異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

それいけ潜入

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夕方、というより最早夜。陽も山の端に完全に隠れ、残光が名残惜しそうに空から消えそうになった頃、2人はやって来た。
私はクロに軽めに腹に入れておけと言われていたので、軽めの夕食を済ませていた。

「どうする? 人が寝静まった頃にするか?」
「それも考えたのだが、どうせ従魔達は殆どが寝てはおらぬだろうの。であれば、あまり変わりないかとも思ったのだけれどの」
「それもそうか。隠せるのは人の目くらいか」

あの子爵が寝た頃という案もあったが、結局騒ぎが起きればどうせ起きてくるだろうという結論に達する。いつ寝るのかも分からないしね。

「善は急げとも言うし、とっとと行くかの。八重子、動けるか?」
「うん! 大丈夫よ!」

ベッドから勢い良く立ち上がる。
ずっと休んでたから、元気有り余ってるよ!

「よし、じゃあ早速ゲートを開く。お前達が行ったらすぐに閉めてしまうから。万が一にもその子爵野郎がこちらに来ないようにな。あとは、首尾良くいったら、すぐに俺達もそっちへ行くから。そしてそいつを強制送還して終わりだ」
「分かったの」
「分かったわ」

皆で頷く。

「あ、でも、終わった後どうやって連絡取ったらいいの?」
「大丈夫よ。その腕輪の魔法が発動されたら私が分かるようになってるから。まあつまり、八重子さんが間違えて発動させたら、まずい事になるかもしれないけど」

責任重大ですね!

「よし、では行くぞ」
「うむ」
「はい!」

テルデュクスが手を掲げると、宙空に黒い穴が現われた。

「これで繋がっているはずだ。頼んだぞ」
「うむ。任せろだの」
「はい、行ってきます!」

クロがその穴に飛び込み、次いで私も飛び込んだ。

「ぶ!」

クロの背中に激突した。

「く、クロ!」
「八重子、来てしもうたか…」

クロの悲壮感漂う声色。

「何かあった?」

とクロの向こうを覗くが、なんだか大きい物に邪魔されて何も見えない。

「グルルルルルル…」

おや、上から声?が…。
見上げてみれば、そこには赤いドラゴンが。あ、クレナイだね。

「後ろは、もう消えているか…」

後ろを振り向いてみれば、もうあの穴は消えてしまっている。つまり戻れない。

「グオオオオオ!」

クレナイが雄叫びを上げた。

「八重子!」

クロが私を抱えて走り出す。

「いきなりクレナイとか、ムリゲー過ぎるでしょう!!」
「文句言っとる場合か!」

クレナイの鋭い爪が迫ってくる。
それを器用に宙を蹴って避けるクロ。さすがです。

「いつもの、なんかほら、相手を倒す奴は?!」
「今の此奴らは操られておる人形だの。意識を刈り取っても体は動く状態、意味がない!」

クレナイの影から飛び出して来た狼のような魔獣の鼻を思い切り蹴り上げ、突進してくるユニコーンを避けつつ器用に足払いを掛けるクロ。狼は吹き飛び、ユニコーンは派手に転ぶ。
私を抱えながら良くできるものだ。
振り下ろされてくるクレナイの腕を避けると、屋敷に向けて突進する。熊みたいな奴や、蛇みないな奴の猛攻も上手く躱して一撃入れて、走り去るクロ。

クロさん、強くね?

と、クレナイの尻尾が迫り来る。来るのはいいが、そこにいる魔獣達も巻き込まれてるんだが…。
一斉に吹っ飛ばされる魔獣やクレナイの尻尾を避け、玄関までの距離を信じられない速さで詰め、勢い玄関に蹴りを入れながら突入した。

ドバン!

凄い音がした玄関が、次の瞬間、

バタン!

凄い音で閉まった。
外で待ち構えていた魔獣達が、扉に殺到したのか、しばしぶつかる音がしていたが、すぐにその音もなくなった。中に入ってくる気配はない。もしかしたら、外の警備だけ任されているとかかもしれない。

「自動ドア?」
「アホ。我が輩が閉めたのだ」

ああ、手を使わずに遠くの物を動かしたり出来たんでしたっけ。

「それより、我が輩より前に出るなよ?」

私を下ろしながら、クロが前を睨み付けている。
その方向をみれば、暗がりの中に4人の人影が見えた。服装から、メイドさんと使用人達らしいと分かる。微かに灯る灯りに写るその顔は、全く表情がなく、目に光もない。
無言のままに、4人が突進してきた。
早い。人間の動きじゃない。

各々手に、武器のような物を持っている…。武器?

メイドさんの1人が持っているのはモップ。もう1人はナイフ。使用人さんの1人は髙枝鋏、もう1人は何故かペン。生活感溢れる武器だ。いや、バカに出来ないのは分かるけどね。

メイドさんがモップを棍のように振り回したり突き出したり。ナイフの人は幾つ持っているのか、それをクロに向けて投げる。高枝鋏の人は突き出したり腕や足を狙って切り出そうとしたり。ペンの人は確実に急所を狙って、少ない動作でクロに素早く近づく。

その動きをクロは完璧に捕らえ、突き出されたモップを掴み、振り回してナイフ投げのメイドさんにぶつける。高枝鋏を避け、突き出されたペンをモップでその手から跳ね上げると、ペンは宙を回って高枝鋏の人の手にぶっすり。その隙にモップをペンの人の顔面に叩き込み、鋏を落とした人に返すモップの柄でその額をぶっ叩く。

一瞬のうちに4人が宙を舞った。

私はただ、その光景をあんぐりと見ていただけだった。私は非戦闘員だから、見ているしか出来ません。

「クロ…、すご…」
「まあの、本気になればこのくらいは」
「クロ執事…」
「アホ言っとらんで、先に進むぞ。む?」

私の洒落に食いつく事なく進もうとしたクロが、倒れた4人に目を向ける。すると、普通の人なら起き上がれないだろうダメージを受けたはずの4人が、ゆらりと立ち上がった。

「ち、面倒だの」

何も映していないその瞳が、クロを捕らえる。

「仕方ない。今度は手は抜かぬぞ」

本気って言ってなかった?
一斉に襲いかかった4人に向けて、クロが素早く迎え撃つ。
というか、早すぎて姿が見えなかった。
一瞬だけ、モップのメイドさんの後ろ、ナイフのメイドさんの右、高枝鋏の人の左、ペンの人の前に姿が見えた。そして、

ゴキ

何か固い物が折れたような鈍い音がした。
4人が床に落ちる。

「これでもう動けまい」

クロが涼しい顔で立っていた。

「何、したの?」
「足の骨を折ってやった」

おおう…。

確かに、足の骨が折れてちゃ動けないわ。
ところが、骨が折れているはずなのに、立ち上がろうとする4人。

「ち、胸くその悪い術だの」

痛みも何も感じなくなっている、訳ではないと思うけど、確かにこれは、操り人形だ。糸が切れるまで動き続ける、ただの人形。

「意識を刈っても意味がない、となると…。仕方がないの」

クロが手前にいたペンの人の頭をがしっと掴む。

「く、クロ?」

まさか、握りつぶしたりはしないよね?

しなかった。

少し頭を掴んで、何か考えている顔をすると、すぐに離して高枝鋏の人の所へ。すると、ペンの人がおかしな動きをし始めた。
なんと言ったらいいのか、制御の効かなくなったロボット?
同じ動きを何度も繰り返し、変な踊りを踊っているようなとりとめのない動き。
高枝鋏の人も、クロが頭から手を離すと、似たような動きをし始めた。
次いでナイフのメイドさん、そしてモップのメイドさんも。
皆して転がりながら、おかしな踊りを踊っているようだ。

「これで良いだろう」
「何したのクロ?」
「感覚を狂わせる術を施した。しばらくはまともに体を動かせないはずだの」
「感覚を狂わせる?」
「ほれ、狐に誑かされたという話を聞いた事はあろう? あれは幻術などを仕掛けて感覚を狂わせる術だの。いつまで経ってもその場から離れられんとか、同じ所をグルグル回っているとか。あれは進んでいるように錯覚させて、同じ所を迷わせる術だの。それを用いた。こやつらの頭の中の回路は今グチャグチャになっておって、手を動かそうとすると足が動いたり、右を向こうとすると左を向いたりする状況だの。簡単に言えば、マリオネットの繋いである糸を絡まらせたようなものかの」

よく分からないが、さすがです。

「ただ、これは本当は時間をかけて迷い込ませる術だからの。掛けるのに時間がかかってしまう」
「そうなの?」
「大人数に掛ける時は、きちんとした仕掛けを用意してやるものだの。今は個別にやる暇があったから良かったが…。あまり大人数でこられると、掛けにくくなるの…」

そう言ったクロが、左手に伸びる廊下の奥を睨んだ。つられて私も廊下の奥を見ると、暗がりから何かが近づいて来る。
カッポカッポとリズミカルな音、ぶふうううという鼻息。
白い影が廊下の奥からやって来るのが見えた。いつも自慢げにしていたその白い羽を畳んだまま。

「シロガネ…」

何も映していない虚ろな瞳。見ているだけで胸が締め付けられる。

「ち、馬か」
「ぶひひひん!」

あれ? 答えた?
いや、瞳は虚ろなままだ。条件反射かしら?
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