異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

御礼参り(殴り込みではありません)

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順次、正気に戻った人達の治療をして行くと、無事だった人達などが玄関ホールに集まって来た。

「お嬢様!」

ちょっとお年を召したメイドさんの1人が、いかにもな人に飛びつく。

「マーヤ、何が、どうなったのかしら?」
「私も、よく分かりません」

涙目で答えるメイドさん。その他の訳の分かっていない人達の視線が、私達に集まる。まあ当然か。

「どうしよう…。あの人、帰しちゃったんだよね…」
「うむ。一応奴も子爵という立場の人間だったの」

治療にくっついて来ない方が良かったかしら?
クレナイとシロガネは残った魔獣達の従魔紋を解いてやったり、行き場が分からないと言う者達に指示していたりする。長年人に関わりすぎて、元の生活圏に戻れなくなった者もいるとか。そういう者達にはドラゴンの里のある山などを紹介しておくそうだ。あそこはドラゴンが怖くて他の魔獣達もあまり近寄らないから、縄張り争いもあまりないのではないかと。他に生活圏を見つけたならそこで暮らせば良いと説得していた。

「ここは簡潔に死んだということにしておいた方が、色々説明がやりやすそうだの」
「説明できる?」
「まあ、良い感じにしてみようかの」

というわけで、私より口が上手い…もとい説明が上手いクロに皆様への説明を任せる。
クロの説明によると、従魔を奪われた私達がこっそり屋敷に忍び込み、子爵と口論になったおりに子爵がドラゴンをけしかけようとして謝って屋敷を壊してしまった。その時に崩れた瓦礫に埋まって、子爵は運悪く絶命してしまったのだと。そして、正気に戻った魔獣達が子爵に群がり、その死体を綺麗に片付けてしまったと…。
う~ん、まあいいか。

「そんなことが…」

と、皆様口を押さえながら絶句。納得はしてくれたようだけど、その最後の姿を聞いて想像してしまったのかもしれない。

「事情は分かりました。あの方は亡くなったのですね…」

先程お嬢様と呼ばれていた人が、毅然と答えた。もしかしてこの人は、あの人の人生をある意味狂わせてしまった貴族のご令嬢なのだろうか。

「ではすぐに王宮へ連絡して頂戴。そして今後のこの家の事を色々話し合わないと。マーヤ、バスチャ、力を貸して頂戴」
「はい」
「かしこまりました」

先程の年長のメイドさんと、これまた少し年の行った執事さんらしき人が頭を下げた。

「貴女方には、お礼を言わなければならないのかしら? でも、この家の当主を…、いえ、事故だったわね。私達を解放してくれてありがとう。何かお礼をしたいのだけれど、ごめんなさい。ちょっとまだよく分かっていなくて…」
「ああ、お礼なんていりません。早々に退散させてもらいますので、後はどうぞご自由に」
「でも、そんなわけには…」
「いえいえ、では」

捕まる前にとスタコラ逃げる。別に礼が欲しくてやったわけではないし、皆の挨拶回りもさっさと終わらせなければならない。こんな所で捕まっている暇はない。
玄関から外に出ると、すでに皆待機していた。

「よし、夜だし、クレナイ、頼んだ!」
「分かったのじゃ!」

シロガネ達が距離を取ると、クレナイの体が光り、ドラゴンの姿に。追いかけて来ていたお屋敷の人達の足が止まる。

「それじゃ、さよなら!」

クロにクレナイの背中まで飛び乗って貰い、皆が乗ったのを確認して、そのまま夜空へと飛び立つ。
ポカンと見上げる人達を残し、リュースルー国を後にしたのだった。


















マメダ王国の国境を越え、近くに街などがない場所に降り立つ。目立つからね。
ひとまずそこで野宿。ああ、皆がいる野宿、安心安全快適だわ…。
逃避行の際は酷い物だったなどと思い出しながら、いつものように出されたシロガネとリンちゃん作のベッドにクレナイと共に横になり、猫の姿に戻ったクロを左に抱きしめ、寄り添ってきたハヤテを撫でつつ、シロガネの結界の中で眠る。最高か。

朝になり、王都を目指した。シロガネに乗ればあっという間。王都に到着し、さっそくギルドに行っていつものように奥の部屋に通される。

「やあ、お帰り。光の宮はどうだった?」

いつものように書類の束を持ってやって来たオンユさん。さっそく仕事をさせる気だな。

「まあ、色々ありました。それで、ご相談があるのですけど」

と話を切り出し、故郷へ帰るので冒険者を引退すると説明する。オンユさんの顔が固まったまま動かなくなった。

「故郷? 帰る? 引退?」

なにやら復唱しているよ。

「冗談だよね?」
「冗談じゃないです」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

「頼むよ! せめて、せめてこれだけでもこなして行って下さいいいいいいい!!!」
「これだけって、何枚あるんですかこの束!!」

出来るか!!













押しつけられる束を押し返しつつ、時間がないから失礼すると無理矢理部屋を出る。最後はクレナイの威圧によって、オンユさんを金縛り状態にして逃げ出す。
おかしいな…。笑って「ありがとう」とか言われて、涙ながらにさよならするはずだったのに…。

捕まってはたまらんと、そのまま王都を出て、次は同じ従魔師仲間のチャージャの元へ。唯一居場所を知っているからでもある。あの後の2人の展開も気になるし。
シロガネの背に乗って、チャージャの家まで移動。

「こんにちは~」

トントンと扉を叩くと、

「は~い」

チャージャの声が聞こえ、扉が開かれた。

「ヤエコ、お久しぶりっす!」

といきなり飛びついて来る。

「久しぶり~。元気そうだね~」
「元気っす! そんで、ヤエコに、是非相談したい事があって、丁度良い所に来てくれたっす!!」

なんだか必死だ。

「久しぶり」

奥からブルちゃん(人型)も現われた。

「2人で話したい事があるっす。ブルちゃんは皆の相手をしていて欲しいっす」
「分かった」

にっこりイケメンスマイルをすると、皆と一緒に外に出て行った。反対に私はチャージャと共に家の中に入る。

「おお?」

家の中は前と様相が違っていた。
まず、家具がある。
きちんとしたテーブルに、椅子が2脚。うふふ、2脚ですなぁ。そして、ベッドがあった。

「チャージャ…」
「あ、その、ブルちゃんが頑張ってくれるので、売った家具もちょっとずつ買い戻してるっす」

ちょっと頬を赤らめながら、嬉しそうに答える。良かった、貧乏暮らしからはちょっとずつ脱却してるのね。台所にはお鍋も少し増えていた。料理してるのね。

「あの、あの小さい子は…」

そうだよね、あの頃は、まだコハクがいたんだよね。

「コハクはね、ちょっと、先に天国に行っちゃった」
「そうだったんすね…。悪い事聞いちゃったっす」
「ううん。いいよ」

胸がチクリとするけど、隠しておくような事じゃない。
チャージャがお茶を用意し(用意出来るほどに財政が整ったのね)、椅子に座って話を始める。

「で、相談てのは?」
「実は…。その、最初から、ブルちゃんはあの調子だったから、大体は想像つくかと思うんすけど…」

え~と? 最初からというのはなんだっけ?

「その、魔獣と交配って…、大丈夫なんすかね?!」

意を決したようにチャージャが言い切った。
思わず思考が停止する。

「う、うえ…?」

「その、毎日毎日、あの顔で迫ってくるんすよ! チャージャ、好きだ…。とか、ストレートに! しかも耳元で! 腰砕けになるっすよ! しかも慣れてきたからって、近頃はずっと人型で行動してるし! 気付くと熱い視線を感じるし! でも、その、ちゃんと私の気持ちは考えてくれてるみたいで…、嫌な事はしないし…、無理強いもしてこないし…。でも、でも、毎日迫られて、こっちは心臓バクバクっす!!」

顔を真っ赤にして、肩で息を吐きながら、チャージャが一息に言い切った。
ぜーはー言いながら、必死な顔でこちらを見てくる。
いや、そんなに見つめられても…。

「いやその、どうなんでしょう?」
「教えて欲しいっす! ヤエコは、あのシロガネさんと、関係持っちゃったりしてるんすか?!」
「はい?! んなわけないでしょう!」

シロガネは馬だよ?!

「え、でも、シロガネさんも、ヤエコのこと熱い視線送って…」
「ないない。シロガネはそんなじゃないよ」



その時、離れた場所にいたシロガネがくしゃみをした。



「じゃ、じゃあ…、やっぱり、ブルちゃんもちゃんと拒否した方が…」
「う~ん、道徳観的にはそんな気もするけど…」

でもなあ。チャージャもブルちゃんの事、想っちゃってる気がするのよね。でも、相手一応魔獣と呼ばれる者でもあるし。
と、テーブルの片隅で寛いでいたクロが、肩を震わせ出した。

「くくくく、もう我慢出来ん…」

あ、喋っちゃった。

「・・・。この子も従魔だったすか…」
「いえ。この子は…、なんて言ったらいいのかしら…」
「我が輩は妖と呼ばれる者だの。魔獣とはちと違う」

クロが平然と喋りだした。

「あやかし?」
「まあ、魔獣のようでいて魔獣ではない者だの」

余計にややこしくないかい?

「八重子、我が輩達の世界にも、獣や妖と呼ばれる者と一緒になった話はあろう」

雪女とか、狐の女房とか?

「何やら西洋の方では、神が獣の姿をとって美女と交わったとか、人と牛のハーフのミノタウロスの話とかの」

ギリシャ神話だっけ? あっちの神様も日本の神様みたいに結構自由だなと思ったのよね。しかも可愛い人間の女の子とか男の子とか見つけると、攫ったり無理矢理ニャンニャンしたり…。いや、同意の上でやってることもあるけどね。下手すりゃ日本の神より自由だな。
チャージャがぱちくりしている。うん、話について来れてないよね。

「お互いに気持ちが通じておるのならば、一緒になっても良いのではないかの? 例え子供が出来ようと出来まいと。種族を超えた想いなど、まあそこそこ伝説の中にもあることだしの」

伝説というか、おとぎ話だと思いますが。

「そ、そうなんすね?!」

ガタリと椅子を鳴らして立ち上がるチャージャ。

「そうっすね…。伝説の中にも語られてるなら…、ありっすよね?!」

私し~らない。

「互いが想い合っておるのであれば、種族など関係ないのではないかの?」
「あ、ありがとうっす! クロさん! 私、頑張ってみるっす!」
「うむ。頑張れ」

なにやら、私を置いて話しが纏まってしまったようです。
少し冷めたお茶を、音を立てて啜ってみた。あ、以外に美味いかも、このお茶。












「じゃ、チャージャ、元気でね」
「ヤエコも、元気で!」

戻って来た皆と共に、再びシロガネの背に跨がって空へと飛び上がる。
チャージャもブルちゃんも、なんだかすっきりした顔で手を振っている。

ん? ブルちゃんも?

見えなくなった所で、ブルちゃんと何を話していたのか聞いてみると、ブルちゃんもブルちゃんで、皆に相談していたらしい。

「最終的には、気持ちが通じなくとも、チャージャの幸せな姿を見ていられれば良いと落ち着いたのじゃ」

うう、報われない恋の常套文句じゃないですか。

「どうなるなるのかなぁ? あの2人」
「チャージャ次第だの」
「・・・。遺伝子的に、子供って出来るんだろうか…」
「そこまでは分からぬの」

一抹の不安を残しつつ、幸せになれるよう祈りながら、空を急いだ。













夕方頃、ダンジョンの街へ着いた。二度と行かないかもしれないと思ってたけど、あそこのお嬢様にまた来るって言っちゃったしね。いろいろ忙しさもあって足が向かなかったのもあるけど。
久しぶりに訪れたら、怒られた。なんでもっと頻繁に来ないのよと。ごめん。

犬のフリードどは大分仲良くなったようで、ふふんと言いながらどれだけ仲良くなったかを見せられた。まあ、普通に取ってこいを出来るようになって、普通に走ったりして遊んでいるだけだったけど。お手とお代わりも出来るようになっていたから、前進はしているのだわね。
シアに引き留められたので、時間も時間だったのでまた泊まらせて貰った。ここの風呂は豪華でいいわ。

次の日、ぐずるシアを宥め、お別れを言って旅立つ。

「またいつでも来なさいよ!」

とシアが叫んでいるのを聞いた。
もう来れないって説明したんだけど、分かってなかったかな?















次はあのコロシアムの街だ。なんて名前だっけ? 確か豆関連の名前だったはずだけど?
あそこのコロシアムの人には世話になったし、一応礼を言って行こうと思ったんだけど。
受付の所に行って、聞いてみる。

「すいません、ターレンさんて人、どこにいらっしゃいますか?」
「はあ。ええと、ここじゃ分からないんで、あっちに事務所があるんで、そこで聞いて下さい」

そう言われたので事務所へ。

「すいません、ターレンさんにお会いしたいんですけど」
「はい。お約束をしておりますか?」
「いえ、特に」
「では、まずは予約をお取り頂いてよろしいでしょうか?」

あ、これ時間かかるやつだ。

「じゃあいいです」

そう言って立ち去る。
あの時会えたのは幸運だったのだろうか。

「妾の事を言えば、すぐに取り次いでもらえたやもしれぬのに」
「忙しそうだし、いいよ」

ただ挨拶するだけに呼び出すってのもね。それに、どうしても会いたいって訳でもないしね。
なのでその街から早々に出て行ったのだった。




後になって、黒猫を抱いた女性の話を知り、ターレンが会いたかったと悔しがったのは余談である。
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