異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

獣人達の話

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「コハク、もう帰るが良い」
「でも、もう少し…。暗い方が狙われやすいかも…」
「暗い所をそんな綺麗な身なりで1人で歩いている方が不自然だの。今日は帰って明日また出直せば良い」
「は、はい。そうですね。分かりました。帰ります」
「それに、なにやら宿の方が騒がしくなっておるの。急いで帰ろう」
「はい」

宿の方が騒がしくなっていると聞いて、コハクは駆け出した。
クロも闇に紛れ、コハクを守りながら宿へと向かった。
目を凝らしてみれば、暗くなった世界に抵抗するかのような複数の松明の明かりが、宿の周りに集まっていた。










「只人め! 娘を帰せ!」
「息子を返して!」
「出て行け!」
「この国から出て行け!」

宿の周りに獣人が集まっていた。
手には各々松明を掲げている。

「おい、何やってる!」

宿の主の熊男が玄関に出て行き、声を荒げている連中に声を掛ける。

「ベルーガ、只人を出せ。いなくなった子供達の事を聞き出して袋だたきにしてやる」

血気盛んな物が声を張り上げる。

「待て、いなくなった子供達とは何のことだ」
「今日ピンスの娘がいなくなったんだ。それまでの子供達もきっとあの只人が何処かへ連れ去ったんだ! そしてまた子供達を物色しに来たんだろう!」

「言いがかりだろう。あの只人は初めてこの国に来たんだぞ」
「只人の味方をするのか!」
「そうじゃない。只人だろうがやってもいない罪を問う事など愚か者のすることだろう」
「だったら子供達は!」
「遺体も見つかっていない子供達が攫われたのではと思ってしまうのは分かる。だからと言って只人に攫われたという確証もなかろう」

「只人だぞ! どんな汚い手を使ったか分かったもんじゃない!」
「頭を冷やせ! だからと言ってあの只人を問い詰めて何も出なかったらどうする!」
「そんなわけはない! この国に来る只人なんて碌なもんじゃない!」

窓からそれを見ていたクレナイが、溜息を吐いた。

(妾が出て行ってそうではないと主張したところで、結局従魔だからと納得はせんのじゃろうな)

「☆■*+@%(・△・)?」

拙いながらも言葉を発しているようだが、まだ聞き取れるほど流暢ではないクレナイの主人が、心配そうにクレナイを見た。
言葉は通じなくとも、なんとなくはやはり分かってしまうのだろう。

「大丈夫じゃ、主殿。いざとなったら妾の背に乗せて、この国を脱出するでのう」

主人は納得しないかもしれないが、下手にこの国に手を出すよりはまだましだろう。
この主人は珍しく、只人なのに獣人に偏見を持たない。獣人どころか魔獣にさえも情をかける。ただ邪魔だからと言って何かを傷つけたら、怒り出すに違いない。
この優しい主人を傷つけたくはない。

「主殿、妾はほんに、果報者じゃ」

今の状況がどれだけ幸せなことか、幾度となく主人には言ってきたが、多分千分の一も伝わっていないのではないかと思う。しかしそれでも良い。この主人の下で主人の為に働けるのは喜ばしい限りだ。
下での言い争いが過熱して来た。もう少ししたら無理矢理にでも宿に入ってくるか、最悪宿に火をつけるかもしれない。
火をつける程度ならばクレナイがなんとか出来るが、もし万が一にでも主人と離され、その間に主人を傷つけられでもしたら…。
きっと怒り狂ってこの国を更地にしてしまうだろう。
その前に主人に爪の先程の傷さえつけさせたくはない。

(そうじゃのう。妾がせんでも、あのクロ殿がやるじゃろうのう)

主人に何かあったなら、きっとあの黒猫がこの国の住人を許さないだろう。
あのクロの力に飲み込まれたなら、きっとクレナイに滅ぼされた方がましだという目に合うだろう。
クレナイは身震いをした。たかだか小さな黒猫なのに、最強種と謳われるドラゴンが恐怖を抱くなどと…。

「ドラゴンなどと喧嘩したら、負けるに決まっておろうの」

などと言ってはいるが、本気になったらドラゴンの里の皆も敵わないのではないかと思っている。

(底知れぬ御方よ…)

もし番になれるのであれば、クレナイはそれこそ問答無用で飛びかかっていたかもしれない。真に残念である。

下の言い争いが、1人が熊男と接触した。それを皮切りに、皆で宿へ押し寄せようとする。
必死に抵抗する熊男。これは崩れるのも時間の問題かと、クレナイが翼に魔力を溜め始めた。

「待て!」

後ろの暗がりから声がした。
有無を言わせぬ迫力のあるその声を聞き、皆の動きが止まる。
現われたのは、金茶の髪の体格のいい男。

(おや、あの者?)

クレナイは感じたことのあるその気配に、最初にあった獅子人の男だと気付いた。
しかしあの時は、全身毛だるま、じゃなくて、人の面はほぼない、完全に4足歩行したらそのまま獣じゃないかという出で立ちだったはずだが。

「俺が認めて通した者だ。文句があるなら俺が聞こう」

大塚明夫さん並のとても通る良い声で、その男は暗がりから歩いて来た。

「ライオスさん…」

今まさに暴徒と化そうとしていた者達が、振り上げていた手を下げ、やって来た男を見た。
権力があるのか、人望があるのか、とりあえずはなんとかなったかと、クレナイが込めていた魔力を分散させる。

「(*∵*)☆♪#…」

主人がやって来た男を見て、頬を染めている。
もしや年上好きであったかと、クレナイは主人の好みに驚いた。同年か年下好みだと聞いていたはずだが…。

「ライオスさん、なんで只人なんかを国に入れたんだ?」

1人がライオスと呼ばれた男に尋ねた。

「俺が大丈夫だと判断した。何故判断したかは、一番は従魔だな」
「従魔?」
「皆も魔獣が人化することがあるとは聞いたことがあるだろう?」

何人かが頷いた。この国でも魔獣が人化することは知られているらしい。

「魔獣が人化するのは、余程気に入った相手のみと聞いている。つまりはあの只人は余程従魔達に気に入られているのだと思った。縛られているのに、従魔達の顔は明るかったしな」
「そ、そんなこと、もしかしたら従魔紋でやらせているのかもしれないだろう」
「そうかもしれん。しかしな、あの只人の周りにいた者達は、そんな気配はなかった。縛られている者特有の陰の気が感じられなかった。それは、あの奴隷にされている虎人族の少女も同じだった」

「そうだ、あの只人は獣人を奴隷にしてるじゃないか!」
「お前達も、奴隷にされていた獣人を見たことがあるだろう? その者達の顔は、一様に暗いものではなかったか? 恨み、悲しみ、憎しみ、怒り、そんな表情をした者しか俺は見たことがなかった。しかしな、あの少女は、輝いていたんだよ。意志の強い瞳で、俺を見返してきた。この中にもあの少女を見かけた者がいるんじゃないか? あの少女は演技しているように見えたか?」

反論はなかった。


街中で見かけた虎人族の少女は…。

「ほらコハク、これも美味しいよ、あ~ん」
「ご、ご主人様、1人で食べられます」
「私がしたいのよ。だってコハクのあ~ん可愛いんだもん」

恥ずかしがりながらも甘んじてあ~んを受けている虎人族の少女。

「ほらほら、これはいかがだね? お嬢さんにも似合うと思うよ」
「へ~、ほら、コハク、綺麗だね~。1つ買う?」
「ご主人様、そんなに色んな物を買っていたら、シロガネさんが困ってしまいますよ。少しは控えて下さい」
「はい…」

主人であるはずの只人を諫める虎人族の少女。
奴隷というよりは、ちょっと頼りない姉を支える、しっかり者の妹に見えていた。


「それほどに異種族の者達に好かれているのだ。だから俺は大丈夫だと判断した。それに、あの只人は俺達を見下すような発言をしていたか?」

これにも反論はなかった。見下すような態度もなく、それよりも異種族ということも気にせずに接していた。ただ、時折頭にある耳や、揺れ動く尻尾を気味の悪い目で見ていたりはしたが…。

「あの只人は不思議な事に、俺と対面した時も、普通の只人がするように見下した態度をとらなかった。それどころか、…同じ只人に接するように接してきたんだ」

少し間が空いたのは、最初に目にした時、何故か異様な視線を向けられていたからだった。敵意などとは違う、警戒するのだけれどもそれほど嫌ではない視線…。
八重子がハアハアしていた時ですね。

「そんな只人もいるのだと、俺は感心したのだがな。皆には分からなかったか?」

すっかり毒気を抜かれた暴徒未満の者達。

「で、でも、子供が消えたのは…」
「それこそ、あの只人が攫った所を見た者がいるのか? それに、ピンスの娘が消えたのは昨夜から今朝にかけてだろう? その間あの只人達はこの街にはいなかったぞ?」
「ど、どこへ…」
「従魔の中にドラゴンがいるというのでな。是非にリザードマンの集落を訪れてやってくれと言ったら、本当に行ったらしい。ちゃんと門番が見てる。まさか本当に引き受けてくれるとは思ってもみなかったが」

ザワザワと暴徒未満達がざわめきだした。

「い、行ったと見せかけて、戻って来たんじゃ…」
「只人がいるだけで相当目立つだろう。それ以前に翼人族らしき者達が歩いていたら目立つ」

クレナイ達の事だろう。
反論が返ってこなくなった。もう言い返せるだけの事がないのだろう。

「頭が冷えたか。だったらとっとと帰れ。もしあの只人が何かをしようものなら、俺が責任を持って片付ける。それでどうだ?」

微妙に燃え切らないような目をしていたが、大人しく皆宿から離れ、街へと戻って行った。

「(・0・)?」

どうなったの?とでも聞いているのかもしれない。

「まあ、クロ殿が帰って来たら、事のあらましを詳しく説明致しましょうぞ」

とにかく何事もなくて良かったと2人は窓から離れ、再び単語学習をするのだった。













皆が立ち去った宿へと、ライオスは近づき、馴染みの熊男と挨拶を交わす。

「ベルーガ。すまん。手を患わせた」
「いいさ、それが俺の役目だ。ライオスも大変だったな」
「やはり、只人を国に入れたのは、失敗だったかな…」
「な、何を言ってるんでぇ。あれだけ皆に啖呵切っておきながら…」

「実は、全部建前だ。お前だから話すが…、俺は単に怖かっただけだ」
「へえ? 怖かった? 警備司長のあんたが?」
「従魔の中にドラゴンがいると言ったろう? 言うことを聞かなければ、その場で国ごと滅ぼされそうだったからだ。あの只人がそれを抑えてくれるだろう事は、もう祈るしかなかったんだが…」

「・・・・・・」

「俺だけで済む問題ならまだしも、国を賭けてなど出来ることじゃない。俺が出来るだけ広くあの只人の事を伝えたのも、あの只人に機嫌を損ねて欲しくなかったからだ…。出来るだけ丁重に扱って…。そんなことは無理な物は分かっていたが、それでもなんとか国を守らねばならん…」
「ライオス、疲れてるだろ。お前も休め。俺もあの只人を丁重に扱うから」
「すまん…。ドラゴンの気に当てられてから…、毎夜悪夢を見るようになって…。はあ、早く出て行ってくれんものだろうか…」

この話はクレナイには少し聞こえたが、八重子の耳に届く程の大きさはなかった。
まあ、聞こえた所で、どうせ言葉が分からないままなのだけれども。
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