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黒猫と共に迷い込む
和食御膳
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部屋で見つけたリバーシで盛り上がっていると、ようやっとシロガネが帰って来た。
「このまま温泉から出てこないかと思ったよ」
「うむ。あまりにも気持ちよくて。申し訳ないである」
風呂上がりのブラッシングをしてあげるのは、もう毎度のこと。
「露天風呂で楽しんでたの?」
「露天風呂とはなんであるか?」
「あれ? 男風呂にはなかった? 外に出る扉」
「ああ、あったであるな。何かと思っていたが」
「外にもお風呂があるのよ」
「何?!」
「外の風呂もなかなか良かったぞ。眺めもよくて開放感があって、いつもとは違う趣があったのじゃ」
「な、な、な、な、なんと…」
これは、後の風呂は帰って来ないかもしれない…。
ハヤテが負けたと声を上げ、ブーブー言っている。コハク、負けず嫌いだったっけ?
夕方の鐘が鳴ったので、早いかもしれないけど早速食べに行く事に。
ゾロゾロと食堂へ行くと、まあ、誰もいなかった。
「あら、いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」
女将さんが出て来て好きな所に座ってくれと言う。他に誰もいないし、言ってて悲しくなるが、適当な席に着いた。ハヤテだけお子様椅子。可愛い。
どうやらメニューは決まっているらしく、少しすると温かい食事が出て来た。
いや、これって…。
「和食…」
ご飯がある。すげえ。
味噌汁と焼き魚と、刺身に和え物に…。おおい、どこの日本旅館だよ。
「あとこれね。好きによそって食べてね」
と、真ん中にお鍋。お野菜多めで多少お肉らしき物が見える。
ああ、懐かしや故郷の味。
いただきますと手を合わせ、ご飯にお箸を突っ込む。口に入れると仄かな甘み。ふおおおおおお。
何の魚か分からないけど、お刺身と焼き魚も堪能。川魚かしら?なんだっけ、アヤメだかヤマメだか。違うかな?
ハヤテとコハクにお鍋もお椀によそって、その美味しさに舌鼓。
「ご飯のお代わりあるから、いっぱい食べてね」
「お代わりなのじゃ!」
クレナイ、早いよ。
シロガネが食べられない物を分けて貰って、がつがつ食べている。うん。美味しいのは分かるけど、落ち着け。
シロガネはお鍋が気に入ったようだ。お鍋のお野菜をモグモグ食べている。いかん、私も食べないとなくなる。
コハクはお魚が気に入ったようだった。浴衣の裾からちょろっと覗いた尻尾がピコピコ動いていた。可愛い。
ハヤテ、焼き魚は頭を残して良いのよ…。骨まで全部食いたった。幼児じゃない…、というか普通の人間じゃない…。
気付けば、クレナイも焼き魚の骨が残っていなかった。全部食ったんかい…。
コハクも頑張って骨を食べようとしていたので止めました。普通は食べられません。
クレナイは米櫃を空にして、女将さんに驚かれていた。デスヨネー。
私もたらふく食べ、クロもクロ用に用意されていたお魚を堪能し、コハクもハヤテもシロガネも満足し、クレナイがそれこそ骨も残らぬ勢いで皿を片付けた。私とコハクの所に残っていた骨も食べちゃったよ…。
女将さんと青年がそれを見て、ちょっと呆然となっていた。デスヨネー。
「まこと、美味い飯じゃったのじゃ!」
「本当に、美味しかったです。ごちそうさま~」
「うむ。美味かったである」
「おいしかった~」
「美味しかったです。ご馳走様です」
「なうん」
おや、クロも美味しかったらしい。
そう口々に言って食堂を後にする。奥の方でご主人らしき人が嬉しそうな顔をして手を振っていたのが見えた。
食後すぐのお風呂は体に良くないからと、皆で部屋でだらける。いや、リバーシで白熱していた。みんなが盤面覗き込んで真剣になっている姿は面白い。人間以外でもはまるんだね、あれ。
おトイレと腹ごなしを兼ねて、私は部屋を出た。え?トイレは共同ですよ。そこは異世界ですから。有り難いのは男用と女用で分かれてることかな。分かれてないとね。ちょっと…汚いよね…。
廊下の窓から、宿の裏手にある川が見えた。あのお魚はあの川で捕ったんだろうか。
美味しかったなぁ。美味しすぎてクレナイがもうないのかって散々喚いていたけど。恥ずかしい。
「お散歩ですか?」
声を掛けられ振り向くと、青年がやってくる所だった。
「ええ、食べ過ぎたので腹ごなしに」
「ああ、本当に良く食べてくれましたね」
クスクス笑っている。うん、あんなに綺麗に食べたのは、きっと私達くらいだろうね。
「父が喜んでましたよ。あんなに美味しそうに食べてくれて。料理人冥利に尽きるって。これで最後になっても、悔いはないって…」
「最後…?」
「ああ、変な話してすいません。…ちょっと愚痴っても良いですか? お客様の前で何だって思われるかもしれませんが」
「いえいえ、どうぞどうぞ。愚痴は出せる時に思いっきり出しとけって、叔母が言ってました」
「では、少し。実は、この宿、閉めようかって話が出てるんです」
う~ん、まあこれだけ人がいなければねぇ。
「ここが気に入ってる常連さんもいるんですけど、さすがにそれだけでは立ちゆかなくって。来期までにお客さんが増えなかったら、本当に畳もうかと。この街でも一番歴史のある老舗なので、本当は守って行きたいんですけど」
「へえ、一番古いんですか?」
どうりでボロ…いえ、趣がある。
「はい。この街を築いた迷い人が、最初に建てた宿らしいです。裏手に見えるあの川と、見える山々が故郷に似ていたらしくて。実は宿のメニューも、出来るだけ当時のままのものを作ってます」
道理で米に味噌汁。お漬け物も美味しかった。
「最近は街の入り口付近に綺麗な宿も増えてしまって、奥まった所にある宿には本当に人が来なくなってしまって。ついでに、この外観。貴女も最初、戸惑ってませんでした?」
う、図星。
クスクス笑っている。見抜かれていたか。
「ずっと守って来てたんですけど、来客の減少に建物の老朽化。いい加減限界かなと」
愛おしそうに窓の枠を撫でる。この人、本当にこの旅館が好きなんだなぁ。
「何か、手はないんですかね? 私は、この宿気に入りましたよ。入り浸りたいほどに。うちの連れもかなり気に入ってますし、なんとか残せないんですかね?」
青年が寂しそうに笑った。
「いろんな事を考えて、いろんな手を打ちました。でも、時代の流れには逆らえませんでした。でも、気に入って下さったと聞いて嬉しいです。どうか、覚えておいて下さい。この宿があった事を。それだけでも、僕には救いです」
『時々で良いから思い出して』
叔母さんの声が不意に思い出された。
「どうにも、ならないんですか…」
「どうにも、ならないですね…」
その後、少しの間、お互いに言葉を発する事なく、川の流れを見ていた。
物事には全て終わりがある。分かってる。分かってはいるけど、納得はできないよ。叔母さん…。
「あ、そうだ。用事の途中だった」
青年が我に返って、動き始める。
「あ、それと、僕の名前、ヤトって言います。ヤエコさん」
「うえ? なんで私の名前…、ああ、宿帳!」
「良かったら、名前、覚えておいて下さい。それじゃあ」
そう言って青年ことヤトさんは、スタスタ廊下を歩き去って行った。
「? なんで名前?」
宿帳で見ちゃったから?しかし、別に宿の人が宿帳見るのは仕方ないことだよね?
「ニブイの…」
今までまさに猫を被っていたクロが溜息を吐いた。
「何が?」
「名を名乗るということは、知っていて欲しいということだの」
「だから?」
「なんとも思っていない相手に、自分の名を知って欲しいと思うか?」
「・・・・・・」
しばらく、そこから動けなかった。
「おや? 主殿、1人で風呂に行かれたのか?」
「ええ?! いや?! なんで?」
「顔が赤いのじゃが。風邪かのう?」
「いえ?! なんでもないよ?! のぼせただけかも! ほほほほほ」
「やはり風呂に?」
部屋に入るなり、クレナイに顔が赤いと言われてしまった。そんなに赤かったかしら?
あれから自問自答を繰り返し、いや、結局名前を名乗られただけじゃないか!という結論をつけた。そうよ。別に告られたわけじゃなし。名を名乗られただけっし!
クロ、何故溜息を吐く?
その後、女将さんと青年、ヤトさんが布団を敷きに来てくれて、広い部屋に皆の布団が敷かれた。
「え? 我はこちらの部屋で1人?」
一組だけ小さい部屋に。
「嫁入り前の娘が、男と共に寝るなど言語道断じゃ!」
「いつもは同じ部屋であろうが!」
わやわや言ってたけど、まあ敷くスペースもないしって事で。諦めて。
なんとなくヤトさんの顔が見れなかったのは、秘密。
寝る前にもう一っ風呂と皆で連れ立って、再び露天風呂を満喫。
「この宿ね。潰れちゃうんだって」
とクレナイに話したら、
「なんじゃと?! これだけ居心地が良くて飯も美味いこの宿がなくなる?!」
驚いてた。
「これだけお客さんがいなければ、仕方ないでしょうね」
コハクは冷静に物事を見るよね。
「そう。お客さんが来ればね~。続けられるかもしれないっていうけど、ここってさ、外観がまず、あれじゃん? だから新規のお客さんは皆引いちゃうんだと思うのよね。私もそうだったし」
「ふむ。見た目より飯の美味さの方が大事なのじゃがのう」
「人間はクレナイのような匂いセンサー持ってないからね」
「確かに、最初の印象は大事ですよね。それ以上に何か惹かれる物がない限りは…」
コハク、何気に頭良くない?
「ならこれでどうじゃ? ドラゴンの鱗」
プチッとクレナイが髪の先端を切ると、一枚の立派な鱗があら不思議。
「って! ちょおお?! 大丈夫なの?!」
「大丈夫じゃ。丁度剥がれかけておったし。つまりは枝毛じゃ。問題ない」
クレナイが問題ないならいいけど…。
「これだけでもかなりの価値があると思うのじゃ。これを目玉に客寄せをしたらどうじゃ?」
「集まるのかな…?」
「いや、話題性はあると思いますよ。でも、その噂が広がるのかな…?」
「妾が元の姿になって温泉に入って、ドラゴンも入りたくなる風呂…」
「「壊れるわ(ます)!!」」
気持ちよくなってうとうとしていたハヤテが、ハモった声にビックリして飛び起きた。
それだったらドラゴンも食べたくなるほどの美味い飯のほうが…。正体ばらせません!
仕方ないので、一応「鱗落ちてたっす」と女将さんに届けた。
女将さんはドラゴンの鱗だと言っているのに、全く信じてくれなかった。クレナイ、泣くな。
とにかく、私は冒険者で、こういうのは見慣れているから、絶対ゴミにして捨てたりしないで、どこかに売るでもしてください!と約束させた。
売っても良いお値段になるでしょうしね。
そして、案の定、シロガネは皆が上がって、待ってられないと眠ってしまってから戻って来たのだった。
どんだけ長風呂だよ。
「このまま温泉から出てこないかと思ったよ」
「うむ。あまりにも気持ちよくて。申し訳ないである」
風呂上がりのブラッシングをしてあげるのは、もう毎度のこと。
「露天風呂で楽しんでたの?」
「露天風呂とはなんであるか?」
「あれ? 男風呂にはなかった? 外に出る扉」
「ああ、あったであるな。何かと思っていたが」
「外にもお風呂があるのよ」
「何?!」
「外の風呂もなかなか良かったぞ。眺めもよくて開放感があって、いつもとは違う趣があったのじゃ」
「な、な、な、な、なんと…」
これは、後の風呂は帰って来ないかもしれない…。
ハヤテが負けたと声を上げ、ブーブー言っている。コハク、負けず嫌いだったっけ?
夕方の鐘が鳴ったので、早いかもしれないけど早速食べに行く事に。
ゾロゾロと食堂へ行くと、まあ、誰もいなかった。
「あら、いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」
女将さんが出て来て好きな所に座ってくれと言う。他に誰もいないし、言ってて悲しくなるが、適当な席に着いた。ハヤテだけお子様椅子。可愛い。
どうやらメニューは決まっているらしく、少しすると温かい食事が出て来た。
いや、これって…。
「和食…」
ご飯がある。すげえ。
味噌汁と焼き魚と、刺身に和え物に…。おおい、どこの日本旅館だよ。
「あとこれね。好きによそって食べてね」
と、真ん中にお鍋。お野菜多めで多少お肉らしき物が見える。
ああ、懐かしや故郷の味。
いただきますと手を合わせ、ご飯にお箸を突っ込む。口に入れると仄かな甘み。ふおおおおおお。
何の魚か分からないけど、お刺身と焼き魚も堪能。川魚かしら?なんだっけ、アヤメだかヤマメだか。違うかな?
ハヤテとコハクにお鍋もお椀によそって、その美味しさに舌鼓。
「ご飯のお代わりあるから、いっぱい食べてね」
「お代わりなのじゃ!」
クレナイ、早いよ。
シロガネが食べられない物を分けて貰って、がつがつ食べている。うん。美味しいのは分かるけど、落ち着け。
シロガネはお鍋が気に入ったようだ。お鍋のお野菜をモグモグ食べている。いかん、私も食べないとなくなる。
コハクはお魚が気に入ったようだった。浴衣の裾からちょろっと覗いた尻尾がピコピコ動いていた。可愛い。
ハヤテ、焼き魚は頭を残して良いのよ…。骨まで全部食いたった。幼児じゃない…、というか普通の人間じゃない…。
気付けば、クレナイも焼き魚の骨が残っていなかった。全部食ったんかい…。
コハクも頑張って骨を食べようとしていたので止めました。普通は食べられません。
クレナイは米櫃を空にして、女将さんに驚かれていた。デスヨネー。
私もたらふく食べ、クロもクロ用に用意されていたお魚を堪能し、コハクもハヤテもシロガネも満足し、クレナイがそれこそ骨も残らぬ勢いで皿を片付けた。私とコハクの所に残っていた骨も食べちゃったよ…。
女将さんと青年がそれを見て、ちょっと呆然となっていた。デスヨネー。
「まこと、美味い飯じゃったのじゃ!」
「本当に、美味しかったです。ごちそうさま~」
「うむ。美味かったである」
「おいしかった~」
「美味しかったです。ご馳走様です」
「なうん」
おや、クロも美味しかったらしい。
そう口々に言って食堂を後にする。奥の方でご主人らしき人が嬉しそうな顔をして手を振っていたのが見えた。
食後すぐのお風呂は体に良くないからと、皆で部屋でだらける。いや、リバーシで白熱していた。みんなが盤面覗き込んで真剣になっている姿は面白い。人間以外でもはまるんだね、あれ。
おトイレと腹ごなしを兼ねて、私は部屋を出た。え?トイレは共同ですよ。そこは異世界ですから。有り難いのは男用と女用で分かれてることかな。分かれてないとね。ちょっと…汚いよね…。
廊下の窓から、宿の裏手にある川が見えた。あのお魚はあの川で捕ったんだろうか。
美味しかったなぁ。美味しすぎてクレナイがもうないのかって散々喚いていたけど。恥ずかしい。
「お散歩ですか?」
声を掛けられ振り向くと、青年がやってくる所だった。
「ええ、食べ過ぎたので腹ごなしに」
「ああ、本当に良く食べてくれましたね」
クスクス笑っている。うん、あんなに綺麗に食べたのは、きっと私達くらいだろうね。
「父が喜んでましたよ。あんなに美味しそうに食べてくれて。料理人冥利に尽きるって。これで最後になっても、悔いはないって…」
「最後…?」
「ああ、変な話してすいません。…ちょっと愚痴っても良いですか? お客様の前で何だって思われるかもしれませんが」
「いえいえ、どうぞどうぞ。愚痴は出せる時に思いっきり出しとけって、叔母が言ってました」
「では、少し。実は、この宿、閉めようかって話が出てるんです」
う~ん、まあこれだけ人がいなければねぇ。
「ここが気に入ってる常連さんもいるんですけど、さすがにそれだけでは立ちゆかなくって。来期までにお客さんが増えなかったら、本当に畳もうかと。この街でも一番歴史のある老舗なので、本当は守って行きたいんですけど」
「へえ、一番古いんですか?」
どうりでボロ…いえ、趣がある。
「はい。この街を築いた迷い人が、最初に建てた宿らしいです。裏手に見えるあの川と、見える山々が故郷に似ていたらしくて。実は宿のメニューも、出来るだけ当時のままのものを作ってます」
道理で米に味噌汁。お漬け物も美味しかった。
「最近は街の入り口付近に綺麗な宿も増えてしまって、奥まった所にある宿には本当に人が来なくなってしまって。ついでに、この外観。貴女も最初、戸惑ってませんでした?」
う、図星。
クスクス笑っている。見抜かれていたか。
「ずっと守って来てたんですけど、来客の減少に建物の老朽化。いい加減限界かなと」
愛おしそうに窓の枠を撫でる。この人、本当にこの旅館が好きなんだなぁ。
「何か、手はないんですかね? 私は、この宿気に入りましたよ。入り浸りたいほどに。うちの連れもかなり気に入ってますし、なんとか残せないんですかね?」
青年が寂しそうに笑った。
「いろんな事を考えて、いろんな手を打ちました。でも、時代の流れには逆らえませんでした。でも、気に入って下さったと聞いて嬉しいです。どうか、覚えておいて下さい。この宿があった事を。それだけでも、僕には救いです」
『時々で良いから思い出して』
叔母さんの声が不意に思い出された。
「どうにも、ならないんですか…」
「どうにも、ならないですね…」
その後、少しの間、お互いに言葉を発する事なく、川の流れを見ていた。
物事には全て終わりがある。分かってる。分かってはいるけど、納得はできないよ。叔母さん…。
「あ、そうだ。用事の途中だった」
青年が我に返って、動き始める。
「あ、それと、僕の名前、ヤトって言います。ヤエコさん」
「うえ? なんで私の名前…、ああ、宿帳!」
「良かったら、名前、覚えておいて下さい。それじゃあ」
そう言って青年ことヤトさんは、スタスタ廊下を歩き去って行った。
「? なんで名前?」
宿帳で見ちゃったから?しかし、別に宿の人が宿帳見るのは仕方ないことだよね?
「ニブイの…」
今までまさに猫を被っていたクロが溜息を吐いた。
「何が?」
「名を名乗るということは、知っていて欲しいということだの」
「だから?」
「なんとも思っていない相手に、自分の名を知って欲しいと思うか?」
「・・・・・・」
しばらく、そこから動けなかった。
「おや? 主殿、1人で風呂に行かれたのか?」
「ええ?! いや?! なんで?」
「顔が赤いのじゃが。風邪かのう?」
「いえ?! なんでもないよ?! のぼせただけかも! ほほほほほ」
「やはり風呂に?」
部屋に入るなり、クレナイに顔が赤いと言われてしまった。そんなに赤かったかしら?
あれから自問自答を繰り返し、いや、結局名前を名乗られただけじゃないか!という結論をつけた。そうよ。別に告られたわけじゃなし。名を名乗られただけっし!
クロ、何故溜息を吐く?
その後、女将さんと青年、ヤトさんが布団を敷きに来てくれて、広い部屋に皆の布団が敷かれた。
「え? 我はこちらの部屋で1人?」
一組だけ小さい部屋に。
「嫁入り前の娘が、男と共に寝るなど言語道断じゃ!」
「いつもは同じ部屋であろうが!」
わやわや言ってたけど、まあ敷くスペースもないしって事で。諦めて。
なんとなくヤトさんの顔が見れなかったのは、秘密。
寝る前にもう一っ風呂と皆で連れ立って、再び露天風呂を満喫。
「この宿ね。潰れちゃうんだって」
とクレナイに話したら、
「なんじゃと?! これだけ居心地が良くて飯も美味いこの宿がなくなる?!」
驚いてた。
「これだけお客さんがいなければ、仕方ないでしょうね」
コハクは冷静に物事を見るよね。
「そう。お客さんが来ればね~。続けられるかもしれないっていうけど、ここってさ、外観がまず、あれじゃん? だから新規のお客さんは皆引いちゃうんだと思うのよね。私もそうだったし」
「ふむ。見た目より飯の美味さの方が大事なのじゃがのう」
「人間はクレナイのような匂いセンサー持ってないからね」
「確かに、最初の印象は大事ですよね。それ以上に何か惹かれる物がない限りは…」
コハク、何気に頭良くない?
「ならこれでどうじゃ? ドラゴンの鱗」
プチッとクレナイが髪の先端を切ると、一枚の立派な鱗があら不思議。
「って! ちょおお?! 大丈夫なの?!」
「大丈夫じゃ。丁度剥がれかけておったし。つまりは枝毛じゃ。問題ない」
クレナイが問題ないならいいけど…。
「これだけでもかなりの価値があると思うのじゃ。これを目玉に客寄せをしたらどうじゃ?」
「集まるのかな…?」
「いや、話題性はあると思いますよ。でも、その噂が広がるのかな…?」
「妾が元の姿になって温泉に入って、ドラゴンも入りたくなる風呂…」
「「壊れるわ(ます)!!」」
気持ちよくなってうとうとしていたハヤテが、ハモった声にビックリして飛び起きた。
それだったらドラゴンも食べたくなるほどの美味い飯のほうが…。正体ばらせません!
仕方ないので、一応「鱗落ちてたっす」と女将さんに届けた。
女将さんはドラゴンの鱗だと言っているのに、全く信じてくれなかった。クレナイ、泣くな。
とにかく、私は冒険者で、こういうのは見慣れているから、絶対ゴミにして捨てたりしないで、どこかに売るでもしてください!と約束させた。
売っても良いお値段になるでしょうしね。
そして、案の定、シロガネは皆が上がって、待ってられないと眠ってしまってから戻って来たのだった。
どんだけ長風呂だよ。
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