異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

これからの事

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そして、最初の街、ナットーにやって来た。
まずはギルドへ。

「ヤエコさん!」

扉を開けて中に入ると、エリーさんがこちらを見て手を振った。

「帰って来たんですか?! 帰って来たんですよね?! 早速お仕事ですか?!」

どこに行っても仕事を押しつけられる私達。
声を掛けられた途端に逃げたくなったのは仕方ないよね?

「あ~、えっと、ギルドマスター、います?」
「分かりました。すぐにお繋ぎしますね!」

良い笑顔で奥に消えていったエリーさん。何か勘違いされている気がするけど…。まあいいか。
少ししてエリーさんは戻ってきて、奥にどうぞと通された。
最初に案内された、あのギルドマスターの部屋だ。

「やあ、久しぶり」

顔を見た途端、コウジさんが声を掛けてきた。

「お久しぶりです」

頭を下げる。
エリーさんはすぐに退室し、私達は席に座る。やっぱりシロガネだけ後ろに立った。
ソファに移動してきたコウジさんが隣にと声を掛けたけど、首を振って辞退した。座れば良いのに、やはり馬だから立ってるのが得意なのか?

「丁度話をしたいと思っていた所だったんだ」

何となくその内容は想像がつく。

「来たんですか、あの2人が」
「うん。君に教えてもらったと言っていたよ」

白い美少女と黒い美青年。

「元の世界に帰れるという話しをされてね。迷ったけど、記憶を無くして戻るよりは、記憶を持ったまま帰りたいと思ってね。自主的に帰るならば別れの言葉を伝える時間もくれるというし。今は引き継ぎの申請なんかをしているところなんだ」

強制送還だと、いきなりギルドマスターが消える事になるものね。良い選択だった…と思いたい。

「残りたいとか、思いますか」
「思わないことはない。でも帰りたいとも思っている。それに、私達はこの世界ではイレギュラーな存在だと聞かされればね。やはり帰らなければと思ってしまうよ」

そうですよね。

「君も、別れ行脚かい?」
「そんな所です」

2人して寂しげに笑い合う。
元の世界には帰りたい。でも、この世界でできた大切な者を残していくのもやはり辛い。
特にコウジさんは30年もこの世界で過ごしているんだ。私よりも辛いだろう。

「従魔達はどうするんだい? 誰かに預けていくのかい?」
「あ、それなら大丈夫です。すでに従魔契約はなくなってます」

コウジさんの頬が少し引き攣った。

「え?」
「今は皆の好意で一緒に来て貰ってるだけです。自由にしてもらっても良いんですけど、シロガネは足として便利だし、ハヤテとクレナイがいると道中も安心だし、リンちゃんは可愛いし、なにより、最後の時を一緒に過ごしたくて」
「主殿…」
「主…」
「あるじ~」

リン…

「そういえば、私もう主じゃないんだわね。その呼び方おかしくない?」
「主殿は主殿じゃ! 契約がなくなっても、妾が主と認めた御方じゃ! 故に主殿で間違ってはおらぬ!」
「である!」
「あるじ?」

リン!

「まあいいか」
「あの、つかぬ事を聞くけど…」
「はい?」

コウジさんが青い顔をしている。

「左手を見せて頂けると…」
「? はい」

左手を見せる。裏にとジェスチャーされたので、手の甲も。

「本当にない…」

青い顔が白くなっている気がするが。

「本当に、大丈夫だよね? いきなりドラゴンに戻って世界征服とかしないよね?」
「そんなつまらぬものに興味はない」

クレナイきっぱり。
ああそうか、私は今まで皆がいるのが普通だったけど、これって、野生のドラゴンとかペガサスとかグリフォンとか妖精とかがうろついてる状態なのか…。


・・・・・・。


考えないでおこう。

「ヤエコ君? 本当に大丈夫だよね?」
「だ、大丈夫です…」
「目を見て言ってくれ」

わーん。クレナイだって一応常識あるし、そんなにすぐに怒って国を破壊とかしないとは思うんだけど。しないよね?

「安心せい。妾も人の作る食事が気に入っておるからのう。無闇に危害を加えたりはせぬ」
「胃袋を掴んでたのか…」
「どちらかというと、私は胃袋デストロイヤーですけど」
「デストロイヤー?」
「私は、自慢じゃないけど、料理が絶望的な腕前なんです…」
「そうなんだ…」

ちらりと皆の顔を見渡したコウジさんが、納得したように頷いた。皆顔を青くしていたからね、事情を察してくれたらしい。

「ああそれと、私がいなくなったあと、私のお金を皆に振り分けて欲しい…、と思ったけど、皆、お金使う?」
「妾は使いたいのじゃ。出来れば虹彩雉を食する日まで」

胃袋に正直なクレナイ。

「我も、時に風呂などに入りたいである」

お風呂大好きシロガネ。溶けないでね。

「?」

リン?

ハヤテはまだ分からないね。リンちゃんは一番必要ないかも。

「確か、冒険者証を持っていると言っていたね。それがあれば金銭の譲渡は可能だ。そうだな、一応書類を作っておこうか。君がいなくなったあと、私もいないかもしれないとなると、引き継ぎに頼まなければならないしね」
「ありがとうございます」

すぐに書類を作ると、コウジさんが後ろの庶務机に向かう。

「主殿、妾、考えたのじゃが…」
「何? クレナイ」
「妾、主殿がおらぬようになったら…、このまま冒険者を装って暮らしていこうかと思っておるのじゃ」
「あら」
「妾はドラゴンの中でも人の世の事を一番詳しく知っておる。主殿との暮らしでそこそこの常識もついた。これからドラゴンの里が人と交流を始めるにしても、妾のような者がおった方が色々とやりやすいであろうしのう。それと、今の冒険者達のレベルの低さも気になっておるし、その辺りの強化も出来たら良いと思っておる。そして何より、不遇な目にあっておる従魔を助ける何かが出来ぬかと思っておるのじゃ」
「クレナイ…」

なんて立派な考えを…。

「なんか、ありがとう、クレナイ。クレナイがい色々考えてくれてて嬉しい。私は何もできなくなっちゃうけど…、せめて、残してくお金を存分に使って。役に立てて」
「主殿…。命尽きるまで一緒にいたかったのじゃ…」
「ありがとう。ありがとうね、クレナイ」

そっと抱きしめ合う。なんか、手のかかるお姉さんが独り立ちする感じだ。

「わ、我も、考えていたであるぞ!」

後ろからシロガネが主張。

「ほう? シロガネ殿もかのう?」
「うむ。我はその、コハクの眠る獣人の国を守ろうかと思っているである。あの国を変な人間の手に渡らせたくはない。コハクが眠る場所でもあるし。それに、風呂にも浸かりたいであるしな」

獣人の国にお風呂はなかった気がするが。

「ありがとう、シロガネ。コハクの所は遠いから行ってないけど、よろしくね。あのお爺さんも気を使ってあげてね」
「うむ。承知である」
「あるじ?」

リン?

2人はどうしましょう。

「2人は妾が引き取っても良いのじゃ。リンはこの姿のままで過ごしても良いし、人の姿にもなれる。ただ、拐かされないかちと心配でもあるのじゃが」
「その問題もあるね…」
「ハヤテはもう少し大きくなれば、自分で対処も出来るようになるじゃろう。良い雄になるぞ」
「ならば、ハヤテは我と共にしばらく獣人の国で守らせるであるか? あそこならばグリフォンに手を出そうという輩もおらぬであろうし、国の内外にそこそこの魔獣もいたから、多少の腕試しにもなるであろう」
「ふむ。それも良いかのう」
「妖精のことなら、ドラゴンの従魔師の持ち主として話しが広まっているから、それを利用したら?」

書類を書き終えたのか、コウジさんが戻ってきた。

「ここにサインをくれるかな?」
「あ、はい」

ペンを借りてサインする。

「どういうことじゃ? ギルドマスター」
「ドラゴン持ちの従魔師が妖精とグリフォンとペガサスを引き連れているというのは広く広まっているからね。君がドラゴン持ちの従魔師と名乗ればいいんだ。ドラゴン持ちの従魔師に喧嘩を売ったら、どうなるかは、まあ普通の奴なら手出しはしなくなると思うよ?」

色々噂が広まっているし、とボソリと呟いたのが聞こえた。
色々ってなんだ?

「なるほどのう。ドラゴン持ちの従魔師というか、すでにドラゴンじゃが、そんな奴に正面から喧嘩をふっかけてくる奴もおらぬか」
「いたとしても、この国じゃ、ドラゴン持ちの従魔師は国王にその存在を認められているのだし、何かあっても国が全勢力をあげて探し始めるだろね。隣の帝国の話しはこちらの国にも流れてきてるし」

ああ、そんなこともあったなぁ。

「ドラゴン持ちの従魔師に手を出したら国ごと滅びる。なるほどのう」

クレナイ、笑い事じゃありません。

「リンがおれば、怪我をしても安心なんじゃよな。リンよ、嫌ならば強くは言わぬが、妾と共に戦ってはくれぬか?」

皆の視線がテーブルに降りていたリンちゃんに集まる。

リン!

リンちゃんが笑顔で頷いた。
ふよふよとクレナイの頭の上に乗った。

「おお! リンよ! 可愛いのう!」

クレナイデレデレ。

「ハヤテは我と共に、しばらくは実力を付ける為に訓練であるな。男同士頑張るである」

ちらとクレナイとリンちゃんを見る。

「あっち~」

クレナイ達と行きたいらしい。

「ハヤテ?! 我を1人にする気か?!」

シロガネ、泣かない。

その後、クレナイがハヤテを説得。ハヤテも納得してくれたようで、シロガネと行くと話が付いた。
時折はこの国に帰ってきたりもするらしいし、完全にお別れではない。

なにより、シロガネがまたユートピアに行きたいらしいしね。

「ハヤテ、頑張ってね」
「あるじ~」

本当は私と一緒に行きたいと、その顔が語っている。
ごめんね。
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