異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

文字の大きさ
上 下
179 / 194
黒猫と共に迷い込む

逃げろ逃げろ!

しおりを挟む
どことも知れぬ森の中。明かりを点けることも出来ずに、息を殺して気配を絶つ。もう夜だが、うかうか寝てもいられない。

「ち、我が輩に犬のような持久力がないのが悔しいの」

猫は短距離ランナーだ。犬の様に長い時間走ることは苦手だ。
度々休憩を取りつつ、夜の中を突き進む。はっきり言って、私にはどこをどう進んでいるのか分からない。夜闇に目が利くのは猫の特性。森の中を凄い速さで移動しているのだが、私には時折差し込む細い月明かり以外は何も見えていないので、風を感じて進んでいるのが分かるくらいだ。

「出来れば夜のうちに国境を越えてしまいたいのだがの。せめて領地を抜けられれば…」
「国境は難しくない?」
「うむ。どこかに隠れてやり過ごして、明日にでも国境を越えるしかないかの」

クロさん、何気に移動速度速いよ。
途中からおんぶしてもらっているので、背中で寝ていてもいいとは言われたが、さすがにこんな状況で寝られるほど、私の神経は図太くなかったらしい。
どこに向かっているのかも分からないまま、夜の森を、時に枝から枝を忍者の様に、時に森から出て道らしき所を横切ったりしながら、私達は子爵からできるだけ距離を取った。
ある意味、暗闇ジェットコースター。前が見えない分恐怖倍増。
夜が明けて来た頃、昼間の移動は危険だとクロが言うので、見つけた木の洞で休むことにした。普通は夜の方が危ないんだけどね。

「八重子、喉は渇いてるかの?」
「そういえば、乾いてるね」
「腹も減ってるかの?」
「そういえば、減るもんだね」
「ならば、これでとりあえず満たしておけ」
「ありがとう。って、クロさん、今これ、どこから出した?」
「・・・。ポッケから・・・」
「出せる量じゃないよね?」
「・・・・・・」

クロが来ているコートのポッケから、水の入ったペットボトルと、携帯食料を取り出した。
いや、携帯食料くらいならなんとかポケットに入るかもしれないけどね? ペットボトルは無理でしょう。入ってたらポケットの形が変わってるはずだし。

「これ、リュックに入れてた私のペットボトルのような気がするけど…」
「気のせいだの」
「水を入れてた記憶はないんだけど…」
「気のせいだの。いらんのか? いらんのなら我が輩がいただくぞ」
「いえ。ありがたく貰いますけど、クロ、何か隠してない?」

あからさまに顔を逸らすな。

「夜までゆっくり休むのだの。我が輩は見張りをしておる」
「クロ? 隠してるよね?」

こっち見ろ。
バツの悪そうな顔をして、クロがこちらに顔を向けた。
携帯食料をしゃぶりながら、話すように促す。
真一文字に閉じていた口を、重そうに開き、さめざめと溜息を吐いて、クロが話し始めた。

「実は…、八重子にはあまり言いたくはなかったのだが…、我が輩は、所謂、空間収納という技を持っておって…」
「ク~ロ~さ~ん~」
「待て、落ち着けだの。八重子が考えているほど便利な物ではない。ラノベなどで語られるような時間停止のような機能もないし、取り出しなどは我が輩でなければできぬ。分かるであろう?」
「でも! 荷物! もっと減らせた! ていうか、もっと色々買えたんじゃ?!」
「落ち着け八重子! 時間停止がないということは、できたての料理を買っておいても、食べる頃には冷めておる。物を入れておけば、それだけ酸化、老化、劣化は進むのだの! それにだ、我が輩は普段は元の姿の猫であったし、猫の姿でこの方法を使うわけにもいかぬであろう! それにだ、この世界には空間収納という知識はなさそうだったから!」

捲し立てられたクロの言い訳を聞いて、まあ納得しておいてやる。
確かに、猫の姿で人前で空間から物を出し入れなど出来るはずはないし、時間停止がないのならば確かに料理を保存してはおけない。

「でもさあ、私が持って来た向こうの荷物とか、入れておけたよね?」

服とか服とか服とか。いや、服って結構重いし嵩張るんだよ?

「まあ…、できぬこともないが…」
「ク~ロ~さ~ん~」

とっちめてやろうかと身構えるも、クロが何かにハッとして、私の口を塞いできた。
もちろん、手で、ね。こんな所でラブロマンスはないからね。相手猫だし。

「静かに。追っ手らしい」

クロが囁いた。いや、その良い声で囁かれると、ちょっとドキッとしてしまうのだが。いや、そういう場合じゃない。
サク、サク、と確かに何かの足音がする。
段々と近づいて来る。心臓がドキドキとうるさい。緊張で体を動かすことも出来ず、ただ洞の入り口を見つめていた。

「ウウ~」

低い唸り声。犬系の魔獣かもしれない。
サクサクと足音は近づき、ついには洞の入り口に頭が見えた。

見つかった?!

ぎゅっと目を瞑る。襲いかかられて喉笛を噛み切られるとか、いやその前にクロが守ってくれるのだろうけど、こんな狭い中で?!
そんなことを考えるも、いつまでたっても入ってくる様子はない。

恐る恐る目を開けてみれば、ふんふんと洞の入り口辺りの臭いを嗅ぎながらも、何故かそいつはこちらに気付かないようで、そのまま通り過ぎて行った。
通り過ぎて大分経った頃、クロが口から手を放してくれたので、「はあ~~~~~」と大袈裟に溜息を吐く。

「クロ、何かしてくれてたの?」
「うむ。何もせずにこの中に入るわけがないのだの」

ですよね。
緊張で余計に乾いた喉に水を流し込み、携帯食料を無理矢理お腹に入れて、私はクロが勧めるままに壁に背をつけて休む。
クロは1週間くらい飲まず食わずの不眠不休でも動けるのだそうな。妖ってそんなに体力あるものなの?
人は、いや、人にもよるかもしれないけど、私はそんな事ができるはずもないので、クロに任せて目を閉じた。緊張で眠れないかもしれないかと思ったけど、疲れていたのか、すぐに睡魔に身を委ねる事になったのだった。















目が覚めると、すでに暗くなって来ていた。
いつの間に汲んで来たのか満タンになっていたペットボトルから水を飲み、再び携帯食料を無理矢理腹に詰め込む。
これだけ味気なくて面白くもない、食欲も湧かない食事も初めてだわ。
再びクロの背にご厄介になりながら、夜の森を突き進んでいく。暗闇ジェットコースター再び。

どれくらい進んだのか、クロが言った。

「どうやら、領地は抜けたようだの」
「そんな事も分かるの?」
「なんとなく、臭いで」
「マーキングか」

しかし油断はせずに、そのまま突っ走る。もちろん時折休みながら。

「ありがたい。もうすぐ国境らしいの」
「え?! 早くない?!」

まあ、私には現在地がさっぱり分かっていないのだけど。
夜明けが近づいて来た頃、国境を越えたとクロが言った。

「これで、ひとまず追跡は振り切れた?」
「多分。他所の国にまで追いかけてくれば、それなりに国際問題になるだろうしの」

先程までとは違い、少し速度を落としたクロ。

「国境なんてどこにあった?」
「この森の、真ん中辺りだの。この森を抜ければ、多分安全だの」
「あれ? 壁とかあった?」
「あるわけなかろう。こういう所は、森や山や川などで国境を区切っておるのだの。関所があるのは街道の方だけだの」
「それって、密入国し放題なんじゃ…」
「普通はせぬな。なにせ、我が輩だから森を突っ切って来れたが、普通の人間ならば、魔獣に襲われてただでは済まぬだろうの」
「ああ、そういうものか…」

そうでした。異世界でしたね。

「で、ここは何処の国?」
「一番近い所を目指したからの。光の宮の国だの」

おおう、宗教国家に逆戻りかぁ。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

スキル【僕だけの農場】はチートでした~辺境領地を世界で一番住みやすい国にします~

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
旧題:スキル【僕だけの農場】はチートでした なのでお父様の領地を改造していきます!! 僕は異世界転生してしまう 大好きな農場ゲームで、やっと大好きな女の子と結婚まで行ったら過労で死んでしまった 仕事とゲームで過労になってしまったようだ とても可哀そうだと神様が僕だけの農場というスキル、チートを授けてくれた 転生先は貴族と恵まれていると思ったら砂漠と海の領地で作物も育たないダメな領地だった 住民はとてもいい人達で両親もいい人、僕はこの領地をチートの力で一番にしてみせる ◇ HOTランキング一位獲得! 皆さま本当にありがとうございます! 無事に書籍化となり絶賛発売中です よかったら手に取っていただけると嬉しいです これからも日々勉強していきたいと思います ◇ 僕だけの農場二巻発売ということで少しだけウィンたちが前へと進むこととなりました 毎日投稿とはいきませんが少しずつ進んでいきます

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...