異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

とある奴隷商のお話し

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マメダ王国で手広く商売を広げているガウストの奴隷商。
王都の他に支店が4つ程あり、一定の期間を置いて、時折見回りに出ている。
今回の見回りの最中、ナットーの街の支店で、なんとも背筋の凍りそうになるお客が来店した。
その客は奴隷を買うのではなく、売りに来たのであったが。
また来るような言葉を発していたが、あちらはナットーの街を拠点にしているのだろうと、王都に戻って一安心していた所であった。

そこに、あの男が来た。

忘れもしない全身を黒い服で固めた、黒い髪に金の瞳。端正なその顔立ち、鋭い目つき。
そこそれなりに接客に慣れているはずのガウストだったが、その男に会った途端、挙動不審になってしまった。なんとも情けないとは思うが、その男の全てを見通すかのようなその瞳は、何故かとてつもなく恐ろしかった。

何用かと思えば、死にそうになっていた奴隷を保護して連れてきたという。
まあ、珍しい事もあるものだと、内心嘆息した。
普通の者ならば、奴隷が死にかけていても余程の事がない限りは助けたりなどしない。
単純な話し、治してもお金が払えないからである。
治療薬も高く、まして回復の魔法を覚えている者であっても、ただで治してやる者など相当の変わり者である。

そして、その変わり者が目の前にいた。

この男の主人らしきその女性。見ればまだ幼さの残る顔立ち。
この男を従えるなどどんな恐ろしい者かと思っていたが、どこか抜けたようなその主人の女性の様子に、拍子抜けした。
しかし、この少し抜けたような女性、後ろに従えるのは、ペガサスとグリフォン。頭の上にはそも珍しい妖精。
そして、何故か見つめられると背筋が寒くなる妖艶な美女。
実は抜けたように見せて、只者ではないかもしれないと警戒する。

ところが話していると、やはり抜けているようにしか思えない。なかなか手強そうな感じである。
しかし、彼女たちは特に商談に来たわけでもない。
連れてきた奴隷の話を聞くのにも、とても親切に正直に、事の成り行きを話してくれた。
近頃とある冒険者が奴隷を借りて行くのだが、それが何故か病気がちの者を選んでいく。
そして、何故か致死率が高い。
もしやとも思っていたが、実際に魔獣などに食い殺された跡が残っており、なかなか確証が得られなかった。
それもこの人達のおかげで、それが証明された。
すぐさま衛兵に伝え、その男達を確保するように動き出す。
犯罪奴隷はどれだけいても困らないのだ。

その女性達に礼を言い、礼金の交渉をして、さあ終わるかと思ったその時。

「買います!」

その女性が叫んだ。
慌てて黒い男が主人を止めに入るも、その女性の意思は固いようで、黒い男が折れた。
いやいや、いいのかよ。と内心突っ込んでしまう。
いや、奴隷商としては奴隷が売れるのは有り難い限りなのだが、それが病持ちとなると、内心複雑だ。

女性に確認するも、買うことを止める気はなさそうなので、金貨10枚で手を打つことにした。
当の奴隷の少女がこちらを見上げるが、何も言わないように指示する。
うん、これでいいのだ。






この獣人の奴隷の少女は、とある昔馴染みから引き取った奴隷だった。
少し強引な商売をしていたその男は、なにやら失敗したらしく、この少女を買ってくれないかとやって来た。
少しでも金が欲しかったようだ。
昔馴染みだと言うこともあり、いつもなら入念に調べることもこの時はせず、金貨20枚でその奴隷を買うことにした。
金を受け取ると男はすぐに姿を消した。
そしてその後すぐに、この少女が病持ちだと分かったのだった。
分かっていたら金など出さなかったのに。

自分のふがいなさを呪いながら、なんとか金貨20枚の穴埋めをしなければならない。
元々この少女、顔立ちもそう悪くないので、そちらの趣味の方に高く売りつけるつもりだった。
しかし病持ちでは売れない。
なので、少女にレンタル奴隷の話を持ちかけた。
レンタルで仕事をして、お金を稼がないかと。

虐待でも受けていたのか、表情のないその少女は、最初頷かなかった。
しかし、ふと両親の話をした時、瞳が一瞬煌めいたのを見逃さなかった。
宥めすかめつ、事情を聞けば、両親と共に奴隷狩りにあったとのこと。
前の奴隷商で離ればなれにされてしまったと。

少女はその手の者に1度売られたらしい。そこで酷い扱いを受け、記憶が所々飛んでしまったと言った。両親の顔も朧気であると。
ガウストは少女と約束した。
レンタル奴隷で頑張るならば、その稼ぎに応じて、両親のことを調べてやると。
少女がやっと、ガウストと目を合わせた。









「あ、あの…」
「ん?」
「お父さんとお母さんのことは…」
「うん。それがな。マーレット王国のシュトーレの街までの足取りは掴めたんだが、それ以降は難しくてな」
「そうですか…」

少女が目を伏せた。
もしかしたら、微かに察しているのかもしれない。
既に、両親が亡くなってしまっているということを。
少女が売られた後、両親も別々の所に売られ、そこでまあ、あまり良い扱いは受けず、そのまま亡くなってしまったらしい。

その情報を掴んでも、少女に正確な情報は流さなかった。
単に、気落ちしてしまって、働かなくなることを恐れたからである。
決して、情に流されたわけではない。
奴隷商が奴隷に情をかけることなどない。

「ほら、新しいご主人様が迎えに来るんだ。奥に服があるだろうから、新しいのに着替えておいで」
「は、はい」

少女が慌てて奥に引っ込んでいった。
これでいい。これでいいのだ。
奴隷といえども商品。情けなどかけることなどない。
しかし、ほんの僅かでも、良い主人に巡り会って、良い人生を送ってくれたらと、毎度願ってしまうのは、まだ自分が未熟なのだろうかと、ガウストは頭を軽く振ったのだった。









少女を正式に譲渡して、お金をもらって、その一行は出て行った。
ただ、黒い男は何故か残った。

「すまぬの。突然に」
「いえいえ。こちらこそ、病持ちなど引き取って頂けまして」
「まったく。主も突拍子もないのだからの…」

男が溜息を吐いた。
日頃から苦労しているのが窺えた。

「さて、さすがにあの料金では申し訳ないのでな」

そう言うと、男がポケットから手を出し、カウンターに金貨を数枚置いた。

「いえいえ。正式に頂いておりますから、このお金は受け取れません」

慌てて男に返そうとするが、

「なに。これは我が輩が勝手にここに置いて、勝手に忘れて帰ってしまうだけのことだの。それをどうしようと、そちらの勝手であるの」

そう言って、男は金貨を置いて立ち去っていく。

「世話になった」

そう言い残して、男は出て行ってしまった。
とても怖い人物ではあったが、とても義理堅い人物でもあるのかもしれないと、ガウストは男の評価を改めたのだった。
そして、男が置き忘れて・・・・・行った金貨は、数えてみると10枚だった。
先程の女性との枚数を合わせて、きっかり20枚。

やっぱり背筋がぞっとした。

あの男は、何かを知っていたのだろうかと。
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