キーナの魔法

小笠原慎二

文字の大きさ
上 下
29 / 296
奴の名はサーガ

夢3

しおりを挟む
テル…

呟いたのか、ただ思っただけなのか。
ぼんやりと目を開けると、そこはいつもの闇の中。

(また…闇の中)

上も下もわからない。
自分が立っているのか、ただ浮いているのか、沈んでいるのか、横になっているのかよくわからない。
ただ闇の中にキーナは存在していた。
ただ一人。
ところがまた、いつもと違っていた。
目を凝らすと、遠くの方で何かが光っていた。
その光の中、座っているものは、キーナのよく知る人物。

(ああ…、また、テルがいる…、また、ひとりじゃない…)

光に吸い寄せられるかのようにフラフラと歩き、テルの横にたどり着く。

「テル」

キーナが声をかけた。
振り向いたその顔は、キーナのよく知るダーディンの顔をしていた。

「誰だお前は?!」

冷たく言い放つ。

「もう三回目なのに~…」

いい加減分かってよ、夢なのに。
と文句を言いながらも、独りじゃない安心感に包まれていた。
いそいそと横に座りながら、

「何してんの?」

と声をかけるが、

「見ての通り座っている」

「そ~じゃないっしょ!」

「…」

夢でもぶっきらぼうな奴だ。
と、夢の中のテルが、少しおどおどしたようにキーナの顔を見た。

「お前、俺が怖くないのか?」

「どーして?」

「どーしてって…」

「?」

「…」

見りゃわかるだろうとでも言いたげに、キーナの顔を見つめるテル君。
さっぱり訳の分かっていないキーナ。
夢でも同じかお前ら。

「ダーディンを知らんのか?」

なんなんじゃこいつはと思いっきり顔に書きながら、キーナに質問するテル君。

「知ってるよ!」

それがどうしたとばかりに答えるキーナ。

「でもテルは違うっしょ?!」
当たり前とばかりに言い放つキーナ。
驚くテル。

「テルのこと信じてるもん」

やすやすと、テルディアスの欲しい言葉を放つキーナ。
本人は無自覚であるが。
警戒していたテルの顔がほころぶ。

「なんで…、見ず知らずの俺のことを…?」

「ん~、見ず知らずってわけでもないんだけど…」

なんと言ったら良いのかと考えこむが、特に良い言い回しが思いつくはずもない。

「なんか、テルといると安心するんだ。それだけなんだけど…」

「答えになってないな」

まさにその通りだな。
テルの瞳が警戒心をなくし、穏やかな光を湛えている。

「ひとつ、いいか?」

テルがおずおずと話しかけた。

「何?」

キーナは笑顔で受け答える。

「触れても、いいか?」

心の緊張が読み取れるような、震えるのを隠しているような声。

「いいよ」

キーナは笑顔で答えた。
固まった体をほぐすかのように、おずおずと、怖々と、テルが手を伸ばす。
その手をキーナは少しも恐れることはなく、そっと手を掴むと、少し強引にその手を自分の頬に押し当てた。
キーナの手よりも1.5倍は大きいのではないかと思えるその手。
キーナの顔がやすやすと隠れてしまうだろう。
たとえその色が異質なものだとしても、キーナは気にならなかった。

「テルの手、大きいね」

自分の手を押し当てているその少女がつぶやく。

「それに、あったかい」

柔らかく、温かい。
長いこと忘れていたような気がする。
人は、こんなにも温かいものなのだと。
その温かさを、手に入れたくなった。
もっと感じていたいと思った。
もっと温もりを感じていたい…。
頭がぼうっとなる。
もっと近くで、体中で感じていたい…。
この少女の存在を、温もりを感じていたい…。
意識が、少女のみに向けられていく…。

「ねえ、テル?」

ふいに少女が自分を見つめた。

「い?! あ、いや…」

「?」

我に返ってしどろもどろになるテル。
顔が赤くなる。
いったい何を考えていたのやら…。

「ずっと、僕の傍にいてね?」

キーナが穏やかに微笑む。
テル君の瞳が驚愕に開かれる。

「お前は…、一体…」

永遠に思える時が、一瞬のうちに過ぎ去って行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...