異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

零れ話~とあるドラゴンの話2

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それからは隙を見つけては街へと出かけるようになった。
人気の少ない裏通りをふらりと歩けば、面白いように男が釣れた。

「ち、しけておるのう」

そんな男達の懐から金を毟り取り、少ない金銭で食を楽しむ。途中見付けた図書施設にも入り込み、時間の許すまま読書に明け暮れた。

「よう、赤髪の姐さん、今日はいるんだな」

常連になった食堂などで、顔見知りになった者から声がかかることもあった。

「お主もな」
「ようし、今日こそは勝つぜ!」
「よいのか? 主の財布が泣くぞ?」
「ぬかせ!」

よく分からないが、時折飲み比べをやっていることがあり、それにたまたま参加してみたらば、元がドラゴンなのか、はたまた単に強いのか、並み居る酒豪達を軒並み倒してしまったのだ。
それからは「赤髪の姐さん」と呼ばれることになったのだった。
まあ、「名前は?」と聞かれて答えられなかったこともあるが。

(名か…)

ドラゴン、ドラちゃん、そう呼ばれることはあったが、それは種族名、またはそれを文字った仮名だ。

(もし、親元で生まれていたならば、妾にも名があったのじゃろうか…)

目の前で撃沈する男を見ながら、涼しい顔で酒を煽りながら、近頃妙に感じる疎外感に、寂しさを感じていた。

「ふいおほは~・・・!」(次こそはー!)

潰れた男を友人の男が肩を貸しながら家へと帰っていく。
その光景にも羨ましく思うようになった。

(妾の家は…、あの施設か)

家族もいない。ただ一人きりでいる場所。石の壁に囲まれ、時折世話係の者が餌を置いて行くだけ。せめて話し相手でもいれば寂しさも紛れたのかもしれないが、ドラゴンと積極的に関わろうとする酔狂な者は、あの施設にはいなかった。
独りでいても、街中で人と出会って話しをしていても、いつの頃からか孤独を感じるようになった。自分は他者とは違う。越えられない溝がある。
今目の前で笑っている人間達も、自分の正体を知ったらどうなることか。
何故だか、世を知れば知るほど孤独感が増していく。
次第に、街へ行く回数も減っていった。

そして、とある日、見慣れない男がやって来た。

「今日からお前は俺のもんだ」

そして、主人が替わった。
聞けば、その男は主人だった男の息子だという。その主人だった男がなにやら死にかけているので、次の主人として相続したらしい。

「俺は面倒な研究なんざまっぴらごめんだ」

男はそう宣言して、その街から離れることになった。
連れて行かれたのは闘技場。そこで色んな従魔と戦え、と指示された。

(まあ、日がな一日寝ているよりは、退屈はせぬじゃろうが…)

格下過ぎる者を相手にするのもあまり嬉しくない。
初めての試合で、開始の合図と共に相手を軽く吹っ飛ばしたら、そこで終わってしまい、何故か主人に怒られた。

「早すぎんだよ!」

と。
もっとパフォーマンスをして盛り上げろとうるさい注文。出て行く時には声をあげろだの、試合はある程度長引かせろだの、出来るだけ派手な技を使えだの。

(だったらお主がせい!)

はっきり言ってやる気を無くす。
差し入れられる餌も、施設にいた頃よりも質が落ち、グルメになりかけていた舌には不満が募る。かと言って檻に閉じ込められてしまったので、人化して街に繰り出すわけにも行かなくなった。人化しても檻の幅は少し狭いし、通路の見張りも多い。こんな所で人化しようものなら大騒ぎになりそうだ。
今の主人が死んで、新しい主人になるまでの我慢。そう考えるしかなかった。
いつの間にか年頃になっていたのか、子供を作りたいという衝動が湧くようにもなった。

(子供か…)

子がいれば、この寂しさも多少は紛れるのだろうか。

(それにはまず、相手じゃのう)

ドラゴンの本能なのか、生半な相手の子を作りたいとは思わない。どうせなら自分よりも強い、格上の者。自分を平伏せられる強き者。そんな雄の子を持てたなら、どんなに可愛い子が出来るのだろう。

(しかし…)

自分は家族を知らない。きちんと育てられるのだろうか。だがしかし、この孤独を埋められるのならば、やはり欲しい。
ぼんやりとそんな妄想を繰り広げながら、過ぎゆく時に身を任せていたある日、上機嫌で主人の男がやって来た。

「次の相手はペガサスだ。あまり怪我はさせるなよ。だけど派手にやれ」

無茶苦茶な事を言う。
そのまま、手に入れたら背に乗ってやるだのなんだの呟きながら、男は去って行った。

(ペガサス? 気位の高い幻の聖獣と呼ばれる者が、従魔に?)

自分と同じように幼い頃にでも捕まったのだろうか?



(実際には昼寝していた所を、邪気のないチャージャに近づかれたことに気付かずに、従魔紋を書かれてしまっただけなのだが)



少しの親近感を覚えつつ、あの男が何故ペガサスを手に入れたなどとのたまっていたのかと、首を傾げたのだった。











時が来たのか、檻から出される。
いつものように少し威厳があるかのように振る舞いつつ、闘技場へと現われる。

「グオオオオオオ!」

声を上げる。
実際には、

「うあ~ああ」

ちょっと大きい欠伸だったりする。
しかし、観客達はそれでも喜ぶ。
どうせ人間にはドラゴンの欠伸かどうかなぞ分かりはしない。
対戦相手を見れば、そこにはペガサスだけではなく、グリフォンと、その頭には小さくて見えにくいが妖精。そして、何故か黒猫。

(猫? 魔力を感じぬが、ただの猫か?)

ペガサスの主人であろう女の子が、こちらを繁々と見上げていた。
また騙されて連れて来られたくちなのだろうか。
女の子が皆を順繰りに撫で、櫓へと上がった。
始まりの鐘が鳴る。

「グオオオオオオ!」

少し大袈裟に声を出し、派手に見える火の魔法を操る。
昔読んだ本に、ペガサスは防御魔法が得意とあったので、これくらいならば防げるのではないかという威力。多少的をずらして発射。着弾、爆発する。
しかし、やはり気配は元のまま。全く効いている様子はなかった。

煙の中から、グリフォンが躍り出てきた。そして顔の周りでウロチョロし始める。
ペガサスも遅れて飛び上がり、上空で待機の姿勢を示す。

(何か狙っている?)

魔力を練っているのが分かる。
ペガサスをどうにかしようとするが、上手い具合にグリフォンが邪魔をしてくる。ならばグリフォンからと、目の前を飛ぶグリフォンをどうにかしようと追いかけ始めた。すると、

「!」

お尻の穴に、違和感。何かを突っ込まれた感じがした。
1回目の鐘が鳴る。
それどころではない。
まだ飛び回るグリフォンも気にはなるが、お尻の異物が気になって仕方がない。
どうにかしようにも試合中であり、どうにもできない。

ソワソワとしながらも試合に集中しようとすれば、ペガサスが嘶き、グリフォンが距離を取りだした。
何かをするのかと咄嗟にグリフォンを追おうとするが、次の瞬間、辺りが真っ白になった。


ドンガラガラビシャン!!


大音響が谺して、体の表面を雷が走り抜けて行くのが分かった。そして、何故か雷はお尻の方へと集中、お尻に嵌まった異物が、ショックで割れた感じがした。

「!!!!!!!!!!!!」

声なき悲鳴を上げる。
熱くて痛い。
もう試合になんぞ集中することも出来ず、その場で悶絶し始める。

(痛い! 痛い! 誰か取って! ひいいいい!)

構造上、お尻の穴には手も届かない。

(水! みずううううう!)

と半分涙目になっていた所に、グリフォンの影。その背に乗っていた妖精が、こちらに何か投げるのが見えた。

パン

目にあたってはじけた赤い粉。その途端。

「!!!!!!!!!!!!」

次は目。
必死になって手で擦ろうとするが、ドラゴンの体はそういうことには不便であった。

(水、みずううううう!)

自分が火の使い手であることを、一瞬呪った。
次いで、反対の目にも、

パン

「!!!!!!!!!!!!」

視界を奪われた。
どうにもこうにも動けなくなってしまう。

(何が、何が起こったのじゃーーーーー!!)

そして、顎に猛烈な一撃。
完全に不意を突かれ、意識が遠のく。

(み、ず…)

視界の片隅に、気の毒そうな顔で佇むペガサスの姿見えた。











眼を覚ますと、あの熱さや痛みはすっかり消え、そして、主人が替わっていた。

「あ、ども。新しく主になった八重子です。とりあえず、邪魔になるそうだから、ここから移動したいのだけど、体は大丈夫?」

心配そうにこちらを見上げてくる新しい主人。
従魔の心配をするなどと、酔狂な者だとついまじまじと見つめてしまう。

「グウ…」

一応返事をして、立ち上がり、元の場所へと戻る。新しい主人とその従魔達も一緒に付いてきた。そういえばと思い出す。試合の最中、黒猫はどこに行っていたのだろうかと。
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