キーナの魔法

小笠原慎二

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奴の名はサーガ

サーガの夢

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あたしがあんたを愛してる
そう言ったってあんたは信じやしないんでしょうね


スターシャ…

「サーガ!」

目を開けると、黒い物体が目の前を占領していた。

「どわああああ!」

驚いて飛び起きる。

「あ、起きた」

サーガの鼻先に止まっていたキューちゃんがひらりと舞う。
先に目覚めて支度を終えていたキーナが、

「早速朝ご飯だGO!」

と張り切って部屋を飛び出していった。
キューちゃんも後を追ってひらりと飛んでいく。

「もそっとマシな起こし方ないんかい…」

サーガのつぶやきは誰の耳にも届かなかった。
ベッドから降りて伸びをする。
なんと快適な寝覚めであるか。

「う~、よく寝た…」

そう呟いてふと思う。

よく寝た・・・・

(俺が? よく寝た? まさか?! だが待てよ? 昨日、妖魔の気配にも気づかず、眠りこけてたんだっけ…)

普段の自分ならばそんなことはありえない。
ぐっすり寝こけて敵の接近を許すなんて…。

(…スターシャがいなくなって以来…、二度と熟睡なんてできねぇと思ってたのに…何故)

どんな女を抱いても安眠できることはなかった。なのに…。



「あ、ねえねえ、これちょうだい」

朝食の席、なにやら美味かったのか、サーガのオカズの一つに手を伸ばすキーナ。

「や・だ」

無慈悲にそれをつまみ上げ口に運んでしまうサーガ。

「あ~…」

ま~もともとサーガのオカズなのだから仕方ない。

「一口くらいくれてもいいのに…」

ブツブツと未練タラタラだ。

(こんな色気もクソッけもないガキが…、俺が探す幸せなのか?)

道道歩きながら、ケンケンパなどして進むその姿はまさに子供。
しかも言われなければ男に間違えてしまうような顔をしている。
まあ、もう少しあちこちが出たり締まったりしていれば、なんとか女の子と分かりそうなものだが…。

(まっさか! 冗談だろ)

自分にそっちの趣味はないぞと言い聞かせるサーガ。
そっちとは、まあ、男好きではないということで、深い意味はない。
キーナが知ったらどう言う意味だと詰め寄りそうなものだが、本人はケンケンパをしながらサーガよりも前の方を歩いている。
とそこへ、

「君、一人?」

「へ?」

優しそうな青年がキーナに声をかけた。
ずっこけるサーガ。
俺がいるんだっちゅーに…!
というオーラを発しながらキーナの背後に立つ。
それに気づいた青年は、

「ああ、連れがいたのね?!」

と、あたふたと離れていった。

「今のも人攫いだぞ! お前は隙がありすぎんだよ!」

「んなこと言われても」

隙なんてどうやってなくすのだろう?
頭をひねるキーナ。

「声かけてくる奴はとりあえず疑え!」

「わかった」

嫌な世の中ですね~。
親切な仮面をつけて、人の足元を攫う事しか考えていない人が多いのは悲しいことですな。
おや? 待てよ?

「てことは、サーガも?」

疑いの目で見つめるキーナ。

「てめえ…」

さすがにイラっとしたサーガ。
助けてやんねーぞ!
いいも~ん、お金払わないよ~
などと言い合いながら、道を急ぐ二人でありました。











次の街プロスを通り越して、無理矢理先を急ぐキーナを、野宿は危ないから宿に泊まったほうがいいと注意喚起しながら、キーナの後を素直に着いて行くサーガ。
サーガの言う通り、街道の途中で日が暮れだした。

「だからプロスで宿を取ろうと言ったろう!」

「野宿でいいも~ん」

「よかない!」

と言い合いながら二人が進んでいくと、珍しく街道途中に宿屋が現れた。
場所によっては街道の途中に宿屋があったりなかったり。
何も好き好んで妖魔が出やすい場所で宿屋を経営する物好きも、そんなにいないということで。
このような途中にある宿屋には、特別に結界が張られてあったりもするので、一応安全です。

とにかくこれ幸いと、陽が完全に落ちるまで歩きたいと渋るキーナを引きずり、宿屋へ突っ込んだ。
なんだかんだで疲れていたのか、食事を終えて寝る支度を済ませ、明日の予定を話していると、キーナの目がしぱしぱとしだした。
開けているのももう無理とばかりに、何度もこっくりと倒れそうになる。

「眠いのか?」

キーナが素直に頷いた。たんに頭が落ちただけかもしれない。

「寝ろ」

「でも…、あしらのよれい…」

すでに舌も回っていない。

「あとは俺がやっておくって」

寝ろ寝ろとキーナを急き立て、自分のベッドに地図を広げる。

「ごめんにゃ~サーガ~」

「いいって」

もぞもぞと布団に潜り込んだかと思うと、そのままバッタリ倒れこんだ。

「死んだか?」

生きてます。
すでに寝息がすーすー聞こえだしている。
なんて寝付きのいい奴だ。

「一応男がいるんだからちっとは警戒しろっての」

と頭をボリボリとかきながらサーガがつぶやいた。
そしてふと考えつく。

(ん? もしかしてテルディアスとやり慣れてるから、こんなにも警戒心が薄い…と?)

先ほど着替えの最中に間違って部屋の戸を開けてしまった時に見えたのだが、服を脱げば、そこそこ膨らみのある体をしていた。
きちんと枕が飛んできたので一瞬のことだったが。
10歳くらいかと思っていたが、あの体の成り方からして、もう少し、12~13はいっているのではないかと推測された。

本当は14だが。

となると、そういうことがあってもおかしくないわけで。
あるわけないけど。
だったら…
サーガの瞳がキラリと光る。

(少しくらい味見しても…)

実に素早い動きでキーナの足元に移動した。

(近頃ご無沙汰だったからな~)

「いただきま~す」

小さな声できちんと挨拶をして、布団を足元から捲り上げながら、その中へ入っていこうとすると、

デン!

と居座る黒い丸い球体…。
キューちゃんがキーナの腰の辺りから、サーガを見上げていた。
モロに目があったサーガ。
動きが止まり、

「…保護者代わり?」

と尋ねると、キューちゃんがこくこくとうなずく。
そして、制裁が行われた。











夜も更けた森の中で野営していたテルディアスが、

(? なんだ? 朝からモヤモヤしていたのが、突然さっぱりした…?)

などと考えていたことなど、誰も知る由もない。












グウグウ、スヤスヤ眠る頃、月は上るよチャッチャッチャ。
いいフレーズ。
その通りに部屋ではグウグウとサーガ、スヤスヤとキーナが寝ていた。

「う…ん」

と少し苦しそうな声を出したのはサーガ。
何やら夢を見ているらしい。


あたしがあんたを愛してるって言っても
あんたは信じないんでしょうね


綺麗な真っ直ぐな黒髪の少女が言う。

スターシャ?
何を…

なんでもないわ

そう言うといつもの情事の後のように背を向けて去っていく。
手を伸ばしても届かないその後ろ姿。
追うことも叶わず、ただその場で呆然としているしかない。

サーガ…
もう少し、もう少し早ければ…
スターシャはずっとあんたを…
待ってたのに…

傷つきボロボロになった女達が、さらにボロボロになった少女を囲んで泣いていた。
顔には薄汚れてはいたが、白い布が被されていて…。



「スターシャ!」

と手を伸ばすと、目の前にいたのは、

「誰?」

キーナだった。
寝ぼけていたのか、いつの間にか起き上がっていた。

「な、なんでお前がここに…?」

「もう朝だよ」

窓を見れば、すでに外は明るい。
青い空がよく見えた。

「あ、ああ、そうか…」

ベッドの端に座り込み、ぐったりと頭を抱える。

「ご飯食べに行こうよー」

そんなサーガの様子に気づいていないのか、本能の赴くままに食欲を満たそうとはしゃぐキーナ。
少しは気遣ってやれ。

(なんで今頃…、スターシャのことを…)

夢でさえ見ることもなかったのに…。












街道を進む二つの人影。
もちろんキーナとサーガである。
その少し前をフラフラと黒い球体に翼の生えたキューちゃんが飛んでいく。

「誰なのさ、スターシャって」

遠慮なしにキーナが質問している。

「何でもいいだろ」

明らかに答えたくない雰囲気を醸し出し、サーガが答える。

「いいじゃんケチ」

「うるさいぞお前」

相変わらず口喧嘩をしながら先へ進んでいく。
妖魔が出たり、おやつを取り合ったり、字が読めないことを馬鹿にされたりと色々あったが省略。
ところがサーガには困ったことが。
何故か時折、キーナの横顔がスターシャと重なった。
その度にギクリとしてしまう。

「? どうかした?」

「べ、別に!」

キーナは黒に近いがどこか茶色い色が混じっているのに、夜の闇を思わせるスターシャ黒髪とは似ても似つかないのに。
なんでこいつと重なるんだ…。
体型も髪の長さも、色気も素っ気も、性格も何もかも違いすぎるというのに…。
さっぱり似てやしないのに…。
落ちていた赤い実を拾って

「りんごみたい。美味しそう」

と眺める姿は子供にしか見えない。
とりあえず、落ちていたものを拾って食べるのはやめましょう。











グウグウ、スヤスヤと眠る二人。
今日もありがたく宿に辿り着けたようだ。

「う…ん」

と唸っているのはやっぱりサーガ。
また何やら夢を見ているらしい…。




「これを」

スターシャが不思議な形をしたペンダントを差し出した。
半月にデベソができたような変な形。

「何だこりゃ?」

「お守りよ」

スターシャがもう一つのペンダントをサーガに見せた。
それは半月の真ん中が凹んだ形をしていた。
二つを合わせるとひとつの円になる。

「二つで一つになるの。たとえ離れ離れになってもいつかまた巡り会えるんですって。戦場に行ってもちゃんと帰って来れるようにね」

スターシャが微笑んだ。

「必ず私の元に帰って来ますようにっていう、おまじないね」

「ったく、女ってのはこういうのが好きだよな」

サーガは苦笑いをする。

「待ってるだけなのが辛いからよ」

「くへへ、一応もらっておくぜ」

掌でお守りを大事に包み込む。

「俺はこんなもん信じねーけどな」

呪《まじな》いなど信じない。けれど、その心遣いが嬉しかった。




ダン!

思わず机に勢いよく手をつく。
むしゃくしゃする思いをぶつけても、気分はさりとて晴れはしない。
そこに置いておいたペンダントにさえ文句を言う。

「離れ離れになってもまた会えんだろ?! 行き先くらい指し示してみろよ!! くそ…」

そう言って机にペンダントを投げつけ、頭を抱えた。
そこへ仲間の男が走り込んできた。

「サーガ! 見つけたぞ! 奴らのアジトだ!」

それを聞いた途端、サーガは剣を持って部屋から飛び出した。



アジトに傭兵団がなだれ込む。

「すべてを叩き切れ!」

どこからか声が聞こえてくる。
一人も生かしておくつもりはないのだ。

「サーガ、お前は女達を探せ!」

「分かった!」

サーガはアジトの奥へと走り出した。

「スターシャ! みんなー! スターシャ!!」





「って、誰?」

気がつくと、目の前にあるのはキーナの顔だった。
思わずそこにあったもの、つまり枕をひっつかんで、キーナの顔に投げつけた。

ボフン

「ひ、人の寝顔見てんじゃねーよ!」

「だって~、うるさいんだもん」

枕の直撃した顔を抑えつつ、キーナが言った。

「スターシャ! スターシャ! って。昔の恋人?」

枕を抱きかかえ、サーガに問いかける。

「別に、何でもねーよ」

口を尖らせてそっぽを向くサーガ。
そんなサーガを怪しげな目つきで眺めるキーナ。

「ほ~お? 離れ離れになっても巡り合えるペンダントねえ~?」

ぐっとつまるサーガ。

「お前! どこまで聞いてんだ!」

「自分で勝手に喋ったくせに!」

わやわやともみ合っていたが、しばらくすると疲れきったのか、お互いにぜいぜい、はあはあと肩で息をしていた。
しばし呼吸を整えて。

「スターシャは…」

サーガが真面目な顔をして座り込んだ。

「スターシャは俺に当てられた女だ」

「当てられた女?」

キーナも座り込む。

「そうだ」

遠い目をしながらサーガが語り始めた。

「俺は、傭兵団の村で生まれ育ったんだ…」
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