163 / 194
黒猫と共に迷い込む
コハクとの別れ
しおりを挟む
朝起きると、コハクがやはりいつものように顔を洗えるように待機していた。
最後の最後までなんて良い子…。
いやいや、泣いてはいかんいかん。
いつも通りに朝食。しかしコハクが食べようとしない。
「私の分はこの後の皆さんの為に取っておいて下さい」
と頑なに首を振る。
「昨晩、とても美味しい物を頂きましたし」
無理に食べさせる訳にもいかず、もそもそとコハクを除いて食べる。
「ねーたん? ん」
ハヤテが食べないの?とばかりにコハクに自分の持っているお肉を差し出す。コハクは笑顔で「いいんですよ」と言ってハヤテに食べろと促す。
く、目頭が熱くなる…。
もうあと数時間…。いや、そんなことは考えない。
何事もなかったように、いつものように振る舞う。のは難しいものだ。
できるだけ自然にと心がけると、何故か体がぎくしゃくしてしまうのは何故だろう。
食事を終えて、片付ける。そして、出発の準備を整えて…。
「ご主人様」
コハクに声を掛けられ、思わずビクッと体が反応してしまった。
「なななななな、何かな?」
どもりすぎだろ自分!」
コハクはちょっと困ったかのような顔をして、
「お願い致します」
と言った。
お願い?お願いってなんだったかしら?
思考が空中分解しそうになるが、
「そうか、決心はついたかの」
「昨日からついてますよ」
クロが答えやがった。コノヤロウ。
「コハク、もうか?」
聞こえていたのか、クレナイ達もやって来た。
「クレナイ様、お世話になりました」
「うむ。妾も其方からは色々教えてもらったのじゃ。其方のことは永劫忘れぬぞ」
「我も、コハクの事は忘れぬ。主の次に大事な人間であった」
「ありがとうございます」
リリリン
「リンちゃん、リンちゃんには本当にお世話になりました」
リン…
差し出された手の指に触れ、寂しそうに頬を寄せた。
「?」
ハヤテだけは分かっていない。
「ハヤテ、ご主人様の言う事をよく聞いて、無茶はしないようにするんですよ」
「あい!」
良い返事を返した。
「ご主人様、こんな私を拾って下さって、本当にありがとうございました。できればもっとお側にいたかったですけれど。こんな私で申し訳ありません」
「謝る事なんてないでしょう。コハクは良くやってくれたじゃない。私は、色々助けられたよ。コハクがいて楽しかったよ…」
あ、駄目だ、涙が…。
「大好きだよ、コハク。ずっとずっと大好き。絶対に忘れないから」
ぎゅっとコハクを抱きしめる。
「ありがとうございます。私も、ご主人様のこと大好きです。誰よりも尊敬しています」
コハクも抱きしめ返してくれる。この温かな存在がいなくなるなんて、誰か冗談だと言って。
コハクの体が静かに離れる。離したくないのに、引き留められない。
「コハク、我が輩からも礼を言う。八重子が世話になった」
「私の方がお世話になりましたよ。クロさんも、ありがとうございました」
「うむ」
コハクが皆の顔を見回す。
「本当に、お世話になりました。ありがとうございました」
深々と頭を下げる。
もう涙が滝になって止まらない。でも、口角は頑張って上げる。最後は笑顔。それだけは守りたい。
「クロさん、お願いします」
「うむ」
私の足元で待機していたクロが、前に出る。
「クロ…」
「大丈夫だの。苦しませはせぬ」
そうだけど、そうじゃない…。
コハクがにっこり笑って、目を閉じた。
「ゆくぞ」
何をしたのかは私には分からない。しかし、クロの言葉の後に、すぐにコハクの体が揺れ、崩れ落ちる。その体を、いつの間にか人の姿になっていたクロが支えた。
「…、もう?」
「うむ。苦しむ事はなかったぞ」
そりゃ一瞬でしたからね。何をしたのかさっぱりでしたよ。
クロがコハクの体を横たえる。眠っているようにしか見えない。
触れるとまだ温かい。思わず口元に手を持って行くが、呼吸が感じられなかった。
「コハク…」
やっとちょろちょろの滝になっていた物が、決壊したかのように溢れ出してきた。
「うあああああああああ!!!!」
コハクに抱きついて、声を上げて泣いた。
その体はもう動かない。私の涙にも声にも反応しない。
皆も側で目元を拭っていた。
ハヤテだけ、悲しそうな困ったような顔をして私を見上げていた。
一頻り泣いて落ち着くと、さてコハクの遺体をどうしようかという話になる。
この世界ではやはり土葬が中心らしい。まあ、人1人を焼くって、結構大変だしね。
でも今はクレナイがいる。頑張ればコハクを焼く事も出来るというが…。
「今日すぐに火葬は精神的にきついです」
いや、早くしないとその、腐食とかが始まっちゃうのは分かるけど。日本でもお通夜とかあるわけだし、やっぱり死んだって言う事が皆の中でストンと整理出来ないと、焼くって言うのはかなり抵抗がある。
コハクはまだ死にたてのほやほや。もう数時間もすれば死後硬直も始まるんだろうけど。
その頃になれば、体中の血液が下に溜まって、顔色も悪くなって、いかにも死んでますという感じになるんだけど。
まだ血色も悪くなっていない。触ればまだ温かい。この状態で焼くのは、精神的にきつい。
外傷のせいで確実に死んでますってんなら話は別かもしれないけど。
「ならば土葬だの」
いや、そうなんすけど…。
「おねーたん?」
ハヤテがコハクをつんつんして、起きろと促している。
「ハヤテ、コハクはもう起きないのよ」
頭を撫でて説明する。
「おきない?」
「そう。もう、コハクは…、おき…、起きない…」
また滝が…。
「なんでー?」
くそう、小さい子に説明するの難しいな!
「えーと、ハヤテも、獲物を獲ってくるでしょ?」
「あい」
「その時、獲物はもう動かなくなってるでしょう?」
「あい」
「それと同じことよ」
ハヤテが首を傾げた。
ぬおおおおお。
「ハヤテ。コハクはもう一緒には行けぬのじゃ」
「あい?」
クレナイが助け船を出してくれた。
「コハクはもう動かぬ。故に、ここに置いて行くのじゃよ」
「おいてく?」
「バイバイするってことよ」
「バイバイ?」
「そう、バイバイって。お姉ちゃんバイバイって」
「やー!」
「ハヤテ?」
「バイバイやー!」
ハヤテがコハクにしがみついた。
「バイバイやー! ねーたんいくー!」
「ハヤテ…」
あああ、また滝が本流になってしまう。
「ハヤテ、いかん。コハクはもう死んでおるのじゃよ。じゃからバイバイするのじゃ…」
「やーのー!」
コハクにしがみついたまま、ハヤテが首を振る。
「ハヤテ…」
「やー!」
ああこれ、駄々っ子状態だわ…。
「ハヤテ!」
「やー!」
「クレナイ…。抑えて」
「主殿…」
無理にハヤテを引き離そうとしていたクレナイを押し止める。
「落ち着くまで待とう」
「良いのか? 主殿…」
「ハヤテも、分かってくれると思うよ」
時間が経てば。
「ハヤテ…」
「やーのー!」
「分かった。向こうで待ってるから、後でおいでね?」
「やーのー!」
コハクに顔を押しつけて離れようとしない。
渋るクレナイを引き連れて、ハヤテから距離を取った。
「もしかしたら、またここで野宿かも。薪、集めておこっか」
「主殿、良いのか?」
「時間が経てば、分かると思うんだ」
いずれ、コハクの体は硬直が始まり、残っていた温もりも消えて行く。血液の流れもなくなって顔色も蒼白になる。
死んだ後の叔母を見せられた時、これ、人間?と首を傾げてしまった。
あまりに血の気がなくて、ただの肉の塊を叔母のように仕上げただけのようにしか見えなかった。
葬儀の時にはきちんと死に化粧がしてあって、化粧のおかげで生前の叔母のように見えていたが。
あの状態になってしまえば、きっとハヤテも分かるんじゃないかと、確信は持てなかったが、とにかく今は待つしかないと、野宿の準備をしながらハヤテが落ち着くのを待ったのだった。
他愛もない話をして、外なのに昼寝までして。太陽が大分傾いて来た時、ハヤテがやって来た。
「あるじ…、おねえたん、かたい…」
硬直が全身に広がったのだろう。
「つめたいの、あったかいのしてね、でもつめたいの」
「そう、そうなんだね…」
ハヤテがグリフォンの姿に戻って、コハクに寄り添っている場面があった。あれは、私が夜寝る時に寒くないようにとしてくれている時と同じだ。きっと冷たくなってしまったコハクを一生懸命温めていたのだろう。
抱きしめて、頭を撫でてやる。
「お姉ちゃんはね、もう死んだの。もう動かないの。もう温かくならないのよ」
「なんで? なんでちぬの?」
「生きてるからよ。生き物はいずれ、皆死ぬの」
「あるじも?」
「そう。私もいずれは、ああやって動かなくなって、冷たくなるの。いずれはね」
「やー。ちぬのやー」
「うん、やだね。とってもやだね…」
ハヤテなりに死を理解したのか、グズグズと泣き崩れた。私も一緒に涙を流す。
しばらくそうして、2人でコハクの為に泣いた。
遺体をそのままにしておくのも嫌だったので。というか、ここまで来ると、精神的にも死んだと言う事が受け入れられたので。
土葬にすることにして、シロガネにコハクが入れそうなくらいの穴を掘って貰った。
崖に近いと崖が崩れた時に大変なので、景観をぎり保てる森の近くへ。
「軽いのだな…」
運んでいたシロガネが呟いた。
もとより小さな体。食べさせてはいたが、病気もあってあまり太れなかった。
その小さな体を穴の中に横たえ、取って来た花を周りに供える。
「このピンクの花が似合うわ」
と、コハクの髪に添えてやる。
みんなで取って来た花で、コハクの体をほとんど埋め尽くした。
「綺麗だね、コハク。これで寂しくないかな?」
この世界の葬儀は知らないけど、さすがに6文賎握らすわけにもいかないし。一応銀貨を一枚握らせておく。この世界にも三途の川の渡し賃がいるかは分からないけど。
「金を埋めるのかや?」
「私の世界の風習なの」
金貨だと墓荒らしにあうかもしれないから。銅貨の方が良かったか?相場が分からん。
最後に皆でもう一度コハクをじっくり見て、ゆっくりと土をかけて行く。
「さよなら…、コハク…」
足元から、徐々に体が埋まり、胸、肩、そして、かけずらかった顔にも土を被せ、とうとうコハクの姿が見えなくなった。
また涙が溢れてきて、上を向く。最後はシロガネが綺麗に土を被せてくれた。
少し盛り上がった土の上に、シロガネが持って来たちょっと四角い大きめの石を乗せた。
これで完成だ。
「シロガネ、石に字とか、彫れる?」
「石に字であるか?」
地属性の魔法でも、そういう細かい物は難しいらしい。
「妾に任せるである」
とクレナイが爪を出して来た。
さすがドラゴンの爪。
『コハク ここに眠る』
と彫ってもらう。うん、それらしくなった。
「なるほど。これなら分かりやすいであるな」
「確かに、これなら普通の石と間違え難いのじゃ」
人間だけの風習なのかしら?
ハヤテがそこにそっと花を添える。リンちゃんも石の上にそっと乗って、寂しそうに下を見ている。
その夜は皆やはり動く気力もなく、夕飯も適当に食べて、早々に寝た。
ハヤテがいつもよりも側に来て、温もりを求めるように顔を埋めてきた。
最後の最後までなんて良い子…。
いやいや、泣いてはいかんいかん。
いつも通りに朝食。しかしコハクが食べようとしない。
「私の分はこの後の皆さんの為に取っておいて下さい」
と頑なに首を振る。
「昨晩、とても美味しい物を頂きましたし」
無理に食べさせる訳にもいかず、もそもそとコハクを除いて食べる。
「ねーたん? ん」
ハヤテが食べないの?とばかりにコハクに自分の持っているお肉を差し出す。コハクは笑顔で「いいんですよ」と言ってハヤテに食べろと促す。
く、目頭が熱くなる…。
もうあと数時間…。いや、そんなことは考えない。
何事もなかったように、いつものように振る舞う。のは難しいものだ。
できるだけ自然にと心がけると、何故か体がぎくしゃくしてしまうのは何故だろう。
食事を終えて、片付ける。そして、出発の準備を整えて…。
「ご主人様」
コハクに声を掛けられ、思わずビクッと体が反応してしまった。
「なななななな、何かな?」
どもりすぎだろ自分!」
コハクはちょっと困ったかのような顔をして、
「お願い致します」
と言った。
お願い?お願いってなんだったかしら?
思考が空中分解しそうになるが、
「そうか、決心はついたかの」
「昨日からついてますよ」
クロが答えやがった。コノヤロウ。
「コハク、もうか?」
聞こえていたのか、クレナイ達もやって来た。
「クレナイ様、お世話になりました」
「うむ。妾も其方からは色々教えてもらったのじゃ。其方のことは永劫忘れぬぞ」
「我も、コハクの事は忘れぬ。主の次に大事な人間であった」
「ありがとうございます」
リリリン
「リンちゃん、リンちゃんには本当にお世話になりました」
リン…
差し出された手の指に触れ、寂しそうに頬を寄せた。
「?」
ハヤテだけは分かっていない。
「ハヤテ、ご主人様の言う事をよく聞いて、無茶はしないようにするんですよ」
「あい!」
良い返事を返した。
「ご主人様、こんな私を拾って下さって、本当にありがとうございました。できればもっとお側にいたかったですけれど。こんな私で申し訳ありません」
「謝る事なんてないでしょう。コハクは良くやってくれたじゃない。私は、色々助けられたよ。コハクがいて楽しかったよ…」
あ、駄目だ、涙が…。
「大好きだよ、コハク。ずっとずっと大好き。絶対に忘れないから」
ぎゅっとコハクを抱きしめる。
「ありがとうございます。私も、ご主人様のこと大好きです。誰よりも尊敬しています」
コハクも抱きしめ返してくれる。この温かな存在がいなくなるなんて、誰か冗談だと言って。
コハクの体が静かに離れる。離したくないのに、引き留められない。
「コハク、我が輩からも礼を言う。八重子が世話になった」
「私の方がお世話になりましたよ。クロさんも、ありがとうございました」
「うむ」
コハクが皆の顔を見回す。
「本当に、お世話になりました。ありがとうございました」
深々と頭を下げる。
もう涙が滝になって止まらない。でも、口角は頑張って上げる。最後は笑顔。それだけは守りたい。
「クロさん、お願いします」
「うむ」
私の足元で待機していたクロが、前に出る。
「クロ…」
「大丈夫だの。苦しませはせぬ」
そうだけど、そうじゃない…。
コハクがにっこり笑って、目を閉じた。
「ゆくぞ」
何をしたのかは私には分からない。しかし、クロの言葉の後に、すぐにコハクの体が揺れ、崩れ落ちる。その体を、いつの間にか人の姿になっていたクロが支えた。
「…、もう?」
「うむ。苦しむ事はなかったぞ」
そりゃ一瞬でしたからね。何をしたのかさっぱりでしたよ。
クロがコハクの体を横たえる。眠っているようにしか見えない。
触れるとまだ温かい。思わず口元に手を持って行くが、呼吸が感じられなかった。
「コハク…」
やっとちょろちょろの滝になっていた物が、決壊したかのように溢れ出してきた。
「うあああああああああ!!!!」
コハクに抱きついて、声を上げて泣いた。
その体はもう動かない。私の涙にも声にも反応しない。
皆も側で目元を拭っていた。
ハヤテだけ、悲しそうな困ったような顔をして私を見上げていた。
一頻り泣いて落ち着くと、さてコハクの遺体をどうしようかという話になる。
この世界ではやはり土葬が中心らしい。まあ、人1人を焼くって、結構大変だしね。
でも今はクレナイがいる。頑張ればコハクを焼く事も出来るというが…。
「今日すぐに火葬は精神的にきついです」
いや、早くしないとその、腐食とかが始まっちゃうのは分かるけど。日本でもお通夜とかあるわけだし、やっぱり死んだって言う事が皆の中でストンと整理出来ないと、焼くって言うのはかなり抵抗がある。
コハクはまだ死にたてのほやほや。もう数時間もすれば死後硬直も始まるんだろうけど。
その頃になれば、体中の血液が下に溜まって、顔色も悪くなって、いかにも死んでますという感じになるんだけど。
まだ血色も悪くなっていない。触ればまだ温かい。この状態で焼くのは、精神的にきつい。
外傷のせいで確実に死んでますってんなら話は別かもしれないけど。
「ならば土葬だの」
いや、そうなんすけど…。
「おねーたん?」
ハヤテがコハクをつんつんして、起きろと促している。
「ハヤテ、コハクはもう起きないのよ」
頭を撫でて説明する。
「おきない?」
「そう。もう、コハクは…、おき…、起きない…」
また滝が…。
「なんでー?」
くそう、小さい子に説明するの難しいな!
「えーと、ハヤテも、獲物を獲ってくるでしょ?」
「あい」
「その時、獲物はもう動かなくなってるでしょう?」
「あい」
「それと同じことよ」
ハヤテが首を傾げた。
ぬおおおおお。
「ハヤテ。コハクはもう一緒には行けぬのじゃ」
「あい?」
クレナイが助け船を出してくれた。
「コハクはもう動かぬ。故に、ここに置いて行くのじゃよ」
「おいてく?」
「バイバイするってことよ」
「バイバイ?」
「そう、バイバイって。お姉ちゃんバイバイって」
「やー!」
「ハヤテ?」
「バイバイやー!」
ハヤテがコハクにしがみついた。
「バイバイやー! ねーたんいくー!」
「ハヤテ…」
あああ、また滝が本流になってしまう。
「ハヤテ、いかん。コハクはもう死んでおるのじゃよ。じゃからバイバイするのじゃ…」
「やーのー!」
コハクにしがみついたまま、ハヤテが首を振る。
「ハヤテ…」
「やー!」
ああこれ、駄々っ子状態だわ…。
「ハヤテ!」
「やー!」
「クレナイ…。抑えて」
「主殿…」
無理にハヤテを引き離そうとしていたクレナイを押し止める。
「落ち着くまで待とう」
「良いのか? 主殿…」
「ハヤテも、分かってくれると思うよ」
時間が経てば。
「ハヤテ…」
「やーのー!」
「分かった。向こうで待ってるから、後でおいでね?」
「やーのー!」
コハクに顔を押しつけて離れようとしない。
渋るクレナイを引き連れて、ハヤテから距離を取った。
「もしかしたら、またここで野宿かも。薪、集めておこっか」
「主殿、良いのか?」
「時間が経てば、分かると思うんだ」
いずれ、コハクの体は硬直が始まり、残っていた温もりも消えて行く。血液の流れもなくなって顔色も蒼白になる。
死んだ後の叔母を見せられた時、これ、人間?と首を傾げてしまった。
あまりに血の気がなくて、ただの肉の塊を叔母のように仕上げただけのようにしか見えなかった。
葬儀の時にはきちんと死に化粧がしてあって、化粧のおかげで生前の叔母のように見えていたが。
あの状態になってしまえば、きっとハヤテも分かるんじゃないかと、確信は持てなかったが、とにかく今は待つしかないと、野宿の準備をしながらハヤテが落ち着くのを待ったのだった。
他愛もない話をして、外なのに昼寝までして。太陽が大分傾いて来た時、ハヤテがやって来た。
「あるじ…、おねえたん、かたい…」
硬直が全身に広がったのだろう。
「つめたいの、あったかいのしてね、でもつめたいの」
「そう、そうなんだね…」
ハヤテがグリフォンの姿に戻って、コハクに寄り添っている場面があった。あれは、私が夜寝る時に寒くないようにとしてくれている時と同じだ。きっと冷たくなってしまったコハクを一生懸命温めていたのだろう。
抱きしめて、頭を撫でてやる。
「お姉ちゃんはね、もう死んだの。もう動かないの。もう温かくならないのよ」
「なんで? なんでちぬの?」
「生きてるからよ。生き物はいずれ、皆死ぬの」
「あるじも?」
「そう。私もいずれは、ああやって動かなくなって、冷たくなるの。いずれはね」
「やー。ちぬのやー」
「うん、やだね。とってもやだね…」
ハヤテなりに死を理解したのか、グズグズと泣き崩れた。私も一緒に涙を流す。
しばらくそうして、2人でコハクの為に泣いた。
遺体をそのままにしておくのも嫌だったので。というか、ここまで来ると、精神的にも死んだと言う事が受け入れられたので。
土葬にすることにして、シロガネにコハクが入れそうなくらいの穴を掘って貰った。
崖に近いと崖が崩れた時に大変なので、景観をぎり保てる森の近くへ。
「軽いのだな…」
運んでいたシロガネが呟いた。
もとより小さな体。食べさせてはいたが、病気もあってあまり太れなかった。
その小さな体を穴の中に横たえ、取って来た花を周りに供える。
「このピンクの花が似合うわ」
と、コハクの髪に添えてやる。
みんなで取って来た花で、コハクの体をほとんど埋め尽くした。
「綺麗だね、コハク。これで寂しくないかな?」
この世界の葬儀は知らないけど、さすがに6文賎握らすわけにもいかないし。一応銀貨を一枚握らせておく。この世界にも三途の川の渡し賃がいるかは分からないけど。
「金を埋めるのかや?」
「私の世界の風習なの」
金貨だと墓荒らしにあうかもしれないから。銅貨の方が良かったか?相場が分からん。
最後に皆でもう一度コハクをじっくり見て、ゆっくりと土をかけて行く。
「さよなら…、コハク…」
足元から、徐々に体が埋まり、胸、肩、そして、かけずらかった顔にも土を被せ、とうとうコハクの姿が見えなくなった。
また涙が溢れてきて、上を向く。最後はシロガネが綺麗に土を被せてくれた。
少し盛り上がった土の上に、シロガネが持って来たちょっと四角い大きめの石を乗せた。
これで完成だ。
「シロガネ、石に字とか、彫れる?」
「石に字であるか?」
地属性の魔法でも、そういう細かい物は難しいらしい。
「妾に任せるである」
とクレナイが爪を出して来た。
さすがドラゴンの爪。
『コハク ここに眠る』
と彫ってもらう。うん、それらしくなった。
「なるほど。これなら分かりやすいであるな」
「確かに、これなら普通の石と間違え難いのじゃ」
人間だけの風習なのかしら?
ハヤテがそこにそっと花を添える。リンちゃんも石の上にそっと乗って、寂しそうに下を見ている。
その夜は皆やはり動く気力もなく、夕飯も適当に食べて、早々に寝た。
ハヤテがいつもよりも側に来て、温もりを求めるように顔を埋めてきた。
1
お気に入りに追加
212
あなたにおすすめの小説
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-
ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!!
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。
しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。
え、鑑定サーチてなに?
ストレージで収納防御て?
お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。
スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。
※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。
またカクヨム様にも掲載しております。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-
ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。
断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。
彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。
通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。
お惣菜お安いですよ?いかがです?
物語はまったり、のんびりと進みます。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる