キーナの魔法

小笠原慎二

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テルディアス過去編

キーナに出会うまで

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道すがら人から金品、衣服、持ち物を奪い、自分の体をできるだけ隠した。
ばれないように必死に顔を隠し、国立図書館などに入り、あるいは忍び込み、いろいろな書物を漁った。
だが、人間をダーディンにする魔法など聞いたこともない。
だんだんと切羽詰っていく・・・。

時に、その姿を見られることもあった。
そうすると人々は恐怖をあらわにし、槍や剣を持ってテルディアスに襲いかかった。
幾度もそうやって死にそうになった。
そんな混乱と恐怖の毎日。

テルディアスの足は自然と生まれ育った街に向かっていた。
アスティなら、ティアなら、マーサなら、テルディアスだと気づいてくれるかもしれないと。
仄かな期待を持って・・・。

街に入る手前に一本の大きな木があった。
そこはテルディアス達が小さい頃よく遊んだところだった。
木に成長した印を刻んだものだ。
その木の前に、アスティが立っていた。
刻んだ印を虚ろに見つめ、ただ立っていた。

「アスティ・・・」

テルディアスは思っていた。
アスティなら、ティアなら、マーサなら、気づいてくれるかもしれない。
そう思っていた。
いや、願っていた。

「アスティ!」

フードを取り、顔をさらけ出し、アスティの名を呼びながらアスティに向かって走った。
必ず気づいてくれるはず。
そう思い込んでいた。
振り向いたアスティの顔が、変わるまでは・・・。
その顔は、他の人達と同じように、恐怖の色をあらわにした。
テルディアスの足が止まる。
恐怖に歪んだアスティの顔・・・。

「ダーディンだ!!」

アスティが叫んだ。

「お前ら! 街のやつらに知らせて来い!」

近くにいた仲間にアスティが言った。

「おう!」

と声がして二人の男が街に向かって駆け出した。

「違う! 俺だ! テルディアスだ!」

必死にテルディアスは叫んだ。

「テルディアス?」

アスティの顔が引きつった。

「貴様・・・テルディアスをどうした?・・・」

アスティが聞いたこともないようなドスの聞いた声を出す。

「だから、俺がそうなんだ!」

テルディアスも必死に返した。

「行方知れずになって一年余り・・・。方々探したが、見つからんわけだ・・・」

アスティの顔が怒りに染まっていく。
その顔はテルディアスが今まで見たことのない顔だった。
温厚なアスティ。
怒ることも滅多になく、いつもへらへら笑っているだけだったのに・・・。

「お前のようなやつに・・・・」

アスティが構える。
その掌に力が集まる。

「アスティ・・・。俺が・・・分からないのか・・・」

テルディアスの足が一歩下がる。

「お前のようなやつに・・・テルディアスは!!!」

怒りに染まった瞳。
テルディアスのことが分からない。
アスティが。
アスティが。

「イラ・テガ!!」

アスティが唱えた。

「クア・ロー!」

夢中でテルディアスも唱えた。
アスティの力が一瞬早くテルディアスを捉えた。

ドン!

大きな爆音が辺りに響き渡った。
削られた大地がパラパラと雨のように降りそそいだ。

「逃がしたか・・・」

アスティの前には小さなクレーターが出来ていたが、そこにあるはずの死体はなかった。














どこをどう歩いてきたのか。
満身創痍のままテルディアスは森の中を歩いていた。

(アスティが・・・俺だと分からなかった・・・)

あの目―――
恐怖に満ちたあの目。

(アスティまでもが・・・、俺を・・・あんな目で・・・見た・・・。アスティが・・・)

よろよろと足の進むままに歩き続ける。
ふと気づくと、赤い屋根のそれ程大きくはない可愛らしい家が、目の前に現れた。
いつの間にか、自分の家に向かって歩いてしまっていたらしい。
一年ぶりに見る自分の家。

変わっていなかった。
自分が旅立ったあの日から何も。
母が亡くなった後も。
ソードマスターの称号を授かった後も。
何も。
変わっていない。
ふらふらとテルディアスは自分の家に吸い寄せられるように歩いていった。

ガチャ

突然玄関の扉が開いてティアが出てきた。

「マーサさん! 早く!」

後ろを向きながら出てきたのでまだテルディアスには気づいていない。

「まあまあ、そんなに慌てなくても、こんな年寄り襲われたりしませんよ」

ティアがテルディアスに気づいた。
硬直する。
マーサも姿を現した。

「ひっ・・・」

小さな悲鳴を漏らした。
およそ一年ぶりに見る二人。
変わっていない。
いや、ティアが少し女らしくなったような気がする。
だがその顔には、恐怖の色。
やはり、テルディアスとは分からないようだ。

(ああ、お前らも・・・)

テルディアスは軽く失望しただけだった。
やはり、という思いがあった。
アスティが気づかなかったのだ。この二人だって・・・。
胸に残った最後の希望の光が消えたような気がした。
後に残るは、闇。
ティアがキッとテルディアスを睨む。そして腰に下げた剣をすらりと抜き放ち、構えた。

「お、大人しくやられたりしないわよ!」

必死に剣を構え、マーサを庇おうとする。

「お、お嬢様!?」

マーサが心配そうにティアを見つめた。
その手は、膝は、恐怖で震えている。
テルディアスがふらりと足を踏み出す。

「こ、来ないで!」

ふらりふらりとテルディアスはティアに近寄った。

(お前なら・・・、お前になら、殺されてもいいな・・・)

ティアの構える剣に向かって歩む。
全てを終わらせたかった。
この苦しみを。この悲しさを。

「こ、こないで・・・」

ティアの声が震えている。
剣先にテルディアスは喉を近づけた。
ティアの震えを剣が伝えて、カタカタと小刻みに鳴っている。
剣先に喉を押し当てようとした。

(このまま、一思いに・・・)

全ての苦しみから、悲しみから、そしてこの孤独から逃れられる。

(これで・・・、終わる)

カタカタと小刻みに震える剣先に、喉を押し当てたその時。

チリッ

静電気のようなものが走った感覚があった。

≪そうはさせないわよ☆≫

どこからか声が聞こえてきた。

ドクン

心臓が高鳴った。
目の前が真っ暗になった。
自分の意思に逆らい、体が勝手に動き出す。

ガッ

ティアの剣をテルディアスが掴んだ。
突然のことに驚くティア。そのまま剣ごとティアの体が宙を舞った。

「きゃああ!」

近くの木に背中から投げ出され、そのまま気を失ってしまう。

「お嬢様!!」

マーサが叫んだ。
テルディアスがマーサに襲いかかる。

「ひ・・・」



振り下ろそうとした右手を左手が止めた。

「ぐ・・・おおお・・・お・・・」

抗う右手を力の限り押さえこむ。

「させる・・・・かぁ・・・」

ギリギリと、爪が食い込むのもかまわず、テルディアスは勝手に動こうとする自分の体を必死に押さえ込んだ。
ちらりとマーサを見る。
状況が分からずマーサは震えながらテルディアスを見つめていた。
テルディアスは身を翻し、森に向かって走り出した。

「ああああああああああああああ!」

取り残されたマーサは、テルディアスの後姿をしばらく見送っていた。
その後姿、あの間近で見た顔・・・。

「・・・坊ちゃま?」

不意に湧き出た考えが口をついた。
しかしそんなことはありえない。テルディアスは普通の人間だ。
肌の色も青緑ではない、髪も銀髪ではない、耳も尖っていない普通の人間だ。
マーサは首を振り、おかしな考えを追い出すと、ティアの介抱に向かった。










森の中を駆け抜けるテルディアス。
その瞳は潤んでいた。
それは悔しさからか、哀しさからか。
どこをどう駆けたか、不意に足元から大地が消えた。
崖だった。
体が宙に放り出される。
テルディアスは抵抗することなく、重力に身を任せた。

(このまま落ちれば・・・死ねる・・・)

大地がテルディアスの体を飲み込もうとしたそのとき、

≪そうはさせなくてよ≫

またどこからか声が聞こえた。
再び静電気のような感覚を感じた。

ブオン

テルディアス周りに闇の結界が現れた。

「!」

テルディアスを包み込んだまま、闇の結界は宙を舞い、安全な場所までテルディアスを運び、消えた。
テルディアスはガクッと膝をついた。
そのまま前のめりに両手をつく。
全身が小刻みに震えていた。

「死ぬことさえ・・・もう、俺には・・・選べないのか・・・?!」

森の木々がさやさやと風に揺れた。
その音に混じって、声のようなものが聞こえてきた。

≪もっともっと、私を楽しませて♪≫

そして、風と共に消えた。
















その後のことを、テルディアスはあまり覚えていない。
ただ、人目を避け、森の奥へ、山の中へ入っていった。
帰る場所を失ったテルディアスを待っていたのは、妖魔達を相手に戦いの日々。
戦っている間は全てを忘れられた。
そうでもしなければ、失ったものの大きさに、悲しみに耐えられなかったのだ。
死に場所を求めさすらう日々。

ある時に思い出したミドル王国にいる魔法の師匠。
かなりの実力者であったはずなので、もしかしたらこの呪いの解き方も分かるかもしれない。
目的も何もなかったテルディアスは、何気なくミドル王国に向かって足を向けた。
しかし、行くのは躊躇われた。

大きな街に行くのは怖かった。それに、もしその師匠までもが、あんな目で自分を見たら・・・。
そう思うと足は進まない。
王国へ行くか、このままさ迷うか、それとも・・・魔女の元へ行くか・・・。
そんなことを考えながら、釣り糸を垂らしている時だった。

ドボン

川の中ほどに何かが落ちた音がした。

バシャッ

水がはねた。
よく見ると人の手が宙を掻いていた。

「たすけ・・・」

子供の顔が見えた。

(人が溺れてる?!)

反射的に助けようとして、テルディアスは躊躇った。

(助けてどうする! 助けたところでどうせは・・・)

恐怖に歪む顔。
憎しみのこもった瞳。
全ての人がテルディアスを恐れた。

バシャッ

子供が波に飲まれ、見えなくなった。

(どうせ助けても怖がられるだけだ・・・)

恐怖を与えるだけなら、いっそのこと助けないほうが・・・。
そしてハッとなった。
何を馬鹿なことを考えていたのか。
ここで助けなければ、俺は本当に人間ではなくなってしまう!
そんな気がした。

夢中で風の結界を張り、水の中へ飛び込んだ。
水底へ沈んでいく少女の手を取り、岸へ運んだ。












目の前でその少女が安らかな寝息をたてている。
あの時、キーナが現れなければ・・・

(俺は魔女の元に行ってしまっていたかもしれない・・・)

『僕を助けてくれたんだもん。信じるよ』

その言葉にどれほど救われたか。
恐怖も憎しみもない、普通の人間のように接してくれる。
ただそれだけのことが、こんなにも嬉しいことだとは。
誰も自分の言葉を聞いてくれなかった。
誰も自分のことを信じてくれなかった。
ずっと独りだった。
孤独の闇を這いずり回り、絶望の色しか見えなかった。

だが・・・。

思わずテルディアスはキーナを抱きしめた。
今はキーナがいる。
絶望の闇に投げかけられた、一筋の希望の光。
キーナだけが、テルディアスを普通の人間として見てくれる。
キーナだけが、テルディアスの言葉を信じてくれる。
離したくなかった。
出来れば一緒に居たかった。

だが、一緒にいれば、魔女の手が伸びる。
だからこそ一緒には居られない。
テルディアスに向けられる唯一の笑顔。
それを失うようなことがあったら・・・。
キーナを失うようなことがあったら・・・。

(俺は・・・)

闇に、呑まれる。

俺を独りにしないでくれ・・・







キーナの意識が、夢と現実の狭間で、テルディアスを感じていた。
鼓動が聞こえる。
テルの鼓動だ。

(なんでだろう。安心するんだ、テルの気配は・・・)

怖い夢を見たとき、誰かがそばに居ないと怖くて怖くて半狂乱になってしまいそうになる。
そんな時は、ずっとお母さんがそばに居てくれた。
だけど今はいない。
でも今はテルがいる。
不思議と、テルの気配はお母さんよりも安心できた。
テルがいれば、あの怖い夢も見ないですむ。
でも見ても平気だ。
だって、こんなに近くにテルがいるのだから。

夢の中でも僕は、独りじゃないから。








独りじゃない・・・。
今は・・・。
今、この時は・・・・。
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