異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

お塩と砂糖

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それじゃあ帰ろうと、森の中を歩く。
しばらく行った時、クレナイが聞いてきた。

「主殿、もう王都へ戻るには微妙な時間故、今宵はこの娘の家に泊まってはいかぬか?」

微妙な時間…。確かにちょっと中途半端だけど、戻れない時間ではない。
まあでも、チャージャともそっとお話したいし、不自然さを感じつつも、

「そうだね」

と返事した。

「チャージャ、泊まっていっても大丈夫かな? この人数で」
「大丈夫っす! うちの中、何もないっすから…」

言いながら落ち込まないでくれ。
折角泊まらせてもらうのだからと、道々リンちゃんに教えてもらって野草を摘んで行く。ハヤテが途中でふと消えた後、何やら大きい獲物を引き摺っていた。
チャージャにばれないうちにシロガネに持って貰った。さすがに幼児が引き摺ってるのは不自然すぎるものね。
家に着いて初めて獲物に気づくチャージャ。どれだけ鈍いんだこの子は。

「今晩の分と、余ったらチャージャ食べちゃって」
「な、なんか、何から何まで申し訳ないっす」
「いいのいいの。どうせ持って行ける物でもないし、夜営みたいな感覚…じゃない、何かの足しになれば素材も嬉しいでしょう」

いかん、ちょっと本音がもれた。
チャージャは気づかなかったみたい。鈍い…。
その後拙いながら、私が捌いて、なんか形が微妙だけど、今日食べる分を分け、後はチャージャに渡す。さすがに一部はシロガネに冷凍してもらった。ブルちゃんがいるからすぐになくなるかもしれないけど。

私が持っていた鍋を使い、その他持っていた調味料なども使い、チャージャに調理してもらう。
材料切るのは手伝ったけど、その先はクレナイに止められた。
クレナイとシロガネは気づくといなくなっていた。ブルちゃんもいない。何をやっているのだろう。
コハクにはハヤテのお世話を頼んでいる。お外で二人で遊んでいるようだ。可愛いな。
リンちゃんは相変わらず頭の上に。クロは一脚だけの椅子にちょこんと座っている。私が手持ちぶさたになったらどいて譲ってくれるいい子です。勿論、その後膝に乗る。

料理も終盤に差し掛かった頃。

「あ、ちょっと見ててくれるすか? 薪を取って来るす」
「うん、いいよ」

後は煮込むだけと言うので、代わりに鍋を見る。
ちょっとだけ味見してみようかと蓋を開け、少しすくって飲んでみる。

うん、美味しい。

チャージャの料理の腕は私のような破壊的センスではなかったらしい。

「ん、でも、もそっと塩味が欲しいかな?」

クレナイは少し濃い味の方が好きだった。なので、ちょこっとお塩を加えてみることにする。
蓋を開け、鍋の上で軽く振るおうとすると、

ドバ!

何故か内蓋が外れ、中身が1/3程飛び出した。
慌てて容器を元に戻すも、中身までは戻らない。

何故だ。これさっきまでチャージャが普通に使っていたのに。私は料理の神様に嫌われているのだろうか。
中に落ちた内蓋を拾い、丁寧に洗って丁寧に拭いて、容器に装着。試しに別の所で軽く振ってみるが、落ちない。

何故だ。

鍋の中を見る。すでに塩は溶け込んでしまっている。
意を決して、混ぜて味見してみる。

うおっふ…。

見事に塩味のききすぎたスープになってしまっている。どうしよう…。
そうだ、砂糖を入れれば少しは緩和するのでは?とさっそく砂糖の容器を取り、中にあった匙いっぱいに盛って鍋に投下。




天の声。塩に砂糖を足しても塩味は薄まる事はない。




混ぜて味見。

ぶおっふ…。

な、何故だ…。何故こんな味に…。
最早取り返しのつかない味になってしまっている…。












我が家では、私の料理は逆《・》ロシアンルーレットと呼ばれていた。
何故だか、10回に1回の割合で、奇跡的に3つ星レストランのような味になるのだ。
ただ、その10回に1回の割合の為に、私の料理を堪能することはなく、手伝いをしても、味付けだけは母や妹に止められていた。

「お姉は大雑把過ぎる!」

と何度も妹に怒られていた。
家庭科の授業でも、面倒くさがってやらなかった男子の代わりにやったら、皆悶絶していたっけ。次からは真面目にやるようになり、ある意味女子から感謝された。ただ、味付けは敬遠されたが。










いや、今はそんな昔のことを思い出している場合ではない。目の前のこの鍋をどうする?
別の何かを入れたら少しはマシになるかもしれないと、目についた容器に手を伸ばした時。

「ご主人様? 何をしてらっしゃるのですか?」

突然の声にびっくりして容器を掴み損ねる。
見れば、いつの間にやらコハクとハヤテがやって来ていた。

「い、いつの間に…」
「ノックをしましたが、返事がありませんでしたので」

焦り過ぎて聞こえていなかったようだ。

「なんだか、美味しそうな匂いが、不思議な匂いに変わって行ったので、ハヤテと何があったのだろうと様子を見に来たのですけれど」

獣人は鼻もいいのね。

「その、ちょっと隠し味を付け加えようとして…失敗してました…」
「は?」

コハクに真面目に不思議な顔をされる。
うう、後でクレナイに怒られそう。

「えと、味見をしても?」
「覚悟は出来てる?」
「味見にですか?」

コハクは私の料理を食べたことないんだよね。
少しお皿にすくって、コハクに渡す。
コハクがその匂いを嗅いで、若干顔をしかめた。
試しとばかりに口に入れ、一度ビクンとなった。

ふいまへんすいませんほっほちょっとほとにいっへひまふ外に行ってきます

外に行くというコハクを止めず、急いで行ってらっしゃいと送る。
ダッシュで出て行ったコハクは、少しして青い顔をして帰ってきた。

「ご主人様。何を入れたのですか?」

目つきがちょっと怖くなったコハクに、あらましを伝えると、首をガックリと垂れた。

「何故…そこで砂糖を…」

とブツブツ言っている。

「ご主人様、私がいたします。ハヤテと外で遊んで来て下さい!」

迫力のあるコハクに逆らえず、鍋をコハクに任せてハヤテと外に出た。

「あるじ?」
「ハヤテ…。私落ち込んでいいよね?」

木の根本で膝を抱えて座り込んだら、ハヤテが頭を撫でてくれた。優しい。
リンちゃんもポンポンしてくれた。優しい。

「あるじ」
「何?」
「なげて?」

ハヤテが木の棒を差し出した。取ってこいはまだ続いていたか…。












ハヤテの取ってこいはバージョンアップしていた。
投げると空中でキャッチ。またしても空中でキャッチ。

「次、1回転行ってみようかー!」

私も悪のりして、回転をつけたり、前回りさせてみたり。ハヤテが芸達者になっていく。

「何やってんすか…」

やっと戻って来たチャージャが、見ていたのか呟いた。
そういえば、傍目に見れば、犬のような扱いを幼児にしてるわけだな…。

「遊んでただけです! 他意はない!」
「てか、鍋はどうしたんすか?」
「…事情があって、コハクちゃんが見てます」
「小さい子に任せて平気っすか?」

返す言葉もございません。
てか、私に任せても平気ではございません。

「いいにおい、してきた~」

ハヤテが鼻をひくつかせた。
ん、そういえばなんだか食欲をそそる匂いがする。
チャージャと共に家の中に入ると、コハクが味見をしていた。

「あ、ご主人様」
「コハク、どお?」
「こんな感じで如何ですか?」

コハクからお皿を受け取り、飲んでみる。

美味い。

「!! あ、あの状態からどうやって…」
「苦労しましたよ…」

疲れた目で溜息を吐くコハク。ごめんなさい。そしてありがとう。

「? 何してるんすか?」

薪を置いて、不思議そうに聞いて来たチャージャに、事のあらましを説明する。

「ああ。自分も昔、塩を入れすぎた時、砂糖を入れて誤魔化そうとしたことあるっす…」

同士だった。

「料理は経験っすよ。自分も出来なかったけど、しなきゃいけなくなったから、まあまともに食べられる物が出来るようになったっすよ」
「私も作れば上手くなるのかなぁ?」
「ご主人様、練習いたしましょう」

にっこり笑うコハクの顔が、ちょっと怖いんだけど、なんでだろう?
さんざん家で、母と妹に仕込まれたんだけど、治らない…じゃない上達しなかったんだけど。
まあなるようにしかならないでしょう。

「じゃあ、ご飯にするっすか。皆も呼ぶっすよ」

チャージャも味見をして、コハクの味に満足したようです。














ご飯を食べて、さすがにお風呂はないのでお湯で体を拭いた。
後は寝るだけとなり、部屋の中にわさわさと草が生えました。
リンちゃんありがとう。
チャージャが羨ましそうな顔をしていたので、チャージャの分も生やして貰う。
クレナイとシロガネとブルちゃんは、仲良く何処かへ行ってしまった。
何処に行ったのだろう?
少し話して、今日は疲れたということで、早めに寝ることに。

ここで気付いた。ハヤテのことに。

ハヤテ用の草ベッドで横になったハヤテ。スヤスヤ寝息が聞こえてくると、どふっと音がして、ハヤテが元の姿に戻った。
恐る恐るチャージャを見るが、すでに夢の中だった。
杞憂でしたね。
安心して私も寝る。

「ご、ご主人様、やっぱり私…」
「良いじゃない偶には。さ、寝よ」

ハヤテにはハヤテ用を用意したが、コハクの分を作るには、ちょっとスペースが足りなかったので、私と一緒の草ベッドである。
申し訳程度のマントをお腹に掛けて、仲良くおねんねです。
もちろん、頭の上にはリンちゃん、左脇にはクロがおりますよ。
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