キーナの魔法

小笠原慎二

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テルディアス過去編

テルディアスの過去

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「テルディアスーーーー!」

可愛らしい女の子の声が通りに響いた。
黒髪の目つきの鋭い少年、テルディアスが振り向いた。
右手には剣を携え、左肩から荷物を下げている。
髪を高い位置で二つに結んだ、瞳のパッチリした可愛い女の子が、手を振りながら走ってくる。

「ティアか。何か用か?」

仏頂面のままテルディアスが答えた。

「相変わらずそっけないわね」

毎度のことなのか、ティアと呼ばれた少女も、あきれながら言った。
ティアは幼馴染の女の子で、テルディアスが通っている剣の道場の娘でもある。
テルディアスは今まさにその道場へ行く途中なのだ。

「こ~んな可愛い子が声掛けてやってんのよ」

可愛いという自覚があるらしい。

「少しは嬉しそうな顔を・・・」

聞く耳持たんとばかりにテルディアスは早歩きで歩き出す。

「待ちなさいよーーー!」
怒りながらティアが追いかけてくる。
テルディアスは溜め息をついた。実はティアが少し苦手・・・というか、女が嫌いなのだ。
ぺらぺらとよく喋るわうるさいわ・・・。

「道場まで一緒なんだから手でも引いたりしたらどう?!」

少し赤くなりながらティアがテルディアスに食い下がる。

「生憎俺の両手は荷物でいっぱいだ」

そっけなく答えると、テルディアスはすたすたとティアを置いて歩き出す。
その後ろからは、ティアが膨れっ面になりながら、必死でテルディアスの後を追いかけていく。











この街唯一にして一番でかい剣の道場。
剣の腕を磨くべく、沢山の男達が剣を振るっていた。
その風景を見守っているのが、この道場の息子であり、ティアの兄であるアスティだ。
着替えを済ませたテルディアスとティアがそろって出てくるのを見つけ、アスティはにんまりとする。

「仲がいいなお前ら。また一緒かよ」

軽くからかうように言ったのだが・・・。

「違うぞこいつが勝手にくっついてきたんだ」

テルディアスには通じないらしい。

「来る所は一緒でしょ!!」

ティアが顔を赤くしながらテルディアスに食いつく。
そんなティアの様子をさっぱり気付かない様子で、テルディアスはさっさと練習に励みだす。

「さっぱりだな。テルディアスは」

アスティが呟く。

「兄さん・・・」

兄の独り言を捕らえ、ティアが嫌な顔をしてアスティを睨む。

「お前も大変だな。ティア」
「何の話よ!」

いや、周りの皆にはもうバレバレなのだが・・・。
気付いていないのは当の本人、テルディアスくらいだろう。この唐変木は。

テルディアスが適当に相手を見つけ、打ち合いを始める。
相手は見るからにテルディアスよりも年上なのだが・・・。
何度か打ち合った後、

カーン

という気持の良い音を残し、テルディアスの相手の剣が見事に空高く舞い上がる。

「ま、まいった・・・」

相手に剣先をつきつけ、仕合の終わりを告げる言葉を吐かせる。
そしてクルクルと落ちてきた剣を、器用にその手に受け止めた。
互いに礼をし、テルディアスは新たな相手を探し始める。
しかし、この道場にはすでに、テルディアスの相手をつとめられる者が、アスティと剣の師匠だけとなってしまっていたのだ。

「相変わらずつえ~なぁ」

ぼやくアスティに、

「アスティ、相手してくれ」

テルディアスが頼み込む。
たまには本気で打ち込まねば剣の腕が鈍ってしまう。

「俺は無理さ。剣の才能まったくねーし。一応仕方なくここにいるだけだし。ティアのほうが強いぞ」

(うそつけ。面倒くさいだけだろ)

テルディアスが心の中で突っ込む。
未だにアスティに勝った事はない。だが、追い越してしまうのも時間の問題だった。
先延ばしにしたい気もするが、自分がどこまで強くなれるか試してみたいと思うのも事実だ。
ティアは女でありながら、その剣の腕は男に負けないくらいの実力者だ。
だが、テルディアスはティアには負ける気がしなかった。

「ティアも女だてらに良くやるよな」

アスティが呟く。
その動機は分かってはいるが・・・。

「あと2、3年したら誰も敵わなくなるんじゃね?」

たしかにティアの実力も伸びている。

「それはないな」

テルディアスが自信満々に応える。
打ち合いをするティア。やはり振りが甘いときがある。女という壁を越えるのはやはり難しいものか。

「あいつはいい女剣士になるさ。ただ、お兄さんの希望としては、もう少し女らしくなって欲しいなぁ・・・」

だんだん声のトーンが落ちていく。
そう、アスティも例に漏れず、シスコンである。ただし、認めた男がすでに目の前にいるという点で、世間一般とはちょっとずれたシスコンとでも言おうか。

「そう思わんか? テルディアス! あいつお嫁に行けるかな?!」

是非もらってくれ!
聞く人によってはそうとも聞き取れた。
が。

「知らねーよ」

テルディアスには分からなかった。

「物好きな奴がもらってくれると有難いんだけど・・・」

ちらちらとテルディアスを見ながら言うも・・・。

(妹のことになると途端にアホになるんだから・・・)

頭を抑えて考え込むテルディアスは、やはりさっぱり気付いていないのだった。













日も落ちかけ始めた夕暮れ時。家路に着くテルディアスの影が長く伸びている。

「テルディアスーーーー!!」

またテルディアスを呼ぶ声が響いた。
振り向くと、

「またお前か」
「何よその言い方」

ティアが走ってきた。
手に何か持っている。

「これ、父様からおばさまにどうぞって。北の方の果物でカルパラッツですって」

ティアが差し出した袋の中には、黄緑色の丸い果物が入っていた。
見るからに美味しそうだ。

「ああ、すまないな」

テルディアスの家は決して裕福な方ではない。そのためかこうして差し入れをもらうことがよくある。

「また私行きますからって言っといて」

しょっちゅう用事をつけては、ティアはテルディアスの家に通っていた。
テルディアスにとってはいい迷惑であったが。

「じゃね!」

軽く手を振ると、来た時と同じようにティアが走り去っていった。
その後姿を見送ると、テルディアスはまた歩を進めだした。
テルディアスの家は少し街から離れた丘の上にあった。少し急な上り坂を登り、林の中を進むと、赤い屋根のそれ程大きくはない可愛らしい家が見えてくる。家の周りも木に囲まれていたが、ある一方だけは開け、街がよく見えるようになっていた。
玄関の扉を開け、中に入る。

「ただいま・・・」
「お帰りなさいまし、テルディアス坊ちゃま」

テルディアスを待っていたのか、すぐに声がテルディアスを迎える。
家政婦のマーサだ。
小柄なマーサは背丈だけならば子供に間違えられそう・・・と言ったら本人は傷つくかもしれないが、11歳のテルディアスよりも拳一つ分ほど小さかった。ただ、その笑顔はとても柔らかく、見ているだけで安心できる。

「師匠の所から。カルパラッツとか」
「あらまあ、毎度毎度」

嬉しそうにテルディアスの差し出した袋をマーサが受け取った。

「今度お礼に伺わないとねぇ」

にこにこと袋の中をのぞき、マーサが言った。

「あっちから来ると言ってたぞ」

やはり無愛想にテルディアスが言った。ちょっと迷惑そう?
それを聞いてマーサは思った。

(ティアお嬢様だな・・・)

突っ込まないことにした。
テルディアスが家に帰ると必ずすることがある。
それは、

コンコン

扉をノックした。

「どうぞ」

中から声が応える。

「失礼します」

テルディアスが扉を開けて中に入っていった。

「お帰りなさい。テルディアス」

夕日は既に落ち、部屋の中は温かい灯りで照らされていた。その真ん中にベッドが置かれ、ベッドの上では、テルディアスの母親が座ってテルディアスを迎えた。
テルディアスの母は、昔はとても健康だったと言うが、テルディアスを生んでから体調を崩し、ほぼ寝たきりの生活だった。あまり外に出られないせいか、顔色も青白い。
その手には、紙とペンが握られていた。
それを見て一瞬、テルディアスの顔が曇る。

「ただ今・・・帰りました」

そう言って頭を下げた。

「ご苦労様でした」

帰ったら必ず母に挨拶をしに来ること。これはこの家の決まりごとだった。

「起き上がっていてよろしいのですか?」

少し心配そうにテルディアスが尋ねる。

「ええ。今日は大分いいの。少し散歩もしたのよ」

確かに今日の母の顔はいつもより赤みが差しているようにも見える。
その後、今日起きた出来事などを話し、テルディアスは、

「失礼します」

とまた頭を下げて部屋を出て、扉を閉めた。

(また手紙を書いていたのか・・・)

部屋で着替えを済ませ、いつものように一人で食事を済ませた。
あらかた片付け、部屋に戻るとベッドの上にどさっと横たわる。

「ふうっ」
(いくら手紙を出したって、今までこないもんが今更来るかよ)

いつものように母が書いている手紙に悪態をつく。
宛名は分かっている。

父親だ。

テルディアスが聞いたところによると、テルディアスの父はさる国の豪族、つまりは結構位の高いお貴族様らしい。
ある時母から少し聞いたところによれば、父と母は本当に愛し合っていたとか。
お貴族様の本当というのがどの程度なのか・・・。
結局母はただの愛人だったのだろう。
テルディアスを身篭ったことで国を追われ、この街に来たとか・・・。
詳しくはよく知らなかった。母もあまり話したがらないし、少し事情を知ってそうなマーサにも、何となく聞けない雰囲気だった。

別にそれでもいいと思っていた。今更父親のことを知ってどうしようというのか。
そんなふうに健気に父を愛し続けている母を小さな頃から見続けていたテルディアスは、いつしか馬鹿馬鹿しいと思うようになっていたのである。

『人を愛するなど馬鹿馬鹿しい』と。
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