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黒猫と共に迷い込む
夢渡り
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「さ、3年も?!」
待てと?!
「はい。これでもこちらも対応がいっぱいいっぱいでして。申し訳ありませんが皆さんお待ち頂いております」
静かに答えるシスター。
倒れそうになる。
クロが早く行けと急かしていたのはこのためか?
「そ、そですよね、あれだけの人数、1人でこなしてるんですよね…」
光の御子さんも大変だ…。
「1人? いいえ、5人ほどで対応しておりますが」
え? 5人? そんなに御子っているのか?
「御子さんて、5人もいるのですか?」
「いいえ? 御子は1人だけですが」
ん? なんだか話がおかしい。
「ええと、あの中で対応されているのは、光の御子さんではなく?」
「いいえ。光の者です。光の御子がおいそれと人前に出ることはありません」
光の者? 御子さんとは関係ないのか。
「あ、じゃあ、その光の御子さんに会うにはどうしたらいいのですか?」
「出来ません。光の御子は普通の方にはお会いできません」
きっぱりこん。
「え、でも、私、光の御子さんに会いに来たんですけど…」
シスターが怪訝な顔をした。
「どちらの方からお聞きになったのかは知りませんが、光の御子は光の者以外接触を許されておりません。例え王族であろうと、光の力を持たない限り、御子にお会いすることは出来ませんわ」
「・・・・・・」
王族でも駄目? となれば、一般人の私なんかもっと駄目よね。
「め、珍しい従魔を献上すると言っても?」
シロガネとクレナイがびくっとなった。大丈夫。口だけよ。
「珍しいというと?」
「ぺ、ペガサス、とか?」
シロガネの顔が青くなった。
「まあ、それなら、御子様に献上するにはとても良い贈り物ですね。ですが、ペガサスだけ預からせて頂くことになります。謁見は叶いません」
「そっすか…」
撃沈。
「お金を寄付しても?」
「すでに色々な国から援助を受けております」
「ええと、ドラゴンを捕まえても?」
「預からせて頂きます」
クレナイの顔が青くなった。
「どうにか会う方法はありませんか?」
「ございません」
きっぱり。
ああ、駄目だこれ…。
「分かりました…。ありがとうございます…」
「あ、いいのですか? 光の力を求めていらっしゃったのでは?」
光の者か…。その人でも異世界に戻る方法を…、知ってたら文献に載ってそうだよな。
「ちょっと、考えてから出直します」
「そうですか。予約はお早めになさることをお勧めいたします」
「ありがとうございます」
一応お辞儀をして、その場からフラフラと立ち去った。
時間的にももう遅いから、宿へ戻りましょう…。
「主殿! 妾を手放す気じゃったのか?!」
「違う違う!!」
「主! 我を献上する気だったであるか?!」
「違うったら!」
宿に帰ったら2人に責められた。その場限りの方便だと言ってもなかなか信じて貰えず、その夜は2人共ふて腐れてしまったのだった。
すまん。でもあの時はああ言うしかなかったのよ。
もし可能だと言われても、献上すると口先だけ言って、会うだけ会って逃げるつもりだったし。手放す気なんて全くないよ?
「しかし、これではその光の御子とやらには会えぬの」
クロも香箱の片手出しの姿勢で寛ぎながら考えているようだ。
「クロ、何か有益な情報は…」
「いや、あの者達は末端の末端での。御子については神殿にいる、ということくらいしか知らないようだったの」
「ほう、神殿…」
どうにか忍び込めないかしら? と考えるも、
「無理だの。神殿に行くには、その前にある星の宮、月の宮、太陽の宮を通らなければならず、侵入者が来たらすぐに分かるようになっておるらしいの。馬なら分かったかもしれぬが、あの後ろの立派な建物には、結界が何重にも張ってあったの」
「ペガサス!!」
「くぅ…、駄目か…」
唯一の情報を持っているかもしれない人に、面会すら叶わないとか…。これは大切な情報を後投げにしていた罰か…?
「結界ならば我が…」
「え?! 本当?! シロガネ!」
「馬の結界とはなんとなくだが気配が違っておったぞ。それを分かって言っておるのか?」
「むぐ…」
シロガネが黙り込んだ。いつもの「ペガサスである!」発言も出ない。駄目か…。
確証なんてないのに、頭の何処かで簡単に帰れるんじゃないかと思っていた。なんでそんなこと思ってたんだろう。だからずっと観光気分だったんだ。帰れるならもう少しこの世界を楽しんでからなんて…。そんなことを思ってたから、罰が当たったのかな…?
「…っ」
目頭が熱くなってくる。今更ながら、帰れないんだと自覚してしまう。
もう二度と会えないんだ…。お父さんにもお母さんにも、妹の菜々子にも…。
お別れの言葉も言っていない。ここに来ることさえ言っていない。きっと心配している。
もしかしたら、駅前でビラとか配って、この人知りませんかなんてやっているかもしれない。警察が動いて、あちこち探し回っているかもしれない。友達も心配して、SNSとかで色々呼びかけてくれているかもしれない…。
涙が溢れてくる。バカだな…。今更こんなことに気付いて。いや、どこかで気付きたくなかったんだ。もう帰れないかもしれないって。
「う、ううう、うう~…」
泣いている姿が恥ずかしくて、ベッドに伏せた。
皆が部屋から出て行く気配が分かった。気を使ってくれたんだね。
なんて良い仲間に出会えたんだろう。私は幸せだ。きっとこの世界でも生きていける。大丈夫。
でも、今だけ泣かせて下さい。向こうの世界への未練を断ち切る為に。
泣くだけ泣けば、頭もすっきりしてくる。
「はあ…。しょうがないよね…」
口でそう言いつつも、微妙に未練が残る。せめてお別れの言葉でも言えたなら、心の何処かでケリをつけられそうだけど。
「別れを言うくらいなら、出来るやもしれぬぞ」
泣いている間もずっと側にいてくれたクロが、何やら言い出した。
「はい?」
「上手くすれば、夢渡りくらいなら出来るやもしれんの」
「はいい?」
夢渡り?
「試しに今晩、やってみるかの?」
「やります」
即答でしょう。
クレナイ達にも説明したいというので、皆を呼び戻す。
「主殿、大丈夫かの?」
「あるじ~?」
皆の心配そうな顔。
「うん。少し泣いたらスッキリしたから。それと、今からクロの話を聞いて貰います」
「はて? なんじゃ?」
各々のベッドに座って、クロの話を聞く。
「夢渡りとは、まあ、簡単に言えば、魂だけ世界を渡る方法だの」
いきなり凄い話が出て来たんだが。
「肉体を移動させるにはかなりのエネルギーが必要になるが、魂だけならばさほど難しくはない。それなら我が輩が付き添って向こうの世界へ行って、家族の夢に入り込めば、なんとか会話くらいなら出来ると思うのだの」
「そ、そんなことが…」
「まあ色々危ない事もあるので、我が輩の言うことをきっちり守って貰わなければならぬがの」
「聞きます!」
もちろんでしょう!
「それと、その間、こちらにある体は無防備になってしまうのだの。故に、皆に我が輩達の体を守って貰いたいのだの」
「もちろんじゃ!」
「任せるである!」
「まもる~!」
リン!
「うむ。では八重子、さっそくやってみるかの?」
「そんなにすぐに出来るのね。ではお願いします」
「うむ。では、寝るがよい」
「・・・・・・」
「どうした? 寝ないのか? 寝なければ出来ぬぞ?」
「いきなり寝ろと言われても、お目々ぱっちりなんだけど」
「横になって目を瞑るだけでよい。後は我が輩がやるでの」
そう言われたので、皆によろしくと伝え、ベッドに横になった。
「では、ちと行って来るでの」
クロがいつもの左脇で、頭を腕に乗せてだらんとなった。
何が起こるのか分からず、目を瞑ったにしてもドキドキして眠れない。
ドキドキドキドキ、自分の心臓の音を聞きながら待っていると、
「八重子、もう目を開けてよいぞ」
そう言われ、目を開けてみる。
目の前に横たわる自分の体が見えた。周りで心配そうに皆が私を見つめている。
「私、死んだ?!」
「物騒な事を言うでない」
クロの呆れた声が聞こえた。
気付けば、すぐ横にふわふわと浮いているではないか。
「く、クロ…」
ベッドで横たわる私の左脇にもクロ。ここにもクロ。クロがクロでクロのクロが…。
「混乱しとる場合か。幽体離脱、と言う言葉は聞いた事があるだろうの」
「おお! あれか!」
「うむ。あれだの」
スピリチュアル好きにとって、入門編的な言葉ですね!
「さて、さっそく世界を渡ってはみるが…。八重子、我が輩から目を逸らさず、家族のことだけを考えろ。我が輩が良いと言うまで、決して周りを見てはならぬぞ」
「ええと、もし、周りを見たら…」
「我が輩から目を逸らした瞬間に、元の体には戻れないと思え」
怖い…。
「これから行く場所は、八重子の知識では理解出来ぬ所だの。もし万が一我が輩を見失ったら、我が輩にもどうなるか分からぬ。良くて永久に彷徨うか、悪くて…」
何故そこで言葉を切るのですか、クロさん。
「悪くて?」
先を促してみる。
「うむ。魂食いの妖に見つかれば…。そうなる」
ぞ…。
背中はないけど、背筋がぞっとなった。
いや、あるんだけど物理的にないというか、今魂だし…、あ~、説明出来ん!
「では、行くぞ」
「う、うん!」
クロについて歩き出す。実際に歩いているわけではないのかもしれないけど、クロが尻尾をピンと立てて、前を歩いて行く。
クロだけを見て、家族の事を考える…。
いつの間にか、見えていた景色がなくなって、白っぽいような黒っぽいような変な空間を歩いていた。クロの姿だけは景色に混ざることなく、はっきりと見えている。
クロのピンと張った尻尾がまた可愛い。ちょこまか動く手足も可愛い。それに見とれながら、必死に家族の事を考える。お父さんはクロにメロメロで、新しい玩具を良く献上していたっけ。お母さんも厳しいことを良いながら、実はこっそりクロに猫用鰹節をあげていたっけ。菜々子は小さな頃からクロと一緒だから、どっちが上なんだか争っていた。私に対しては甘々な態度を取るクロだったが、妹の菜々子には少し偉そうな態度をしていたのだ。菜々子、下に見られてた?
具体的に言うならば、「ちょっと退いてね」と私が言うと素直に退いてくれるクロが、「ちょっと退いて」と妹が言ってもビクともしないとか。猫は人によって態度を変えます。
そんな感じだったにも関わらす、何気に妹もクロにメロメロ。時折美味しそうなおやつなどを買ってきて、やはりクロに献上していた。結局皆クロにメロメロ。
なんだか家族の事を思い出すのは、ほとんどクロ繋がりなんだが…。
まあそれも仕方ない。家族の中心にはいつだってクロがいたのだ。皆で居間で寛いでいると、いつの間にか人の膝の上か、皆の真ん中で胸を反らして座っているし。猫は何故か人が集まっている中心にいることが好きなようです。
家にいると誰かのストーカーやってるし。何故かトイレに入ってくるも、扉を閉めると出たがるし。誰かがお風呂に入ろうとすると、何故かお風呂の入り口でスタンバイ。お湯をもらって満足そうに立ち去るかと思えば、濡れるのが嫌いなくせに中に入ろうとしたりなど。
気付くと生活のどこかで、クロが邪魔したり手伝ってくれたり、笑いをくれたり、悪戯したり。
クロの周りでは皆笑っていた。我が家のニャイドルはやはり一番可愛いから!
そんな事を考えながら一心不乱に歩いていると、
「着いたのだの。何をにやけておる」
「後ろ姿の可愛さに」
そのジト目もご馳走です!
「もう周りを見ても大丈夫だの」
そう言われて周りを見れば、
「ここ、私の部屋…」
元の世界の私の家の、私の部屋だった。
思わず涙が出そうになる。おっと、魂だけだったっけ。
「どれ、家族の様子を見に行こうかの」
そう言ってするりと歩き出すクロ。私も付いて行く。
「!」
クロの体が扉を通り抜けた。
「あ、そっか。今魂だけなんだっけ?」
癖でドアノブに手を伸ばすも、掴めない。覚悟を決めて扉をすり抜ける。
「うわ…、すり抜けた…」
いや、当然なんだけど、びびるわ。
「八重子、どうやら菜々子はまだ起きておるようだの」
隣の扉の前で、クロが座っている。中を覗いたのかな?
「あらま、何か試験でも近いのかしら?」
そういえば、こっちの世界は何月なんだろう。
ちょっと便利かもと思いながら、扉を顔だけ突き抜けてみれば、確かに机に向かっている菜々子がいた。何かパソコンをいじっているようだから、勉強じゃないのかな?
「母と父の所へ行ってみよう」
クロがそう言ったので、私も足を向ける。
「菜々、あまり夢中にならないで、体に悪いから早く寝るのよ」
聞こえないとは分かっているけど、なんとなく声を掛けてからそこを離れた。
両親の部屋に来ると、2人はすでに就寝していた。うちの両親は11時頃には布団に潜り込む。ということは、今は11時は過ぎているということか。
「丁度良い。これなら夢に入れそうだの」
クロが頭の方へ行って、母の頭に触れた。すると、周りの景色が一変した。先程の家の中ではなく、なんとなく靄がかかったような、それほど明るくもなく暗くもない所。
「意識の狭間だの。待っていろ。母と父を連れてくる」
そう言って、クロがどこかへ消えた。
ぽつんと1人取り残されて、なんとなく心細い。どうしたらいいかも分からず、モジモジしていると、声が聞こえてきた。
「クロ! クロじゃないの!」
「なうん」
母の声と、クロの声。
思わずそちらの方へ駆け出す。
クロの姿が見え始めると共に、靄の向こうに母の姿が見えた。
「お母さん!」
「え? 八重子…?」
飛びついた。
「お母さん…、お母さん! ごめんね…、ごめんね…!」
あれほど泣いたのに、また涙が溢れてくる。変なの、魂だけなのに。
「八重子、あなた、無事だったの?! どこに行ってたのよ! この子は…」
母が抱きしめ返してくれる。声も震えている。きっと泣いてるんだ。
「八重子?! お前、無事だったのか?!」
父の声も聞こえてきた。
クロが父も案内して来たらしい。
「お父さん…」
涙でよく見えない。母と共に抱きしめられ、皆でしばらく泣いた。
一頻り泣いて落ち着くと、両親が尋ねてくる。
「八重子、あなた、無事なのね? どこに行ってたの?」
「良かった。探したんだぞ! まったく、クロも一緒に連れて行きやがって」
「違うの、お父さんお母さん。私、帰って来たんじゃないの」
2人がポカンとなる。これが夢だって分かってないのかな?
「私ね、信じられないかもしれないけど、別の世界に行っちゃったの。元の世界に帰る方法を探したんだけど、なんだか無理そうなの…。ごめんね、私、帰れないっぽい…」
「帰れないって、ここにいるじゃない。何を言ってるの」
「そうだ。今帰って来てるじゃないか」
両親は私の話を信じられないみたい。そりゃそうだよね。別の世界とか、夢物語だよね。
「今はね、クロの力を借りてここにいるの。だから…、あれ? クロ?」
何故かクロがいない。
「なう」
と思ったら、別の方角から声が。
「お姉!」
靄の向こうから、妹が飛び出して来た。
「何やってんのよ! どこ行ってたのよ! 心配したんだから…」
そう言って、菜々子も泣き出した。
菜々子を抱きしめて、頭を撫でてやる。変かもしれないけど、心配されて嬉しい。
菜々子が泣き止んだ所で、再び説明を始める。
「別の世界に行っちゃってね、クロが猫又でね、そのおかげでここに来れたの」
嬉しさとかで語彙がおかしくなっている。
「「「猫又?」」」
家族が食いついてきたのはそこだった。皆生粋の猫好きだものね。
足元にいたクロを抱き上げる。
「クロがね、色々助けてくれるんだ。ね、クロ」
「・・・・・・」
何故だんまりなのよ、クロ。
「猫又? 猫又って、あの尻尾が2つになる…」
「うん、なるよ。ね、クロ?」
「・・・・・・」
嫌そうな顔をしている。見つめている。皆も見つめている。クロが溜息を吐いた。
尻尾がにゅるんと、もう1本生えた。
「「可愛いいいいい!」」
母と妹が声を上げた。父の顔もトロンとなっている。
分かるぜ。この尻尾、可愛いものね。
一頻りもふった後、三度説明。しかし、別の世界を信じてくれない両親。
「今はクロの力で夢で会ってるのよ」
「え? 随分はっきりした夢ねぇ?」
「確かに、おかしな場所だとは思ったが」
鈍いよ両親よ。
「それで? 冒険とかしてるわけ? こっちの心配も余所に?」
「だって、帰れないから…」
「他にも方法があるかもしれないでしょ?! 世界の隅々まで探したの?! 1つが駄目だからって諦めたんじゃないでしょうね?!」
ギクリ。
私の妹様、時折鋭い。
「だって、クロも難しいって…」
「それでも諦めたら、そこで試合終了でしょう! 世界の隅々まで探して、それでも駄目だったら…、私も納得してあげるわよ!」
うう、妹様の私への心配の気持ちが痛いほどに嬉しい。
「そだね。探してみるよ」
「そうしなさいよ」
やばい、元気出ちゃう。やっぱり大好きだよ、私の家族。
「八重子、そろそろ時間だの」
クロが喋った。
「可愛い!」
「まあ、そんな声をしてるのね」
「むう…」
父よ、可愛いからってソワソワしない。
クロが腕から飛び降りて、背後に向かって歩き出し、少し行ってこちらを振り向いた。
「そか。じゃ、お父さんお母さん、それと菜々、ごめんね。しばらく帰れないから…。でも元気でやってるから、心配しないで」
「八重子…。このまま帰って来れないの?」
「ごめんねお母さん。魂だけ帰ってくるだけで精一杯だったんだ」
「そう…」
「八重子、体に気をつけてな」
「うん、お父さんもね」
「お姉、待ってるから」
「・・・。うん…。頑張る」
涙を堪えて、クロの後ろについて歩き出す。
「じゃあね、行ってきます!」
「気をつけてね! 偶には連絡寄越すのよ!」
母よ、だから無理だって。
「気をつけてな」
お父さんはお母さんよりは理解してくれた模様。
「土産話、待ってるから!」
菜々…。ありがとう。お姉ちゃん頑張ってみます。
すぐに靄の中に皆の姿は消え、目の前のクロだけが見える状態に。
「八重子、帰りは向こうの事を考えて、我が輩のことを見て歩け。行きにも言ったが、周りは見てはならぬぞ」
「うん…。頑張る。でも、ちょっと涙が引っ込むの待って…」
ぼやけてクロが見えません。
根性で涙を引っ込めて、クロを見つめて歩き出す。向こうの事、向こうの事…。
クロと一緒に訳の分からない所に放り出されて、冒険者することになって、シロガネ達に会って、クレナイに会って…。そして、コハクに出会って、別れて…。
これまでの事を考えながら進んでいたら、前方から眩い光が押し寄せて来た。
待てと?!
「はい。これでもこちらも対応がいっぱいいっぱいでして。申し訳ありませんが皆さんお待ち頂いております」
静かに答えるシスター。
倒れそうになる。
クロが早く行けと急かしていたのはこのためか?
「そ、そですよね、あれだけの人数、1人でこなしてるんですよね…」
光の御子さんも大変だ…。
「1人? いいえ、5人ほどで対応しておりますが」
え? 5人? そんなに御子っているのか?
「御子さんて、5人もいるのですか?」
「いいえ? 御子は1人だけですが」
ん? なんだか話がおかしい。
「ええと、あの中で対応されているのは、光の御子さんではなく?」
「いいえ。光の者です。光の御子がおいそれと人前に出ることはありません」
光の者? 御子さんとは関係ないのか。
「あ、じゃあ、その光の御子さんに会うにはどうしたらいいのですか?」
「出来ません。光の御子は普通の方にはお会いできません」
きっぱりこん。
「え、でも、私、光の御子さんに会いに来たんですけど…」
シスターが怪訝な顔をした。
「どちらの方からお聞きになったのかは知りませんが、光の御子は光の者以外接触を許されておりません。例え王族であろうと、光の力を持たない限り、御子にお会いすることは出来ませんわ」
「・・・・・・」
王族でも駄目? となれば、一般人の私なんかもっと駄目よね。
「め、珍しい従魔を献上すると言っても?」
シロガネとクレナイがびくっとなった。大丈夫。口だけよ。
「珍しいというと?」
「ぺ、ペガサス、とか?」
シロガネの顔が青くなった。
「まあ、それなら、御子様に献上するにはとても良い贈り物ですね。ですが、ペガサスだけ預からせて頂くことになります。謁見は叶いません」
「そっすか…」
撃沈。
「お金を寄付しても?」
「すでに色々な国から援助を受けております」
「ええと、ドラゴンを捕まえても?」
「預からせて頂きます」
クレナイの顔が青くなった。
「どうにか会う方法はありませんか?」
「ございません」
きっぱり。
ああ、駄目だこれ…。
「分かりました…。ありがとうございます…」
「あ、いいのですか? 光の力を求めていらっしゃったのでは?」
光の者か…。その人でも異世界に戻る方法を…、知ってたら文献に載ってそうだよな。
「ちょっと、考えてから出直します」
「そうですか。予約はお早めになさることをお勧めいたします」
「ありがとうございます」
一応お辞儀をして、その場からフラフラと立ち去った。
時間的にももう遅いから、宿へ戻りましょう…。
「主殿! 妾を手放す気じゃったのか?!」
「違う違う!!」
「主! 我を献上する気だったであるか?!」
「違うったら!」
宿に帰ったら2人に責められた。その場限りの方便だと言ってもなかなか信じて貰えず、その夜は2人共ふて腐れてしまったのだった。
すまん。でもあの時はああ言うしかなかったのよ。
もし可能だと言われても、献上すると口先だけ言って、会うだけ会って逃げるつもりだったし。手放す気なんて全くないよ?
「しかし、これではその光の御子とやらには会えぬの」
クロも香箱の片手出しの姿勢で寛ぎながら考えているようだ。
「クロ、何か有益な情報は…」
「いや、あの者達は末端の末端での。御子については神殿にいる、ということくらいしか知らないようだったの」
「ほう、神殿…」
どうにか忍び込めないかしら? と考えるも、
「無理だの。神殿に行くには、その前にある星の宮、月の宮、太陽の宮を通らなければならず、侵入者が来たらすぐに分かるようになっておるらしいの。馬なら分かったかもしれぬが、あの後ろの立派な建物には、結界が何重にも張ってあったの」
「ペガサス!!」
「くぅ…、駄目か…」
唯一の情報を持っているかもしれない人に、面会すら叶わないとか…。これは大切な情報を後投げにしていた罰か…?
「結界ならば我が…」
「え?! 本当?! シロガネ!」
「馬の結界とはなんとなくだが気配が違っておったぞ。それを分かって言っておるのか?」
「むぐ…」
シロガネが黙り込んだ。いつもの「ペガサスである!」発言も出ない。駄目か…。
確証なんてないのに、頭の何処かで簡単に帰れるんじゃないかと思っていた。なんでそんなこと思ってたんだろう。だからずっと観光気分だったんだ。帰れるならもう少しこの世界を楽しんでからなんて…。そんなことを思ってたから、罰が当たったのかな…?
「…っ」
目頭が熱くなってくる。今更ながら、帰れないんだと自覚してしまう。
もう二度と会えないんだ…。お父さんにもお母さんにも、妹の菜々子にも…。
お別れの言葉も言っていない。ここに来ることさえ言っていない。きっと心配している。
もしかしたら、駅前でビラとか配って、この人知りませんかなんてやっているかもしれない。警察が動いて、あちこち探し回っているかもしれない。友達も心配して、SNSとかで色々呼びかけてくれているかもしれない…。
涙が溢れてくる。バカだな…。今更こんなことに気付いて。いや、どこかで気付きたくなかったんだ。もう帰れないかもしれないって。
「う、ううう、うう~…」
泣いている姿が恥ずかしくて、ベッドに伏せた。
皆が部屋から出て行く気配が分かった。気を使ってくれたんだね。
なんて良い仲間に出会えたんだろう。私は幸せだ。きっとこの世界でも生きていける。大丈夫。
でも、今だけ泣かせて下さい。向こうの世界への未練を断ち切る為に。
泣くだけ泣けば、頭もすっきりしてくる。
「はあ…。しょうがないよね…」
口でそう言いつつも、微妙に未練が残る。せめてお別れの言葉でも言えたなら、心の何処かでケリをつけられそうだけど。
「別れを言うくらいなら、出来るやもしれぬぞ」
泣いている間もずっと側にいてくれたクロが、何やら言い出した。
「はい?」
「上手くすれば、夢渡りくらいなら出来るやもしれんの」
「はいい?」
夢渡り?
「試しに今晩、やってみるかの?」
「やります」
即答でしょう。
クレナイ達にも説明したいというので、皆を呼び戻す。
「主殿、大丈夫かの?」
「あるじ~?」
皆の心配そうな顔。
「うん。少し泣いたらスッキリしたから。それと、今からクロの話を聞いて貰います」
「はて? なんじゃ?」
各々のベッドに座って、クロの話を聞く。
「夢渡りとは、まあ、簡単に言えば、魂だけ世界を渡る方法だの」
いきなり凄い話が出て来たんだが。
「肉体を移動させるにはかなりのエネルギーが必要になるが、魂だけならばさほど難しくはない。それなら我が輩が付き添って向こうの世界へ行って、家族の夢に入り込めば、なんとか会話くらいなら出来ると思うのだの」
「そ、そんなことが…」
「まあ色々危ない事もあるので、我が輩の言うことをきっちり守って貰わなければならぬがの」
「聞きます!」
もちろんでしょう!
「それと、その間、こちらにある体は無防備になってしまうのだの。故に、皆に我が輩達の体を守って貰いたいのだの」
「もちろんじゃ!」
「任せるである!」
「まもる~!」
リン!
「うむ。では八重子、さっそくやってみるかの?」
「そんなにすぐに出来るのね。ではお願いします」
「うむ。では、寝るがよい」
「・・・・・・」
「どうした? 寝ないのか? 寝なければ出来ぬぞ?」
「いきなり寝ろと言われても、お目々ぱっちりなんだけど」
「横になって目を瞑るだけでよい。後は我が輩がやるでの」
そう言われたので、皆によろしくと伝え、ベッドに横になった。
「では、ちと行って来るでの」
クロがいつもの左脇で、頭を腕に乗せてだらんとなった。
何が起こるのか分からず、目を瞑ったにしてもドキドキして眠れない。
ドキドキドキドキ、自分の心臓の音を聞きながら待っていると、
「八重子、もう目を開けてよいぞ」
そう言われ、目を開けてみる。
目の前に横たわる自分の体が見えた。周りで心配そうに皆が私を見つめている。
「私、死んだ?!」
「物騒な事を言うでない」
クロの呆れた声が聞こえた。
気付けば、すぐ横にふわふわと浮いているではないか。
「く、クロ…」
ベッドで横たわる私の左脇にもクロ。ここにもクロ。クロがクロでクロのクロが…。
「混乱しとる場合か。幽体離脱、と言う言葉は聞いた事があるだろうの」
「おお! あれか!」
「うむ。あれだの」
スピリチュアル好きにとって、入門編的な言葉ですね!
「さて、さっそく世界を渡ってはみるが…。八重子、我が輩から目を逸らさず、家族のことだけを考えろ。我が輩が良いと言うまで、決して周りを見てはならぬぞ」
「ええと、もし、周りを見たら…」
「我が輩から目を逸らした瞬間に、元の体には戻れないと思え」
怖い…。
「これから行く場所は、八重子の知識では理解出来ぬ所だの。もし万が一我が輩を見失ったら、我が輩にもどうなるか分からぬ。良くて永久に彷徨うか、悪くて…」
何故そこで言葉を切るのですか、クロさん。
「悪くて?」
先を促してみる。
「うむ。魂食いの妖に見つかれば…。そうなる」
ぞ…。
背中はないけど、背筋がぞっとなった。
いや、あるんだけど物理的にないというか、今魂だし…、あ~、説明出来ん!
「では、行くぞ」
「う、うん!」
クロについて歩き出す。実際に歩いているわけではないのかもしれないけど、クロが尻尾をピンと立てて、前を歩いて行く。
クロだけを見て、家族の事を考える…。
いつの間にか、見えていた景色がなくなって、白っぽいような黒っぽいような変な空間を歩いていた。クロの姿だけは景色に混ざることなく、はっきりと見えている。
クロのピンと張った尻尾がまた可愛い。ちょこまか動く手足も可愛い。それに見とれながら、必死に家族の事を考える。お父さんはクロにメロメロで、新しい玩具を良く献上していたっけ。お母さんも厳しいことを良いながら、実はこっそりクロに猫用鰹節をあげていたっけ。菜々子は小さな頃からクロと一緒だから、どっちが上なんだか争っていた。私に対しては甘々な態度を取るクロだったが、妹の菜々子には少し偉そうな態度をしていたのだ。菜々子、下に見られてた?
具体的に言うならば、「ちょっと退いてね」と私が言うと素直に退いてくれるクロが、「ちょっと退いて」と妹が言ってもビクともしないとか。猫は人によって態度を変えます。
そんな感じだったにも関わらす、何気に妹もクロにメロメロ。時折美味しそうなおやつなどを買ってきて、やはりクロに献上していた。結局皆クロにメロメロ。
なんだか家族の事を思い出すのは、ほとんどクロ繋がりなんだが…。
まあそれも仕方ない。家族の中心にはいつだってクロがいたのだ。皆で居間で寛いでいると、いつの間にか人の膝の上か、皆の真ん中で胸を反らして座っているし。猫は何故か人が集まっている中心にいることが好きなようです。
家にいると誰かのストーカーやってるし。何故かトイレに入ってくるも、扉を閉めると出たがるし。誰かがお風呂に入ろうとすると、何故かお風呂の入り口でスタンバイ。お湯をもらって満足そうに立ち去るかと思えば、濡れるのが嫌いなくせに中に入ろうとしたりなど。
気付くと生活のどこかで、クロが邪魔したり手伝ってくれたり、笑いをくれたり、悪戯したり。
クロの周りでは皆笑っていた。我が家のニャイドルはやはり一番可愛いから!
そんな事を考えながら一心不乱に歩いていると、
「着いたのだの。何をにやけておる」
「後ろ姿の可愛さに」
そのジト目もご馳走です!
「もう周りを見ても大丈夫だの」
そう言われて周りを見れば、
「ここ、私の部屋…」
元の世界の私の家の、私の部屋だった。
思わず涙が出そうになる。おっと、魂だけだったっけ。
「どれ、家族の様子を見に行こうかの」
そう言ってするりと歩き出すクロ。私も付いて行く。
「!」
クロの体が扉を通り抜けた。
「あ、そっか。今魂だけなんだっけ?」
癖でドアノブに手を伸ばすも、掴めない。覚悟を決めて扉をすり抜ける。
「うわ…、すり抜けた…」
いや、当然なんだけど、びびるわ。
「八重子、どうやら菜々子はまだ起きておるようだの」
隣の扉の前で、クロが座っている。中を覗いたのかな?
「あらま、何か試験でも近いのかしら?」
そういえば、こっちの世界は何月なんだろう。
ちょっと便利かもと思いながら、扉を顔だけ突き抜けてみれば、確かに机に向かっている菜々子がいた。何かパソコンをいじっているようだから、勉強じゃないのかな?
「母と父の所へ行ってみよう」
クロがそう言ったので、私も足を向ける。
「菜々、あまり夢中にならないで、体に悪いから早く寝るのよ」
聞こえないとは分かっているけど、なんとなく声を掛けてからそこを離れた。
両親の部屋に来ると、2人はすでに就寝していた。うちの両親は11時頃には布団に潜り込む。ということは、今は11時は過ぎているということか。
「丁度良い。これなら夢に入れそうだの」
クロが頭の方へ行って、母の頭に触れた。すると、周りの景色が一変した。先程の家の中ではなく、なんとなく靄がかかったような、それほど明るくもなく暗くもない所。
「意識の狭間だの。待っていろ。母と父を連れてくる」
そう言って、クロがどこかへ消えた。
ぽつんと1人取り残されて、なんとなく心細い。どうしたらいいかも分からず、モジモジしていると、声が聞こえてきた。
「クロ! クロじゃないの!」
「なうん」
母の声と、クロの声。
思わずそちらの方へ駆け出す。
クロの姿が見え始めると共に、靄の向こうに母の姿が見えた。
「お母さん!」
「え? 八重子…?」
飛びついた。
「お母さん…、お母さん! ごめんね…、ごめんね…!」
あれほど泣いたのに、また涙が溢れてくる。変なの、魂だけなのに。
「八重子、あなた、無事だったの?! どこに行ってたのよ! この子は…」
母が抱きしめ返してくれる。声も震えている。きっと泣いてるんだ。
「八重子?! お前、無事だったのか?!」
父の声も聞こえてきた。
クロが父も案内して来たらしい。
「お父さん…」
涙でよく見えない。母と共に抱きしめられ、皆でしばらく泣いた。
一頻り泣いて落ち着くと、両親が尋ねてくる。
「八重子、あなた、無事なのね? どこに行ってたの?」
「良かった。探したんだぞ! まったく、クロも一緒に連れて行きやがって」
「違うの、お父さんお母さん。私、帰って来たんじゃないの」
2人がポカンとなる。これが夢だって分かってないのかな?
「私ね、信じられないかもしれないけど、別の世界に行っちゃったの。元の世界に帰る方法を探したんだけど、なんだか無理そうなの…。ごめんね、私、帰れないっぽい…」
「帰れないって、ここにいるじゃない。何を言ってるの」
「そうだ。今帰って来てるじゃないか」
両親は私の話を信じられないみたい。そりゃそうだよね。別の世界とか、夢物語だよね。
「今はね、クロの力を借りてここにいるの。だから…、あれ? クロ?」
何故かクロがいない。
「なう」
と思ったら、別の方角から声が。
「お姉!」
靄の向こうから、妹が飛び出して来た。
「何やってんのよ! どこ行ってたのよ! 心配したんだから…」
そう言って、菜々子も泣き出した。
菜々子を抱きしめて、頭を撫でてやる。変かもしれないけど、心配されて嬉しい。
菜々子が泣き止んだ所で、再び説明を始める。
「別の世界に行っちゃってね、クロが猫又でね、そのおかげでここに来れたの」
嬉しさとかで語彙がおかしくなっている。
「「「猫又?」」」
家族が食いついてきたのはそこだった。皆生粋の猫好きだものね。
足元にいたクロを抱き上げる。
「クロがね、色々助けてくれるんだ。ね、クロ」
「・・・・・・」
何故だんまりなのよ、クロ。
「猫又? 猫又って、あの尻尾が2つになる…」
「うん、なるよ。ね、クロ?」
「・・・・・・」
嫌そうな顔をしている。見つめている。皆も見つめている。クロが溜息を吐いた。
尻尾がにゅるんと、もう1本生えた。
「「可愛いいいいい!」」
母と妹が声を上げた。父の顔もトロンとなっている。
分かるぜ。この尻尾、可愛いものね。
一頻りもふった後、三度説明。しかし、別の世界を信じてくれない両親。
「今はクロの力で夢で会ってるのよ」
「え? 随分はっきりした夢ねぇ?」
「確かに、おかしな場所だとは思ったが」
鈍いよ両親よ。
「それで? 冒険とかしてるわけ? こっちの心配も余所に?」
「だって、帰れないから…」
「他にも方法があるかもしれないでしょ?! 世界の隅々まで探したの?! 1つが駄目だからって諦めたんじゃないでしょうね?!」
ギクリ。
私の妹様、時折鋭い。
「だって、クロも難しいって…」
「それでも諦めたら、そこで試合終了でしょう! 世界の隅々まで探して、それでも駄目だったら…、私も納得してあげるわよ!」
うう、妹様の私への心配の気持ちが痛いほどに嬉しい。
「そだね。探してみるよ」
「そうしなさいよ」
やばい、元気出ちゃう。やっぱり大好きだよ、私の家族。
「八重子、そろそろ時間だの」
クロが喋った。
「可愛い!」
「まあ、そんな声をしてるのね」
「むう…」
父よ、可愛いからってソワソワしない。
クロが腕から飛び降りて、背後に向かって歩き出し、少し行ってこちらを振り向いた。
「そか。じゃ、お父さんお母さん、それと菜々、ごめんね。しばらく帰れないから…。でも元気でやってるから、心配しないで」
「八重子…。このまま帰って来れないの?」
「ごめんねお母さん。魂だけ帰ってくるだけで精一杯だったんだ」
「そう…」
「八重子、体に気をつけてな」
「うん、お父さんもね」
「お姉、待ってるから」
「・・・。うん…。頑張る」
涙を堪えて、クロの後ろについて歩き出す。
「じゃあね、行ってきます!」
「気をつけてね! 偶には連絡寄越すのよ!」
母よ、だから無理だって。
「気をつけてな」
お父さんはお母さんよりは理解してくれた模様。
「土産話、待ってるから!」
菜々…。ありがとう。お姉ちゃん頑張ってみます。
すぐに靄の中に皆の姿は消え、目の前のクロだけが見える状態に。
「八重子、帰りは向こうの事を考えて、我が輩のことを見て歩け。行きにも言ったが、周りは見てはならぬぞ」
「うん…。頑張る。でも、ちょっと涙が引っ込むの待って…」
ぼやけてクロが見えません。
根性で涙を引っ込めて、クロを見つめて歩き出す。向こうの事、向こうの事…。
クロと一緒に訳の分からない所に放り出されて、冒険者することになって、シロガネ達に会って、クレナイに会って…。そして、コハクに出会って、別れて…。
これまでの事を考えながら進んでいたら、前方から眩い光が押し寄せて来た。
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