異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

吊り橋効果でうっふっふ作戦

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そしてまた夜が明けて。
眠い目をこすりながら、私達は猫耳亭に向かっていた。眠い目をしているのは私だけだって?ほっといて。
まだ開店していないので裏手に回り、扉をノックする。
しばらくして扉が開かれ、リルケットが顔を出した。

「おはよう。準備は出来てるわ」
「おはよう。こっちも大丈夫よ」
「顔が眠そうよ」
「大丈夫だってば!」

そんなに眠そうに見えるのか?
中に入ると、支度を終えた2人が待っていた。

「おはようヤエコ。今日はよろしくね」
「おはよう。トーフまでだけど、よろしくな」
「おはよう。まっかせといてよ。泥船に乗った気持ちでいていいよ!」
「ご主人様、泥船は沈みます」
「間違えた」

皆が笑い出す。うん、良い朝だな。
おじさんがお昼に食べてくれと弁当を持たせてくれて、クレナイ、お昼だからね、お昼!

店から出て、馬車を借りる所まで行き、幌馬車と馬を借りる。
御者はもちろんデューダとキシュリーが交代でやる。私は出来ないし、皆も出来るはずがない。いや、シロガネは出来るかもしれない。ただし、綱ではなく、口頭指示になりそうだが。
そうしてぽっくりぽっくりと馬車がトーフ目指して進み始めた。

今日の依頼は、トーフまで色々仕入れる物があるのでその往復の護衛、というのが表向き。
その裏では、ちょっと人気の少ない所で、「吊り橋効果で2人の仲をうっふっふ」作戦を決行するつもりなのである。
もちろん、リルケットとおじさんには事情を話してある。最初に相談したリルケットには、是非やってくれと頼まれ、事情を話したおじさんにも、是非にとお願いされた。おじさんも2人の仲にはやきもきしていたらしい。

リルケット達に伝えている作戦は、適当な所で魔獣を引っ張ってきて、危機に陥った振りをして、どうにか2人きりにしてその先はお任せ、という風に伝えてある。命の危機に陥ったら、さすがになにがしか行動を起こすであろうという希望的観測である。起こしてくれるよね?
この際、絶対に2人を危険な目には遭わせないと固く約束している。まあ、シロガネもいるし、どおってことはないでしょう。

ちなみに、私達用作戦とは、まあ都合の良いことに、うちにはドラゴンもいるのだし…。
危機的状況やら最後的場面については効果の程は増大。きっと良い感じに出来るのではないかと思っている。
いやだって、ドラゴンて地上最強の生物で、ドラゴンが現われたらその国は地図から消えるとまで噂されているらしいし。うちの子はそんな事しませんが。

周りに人がおらず、そこそこ適当な所に行ったら作戦を決行する手はずである。その為の台詞回しなんかも昨夜練習してきたからね!バッチリだよ!
トーフまでは半日。出来れば行きしにやってしまって、その後ラブラブさせたいのだけど。
いや、18禁まではいかなくてもさ、手を繋ぐくらいまでは行ってもいいと思うじゃん?
そうなんですよ。この2人まだまともに手も繋いでないのですよ。
今回の目標は、手を繋げるくらいまでの進展。むっふ。頑張るぞー!
ガタガタ道をガタガタ揺られながら、お尻が痛くなりながら、トーフまでの道を馬車がのんびり進んで行った。















俺の名はデューダ。18になった料理人見習い。親父がまだまだ半人前だと認めてくれないし、俺もまだまだだなと自分で思っているから見習い。
気付いた時にはもう店の厨房で手伝っていて、このまま後を継ぐんだなとぼんやり考えていた。

冒険者に憧れなかったかと言うと、もちろん憧れた。でも、自分の力量は良く分かっていたし、危ない目に遭うのは勘弁と、冒険者に憧れる友達からはちょっと馬鹿にされながらも、俺は実家の仕事を継ぐ事が自然で、嫌では無かった。
料理は色々覚えると面白いし、新作を作って味見して貰って、辛口評価を貰ってへこんだりもして、そんな毎日が俺はそこそこ楽しかったから、家を継ぐことになんの不満もなかった。

それに、母が倒れた後、幼馴染みのキシュリーが手伝いに入ってくれることになり、実はちょっぴり嬉しかった。
妹と同い年のキシュリーはしっかり者で、それに可愛くて頼りになって、仕事もテキパキこなすし、本当に来てくれて助かってる。
キシュリーの可愛さもあってか、客足も延びてるし。妹によれば、「あたしの魅力のおかげ!」らしいが。

チラリと隣を見る。
濃紺の長い髪が風に揺れて、時折頬をくすぐっている。それを手でさらりと流す姿は、ドキリとしてしまう。
キシュリーは昔から可愛かった。そのちょっときつめな瞳と、ちょっと勝ち気な性格で、いじめっ子達を追い払うような度胸もあって…。
今隣にいるのが凄い不思議だ。

家が近いから、いつも一緒に遊んでいて、気付くといつも側にいて…。
って何考えてんだ。集中集中!
キシュリーがうちを手伝ってくれるのは、母がいなくなって人手が足りなくなったからで、別にうちが良くて働きに来てくれてる訳じゃなくて…。いつか、もしかしたらいつかいなくなってしまうかもしれない…。

「ちょっと、ちゃんと前を向いてなさいよ!」

キシュリーの声に、下に向けていた顔を慌てて上げる。

「み、見てるよ! 言われなくても!」
「本当に? 居眠りでもしていたんじゃないの?」
「な、んな訳ないだろ!」

前を見て、手綱を握りしめる。お、俺だって、少しは頼りになるんだってとこ、見せないと。
キシュリーがクスリと笑った。
くそ、笑った顔が一番可愛いなんて、死んでも言えない。

今日は護衛に、前に働いてもらってたヤエコのパーティが乗っててくれてるんだ。しっかりしないと。
しかし、ヤエコは会った時から冒険者っぽくなかったけど、一緒のパーティメンバーもなんだか冒険者っぽくないんだよな。
不思議な感じがする人達と、幼児と獣人の女の子。なんで冒険者パーティーに幼児がいるのかが一番の不思議なんだけど。
あの赤髪の女性と白い髪の男性の子供なのかもしれない。

まあ、そんなこと俺が知っても仕方ないわけだし。特に問いただす事もなく、一緒に馬車に乗っている。
後ろで時折キャッキャッと楽しい声が聞こえてくるから、退屈はしてなさそうだ。もし何かあったらすぐに馬車を止めるつもりだし、大丈夫だろう。
そして、いつものトーフまでの道を、馬車は順調に進んで行くのだった。























森が右側に続いて、左は大草原。草原と森の間に敷かれた道を、ゴトゴトと馬車は進んでいく。
そんなのんびりした所を通っていた時、

「む?! 止まりや!」

女性の鋭い声が聞こえ、思わず馬車を止めた。

「な、何だ?」
「何かあったの?」

キシュリーと一緒に後ろを覗き込む。

「なにやら不穏な気配を感じるのじゃ。主殿、ちと様子を見てくるのじゃ」
「分かった。クレナイ、気をつけてね」
「うむ」

そう言うと、赤髪の女性が馬車からひらりと飛び降りて、森の中へ消えて行った。

え?女性だけ?そこの白髪の男性は?

「ハヤテもー」

と幼児も馬車を降りようとするが、慌ててヤエコと獣人の女の子が止めていた。当然だよな。あんな子供が出て行ったって、魔獣の餌になっちゃうだけだ。

「我が馬車の周りを見張っていよう」

と言って、白髪の男の人が馬車から降りて見張りに立った。
え~と、赤髪の女性は大丈夫なんだろうか…。女性な上にあのキモノという動き辛そうな服。魔獣を相手にするにはどう見ても向かないと思うんだけど。
まあそれを言うなら、白髪の男性の服も、見るからに上等な服なので、戦闘とかには向かなそうなんだけど…。
このパーティの動向が読めない。
とにかく、冒険者の言うことだし、そのまま大人しく様子を見ていると、

「む?! 主! まずいである!」

見張りに立っていた男性が何かを発見したようで、声を上げた。

「どうしたのシロガネ!」
「ドラゴンである!」
「ええ?!」
「はあ?!」
「はい?!」

ヤエコの後に続いて、俺とキシュリーも声を上げていた。

いやだって、ドラゴンだよ?

現われたが最後、国が滅ぶと言われているドラゴンが、どうしてこんな所に出るんだ?
飛んでる姿が確認されていたら、近くの街なんかパニックに陥ってるはずだ。
あまりにも現実味がなさ過ぎて、動けなかった。
その時、

ズシン!!

ともの凄い地響きがして、

「グオオオオオオ!!」

何かが吠える声が聞こえてきた。
いや、違うよね?ドラゴンなんて冗談だよね?キンググリズリーとか、そういう奴だよね?いや、キンググリズリーも十分危ない奴だけど…。
ポカンとする俺達に、ヤエコが慌てたように指示を出す。

「何やってんの2人共! 逃げるよ!」
「え?! あ? はい?」
「え? あ、うん!」

キシュリーの方が早めに反応し、俺の腕を引っ張る。
慌てて馬に指示を出そうと綱を握り締めるが、

「何やってんの! 馬も馬車も置いてくのよ!」
「え? でも…」
「こんな目立つもので逃げたらそれこそ逃げられないって! それに、馬には可哀相だけど、私達が逃げる為に…。分かるでしょ!」

確かにヤエコの言う通りだ。逃げる為に馬を犠牲にすることなど良くある話だ。

「分かった!」

キシュリーがやっぱり俺より早く決断し、俺の腕を引いて御者台から飛び降りた。

「グオオオオオオ!!」

馬車から少し離れると、森の中から長い首を出し、こちらを見ているドラゴンと目が合った。

ヤバい、怖い、死ぬ…。

恐怖で足が動かなくなる。
死ぬ光景が頭の中で色々見えてくる。
爪に引き裂かれる、尻尾で叩かれて激突、その巨体に乗っかられて圧死、鋭い牙で串刺し…。
色々な死の光景を想像してしまい、余計に足が動かなくなる。

「何やってんの! 私達が引きつけるから! その間に逃げて!」

ヤエコが叫んだ。
ハッとなって、同じように恐怖で固まってしまっているキシュリーの手を取った。

「走れ! キシュリー!」
「デューダ…」

無我夢中でキシュリーを引っ張り、森の影に隠れるようにして逃げる。なんとかドラゴンの視界から外れないと!
少し行ってから、森の中を走り始める。草原を走って行ったらまずいことくらいパニクっている頭でも分かる。
とにかくドラゴンから遠くへ。森の中も危険だが、ドラゴンほどじゃない。

夢中で走って、どれくらい走ったか、大きな岩陰に身を潜め、腰を下ろした。
こんなに走ったのは初めてだ。2人共息が切れて、まだまともに喋ることも出来ない。
しばらく休んで、息を整えた。

「ヤエコ達、どうなったのかしら…」

落ち着いて来たのか、キシュリーがヤエコ達のことを心配し始める。

「どうだろう…。ドラゴンだもの…。でも、ヤエコの事だから、案外うまく逃げてるかもしれないよ」

不思議な黒猫を連れた冒険者。その噂は俺達も少し聞いていた。
まともに戦う事も出来なさそうな非力な女性のソロ冒険者が、なにやら不思議な技で猪を狩って来るという話し。
皆どうやっているのかと首を傾げていたとか。そのうちにまた珍しい従魔を手に入れて、その活躍は目まぐるしいものになっていっているとか。

「そうね。そうかもしれないわね…」

弱々しくキシュリーが微笑む。そんなの希望的観測でしかないことはよく分かっている。ドラゴンに出会って助かっている事なんて、よほどの幸運がなければあり得ない。
実の所俺達もかなりヤバいんだけど、馬も置いてきたし、それで満足してくれれば…。

「グオオオオオオ!!」

少し遠くでまたドラゴンの声がした。
ヤバい、ヤバいかもしれない。俺達の匂いを辿って、ここまで来るかもしれない。馬で満足出来なかったのか…。それに、ヤエコ達だって…。
ドラゴンがまだいるということは、馬だけでは満足出来なくて、それに、ヤエコ達も…。
先程の死の光景が、また頭の中を巡り出す。どう考えても生きて帰れるとは思えない。

そして、ふと、キシュリーの手を掴んだままだったことに気付いた。柔らかくて温かくて、俺よりも小さな手。
このまま、このまま死んだら、この手をもう掴むことが出来なくなる…。
キシュリーの笑顔を、怒る顔を、拗ねる顔を、人をちょっと小馬鹿にする時の顔を…。
これが走馬燈って言うのかな。でも浮かんでくるのはキシュリーの顔ばっかりだ。

いや、妹とか親父の事とかもちょっとは浮かんでるよ。うん。

このまま死んだら、俺は、俺はもう…。
キシュリーと目が合った。
キシュリーの潤んだ瞳がとても綺麗で、目を離せなくなる。

「デューダ…、私…」
「キシュリー。俺から言わせてくれ。俺、ずっと、ずっと、ずっと小さい頃から、お、お前の事、す、好きだったんだ!」

これが最後かと思ったら、今まで言えなかった言葉もすんなり出て来た。
こんな、料理しか出来ない冴えない奴だけど、俺は、俺はキシュリーが大好きだ!
キシュリーの瞳が大きく見開かれて、潤んだ瞳が余計にウルウルと光出した。

「やっと、言ってくれた。遅いよ、バカ」

その泣き笑いの顔が、余計に可愛くて、それでいてとても綺麗で、思わず視線を逸らしてしまう。
繋いでいた手を、キシュリーが強く握り返して来た。
肩にこつんと頭を乗せて、

「私だって、ずっと、ずっと、ずっと小さい頃から、好きだったんだぞ」

そう小さく呟いた。
体が熱くなる。うう、顔が赤くなってるのが嫌でも分かる。
嬉しいのと、怖いのと、幸せなのと、いろんな感情が嵐のように体の中を巡る。
やっと、やっと想いを伝えられたのに、ここで、こんな所で死ぬのか…。

死にたくない!

そう強く思えた。
せめて、せめてキシュリーだけでも守りたい。
キシュリーに振り向くと、キシュリーも頭を上げて、俺を見ていた。

「キシュリー。もう、本当に駄目だったら、お前だけでも逃げてくれ。俺が、囮になるから」
「何言ってるのよ。私足遅いのよ。1人でなんて逃げられるわけないじゃない」
「いや、でも…」
「ずっと一緒よ。今までも、これからも」

キシュリーは手を放しそうになかった。いつもそうだ。俺の話なんて叩き伏せて、自分の意見を通す。まあ、大概キシュリーの案の方が上手くいくんだけどな。
でも今は別だ。俺は男なんだ。キシュリーを守らなきゃ。

「守られるだけのか弱い女じゃないわよ。私は」

考えを読まれていたようだ。

「で、でも…」
「デューダと一緒にいたいの。一緒じゃなきゃ嫌」

腕を絡ませてきて、絶対に離れないとばかりにしがみついてくる。
こんな時なんだけど…。柔らかいな…。
いや、意識してるわけじゃないけど、しがみつかれるとどうしても当たる物で…。

「デューダ…」

キシュリーの瞳が潤んで、顔を上げてくる。
キシュリーって、こんなに積極的だったのか…?
瞳がゆっくり閉じられて、魅惑的な唇が待機し始める。

これは、待ってるんだよな。
こんな時だけど、こんな時だからこそ。それに、最後かもしれないし…。
緊張しながらも、その唇に自分の唇を近づけて行く。

その柔らかな唇にもう少しで触れる…。




「うわあああああ!!」

ドタバタン!

突然目の前の茂みから、ヤエコ達が転がり出て来た。
突然の物音に、近づいていた唇はもちろん、遠ざかった。
くそ、あと数ミリだったのに…。

「ヤエコ?! それと、皆?!」

キシュリーが驚きの声を上げた。
ヤエコに獣人の女の子に男の幼児に白髪の男性に、あの赤髪の女性もいる。皆が何故か折り重なって目の前に倒れていた。
黒猫が潰される前にヤエコの腕から脱出していたのか、目の前で毛繕いしている。

「ぶ、無事だったのか?!」

ドラゴンがいたのに、皆無事で…?

「で、何していたの?」

キシュリーの声が少し低くなった。

「あ、いや、その…、あはははは~」
「あははじゃないでしょ! 説明なさい!」

仁王立ちになったキシュリーが皆を見下ろして、そこに正座させた。
子供達は巻き込まれただけと言って、そこから解放されていた。まあ、子供にはまだ早いよね。

ヤエコ達が言うには、あのドラゴンは通りがかっただけのようで、特に何もせずに空へと消えて行ってしまったんだそうな。んなアホなと思うが、実際に馬車の所へ戻ってみたら、馬車も馬も無事だったので、信じるしかない。
ドラゴンもいなくなったし、俺達を探していたら、あそこで見つけて、なにやら良い雰囲気だったので声を掛けずらかったと言った。

まあ、良い雰囲気ではあったんだけど…。

とにかく皆無事で良かったとキシュリーを落ち着かせて、馬車に再び乗って、トーフを目指して出発した。
御者台で、少し空いていたキシュリーとの距離が、触れるほどに近くになっていて、ちょっと怒っている顔も間近で見られて、ちょっと怒られて。
怖かったけど、キシュリーと想いが通じ合えて、なんだか幸せ気分で馬車に揺られて行ったのだった。












馬車の後ろの会話。

「もうちょっとだったのに、あそこでクレナイが押すから」
「いいや、シロガネ殿が体勢を崩すから」
「いやいや、我も押されたである」

少し問答。そして、

「でも、近くなってない? 2人」
「そうじゃのう。微妙に空いていた距離がなくなっておるわい」
「それに、なんだか纏う空気も変わっているようである」

ヒソヒソと言葉を交わす大人組。

ハヤテの相手をリンちゃんとしていたコハクは、それを耳にして溜息を吐く。
まあ、上手く行ったのは良いと思うが、出場亀行為はあまり褒められた行為ではないと思うと。

黒猫も興味なさそうに、居心地の良さそうな袋の上に座って、顔を洗っていた。
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