異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

虎人族の村

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声のした方を振り向くと、白髪白髭のお爺さん。う~ん、山羊にしか見えない…。
いや、きちんと人間の顔してるし、ちゃんと手足も人のものなんだけど、頭に生える耳と白い髭が良い感じに山羊にしている。顔も逆三角形だし。

「只人か?! なんじゃ?! ここにはこの老いぼれ以外誰もおらんぞ! どこから入って来たんじゃ!」

杖らしきものを振り上げて威嚇している。私ってそんなに悪役顔してたかしら?

「え~とすいません、ここに住んでいらっしゃる方ですか?」
「やかましい! さっさと出て行け! お前らに渡す物なんぞ何もないわ!」

だめだ、話を聞いてくれない…。

「すいません!」

コハクが前に立った。

「な、獣人…? お前さん、可哀相に、奴隷になったのか…?」

お爺さんの顔が悲しそうに歪む。

「え~と、確かに私は奴隷ですけど…」
「只人め! こんないたいけな子供を奴隷にするなど…」
「話を聞いて下さい!!!!」

コハクが叫んだ。
コハクの声にびっくりしたのか、お爺さんの動きが止まった。

「か…、か…、か…」
「この方は、私のご主人様ですが、私に酷い扱いなどせずに…って、お爺さん?」

お爺さんの体勢が何だかおかしい。

「こ、腰が…」

腰が抜けたか?それともぎっくり?
痛みでにっちもさっちもいかなくなってしまったので、仕方なくリンちゃんに痛み止めをしてもらい、クレナイに担いで貰う。

「す、すまんのう…。あんたらも翼人族かい? こんなに奴隷を持つなどと、非道な只人じゃ…」
「いや、妾達はその女童を覗いて、皆従魔じゃ」
「じゅ・う・ま?」
「妾がドラゴン、こちらの方がペガサス、この子がグリフォンじゃ」
「ペガサスのシロガネである」
「ハヤテー!」
「妾がクレナイ、こっちの妖精がリンちゃんじゃ」
「は…」
「皆、その女童も、主殿から名を貰ったのじゃ。良き名じゃろう?」

クレナイがえへんと胸を張る。

「ど、ドラゴン…」

お爺さんの目も白くなってしまった。泡拭いてるように見えるのは気のせいか?











「花畑の向こうで婆さんが手を振ってたわい」

などと目を覚ましてから言うお爺さんをなんとか正気に戻し、ドラゴンといえどそうそう他者を傷つけたりなどしないと納得してもらい、お爺さんの家に送ることに。

「本当に辛い目に合ってないんじゃな?」
「ええ、とても良くして下さいますよ。算術や読み書きまでも教えてくれるんです」
「ほお~、算術のう」

うふふ、さすがに数学に関してはクレナイより私の知識の方が上だったのだ。ちょっと嬉しい。まあ、ドラゴンは知識に飢えているということで、クレナイが気が済むまで根掘り葉掘り聞いてくるんだけどね。ちょっとうざいよ。

「しかし、お前さん、虎人族か…」
「はい。今回ご主人様が、私の生まれ故郷に行こうと仰って下さって。私のような奴隷の為に、危険を冒してまでこの国に来て下さいました」

ん?何か危険な事ってあったっけ?
ん?何故クロさん睨むの?

「生きておったのか…。そうか、あの時の生き残りか…」

お爺さんがハラハラと涙を流し始めた。















お爺さんの家は、傾いた小屋、だった。
いや、それ以上なんと表現したらいいのか…。

「飯食って寝るだけの所に、これ以上の物があってたまるか」

お爺さんの持論らしい。
しかし、地震が起きたら、すぐにぺしゃって行きそうなんだが…。
一応茶くらいは出すと言うので、恐る恐る中へと入る。なんとか全員座れそうなスペースはある。
茶を啜ったらさっさと行こうと決心。見る物は見たし、もうこの国出てもいいかな?
竈の前でお爺さんがうんこ座りして、何やらカチカチ鳴らしている。火打ち石?

「火ならばつけてやろう」

とクレナイがすぐに火を起こした。

「おお! なんと、さすがドラゴン様」

クレナイには様付けかい。
瓶に汲んで置いたのか、そこから水を掬い、小さな鍋に入れて湧かし出す。
なんか、日本昔話を思い出すような光景だ。
急須のような入れ物に茶葉らしきものを入れ、湧かしたお湯を注ぐ。

「しまった。コップがない」

うん、出ましたね!
シロガネが背負ってきた荷物から、各自のコップを取り出す。
それに注いで貰って、ふーふーしながら頂いた。

「! 緑茶…?」

すんごい味が似てるんだが。色も緑だし。いや、葉っぱを適当に乾燥してそれらしくしてるから、緑色なんだと思ってた。

「りょくちゃ? これはミドリ茶というものなんじゃが」

まんま緑茶じゃねーか!

「こ、これ、これの、木が、これ、この辺りに、あったりするんですか…?」
「まあ、その辺りに生えとるよ。時折取って自分で乾燥させたりしとるんじゃ」

緑茶原産者!

「これ、これ、販売とかはしてないんですか…?」
「しとらんな。数もないし、儂の趣味みたいなものじゃ」
「勿体ない!」

思わず顔を手で覆って空を仰ぐ。

「数を増やして増産するべきですよ! これ、世界中に受けますから! 緑茶は体にも良いし、長生きの秘訣だし、体に溜まった毒素とかも出してくれるし…、それとそれと、なんだっけか…」

なんか色々効能があった気がするんだが…。日本人の長生きの秘密は、その食生活と緑茶とも言われているらしいしね。日本と行ったら緑茶だしね!

「しかし、儂も年じゃし…」
「いやいやいや、街から人を連れてきてですね…」

私が熱く語る間に、みんなも緑茶を味わっていた。

「確かに、なんとも言えぬ渋みと旨みが合わさって、奥深い味じゃのう」
「自然味が感じられるである。これは我も好きであるな」
「なんか、落ち着く味です」
「ちあ~」

ハヤテだけ気にくわなかったらしい。子供には合う合わないがあるしね。

私の話も、結局は実現は難しいという結論で終わってしまった。なんとも勿体ない。

「あるだけ茶葉を買い取らせて下さい」
「そんなにないわい」

ごねるお爺さんから、茶葉を売って貰う約束をゲット。やったぜ!

「ええと、それで、肝心な話が…、なんだっけ?」

クロにちらりと視線をやると、クロもちらりとコハクを見た。そうだ、コハクの事だ。

「すいません、コハクの事、何か知りませんか?」

コハクの顔が緊張した。

「虎人族の事か…。そうじゃのう、見たことはあるかもしれんが、もう遠い昔の事じゃしのう」

5年くらい前だったはずだけど?

「ボケか…」(ぼそり)
「ボケとらんわ! 儂はまだしゃっきりしとる!」

耳はいいらしい。

「儂の覚えている事を話してやろう。お前さんが誰だったか思い出せるかもしれんしのう」

やっぱりボケ始めてるんじゃないか。

















お爺さんの家は、最初はあの廃墟になった街の中にあったらしい。

「あの頃は、活気があったのう…」

遠い目をして語るお爺さん、そして思い出す。そうだ、年寄りは話が長いのだ…。
しばらく、街の成り立ちや歴史を話す。自分がどんな人間だったかの自慢話。どうして年寄りの話って自慢話が多いのだろう。そして所々に重要な話が混ざっているのでなかなかどうして手強い。

「虎人族はのう、最初は街の中に住んでいたのじゃが、通路に行くのが面倒だと言い出して、街を出て通路の前辺りに小さな村を作っちまったのだ。どうも猫科の獣人は面倒くさがりが多くてのう」

ちらりとクロを見る。私の胡座をかいた膝の上でスヤスヤ寝ている。このやろう、話を聞かなきゃならないこっちの身にもなれ。

話続けるお爺さんの話を、いらない話を頭の中から追い出して、必要な話だけ纏めて繋げる。

虎人族は面倒だと言って、自分達の小さな村を作ってしまったのだそうな。最初は簡素なテント、簡単な小屋、そしてしっかりした作りの家、と。
万が一にも通路から敵が来ても、これなら虎人族が矢面に立って侵入者を食い止める事が出来る、とまんざらでもない事を言って、そこに居着いた。
すぐ近くであったにも関わらず、いろんな獣人が色んなものを売りに来てくれたので、それほど困らなかった。本当に必要ならすぐそこに買いに行けば良い。

そんなこんなで小さな虎人族だけの村が出来た。新規の村というよりは、街からちょっと飛び出ちゃいました的な村。不思議と諍いが起こることもなく、ちきんと機能していたのだそうな。虎人族が守備を担っているというのも大きかったのかもしれない。

何年もの間、そうやって街と村の交流は続いた。隠し通路でもあった通路は、常時見張りがいたものの、本線よりは若干甘く、すぐに連絡を取れる狼人族の姿もなかった。代わりにあったのがホラ貝だったそうな。何かあったらすぐに吹くはずだったらしい。

そしてあの日、隙をついて只人が襲ってきた。

吹くはずだったホラ貝を手にするも、吹く前に後ろから襲われ、あっという間に壊滅状態。

それに気付いた虎人族達が皆で応戦、ここで一時戦線が保たれた。元々獣人の方がやはり体は丈夫なのだ。その間に子供が街に走り、街に危機を知らせる。虎人族が保っている間に避難しなければと、みんな取るものも取り敢えず街から逃げ出した。
戦える者は虎人族の応援に、戦えない者は遠くに避難。
パニックに陥る街の中、その衝撃が来た。

ボン!

何かが破裂するような音。
振り返れば、虎人族が戦っているだろう場所から火の手が上がっている。
そう、意外に抵抗の激しい獣人達に業を煮やした只人達が、魔術師を出して来たのだ。

ありがちな設定のように、獣人族はあまり魔法が得意ではない。弓矢などで応戦しつつも、魔術師もかなり良い腕の者だったのだろう、戦線があっという間に崩れた。
崩れた所から街に向かう只人。それを追い、食い止める虎人族。
前線にあった虎人族の村でも力の無い者などが攫われ始める。女、子供が泣き叫びながら、または薬で眠らされたりしながら、運ばれて行った。

パニックに陥った街でも幾人かの人が攫われ、最後まで抵抗を続けた部隊がなんとか只人を退けた頃には、虎人族の村にはもう何も残っていなかった。
男達は死に、女達と子供は攫われ、村は瓦礫の山。
その後すぐに通路が封鎖される事が決まり、通路も塞がった。

人々はあの時の恐怖が忘れられず、街から出て行った。虎人族の哀れな末路を悼みながら。

「儂はもう年じゃった事もあってなぁ。ここに残ることにしたんじゃ。せめて、1人くらいは、虎人族達の事を弔ってやらねばとな」

そう言って、冷めた緑茶を啜った。
お爺さんは街から少し離れた森の手前に小屋を建て、ほぼ毎日虎人族達のお墓の世話をしているのだそうな。

「ありがとうございます」

コハクが礼を言った。

「なに、儂が好きでやってるだけじゃ。気にせんでええわい」

お爺さんが照れたように手を振った。

「その、村があった所に、行ってみたいです」

珍しくコハクが自己主張。

「…、うん、行ってみようか」

何か辛いことを思い出してしまうかもしれない。でも、コハクが行きたいと言うのだから、行かねば。

「ありがとうございます」

コハクが可愛い笑顔を向けた。
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