異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

名字?

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リンちゃんもお風呂が好きなようで、妖精の姿のまま、ちょこんと風呂の縁に腰掛けたり、湯気の中を飛んだりとフラフラしていた。
それをその場に居合わせた女性陣が、ほっこりと見守る。
リンちゃん、お風呂で大人気。
風呂から上がり、待合室に行くと、クロとハヤテが既に寛いでいた。

「シロガネは?」
「そろそろ良い出汁が出ているかもしれんの」

長湯しているようです。
皆で寛いでいると、シロガネが慌ててやって来た。

「何故置いて行くのだ!」
「声は掛けたぞ。なあ? ハヤテ」
「うん!」

シロガネ、がっくり膝を付く。
さて、皆も揃ったし、宿に帰りましょう。













ご飯も食べて、お風呂にも入って、後は寝るだけ。
みんなの髪をブラッシングして、シロガネはちょっとだけ丁寧に長く。とても嬉しそうにしていたとさ。
ハヤテが早うとうとし始めた時、

コンコン

部屋の扉がノックされた。
え?こんな時間に誰?
この街に知り合いなんて…、いなくもないけど、こんな時間に訪ねてくる知人はいない。
戸惑っていると、

「主殿、どうやら妾の同胞らしい。敵意は感じられぬ故、扉を開けて良いじゃろうか?」

クレナイが扉に向かった。
チラリとクロを見ると、扉に目は向けているものの、特に警戒する様子もない。
ならば大丈夫だろう。

「分かった。開けて良いよ」

許可を出すと、クレナイがノブに手を掛け、ゆっくりと開いた。

「夜分に失礼致す。このような時間でなければ、我らは目立つ故、失礼とは知りながら今時分に参った。少し話しをしたいのであるが、時間はあるだろうか?」

青い髪の青年、ソウシが立っていた。

「なんだ。ソウシか。いいよ、入っておいでよ」

思わぬ珍客に驚いたが、とにかく部屋へと通す。
ソウシの後ろに、少し小さい白いお爺さんが着いてくる。
え~と、クレナイが同胞と言って、ソウシの知り合いっぽい所からして…。
このお爺さんも?

「突然の訪問でご無礼致す。儂はドラゴン族の長老じゃ。以後見知りおきを」

お爺さんが軽く頭を下げる。

「ああ、はい。私は八重子です。よろしくお願いします」
「うむ。なんとも利発そうなお嬢さんではないか」

あら~、いや~、なんか褒められてるよ私。

「え~と、それで、こんな時間にこんな所まで、何しに?」

用件はなんぞ?

「うむ。ズバリなのじゃが、儂に、名を付けて欲しいのじゃ!」

ずいっと胸を張る。
え~と、名前?なんで?

「名前? その、私、人間ですよ? ドラゴン族にはドラゴン族なりの名前があるのでは?」
「確かに、ドラゴンの名はある。ドラゴンは成長し、一人前になったと認められた後、長老によって名を授けられるのじゃ。ところが、その、ドラゴン族は名前にセンスがなくての…」

長老様が項垂れる。

「儂も名をもらう時はワクワクしたものじゃったが、儂の代の長老が適当での。本当に適当に名付けられてしまったのじゃ。長老からもらった名じゃて、己で変える訳にもいかぬし。ずっと己の名が恥ずかしくてのう。そうしたら此奴が、何やら立派な名を授けられたと言っておるではないか。ずるいのじゃ! まだ成人もしてない若造が、なにやらカッコイイ名前をもらうなど! 儂もカッコイイ名前が欲しいのじゃ!」

後半は駄々っ子みたいだよ。

「いや~、でも、私人間ですけど、良いんですか? ドラゴンからしたらちっぽけな生き物じゃないんですか?」
「良い。お主、只者ではなかろう?」

ギクリ。

「ソウシの名に、青、水を司るという意味を持たせた。そんな言葉聞いたこともない。お主、迷い人ではないかのう?」

ギクギクリ。

「試しに、そのソウシという言葉を文字にしてみてくれんか」

と、ペロリと紙を出して来た。

「えと…」
「ほれほれ」

書かないと先に進まないなこれ。
鉛筆を出し、紙にさらさらと、「滄司」と書いた。

「「滄」が水、青を表す言葉で、「司」が司る、支配するみたいな意味かな。つまり水の支配者みたいな感じかな?」
「なんと、こんな文字は初めてじゃ…」

長老さんが文字をガン見。滄司が改めて名前の説明を受け、なんか嬉しそうにしている。

「主殿、妾の文字は?」

クレナイも聞いてきたので、紙に「紅」と書く。

「クレナイの言葉の由来は言ったよね? 最上級の赤を示すって」
「もちろんじゃ!」

クレナイが自分の名前をガン見。覚えようとしているようだ。

「主、我の字は…」
「シロガネはこう」

白銀と書いてやる。

「む、二つ目が難しいであるな…」

覚えようとしている。

リン・・・

「おっと、リンちゃんも漢字あるよ。「鈴」ね。鈴の音みたいな綺麗な音だから、リンちゃん」

鈴と書いてやると、リンちゃんが降りてきて、その文字をなぞっている。
可愛い。

「あるじ~…」

眠い目を擦りながら、ハヤテもやってきた。

「はいはい。ハヤテ、書いてあげるから、無理しないで寝て良いよ」

疾風と書いて、ハヤテに渡す。

「?」

文字を見て首を傾げている。
疾風にはまだ早かったかな。

「儂も! 儂もこの文字の名が欲しいのじゃ!」

長老さんが手を挙げた。

「え~と、本当にいいんですね?」
「良い! 今の名よりもカッコイイ名前になるなら何でも良い!」

良くないだろ。

「ちなみに、今の名前は?」

長老が目を伏せた。
言いたくないらしい。

「そういえば、私も長老様の名を知らぬな」

ソウシがぽつりと呟いた。
そうなると、気になるもので。
じいっとみんなで長老さんを見つめる。
ばつが悪そうにする長老さん。

見つめる。

見つめる。

見つめる。

見つめ・・・

「分かった! 分かったのじゃ!」

耐えきれなくなり、長老さんが声を上げた。

「わ、笑わぬでおくれよ? 決して笑うではないぞ?」
「はいはい。で、お名前は?」
「・・・じゃ」
「はい?」
「・・・じゃ」
「小さすぎて聞こえませんよ」
「ピピ! じゃ!」
「へ?」
「どれだけ耳が遠いんじゃお主!」
「いや、はい、聞こえました聞こえました。えと、ピピさん?」
「その名で呼ばぬでくれ~!」

顔を覆ってしまう。
小さい「つ」が入ったら…。考えないでおこう。

「前に付けたのがプピじゃからピピで良いじゃろうなどと、適当に名付けおって! 儂がどれだけ恥ずかしい思いをしてきたか!」

まあ、なんというか、確かに可哀相な名前ではあるかな。
女の子ならまだしもねぇ。

「じゃから儂も名付けは適当にしてやってるのじゃ! 儂よりもカッコイイ名前など許さぬ!」
「だからおかしな名前が多かったのか…」

ソウシが呟いた。そんなに変な名前なのか?ちょっとドラゴンの里、行ってみたいぞ。
ていうか、自分が変な名前だからって、他の人の名前も適当にしちゃだめでしょ。

「頼む~、後生じゃ! 儂にもカッコイイ名前を~!」

両手を祈るように組んで、縋るような目つきで頼み込んでくる。
うん、しかし、その名前は確かに同情できるので、

「え~と、カッコイイ名前になるかは分からないけど、考えてはみます」
「頼む! 頼む!」

すんげー頭下げてる。
さてさて、そんなにカッコイイ名前なんて、すらっと出てこないんだけどねぇ。
それに、カッコイイかどうかなんて、その人の主観だしねぇ。
さ~て、どうしましょう。

ハヤテが堪えきれなかったらしく、ベッドで横になった。間もなくグリフォンの姿に戻るだろう。

白、白、ドラゴン…。パイロン、はそのままだしな。漂白剤。違う。白くするんじゃない、元から真っ白。真っ白、穢れのない、綺麗な白…、となると…?
「「無垢」、はどうでしょう?」
「ムク? とな?」
「純真無垢という言葉があるのですけど、清らかで純粋であることを示す言葉なんです。その中でも無垢は汚れのない事を表す言葉です。確か、白色でしたよね? 私の国の言葉で、白無垢という言葉があるのですけど、それこそ何色にも染まらずに一切の穢れがないということを示します。と言うわけで、「無垢」と」
「ふむ。何色にも染まらずに、一切の穢れもない…」

ちょっと意味が違うかも知れないけど、多分こんな感じであってると思う。
ちなみに、白はどんな色にも染まってませんと言う意味と、貴方色に染めて下さいという意味を持つ。白無垢は婚礼衣装だしね。

「なるほど。ムクか。良い! 儂の名はこの時より、ムクじゃ!」

と、長老さん改め、ムクさんの体が微かに光り出した。

「な、なんか光ってますが…」
「うむ。真名が書き換えられたようじゃ。良い名をありがとう」
「て、真名?!」

書き換えていいんかい?!

「うむ。儂が認め、儂に適した名じゃったからのう。自動的に書き換えられたようじゃのう」
「い、いいんですか? それって…」
「ピピよりはましじゃわい」

そっすね。

「あ、じゃあなんか申し訳ないから、白老って呼び名もいかが? 白は人の間でお年寄りを差す言葉でもあるんです。年を取ると髪が白くなるから。そこに敬意を込めて、「白老」と」

体の色も白だし。

「白老ムクか! うむ。良い呼び名じゃ!」
「いや、白老でも無垢様でもいいんだけど…」

敬称のつもりで言ったんだけどな。まあいいか。

「主殿、妾は?」

クレナイがせがんできた。

「いや、クレナイはいいでしょうが。まあ、なんとなく前から「緋龍姫」って言葉が浮かんではいたけど…」
「緋龍姫?」
「「緋」は赤を示す言葉で、「龍」は私の国でドラゴンを表す言葉。「姫」はそのまま姫だし。赤いドラゴンの姫で緋龍姫」
「うむ! 気に入ったのじゃ! 妾は緋龍姫クレナイじゃ!」

勝手に名乗ってるよ。
よほど気に入ったらしく、ブツブツ口の中で反芻している。足元もちょっとソワソワしている。そんなに嬉しいのかしら。

「あ、主…」

シロガネが自分の顔をちょいちょい指し示している。シロガネもそういうのが欲しいらしい。

「え~…? シロガネは考えてなかったなぁ」
「わ、我も欲しいのである…」
「う~ん、しかし、すぐに思い浮かぶわけじゃ…。あ、ペガサスは漢字で天馬だったけ、そんじゃぁ…。天翔王ってのはどうだろう?」
「てんしょうおう?」
「空を駆けるって書くのよ。まさにシロガネのことでしょ?」
「空を駆ける…。うむ! 気に入ったのである!」

天翔王シロガネ…。シロガネもブツブツ呟く。
う~ん、名字が出来た感じなのかな?
ツンツンと髪が引っ張られた。
肩の所でリンちゃんがこちらを見つめている…・

見つめている…

見つめている…

見つめて…

「分かったから。視線が痛いです」

リン!

ここまで来たなら、みんな付けてやるわい!

「そうだね~、リンちゃんは…。緑だし、んで癒やしの力を使えるとなると…」

「翠」って、みどりとも読むんだよね。

「よし、リンちゃんは「翠療姫」でどうだ?! 癒やしの翠姫ってことよ!」

リンリン!

リンちゃんが嬉しそうに音を鳴らした。

あとはハヤテだけど、寝てるからいいか!
そして、皆名付け終わったのに、1カ所から熱い視線が…。

「いや、さすがにソウシは従魔でもないし、付けないよ?」

がっくりするでない。
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