異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

女王蟻

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絶え間ない蟻ドーム。
何時になったら終わるのかと、ある種の恐怖を感じ始めた頃。

「うむ。読めたぞ。此奴等、苦手な匂いがあるらしいの」

突然腕の中のクロが声を上げた。

「苦手な匂いって、この状況でどうやって用意するのよ」
「心配には及ばん。リンよ、探索の方はどうだの?」

リンちゃんが顔を上げて首を振った。相当深く、広範囲にあるらしい。

「やはりの。よし、リンよ、我が輩が今から見せる植物を生やして欲しいのだの」

リンちゃんが首を捻る。うん、今から映像見せますて、言ってる意味分からないよね。
すると、リンちゃんが一瞬ビクッとなり、目を見開いた。ついでなのか、私の頭の中にもその花の映像が浮かんできた。
オレンジの小さな花が集まり、トウモロコシの様な形をしている。周りの葉も大きいので、遠目だと余計にトウモロコシに見える。

「それ程珍しい花ではないはずだの。咲かせられるか?」

リンちゃんがコクリと頷いた。
リンちゃんが再び地面に手を付け、集中し始めた。
リンちゃんの能力の1つに、どんな植物でも任意に生やせるというものがある。これを使えば薬草なんて道端でも収穫出来るようになる。ただ、やはりそういうのは環境的に良くないし、知られたらそれこそ妖精の乱獲なんかが始まりそうで、普段はあまり使わせない。
え?野宿の時にベッドに柔らかい草を生やして貰ってるだろう?それはそれ。シロガネがいい隠れ蓑になってくれてます。

程なくして、リンちゃんの目が見開かれ、ゆっくりと立ち上がった。
そこら辺に生えている雑草ならともかく(薬草もリンちゃんにとっては雑草扱い)、地域的なものが絡んだりすると、生やすのも難しいのだそうだ。幸いそのオレンジトウモロコシの花は、そこまで難しいものではなかったようだ。
リンちゃんが手をかざしていた地面から、ポンと、それこそ某有名アニメの姉妹が畑の前で踊って芽を出させた時のように、ポンと双葉が顔を出した。私も踊ったほうがいい?
それからはその姉妹が踏ん張って木々を成長させるように、双葉が4枚葉になり6枚葉になり、どんどん大きくなっていく。

私の膝の高さ位になった時、その真ん中から、葉とは違う形状のものが空へと伸びた。1本の茎から無数の蕾が垂れ下がり、緑だった蕾があっと言う間に鮮やかなオレンジ色に変わって行く。膨らんで重たそうになった蕾が、パクリと割れ、その花弁を大きく開いていく。
まさにビデオの早回しを見ている感じだった。

開いた花から、いい匂いが溢れ出してくる。てっきり蟻が嫌いと言うから、すごい匂いなのかと警戒していたのだが。
漂う匂いは、オレンジミントと言えば伝わるだろうか。ミントの少しツンとした感じと、オレンジ系の爽やかな匂いが鼻をくすぐる。

「ん~、いい匂いじゃない」

と、鼻に向けていた意識を再び目に戻した時、視界が開けていた。
あんなに蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻していた目の前が、スッキリ開けている。
蟻達は一定の距離から近づこうとして来なかった。そんなに嫌なのか、このいい匂いが。

「人には感じられぬ何かしらの匂いを感じているのやもしれんぞ」

なるほど。さすがクロさん。博識。ん?猫に知識で負けてる…。考えないようにしよう。

「それで、この後はどうするの?」
「巣を崩して女王蟻を倒せば、もしやしたら何処かへ行ってくれるやもしれん」
「だからそれをどうやるのさ」
「うむ。とりあえずリン、巣を囲むように、ただし西側だけ開けてこの花を配置できるかの?」

リンちゃんがコクリと頷き、今度は立ったまま、地面に向かって手をかざし始めた。
1本生やせば後は楽なようで、ポンポンポンポンとリズミカルに双葉が芽を出し、あっと言う間に成長して花を咲かせ始める。
蟻達はやはり匂いが嫌なのか、ジリジリと後退して行った。これだけでも良いんじゃないか?

「これを村の周りに生やせば良いんじゃない?」
「花はいつか枯れるがの」

そっすね。

「仕方ないの。我が輩が潜って女王蟻を倒してくる。随分地下深くにおるようだから、八重子、少し話が出来なくな
るぞ」
「分かった。こればかりは仕方ない」

クロがスルリと腕の中から飛び降りると、一度私に振り向いて、地面に溶け込むように消えてしまった。クロさんチート。

「主殿、クロ殿は何を〇▲◇☆?」

クレナイの言葉が、途中から可笑しくなった。何を言っているのか意味不明。

「%@■§※♭ゑヰ?」

シロガネが何かを喋っている。
話が出来なくなるってこっちかい!

「ゞ〆¥☆〒▼■○?」

コハクも何か言ってるけど、ゴメン、分かりません。
いやしかし!私だって夜にクレナイから聞き取りなんかの講義を受けているし、これは頑張って聞き取ってみるべし!

「※§☆~?」

む、今のハヤテの言葉は、「あるじ」と言っているように聞こえた。多分きっとそうだ!
え~と、確か大丈夫だよは…。

「#◎〒↓∧○」

皆が揃って首を傾げた。
ちきそう!まだ発音は完璧じゃないんだよ!

「※§☆%? ±*¢■●◇?」
「※§☆、∋←⇒●☆▼?」

クレナイとシロガネが心配そうに話しかけてくる。クロさん、早く帰ってきて。
その間にもリンちゃんは花を咲かせ続け、西側だけ開けて巣を取り囲んでしまった。さすがはリンちゃんです。
蟻たちは花から一定の距離をとって遠巻きにしている。本当に嫌なんだねこの花の匂い。
とりあえず襲われる心配はなくなったものの、コミュニケーションがとれないのでどうにも動くことが出来ない。
身振り手振りで何かを伝えようとするも、分かりません。

仕方がないので、そこに転がっていた木の枝で、地面に絵を描き始めた。私だって簡単な絵くらいなら書けます。
まず猫の顔。それを木の枝で指し示すと、覗き込んでいたハヤテ以外の一同が頷いた。
クロであることを認識してくれたのだろう。
そして、周りに数匹の蟻と、1匹のちょっと大きくて王冠を被っている蟻を書く。
そしてクロからその蟻に向かって矢印。
皆を見ると、なるほどという感じで頷いていた。まあ、多少は伝わったようだ。

クレナイも木の枝を拾い、「待つ」と「動く」を意味する単語を書いた。
なるほど。確かに聞き取りはまだ不十分だけど、文字なら少しは。
木の枝で、待つ方の単語を指し示すと、皆揃って頷いた。
蟻たちは遠巻きに見ているだけだし、クロもそこまで長くなることもなかろう。

シロガネが地面を数度蹴ると、人数分の椅子がニョキニョキ生えてきた。便利な能力だね。
皆でそこに座ると、コハクがシロガネに何やら話しかけている。
シロガネが頷くと、また地面を蹴った。
するとあっという間に簡易竈が出現。便利だわ。

コハクが鍋を出し、シロガネに水を入れてもらい、ハヤテに火を起こして貰って、水を湧かし始めた。
何をするのかと見ていたら、人数分のコップを用意し、そこにお茶の粉を。お茶を入れてくれるようです。
湧いたお湯をそこにいれ、皆にお茶を配る。なんて気配りの出来る良い子なんだろう。将来は良いお嫁さんになりそうだ。

え?私?ほっといて。

話も出来ないし、リンちゃんを労りながらとりあえずお茶を啜っていると、しばらくして、何やら蟻達の動きがザワザワしてきた。
先程まで統率の取れた動きをしていたのに、なんだか勝手に動く者が出て来ている。
ああ、これはクロがやってくれましたね。
もうクロも帰ってくるだろうとお茶を飲み干すと、消えた時のようにクロが地面から湧き出してきた。

「お帰り~クロ」
「うむ。戻ったのだ」

その口に咥えている物はなんだ。
クロの体の数倍はあるその黒い物体が、地面に横たわった。
キラーアントと同じ頭だけど、腹が異様にでかい。これ、女王蟻だね。

「一応討伐証明と、何かしら素材があるのかと思って持って来たのだがの」
「クロさん最高です」

見ない振りしてたけど、周りにも結構の数のキラーアントが、真っ二つにされたり腹を抉られたりして転がってるんだよね。
その間にも蟻達の様子がザワザワとして、統率のとれなくなった群れが、バラバラになり始めた。

「これは、やはり女王蟻が皆に命令してたとかなんとか?」
「虫の意識は読み辛いが、そんなところだの」

蟻の統率の取れた行動には、確か元の世界でも何故そんな事が出来るのか議論されていたような。答えは出たのかしら?
とりあえずキラーアント達は女王蟻を失って、バラバラになってしまっているようだ。これは有り難い。
匂いを嫌がって、ほとんどの蟻はその場から立ち去っていってしまう。数匹残ったのも、どうすればいいのか戸惑っているようだ。

「巣もついでに崩してこようかと思ったのだが、如何せん深く広範囲に広がっておるのでな。下手に崩すとこの辺り一帯が陥没してしまう恐れもある。ので放って来た」
「ま、蟻がいなくなればいいんだし、大丈夫じゃない?」

今回の依頼は蟻の駆除で、巣穴を埋めることは依頼にないしね。

「ところで、主殿、妾達の言葉は…」
「ああ、クレナイ。ごめんね。分かるようになったよ」
「よ、良かったのじゃ~! 話が通じぬ上におかしな言葉を話すものじゃからどうしたらいいのかと思っとったのじゃ!」

酷い言われよう。

「良かった。話が分かるであるな?! 主!」
「うん。分かる分かる」
「あるじ~?」
「大丈夫大丈夫」

ハヤテの頭を撫で回す。
コハクは落ち着いてお茶を飲んでいるが、僅かに口角が上がっている。あとで思いっきりナデナデしちゃおう。
さて、そうこうしているうちに、残っていた蟻達も巣穴の周辺からはいなくなった。

「これで依頼達成かな?」
「だの」

キラーアント追い出せクエスト、完。
花はまだしばらくこのまま咲かせて置いた方がいいだろうというクロのお言葉に従い、花はそのままに。
そして…。

「どうすんのよこの死骸…」

取り囲むように蟻の死骸が転がっている。

「1度戻ってギルドマスターに相談した方が良いの。こやつらは外殻が固いから、何かのいい素材になりそうだの」

そういう事になった。

近場で簡単そうな依頼が3件…、だっけ?
クレナイを見ると、クレナイが視線を逸らした。
これは、虹彩雉を諦めてもらうしかないかな?
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