異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

和菓子を個々に置いて行って下さい

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ワタシヲココニオイテイッテクダサイ?









・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・






「和菓子を個々に置いて行って下さい! か!」

あれ?この世界に和菓子なんてあったっけ?

「八重子、とんちをやっとる訳では無いぞ」

クロからツッコミが入った。

「え? じゃあ、え? 私の耳が変になったのかな?」

ほじほじほじ。

「ご主人様…」

コハクがちょっと呆れたような顔をしている。

「申し訳ございません。今まで大変お世話になっておきながら。でも、もう、私の体は限界なんです」

にっこりと笑う。
限界?何が?いや、そりゃ、体調が悪いのは知ってるけどね?でも、今日も食べてたし、山道だって、私よりも涼しい顔して登ってたじゃないの。

「何言ってるのコハク? 限界って?」
「主殿、信じたくない気持ちは分かるが、それ以上はコハクを責めることになるのじゃ」

クレナイに肩を叩かれた。
コハクがちょっと寂しそうな、悲しそうな顔になる。

「クレナイ?」

クレナイの顔を見ると、クレナイも寂しそうな悲しそうな顔をしている。シロガネまでも。
遊んでいたハヤテとリンちゃんもやってきた。ハヤテは訳が分からないのだろう、いつものように首を傾げているが、リンちゃんがフワリと飛んで、コハクの頭の上に乗った。リンちゃんの表情も、どこか寂しげだ。

「八重子、我が輩が最初に言ったろう。この子は病持ちで、明日にも死ぬかもしれんと。それを承知で引き受けると言ったのは八重子自身だろうの」

それは、そうですけど…。
でも、だって、こんなに元気なのに?限界?え?置いてけ?
思考がグルグル。考えが纏まらない。

「ご主人様には気付かれないように気をつけてましたが、本当に気付かれてなかったんですね。近頃は朝だけでは足りなくて、時折リンちゃんに影で癒やしてもらっていたんです」

そんなに悪くなってたの…?

「いつ言おうかと迷ってましたが、ここに来て、なんとなくですけど、懐かしい匂いがしたんです。だから、終わるならここかな、と」

終わる?終わるって、え?

「死ぬ…、ってこと?」

言葉がするりと口から滑り出た。

「はい。これ以上足手まといになるわけには行きません。ですから、私をここに置いて行って下さい」
「足手まといなんて思ってるわけないでしょう!!!」

コハクがびっくりした顔をしている。きっと皆もそうだろう。クロも私を見上げている。

「ゴメン。ちょっと1人にして」

そう言って離れた所に行って、眼下を見下ろしながら座り込んだ。
膝を抱えて頭を埋める。クロも素直に下りてくれて、横に寄り添って座っているのが、触れられた温もりで分かった。
後ろで話す声が聞こえ、続いて遠ざかる足音。どうやら遠くに行ってくれたらしい。

「う…うう…」
「八重子、もう誰もおらぬ。聞いて欲しくなければ聞こえぬようにもするぞ」
「ううううううううう~~~~~~・・・」

何故気づけなかった。どうして慰めの言葉もかけてやれなかった。まだ10歳の子供が、死ぬなんて宣言して…。自分が不甲斐ない。不甲斐なさ過ぎる。声を出しても良いと言われたけど、できるだけ声を抑えて、溢れる涙を流した。



















あの時も。クロが横にいてくれたんだよな…。
泣けるだけ泣いて、ボーッと景色を眺める。手はそうすることが自然とでも言うように、クロの頭を撫でている。
太陽が海に向かって落ちて行く。すでにそんな時間。
叔母さんの死を自覚して、部屋で泣き喚いていた時、いつの間にかクロが側にいて、気付いて自然とその頭を撫でていた。それで大分落ち着いたんだよな。

叔母さんの時を思い出していた。日本は安楽死が許されていない。だから医療従事者の人達は患者が息を引き取るまで、最後まで諦めずに足掻いてくれる。それはとても頼もしい姿にも見えるんだけど…。
私は、最後の方は死なせてあげてと、心の中で叫んでいた。薬漬けになって、もう意識もない。コードにケーブル、色々な機械に繋がれて、やっと生きている状態の叔母。死ぬことが決まっているのに、どうして死なせてあげないのか、どうして命を繋ぎ止めようとして苦しめるのか。疑問に思ってしまった。回復の見込みがあるならともかく、絶対に死が確定しているなら、そのコードを取ってあげて下さい、と、何度も言いかけた。

でも母は、

「まだ、頑張ってくれてるのよ…。お姉ちゃん…」

そう言っていた。

母は、動けなくなって、意識もなくなって、コードやケーブルに繋がれて辛うじて生きている状態の叔母を見て、それでも生きていて欲しいと思っていたようだ。
私が苦しそうに見えていた叔母の姿は、母には頑張っている姿に見えていたのだ。
人の思いは、考えは違う。だから、日本にはまだ安楽死がないのかもしれない。
日本にも安楽死を求める声はあるから、今後は何か変わっていくのかもしれないけど。

「その前に、私は日本に戻れないかもしれないしね…」

クロは何も言わなかった。気持ちのいい風が通り過ぎていった。もう夜の匂いがする。

「私は、もう考えは決まってるんだ。コハクが苦しむのは嫌。だったら、あの子が、コハクが望む事を叶えてあげたい…」

そうだ。私の考えはとうに決まっている。もしあの時叔母が「死なせてくれ」と一言でも言ったなら、私はそれを叶えてあげようと声をあげたに違いない。生憎、その言葉を聞くことはなかったけど。

「もういいのかの?」
「うん。大丈夫」

立ち上がると、クロが飛び乗ってきた。うん。猫が飛び乗ってくる時のお尻フリフリは可愛い。
夕焼けに世界が染まり出し、世界の色が変わっていく。息をするのを忘れそうになるほどに美しい景色。確かに、ここなら、最期の地としてはとても良いのかもしれない。

「コハクを、送ってあげよう」
「うむ。任せておけ。苦しまずに終わらせてやるの」
「お願いします、クロさん」

皆の方へ足を向けると、すでに野宿の準備が始まっていた。ごめん。遅くなったね。
コハクが鍋の番をしていて、他は姿が見えない。何か獲物でも獲りに行ったのかな?

「えと、遅くなってゴメンね」
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「うん…、とも言えないけど、整理はついたよ」
「ありがとうございます」

コハクが頭を下げた。
私よりも小さな頭。どうして私よりも若くて幼いのに、こんなに早く寿命を迎えるのか…。

「今夜は、最後の晩餐ね! そして、今日はコハクを抱きしめて寝るからね!」
「ご主人様…。ありがとうございます。でも…」
「問答無用よ! 今日は一緒に寝るの!」
「いえ、寝相が…」
「大丈夫! 蹴られても気にしない!」
「いえ、ご主人様の寝相が…」

私の寝相そんなに悪かった?!

「そういえば、皆は?」
「すんごい獲物を獲ってくると言って、そのまま…。私は別にいつものでいいのですけど…」
「最後なら豪華な物食べなきゃ! なるほど、クレナイ達に期待だわね!」

何を獲ってくるのかは分からないけど、期待大だわね!

その時、リンちゃんがリンリン言いながらやって来た。

「あ、リンちゃん、何か見つかったのですか?」

リンちゃんがティ○カーベルよろしく、身振り手振りであちらに何かあると伝えてくる。

「分かりました。行きましょう。あ、ご主人様、鍋を見ていて下さい。あ、もちろんですが、手を出さなくて良いですからね!」

何故かきつく念を押されて、コハクがリンちゃんと共に森に入っていった。食べられる野草なんかを見つけたんだろう。

「最後の晩餐…か」

手を出すなと言われると、出してみたくなるもので。

「八重子、手を出すなと言われたろう」
「味見くらい良いでしょう」

ちょっと啜ってみる。うん。無難な味だ。
あ~、私に料理スキルがあったら、豪勢な食事なんかをあっという間に出したりできるのに…。

「この世界にもそういう便利なスキルがあったらいいのに」
「スキルとは、修練でもあるのではないかの? 結局練習して経験値を溜めなければならぬのは同じことだろうの」
「そうではあるんですけどねー」

なんかもうちょっとならないかしら?
そう思い、調味料に手を伸ばす。

「! 八重子!」

クロが気付く前に、調味料を足していた。














森の中で会ったのか、皆が一緒に帰って来た。そして、鍋をかき混ぜている私の姿を見て、皆一様に固まっている。

「お帰り~。スープ出来てるよ~」
「あ、主殿、ま、まさか、その、スープ…」
「うん、ちょっといじっちゃった」

ぺろりと舌を出すと、青い顔になったコハク。白目をむいたクレナイ。頭を抱えたシロガネ。そして、滅多にそんな表情を見せないハヤテまでもが、絶望的な顔をした。

ヒドイ。

「すまぬ、コハク、最後に良い物を食わせてやりたかったのじゃが…」
「いえ、私も不注意でした。ご主人様を1人にするべきではありませんでした…」

何を慰めあってるのだ。

「も~。今回は美味く行ったんだよ。ほら、味見してみ?」

小皿についで、クレナイに差し出す。
何故この世の終わりのような顔をしているのでしょう、クレナイさん?

「すまぬ、コハク…。妾、先に向こうで待っておるやおもしれぬ…」
「く、クレナイ様…」

おい、今までに料理で人を死なせたことないぞ?

「グダグダ言ってないで、味見してみ」

ぐいっと口元に押しつけると、恐る恐るクレナイが小皿を手に取った。
口を引き結び、コハクに向かって頷き、ハヤテに向かって頷き、最後にシロガネに向かって頷いた。まるで別れでも告げるように。
そして、1つ深呼吸をして、一息置くと、って長いな。そして、一気にそれを口に中に流し込んだ。

ゴクリ…。

誰かの喉が鳴った。
皆でクレナイを凝視する。リンちゃんまで空中で待機している。人の料理をなんだと思ってるんだ。
クレナイの両目が、かっと音がしそうな程に見開かれた。
そして、

「美味い!!!!」

叫んだ。

「「「えええええええええ!!!!」」」

コハク、シロガネ、ハヤテが叫ぶ。

「な、なんじゃこれは?! 今まで味わったことがないほどの美味! あ、主殿! これ、本当に主殿が…?」
「ふふん。私も時々はやるのよ。(10回に1回くらいの割合だけどね)ボソリ」

私の料理は逆ロシアンルーレット。10回のうち9回は酷い味になるけれど、その1回の成功した時は、それまでの運を取り返すかのように、五つ星レストランも目じゃない程の美味になる!

せめて逆だったらと、家族にも嘆かれていたけど。

「こ、これならば、死ぬほどに食えるのじゃ!」
「あ、ゴメン。そんなに量ないわ」

皆の顔が呆けた。
うん、何故か上手く行く時に限って、量があまりないのよね。

「あ、主殿…」
「あ、量産は無理。これ以上味がおかしくなっていいなら別だけど」

クレナイががっくりと膝をついた。















クレナイ達が取って来た鳥を捌いて、コハクが調理して、私の作った絶品スープを皆で旨い旨いと言いながら食事を終えた。
そしていつものように野宿。コハクに出来るだけ近寄って。

なんだか時間が勿体なくて、寝るまで色々な話をした。出会った頃のこと。皆とお風呂に行ったこと。コハクに奴隷と主人の立場というものを聞かされて、どうして最初の頃コハクが戸惑っていたのか理解した。コハクは途中からそれが仕事なんだと割り切ったのだとか。いや、仕事にしないで。クレナイやシロガネも、私が主らしくないと言ってきた。主らしさってなんだ?

最後はクロが苦しませないようにしてくれると言ったら、よろしくお願いしますと頭を少し動かした。また涙が溢れそうになって、そろそろ寝ようと誤魔化した。
星の綺麗な夜だった。月はないのか、まだ上っていないのか。
今日も寝付きが悪いとぼんやり考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
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