!」
魔法を使ってしまった。下手をすると警備兵が押し寄せてくる。急いで逃げなければならない。
キーナは上を見上げて、上昇するようにイメージするが・・・。
「・・・あれ?」
上がらない。というか、下がっている。
「テル・・・、なんか、下がってる気が・・・」
風の魔法を使っているのに何故?
「ああ・・・、これは、まさか・・・、魔力封じの結界が張られている・・・」
「まりょくふーじ? つまり、魔法が使えなくなる・・・」
「そういうことだ」
「・・・」
キーナの頭は瞬時に理解した。
魔法が使えなくなる、つまり、落とし穴にこのまま落ちていく。
下を見る。
宝玉の間には元々明かりがなく、落とし穴にはもちろんそんなものは用意されていない。
闇は続くよどこまでも。
「真っ暗~~~! 下見えない~~~! 落ちたら死ぬ~~!!!」
キーナがパニックに陥った。
「落ち着け! 魔法も少しは使えるようだから、このまま、ゆっくりと・・・」
ゆっくりと加速していく。
「降りられないらしいな・・・」
「うにゃあああああああ!!!」
二人の身体を重力が再び捕らえた。
このままでは二人とも無事では済むまい。
(キーナだけでも!)
とテルディアスは空中で向きを変え、なんとかキーナに近づこうとするが、うまくいかない。
キーナは恐怖のあまり気絶した。
その時、宝玉の間で、宝玉が光を帯び始めた。
その青い光はだんだんと強まり、落とし穴の奥を照らし始める。
ドプン
テルディアスの落下速度が緩和される。
(・・・水?!)
どこからか水が満たされ、身体の落下が緩和されたのだ。
だが、不思議なことに、水の中のような感触なのに、呼吸が普通にできる。
(これは・・・なんだ?!)
身体を動かすと水の感触がする。やはり水の中にいるのだ。
そして気づいた。
キーナの側に誰かがいるのを。
青い長い髪の美しい女だった。
白く流れるドレスは、裾に行くほど青みを帯びていく。
(誰だ?)
危険は感じなかった。
キーナをとても大事そうに抱えているからだ。
その女がテルディアスに気づく。
キーナのおでこに軽く口づけすると、ゆらりと泳いでテルディアスに近寄ってきた。
そして優しくテルディアスの顔に触れる。
すると、口を動かしてもいないのに、女の声が頭に響いてきた。
『この下は私の力も及ばぬ領域。力になることはできません。私の気配をお探しください。それが外へ出る為の唯一の方法・・・。御武運を・・・。我らが御子よ・・・』
そう言って女は二人を見送りながら消えていった。
(あれは・・・、水の?)
テルディアスがその先を考えようとした時、突然水の気配が消えた。
ドベッ!
「きゃん!」
ドゴッ!
「ぐっ!」
一人はどうやら打ち所がちょっと悪かったらしい。
「あててて、おしりが、つぶれちゃうかも・・・。って、あれ? そういえば僕、どうして・・・」
とキーナが現状に気づく。
闇は続くよどこまでも。
右見て左見て、右手見て左手見て、何も見えない。
顔の前に手を持ってきても見えない。
真の闇。
闇、闇、闇・・・、キーナはあの夢を思い出す。
闇の中、自分は一人で彷徨う。
誰もいない、助けを呼んでも誰もいない。
ただ独り。
たった独り。
恐怖が沸き上がる。
ざわざわとざわざわと足元から這い上がってくる。
「あ・・・ああ・・・!」
叫びだそうとした時、
「キーナ!」
テルディアスの声が響いた。
「テル!」
声のした方に振り向く。
「キーナ?」
声はすれども姿は見えず。
恐ろしさが沸き上がる。
「テル・・・、どこ?」
声が震える。
「テルゥ!」
「落ち着け! キーナ!」
テルディアスが優しく語りかける。
「落ち着け、今そっちに行くから」
「・・・うん」
見えないので距離感もよく分からない。
だがそこまで離れていないのも分かる。
キーナは頑張って耐える。
怖いけど、これはあの夢ではない。独りではない。テルがいるのだ。
テルディアスは手探りでキーナの声のした方に進む。
床に何かしら転がっているようだが気にしない。気にしていられない。
(頼れるのは己の触覚と聴覚だけ、か。死の宝玉とはよく言ったものだ。こんな暗闇に一人で落とされたら時をおかずして皆発狂するだろう。それよりも、あの高さから落とされたんだ。ここに落ちた時点で生きている者の方が少ないか・・・)
ガサガサガサ
と音が近づく。
床にある色々な物を避けているのだろうと考える。
ガサガサガサ
近い。
「テル?」
「キーナ?」
答える声がすぐ近くで聞こえた。
手を伸ばせばすぐそこにいるような。
キーナは思い切って膝立ちになって手を伸ばす。
より遠くへ腕を伸ばす為に。
そして、手ではなく、胸に何か触れた。
(!!!!!!!!!)
感触からして、これは・・・手!
テルディアスの手!
手が胸に!
(こ、この場合どうすべき?! 声を上げるべき?! たたき落とすべき?! でも、やっと会えた?のにここでこの手を払ったりして、また分からなくなったらどうするどうするどうするどうする・・・)
キーナはパニックに陥った。
「キーナか?」
何も分かっていなテルディアスは、触れている物を確かめるように手を動かす。
サワサワと。
(!!!!!!!!!)
恥ずかしさのあまりキーナの足から力が抜ける。
ペタリンコ、と床に座り込む。
手に触れていた物がなくなり、
「キーナ?」
テルディアスが不審に思って手を伸ばす。
すると、今度はさらさらした物に触れる。
(髪? 頭か?)
「キーナ?」
触ってみると頭のようだった。
さっき触れた物はなんだったんだろう?とも思うが、どうせ真っ暗なのだから分かりゃしない。考えないようにする。
それよりも、目の前にいるキーナのはずのものがなんだかピクリとも動かないし声も出さない。
テルディアスは不安になった。
「キーナ? どうした? 大丈夫か? 怪我はないか?」
両手で頭と思われる物をなで回す。暗闇でなかったら変態だ。
「う、うん! 大丈夫だよ!」
「ならいいが」
なんとなく声がうわずっているような気もしたが、声が元気そうなので大丈夫だろうと判断する。
明かりがあればキーナの顔が真っ赤になっていることに気づいたであろうけれども。
そういえばとテルディアスが思い出す。
「お前、ライトを持っていなかったか?」
「ライト? ああ!」
うっかりすっかり忘れてしまっていた。こんな時こそ道具を使う時!
「そーだそーだ! そんな便利な道具が・・・」
ゴソゴソとポケットを探っていたが・・・、
「・・・ない」
声のトーンが一気に落ちた。
「落ちた拍子にどっか行っちゃったみたい~」
泣きそうになるキーナ。
でも表情は分かりません。
「仕方ない。手探りで出口を探すしかないか」
「出口?! あるの?!」
キーナの声が弾む。
「ああ」
先程のあの青い髪の女性が言っていた。
『私の気配をお探しください。それが外へ出る為の唯一の方法』
外へ出る。つまりどこかに出口があるということだ。
「よかった・・・」
キーナの声が涙声になっていることに気づく。
「暗い所嫌いだもん・・・。怖いし、独りっきりみたいだし・・・」
ベソベソとキーナが泣いている気配が伝わってくる。
いつもへらへらと笑っている元気印のような男の子に間違えられる女の子が泣いている。
一言多くないか?
テルディアスはキーナを軽く抱き寄せると、キーナの耳元(テルディアスは気づいてない)で囁く。
「俺がいつでもお前の傍にいてやる。どんなときも。だから安心しろ」
真っ暗闇で、男の人に抱きすくめられ、しかもテルディアスは声優並みにいい声をしていて、それが耳元でなんだかいい台詞を吐き出すものだから、さすがににぶいキーナもなんだかドキドキしてしまう。
「う、うん・・・」
なんとか声を絞り出す。
心臓がドキドキとうるさく、顔が火照っているのが分かる。
いたたまれなくなってキーナは、テルディアスを軽く押し返しながら、
「テ、テルは、暗いの、怖くないの?」
と聞いた。
「ああ、前に似たような目に遭ったことがある」
「そうなんだ」
もちろんだがテルディアスの顔は見えない。
「その時は独りだった。でも今はお前がいる」
そう言って頭をくしゃくしゃにする。
「にゃー!」
キーナが抗議の声を上げる。
「だから、怖くない」
キーナはテルディアスの腕を捕まえながら、暗闇で良かったとちょっぴり思った。
でなければ、顔が赤くなっているのがバレバレであったろう。
テルディアスの手は大きくて、キーナの頭をすっぽりと覆ってしまっている。その温かさを感じているだけで、キーナは安心感を得られた。
この手に捕まっていれば大丈夫、とそう思えた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる