異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

従魔ズとコハク

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八重子が馬車に入って行くと、何故か御者の男はその扉をさっさと閉めてしまい、さっさと御者台に上がると、「はい!」と手綱を握って、馬車を発車させてしまった。
ゴトゴトと遠ざかって行く馬車を見ながら、残った従魔ズとコハクは、何が起こったのかよく分からず、しばし呆然とそれを見送っていた。

馬車の影が見えなくなった頃。

「はて、人間は面妖なことをするのう?」

クレナイが首を傾げた。

「! じゃないですよ! ご主人様、誘拐されてしまったんですよ!」

コハクがやっと気付いて声を上げる。

「誘拐であると?」

シロガネもやっと事態に気付く。

「あるじ、どこいったの?」

ハヤテとリンちゃんは未だによく分からず首を傾げる。

「誘拐。なるほどのう。妾達の実力を知って、姑息な手段に出たと言う事か。なるほど、クロ殿の言っていたのはこの事じゃのう」
「あ、そういえば、クロさんが何か変な事言ってましたね」
「うむ。何か色々あるとか、クソ猫が側にいるから主に問題はないとか、日頃の鬱憤を晴らせとかであるの」
「クロ殿には何か考えがあるのじゃろう。まあ、どうせ妾達も主殿から離れられぬものだし、ゆっくり追いかけて行くとしようかのう」

主と離れても、従魔紋が主の居場所を示す。
というわけで、シロガネの背に乗って追いかける事にした。

「じゅ、重量オーバーである…」

ハヤテ、コハク、クレナイが乗って、シロガネが潰れた。
実はハヤテも小さいながら重量がある。多分八重子と同じかそれ以上。
なので、ハヤテには自分で飛んで行ってもらう事にする。ハヤテは喜んでいるから問題ない。
本音を言えば、クレナイにも飛んで行ってもらいたい所だが、いかんせん元の姿は目立ち過ぎ、部分変化も主に止められている。なので背に乗せるしかない。

「では、よろしく頼むのじゃ、シロガネ殿」

コハクとクレナイが乗り、いつもより若干身軽になったシロガネが地を蹴る。
ハヤテもそれに続く。リンちゃんはハヤテの頭にしがみつき、操縦しているつもりだろうか。
主の気配を追いかけ、従魔ズとコハクはのんびり空の旅を楽しんだ。



















奴隷紋には特に範囲縛りはない。なので自分の主人と距離が離れても、主人の位置を知れる事はない。
なのでコハクはシロガネの背に揺られながら、従魔ズが示す方向へ大人しく付いて行っていた。
難なく国境を越え、隣国に入る。空からだったので出国も入国の手続きをしていないので、コハクは密入国になるのではないかと心配だった。

昨晩主の気配が移動を止めたと言う時間帯があり、夜だったので移動を止めてどこかで野宿でもしているのかもしれないと、コハク達も体力温存の為に野宿した。
近づいて取り返しても良かったのだが、何かしらあの黒猫が画策しているのかと思うと、様子を見ようという事になったのだ。

再び朝になり移動を開始した主の気配が、夜が近づいた頃になって、移動を止めた。

「目的地にでも着いたかのう」

かなり大きな街の近くで、コハク達は再び野宿をする。
シロガネは落ち着かないのかソワソワとし、ハヤテは何故主の元へ行かないのかとぐずり出す。
どうにかこうにかハヤテを宥め、早めに休む事にする。だがしかし、ゆっくり休めた者は1人もいなかった。
朝になり、いつもよりも早く起きて軽く朝食を済ませた一同は、とりあえず主との絆が途切れていない事に安堵しつつも、どこか皆ソワソワとしていた。
あの黒猫が言っていたのだから主に間違いはない。だろうけれどもやはり心配だ。
飛び込んで行きたいのを堪えつつも、やはり落ち着かずに歩き回ったりもしていた時。

「! 呼ばれたのじゃ!」
「呼ばれたである!」
「よばれたー!」

リン!

従魔ズの顔が輝いた。

何の事かさっぱり分からないコハクだったが、クレナイに抱き上げられ、もの凄い勢いで街の城壁へと迫った。
ぶつかる!とコハクの心配もなんのその。軽々と街壁を飛び越え、屋根屋根を飛び越え、街中でも一番立派な屋敷へと迫った。
また街に無断で入ってしまったと、コハクは心配になった。
迫る屋敷の外壁。ここでも心配になるコハクを余所に、クレナイが腕を振るうと、

ドッゴオオオ!

いとも容易く壁が崩れ落ちた。

「主殿!」
「主!」
「ご主人様!」
「あるじ~」

リン!

壁を破壊した時に巻き添えになったのではないかと心配したが、ちゃんと手加減はしていたようだ。長いテーブルの端で、コハクの主人の八重子が、皆の姿を見て笑った。

「ヤッホー。元気だった?」

なんとも気の抜ける言葉を発する。あれだけ心配していたというのに。

「主殿こそ、お怪我はないか?」
「主、お体はなんともないであるか?」
「ご主人様、変な物食べませんでしたか?」
「あるじ~!」

リリン!

それぞれに主に言葉をかけ、無事を確認する。
黒猫もテーブルの上でその光景を眺めていた。

「私は大丈夫だけど、あの人が私に危害を加えようとしたの」

と、弱々しく壁際のでこの広い中年親父を指さした。明らかに演技とは分かっていた物の、今回の騒ぎの主犯であろうその男に、皆殺気を向け始める。

「ひ!」

中年親父はそのまま恐怖で動けなくなったようなので、放っておく。

「さて、どうしようか」

主がこの場をどう纏めようかと悩み始めた時、

「ここは派手にやった方が良いの」

黒猫がぼそりと進言して来た。

「派手にってどれくらい?」
「更地にするくらいやっても良かろう」

更地って…。

コハクは顔を顰めたが、従魔ズの顔は生き生きとし始めた。

「まあいいか。んじゃあみんな、極力死者は出さないように、このお屋敷のある敷地内、破壊活動に勤しんで下さい」

主からの了承を得た事に、従魔ズの輝きは一層増して、

「分かったのじゃ!」
「承知したである!」

コハクはもう止める事はムリだと諦め、

「では私は皆さんの避難誘導をします」

自分に出来る事をしようと溜息を吐く。

「こわす~!」

リンリン!

幼少組も楽しそうにはしゃいでいる。
リンちゃんがコハクの頭の上に移動してきた。どうやら怪我人などがいたら治療してやろうではないかということらしい。
クスリと笑って、とりあえず目の前に転がっている金髪の男の人を担ぎ、腰を抜かしている給仕さん達と、目を見開いて固まっている紺髪の男の人と、股を濡らして固まっているおでこの広い中年親父を正気に戻して、ここにいると死にます。と忠言して、さっさと逃げるように促す。
部屋を出る時にクレナイの、

「まずはコハクの避難誘導をしばし待った方が良いかのう。どれ、ここに余っている食材でもちと食しておこうかのう」

という声が聞こえ、そういえば朝は少なめにしたんだったと思い出す。ハヤテも一緒に食べ始めたようなので、食費が浮いたななどと考えた。
途中シロガネも手伝ってくれて、屋敷にいた者、その敷地内の建物の中にいた者全てを外に押し出す。
渋る者もいたが、その屋敷の主が外に出ているのだと説明すると、慌てて出て行ってくれた。

全員出た事を確かめ、シロガネが主に伝えに行くというのでそれを頼み、コハクは外に出ている者が間違って屋敷に入っていかないように見張る事にした。
訳が分からず外に追い出された者達は不満を言い合い、自らの主人に何があったのかと問いただす者もいた。執事だろうか。
だが、未だに浴びせられた殺気の後遺症か、うまく喋る事の出来ない主人は、アワアワと繰り返すばかり。

そこへ近づいて来た獣人の女の子に、皆一様に不審な目を注ぐ。
一部の者は、その頭で仁王立ちしている妖精に釘付けになっていた。
不審な目で見られることは慣れている。とにかく人が動かないように注意して見張る。
少ししたらコハクの主人の八重子がやって来た。そして、その直後に屋敷の破壊が始まったのだった。

ドッゴオオオン!
バッゴオオオン!
ガッゴオオオン!
グシャ!
メキメキメキ…
ズズゥ~ン…

そんな音が響き渡って来ると、皆顔面蒼白になった。
盛大に砂埃が舞い、どんどんお屋敷が崩れていく。
しばらくしてシロガネだけやって来て、「我はまあ気が済んだので、保護にまわるである」と言ってその場にいた者達の周りに結界を張った。
その間にも破壊音は続き、器用に敷地内の建物を周りに飛び散らないように破壊していった。もしかしたらシロガネが結界を張っていたのかもしれない。
ほとんど瓦礫となった所で、ハヤテが結界の中に入ってきた。

「しあげするって」

ハヤテの言葉に上を見上げると、クレナイが浮かんでいた。その手に少し大きな火の玉。

「・・・・・!」

クレナイが何かを叫ぶと、火の玉は地面に落ちて、盛大に炎が立ち上がった。
皆呆然となって、その炎を見ているのだった。
コハクは側に立つ自分の主人を見上げ、踊り狂う炎を見ながら放心しているその様子を見て、少し笑った。
やっと安心出来る場所に来る事が出来たと、心の底から安堵したのだった。
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