異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

お帰り

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闇の中を迷わず走るコハク。さすがは猫科の獣人、闇の中でも視界が効くようである。

「はあ…、は…」
「コハク、急がんでも八重子は無事だの。無理はするな」

リンちゃんも服の中から心配そうにコハクを見上げている。

「は、はい…。すいません、気が急いてしまって…」

駆け足をゆっくり歩行に変えて、宿を目指す。
闇の中なので黒猫の姿も闇に溶けてしまって見えない。いや、そこにいるのかさえ疑問だ。
実は宙を浮いていると言っても信じられそうである。なにせ、声のした方向がコハクの真横からだったのだから。
前から松明の明かりが近づいて来た。何となくだが、擦れ違うのが嫌で、横の暗がりに身を隠した。

ゾロゾロと歩いて行く獣人達の話がちらほら聞こえて来て、どうやら主人は無事なようだと確信を持つ。いや、黒猫の話を信じないわけではないが、やはり改めて聞くと安堵する。
獣人達が去った道を、足早に宿へと向かった。早く主人に会いたい。会ってこの目で無事を確認したい。
逸る気持ちが足を突き動かし、ようやっと宿が見えて来た。
宿の前には熊男さんと見たことのない渋くて体格のいいおじさんがいた。

「お? 今帰りか?」

熊男さんが気付いて話しかけて来た。

「ご主人様は! ご主人様は無事ですよね?!」
「あ、ああ。もちろんだよ。何もしてないよ」
「そうですか…」

ほっと息を吐く。

「本当にあの只人を慕ってるんだな」

熊男さんがちょっと不思議そうにコハクを見た。

「もちろんです。ご主人様には色々助けて頂いてますし」

コハクの真っ直ぐな瞳を見て、男2人が苦笑いした。

「この表情をあいつらが見たら、何を思ったかな」
「さてね。色々目が曇ってるから、これを見ても信じないんじゃないか?」

大人達の会話が分からず、首を捻っていると、上から声が降ってきた。

「あー、やっぱりコハクだ。お帰りー。大丈夫? 怪我とかしてない?」

上を見ると、何事もなかったかのような主人の笑顔。
その笑顔に心底ほっとして、コハクも笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ。リンちゃんもいるんですから」
「そうだけどねー。やっぱり心配なものは心配だからねー」

まったく、何の為に自分は歩き回っていたのか。

「まったく…。ご主人様と来たら…」

苦笑いしつつも、コハクは宿の中へと入って行った。
少しすると、部屋の中から賑やかな声が聞こえてきた。その声を聞いて宿の入り口にいた男達は顔を見合わせて笑った。

「獣人の心配をする只人か…。あんたの判断は間違ってなかったと思うよ」
「そうだな…。俺も今、確信を持てたよ」

獅子人族の男、ライオスも、柔らかな笑みを浮かべたのだった。















部屋でクレナイと単語学習をしていたら、外が騒がしくなり、覗いて見たら沢山の獣人が宿の前に。
なんとなくただならぬ雰囲気を感じるも、何を言っているのかさっぱりピー。クレナイも難しい顔をしているし、これは本当にヤバいかも?と思ったら、何やらダンディーなおじさまが登場。おじさまと問答していたようだが、どうやら皆納得してくれたようで、宿を離れて行った。良かった良かった。
再びクレナイとぎこちないコミュニケーションを取っていると、途中から言葉が分かるようになった。

「クロが帰って来た!」
「これでようやっと話が出来ますな!」

2人で大喜び。
下から女の子の声が聞こえてきたので窓を開けて覗いて見ると、見慣れた可愛い女の子が。

「あー、やっぱりコハクだ。お帰りー。大丈夫? 怪我とかしてない?」

コハクは可愛い笑顔を見せて、

「大丈夫ですよ。リンちゃんもいるんですから」

と答えた。うん、どうやら大丈夫なようだ。

「そうだけどねー。やっぱり心配なものは心配だからねー」

コハクがちょっと呆れたような顔をしたものの、すぐに中へと入って来た。

「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、コハク」
「・・・。ご主人様、それは…」
「お帰りなさいのハグ」
「ハグ?」
「抱きしめるって事。さあ、腕の中に飛び込んでおいで!」

何故そんなに冷たい視線になるのでしょう。

「ご主人様…、報告を…」
「カモン! コハク!」

腕をワキワキさせて、来いと催促。
呆れたようなちょっと照れくさいようなそんな顔をしながらも、コハクがおずおずと腕の中に。抱きしめる。

「お帰りー! コハク、ご苦労様―。いやん、可愛い」
「ご主人様…、潰れます!」
「潰したいほど可愛い…」
「リンちゃんが!」

言われて気付いて腕を解く。
コハクが守っていたらしい、なんとか無事だったリンちゃんが服の中から出て来て、抗議するように腕を振り上げた。ごめん。でも怒った顔も可愛い…。

「救いようがないの」

いつの間にかクロもベッドに座っていた。

「クロー! お帰りのモフーーー!」
「いらんわ!」

飛びついたら足蹴にされた。そんなあんよも可愛いです。
一頻りモフった後に、報告会。コハクは特に収穫はなかったとのこと。クレナイに言葉が分からない時の様子を聞いて、かなりヤバかったのかとちょっと冷や汗。

「まあ、いざとなったら妾が抱きかかえて飛んで逃げるつもりじゃったがな!」

さすがクレナイ、頼りになる!
後から出て来たあのダンディーなおじさまが、一番最初に会った百獣の王と聞いてびっくり。

「え? でも、あの時は全身毛だらけ…、じゃなくて、本当に獣の姿だったよね?」

まさに百獣の王がそのまま二本足で立っているような状態だったのだが。

「おお、それなら、どうやら獣人は一部の者だが獣化出来る者がいるらしいの」

さすがクロ。ゴシップ情報はお任せ。

「へ~、獣化出来る…」

ついコハクを見てしまう。コハクが獣化したら…、それはもう美しい虎の姿になるのだろうか…。

「ご主人様、申し訳ありませんが、私には出来ません」

コハクがしょげる。

「いやいや、大丈夫! コハクはそのままで十分可愛いから!」
「基準が間違っている気がします…」

そこは気にしない。

報告を終えてみると、どうやら今日だけでは解決出来ない問題のようで。

「今日は仕方ないからこのまま寝ようか。って、シロガネとハヤテどうしよう」

シロガネのご飯はいいとして、ハヤテがお腹空かせてないだろうか?

「それなら、ハヤテだけでも呼んで来ようかの」
「シロガネは?」
「結界の維持もあるし、一応何かあったらあそこで説明して貰わにゃならんしの。食事ならそこらの草でもどうにでもなるだろうし、元々野生の者だから寝床も特に気をつけることもないだろうしの」

それはそうだけど、皆が布団で寝る時に1人不寝番って…。

「でもシロガネなら大丈夫だよね」
「そうだの」

どうせ宿に来てもシロガネは別の部屋だし。切り捨てたわけじゃない、信頼しているということだ!

「では、ハヤテだけ呼んで来るの」

そう言って、クロが窓の外へと消えた。

「ん? ここ2階…」

考えないでおこう。どうせ猫だし、高い所から降りることもあるしね。うん。
熊男さんに夕飯事情を聞いて、軽くなら用意出来ると聞いて、是非にとお願いする。
少しの間、また言葉が不自由になったけど、それほど長い時間では無かった。
クロを背に乗せ帰って来たハヤテと共に夕飯を食べ、今日は眠る事に。
クロがハヤテを連れて帰ってくるのが往復の時間を考えると早すぎるのであったが…、そこはそれ、クロだから、で済ませた。












「ハヤテ、今晩は宿に帰って休んで良いと八重子が言っていたぞ」
「かえる?」
「腹も減らぬか?」
「へったー」
「では帰ろう。ああ、もちろんだが、馬はこのままここで見張りを続けるようにとのことだの」
「な、なんで我だけ…」
「八重子が言っておったぞ。「シロガネだから大丈夫だよね」と」
「主が…。うむ! 大丈夫なのである! 我に任せておけなのである!」
「では任せた。ハヤテ、行こう」
「あい!」

ハヤテが元の姿戻って黒猫をその背に乗せて、宿の方へと飛んで行った。

「主の為に、頑張るである!」

そこらの草を時折食みながら、シロガネは結界を維持し、見張りを続けるのだった。
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