異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

獣人の国を後に

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お爺さんにくれぐれも体に気をつけて、健康で過ごしておくれと念を押す。

「ミドリ茶の為か?」

バレてた。
別れを告げて、シロガネに乗って最初の街へ向かう。背中が寂しいのか、ハヤテがちょっと元気がなかった。
良い時間だったのでお昼を頂くことにした。クレナイお勧めの、最初に入ったあのお店へ直行。クレナイレーダーによると、ここが一番美味いらしい。

「いらっしゃい」

あの狸っぽい女将さんが迎えてくれる。

「おや、あんたらかい。奥が空いてるから好きに座っておくれ」

始めに来た時とは全く違う笑顔で、奥を案内してくれた。
奥へ行くと、始めに来た時の席がまるっと空いていたので、そこに座る。
でも、そこに座るメンバーは違っていて…。
また目頭が熱くなって来て、ぐっと堪える。皆もどことなく暗い顔。

「注文は決まったかい? あれ、あの虎人族の女の子はどうしたんだい?」

涙が溢れかけた。
言葉に詰まって何も言えない私の代わりに、クレナイが説明してくれる。
それを聞いて、女将さんの顔が曇って、そして、私を見て、頭を下げた。

「なんというか、お門違いかもしれないけど、礼を言わせておくれ。虎人族のことは私達も胸を痛めていたんだよ。そうか、あの子は、故郷へ帰れたのかい…」

おばさんが軽く目元を拭う。私は涙が出そうになるのを必死に抑えていた。

「あんたみたいな只人もいるんだね。ここのご飯はあたしからの奢りにさせておくれ! もうじゃんじゃん食べてくれて良いよ!」

クレナイの目が光った気がした。クレナイ、ちゃんと節度は守ろうね。









10人前頼もうとしていたので、「クレナイ?」と声をかけてにっこり一睨みしたら、5人前に減らしていた。
それでも女将さんお勧めメニューを全部踏破していたから、結構食べたのだろう。リアルで積み上がった皿なんて初めて見たよ。
奢りだと首を振る女将さんに、いやそれでもあの量は食べすぎだから、と金貨を3枚押しつけた。実際、ちょっと青かった顔が少し戻った気がしたから、奢りと言ったことを少し後悔していたのではないかと思う。

クレナイ、今晩飯抜きにしようか?

街を歩いてその風景を焼き付け、街を出た。
シロガネに乗って、あの入り口の通路へ。

「おや、国を出るのかい?」

番人の狼人族の人が聞いて来た。ちなみに、立っている姿は狼そのもの。番をしている間はこの方がいいのだそうな。獣化すると、身体能力や、元々持っている能力が強化されるのだと。クロ情報。
まあそうだよね。狼に追われたら人間なんてあっという間に追いつかれちゃう。
鼻がいいので、通路で何か変な匂いがしたらすぐさま遠吠えで報せるのだそうだ。なので要所要所に狼人族はいるのだと。豆知識。
三度コハクの事を聞かれ、言葉が詰まる。やはりクレナイが説明してくれて、やはり「ありがとう」と言われた。いや、私はそんな大したことはしていないと思うんだけど。

別れを告げて、シロガネに乗って通路を駆ける。ハヤテも、行きとは違って、宙返りなどせずに大人しく走っていた。今まではその背にコハクがいたものね。いない寂しさを感じているんだろうな。
また熱くなって来た目頭を押さえて、前を見る。ほどなくして出口が見えて来た。

「お? あんたらか」

獅子人族の人が、獅子の姿で立っていた。ライオンが二足歩行…。

「観光は終わったのか?」

最初に出会った獅子人さんらしい。いや、獅子の顔なんて見分けつきませんよ。

「ほう、奇遇じゃな。其方が妾達を見送ってくれるとは」
「本当だ。入るのを許可した俺が出るのを許すなんてな。只人じゃああんたが初めてだ」

誇っていいのか?いや、嘆くべき?
許可証をその手に返す。受け取った時には…、などと考えてしまい、胸がズキリと痛んだ。

「おや? あの女の子はどうした?」

また聞かれるんかい!
なんだかちょっと聞かれる事に慣れたようで、スラスラとコハクの事を話した。コハクの村の所まで。その後は続けられなかったよ。なので、続きはクレナイから。

「そうか。あんたには、感謝する」

そう言って、獅子人さんも頭を下げた。

「いや、なんか皆にそうやって頭下げられたりしてますけど、私がやりたかったからやっただけの事なんで。別にお礼言われるようなことはしてないっていうか…」
「いや、行方知れずになってしまった虎人族を、あんたは連れてきてくれた。それだけでも十分だよ」

くすぐったいからやめてくれ。

「まあ、コハクのお墓もあるし、気が向いたらまた来ます。ミドリ茶も予約したし」
「ミドリ茶? なんだそれは」
「知らないんですか? 実は…」

かくかくしかじか、虎人族の村近くで暮らしているお爺さんの話をする。そのお爺さんが趣味で作っている茶が絶品だとも。
美味しくて健康に良くて、料理次第では色々なものに化けて、色々な美味しい物になるのだということも。

「私の故郷に似たようなものがありまして。それがお茶でもよく、デザートにしてもよくと、かなり色々な料理に使われていたんですよ。是非、実用化を!」
「そんなものがあったとはな。教えてくれてありがとう。すぐに国の議題に上げよう」

ん?この獅子人さん、結構お偉いさん?まあいいか。

「それじゃ、お世話になりました」
「世話になった」
「なったである」
「クアー」

リン!

それぞれに別れの言葉を継げて、出立した。みるみる山脈が遠くなっていく。それは、コハクとの距離も開くということで…。
頭を振る。

(違う違う。コハクは体はもうないけど、私達と一緒にいるんだ。想いは、残ってるんだから…)

しばらくはコハクの事を思う度に胸が痛むだろう。しかし、時間の経過と共に、その痛みが薄くなっていくことを私は知っている。そして、思い出の中で人が生きるという意味も。

(ありがとう、叔母さん。叔母さんが教えてくれていなければ、私はもっとコハクを困らせていたかもしれない)

死の間際の様子、苦しみ、悲しみ。別れた後の苦しさ、切なさ。叔母さんは身をもってそれを教えてくれた。
その教えがなければ、コハクを引き留めて、もっとずっと一緒にいようと駄々をこねていたかもしれない。

「時々でいいから、思い出して」

叔母さんの言葉が蘇る。

(時々どころか、これからもしょっちゅう思い出す事になるよ、叔母さん。そして、コハクも一緒に…)

今この場にいれば、「何かありましたか?」と心配そうな顔で聞きに来たかもしれない。
ふとハヤテの背を見てしまう。最初の頃は怖々跨がっていたコハクも、いつの間にか慣れたようにハヤテに上手く身を預けていた。そういえば、ハヤテが宙返りしているときも、上手く掴まっていたっけ。

リンちゃんがふわりと、ちょっとぼーっとした顔で飛んでいたハヤテの頭に移動した。
ハヤテの頭の羽を引っ張ると、ぼーっとしていたハヤテの顔がハッとなる。
なにやらリンリン言っていたら、ハヤテの顔が引き締まった。リンちゃんが慰めていたのか?
その光景にふと笑みを零していると、

「主、で、次はどこへ向かうであるか?」

いけね、行き先言ってなかったよ。
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