異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

お嬢様と犬

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メイドさんに案内されて、庭の方へと行く。
秘密の花園みたいな所を通って、ちょっと開けた所に行くと、その少女はいた。

「なんで言うこと聞かないのよ! どういう躾をしてるの?!」
「も、申し訳ありません!」

おじさま譲りの茶色い髪を垂らし、赤いドレスのような服を着た10歳くらいの少女が、男の人を土下座させている。
ツナギのような服を着ているその男性、横に座る焦げ茶の犬。
ラブのような顔をしているが、体つきは柴っぽい。成犬というには、まだ体が小さい気がする。
犬種は詳しくないんだよな~。猫の種類も覚えてないのに。
そのわんちゃんが、こちらに気付いた。
賢そうな顔をしている。
そして、男性を背にして、

「ワンワン!」

吠えだした。
あらら、クレナイの気配に怯えてるのかな?

「クレナイ?」
「押さえてはいるのじゃがな。あれは賢い犬のようじゃのう」

どこから出しているのか、扇で口元を隠しながら答える。優雅だな。
メイドさんが少女の側へと寄っていく。
少女がメイドさんに気付いて、メイドさんが少女に何か言った。
少女が私達の方を見た。
勝ち気そうな顔が、一瞬驚いたように目が開かれる。そしてすぐにそっぽを向いてしまった。
う~ん、画に描いたような我が儘娘な感じがする。
私達も少女の側に寄っていく。

「こんにちは。私は冒険者をやってる八重子と言います」
「クレナイじゃ」
「シロガネである」
「ハヤテー!」

リンリン!

クロはないのね。
クロは腕の中で欠伸している。全く興味がないみたいだ。

「私はウィルシア・ガーラットよ」

偉そうに、ない胸を張って、少女、ウィルシアが答えた。
こういうのは後でボインになるのが定石。いやそうじゃなくて。

「貴女のお父さんに頼まれて、そのわんちゃんと仲良くなれるようにお手伝いに来たんだけど」
「ふん! 冒険者なんて野蛮な人間が、私に教えるなんて。お父様も何を考えてらっしゃるのかしら!」

一発殴ってもよろしいでしょうか?
クロがお手々を私の顔に当てた。落ち着けと言うことだね。どうどう。
メイドさんは下がってこちらの様子を見ているし、いきなり手を出すわけにはいかないし、なんたって相手は子供。

「私はね、従魔ととても仲がいいって評判なんだ(他人評価でよく分からないけど)。だからね、そのわんちゃんとも仲良くなれる方法が見つかるかもってね…」
「ふん! こんな頭の悪い犬! あんたなんかに操ることが出来るっていうの?!」

年上に向かって「あんた」だぁ?
拳を思わず握りしめる。
クロがまたお手々を顔に。どうどう。
一発はっ倒して、お尻ペンペンしてやりたい。

わんちゃんを見ると、唸りながらこちらを見ている。
う~ん、ドラゴンにグリフォンだものねぇ。ペガサスはまだしも…。

「いぬ~?」

ちょ、こら、ハヤテ、いきなり近づかないの!

「ワウワウ!!」

ほら、吠えられた。

「め!」

頭を叩いた。
頭が地面に…。
ちょ、殺す気ですか?!

「ハヤテ! 殺しちゃダメよ! 手加減しなさい!」
「あい。ごめんちゃい…」

ハヤテもやり過ぎたと分かったのか、犬を助け出す。

「リンちゃん、頼む!」

リンちゃんが飛んで行って、犬に魔法をかけた。
意識を取り戻す犬。

「くぅ~ん…」

怯えてるよ。尻尾が股に挟まってるよ。

「クレナイ、シロガネ、ハヤテを連れてちょっと離れてて」
「う、うむ」
「分かったである」

ハヤテを引っ張って、3人(?)は庭の隅へ。そこで遊んでてね。
ふと気付けば、ウィルシアが唖然とハヤテを見ていた。
まあ、そうなるよね。

「え~と、ちょっと力が強い子なのよ…」

疑うような目で、こちらを見るウィルシア。

「獣人なの?」
「獣人?」

獣人て、もしか、けもみみっ子のことか?!いるのかこの世界に?!

「でも変ね。耳が人間のそれだわ」
「あ~、まあ、似たようなものなの…」

が人《・》に化けてるだけなんだけど、それも獣人《・・》と言って過言ではないよね?!

「え~と、それで、こちらのわんちゃんの名前は?」

話題を変えよう。

「名前? ふふん、この子の名前はね、フリードリヒよ! 格好いいでしょ!」

外国のおとぎ話に出てくるような名前だね。

「フリードリヒか。長いからフリードでいいか。こんにちはフリード」
「勝手に略さないで!」

お嬢様を無視して、フリードに近寄る。
怯えているフリードの鼻の前に、まずは手を翳す。
犬の挨拶の基本ですね。犬同士の挨拶はお尻の臭いの嗅ぎ合いだものね。あの光景は面白い。

犬は特に猫よりも臭いに関しては優れている。一度嗅いだ臭いは覚えていて、終生忘れないんだとか。凄いよね。

おっと、勘違いなさらないでくださいよ。私は確かに猫派ではあるが、犬が嫌いなわけではない。というかむしろ好きだ!犬か猫かと聞かれたら迷わず猫と答えるが、それでも犬も大好きなのだ!もちろん鳥類も爬虫類も両生類も魚類も好きです!でも一番好きなのは、猫!

手を翳し、臭いを嗅いでもらう。

「こんにちはフリード。私は八重子だよ。ちょっと触ってもいい?」

フリードが私の顔をじっと見ている。犬って目で会話できるんかいって感じで見つめてくるよね。
尻尾を緩~くパタパタと振り始めた。賢い子だ。私が敵意を持ってないって分かったんだね。
そっと頭を撫でさせてもらう。うん、犬の毛は固いな。
犬って黒目がでかいよね。猫に慣れてるとホントにでかいなと思うわ。
そのまま頭を撫で、体を撫で、顔をくしゃくしゃにしたりして、存分にモフらせてもらう。
ちなみに、クロは肩に逃げてます。やはり犬は嫌いなよう。

「な、なんで、大人しく触らせてるのよ…」

おや、後ろでお嬢様が震えてるよ。忘れてた。

「普通に賢い良い子じゃん。何か問題でも?」
「私が触ろうとすると吠えるのよ!」

嫌われてるのね。

「何か嫌がるようなことしたんじゃないの?」
「私は何もしてないわよ! この子の世話は、このタングスが全部やってるんだから!」

なんですと?

「躾だってタングスがやってるのよ! 問題があるとすれば、タングスのせいよ!」

タングス青年がしゅんとなる。
すると、フリードがてこてことタングスの側に行って、慰めるように側に座る。
うん、これってさあ…。

「それが原因なんじゃない?」
「やっぱり、タングスでしょ!」
「いや、何もしてないって所。つまりあんたのせい」
「はあ?! 私のせい?!」
「そうよ。多分だけど、フリード、主人をタングスさんだと思ってるわよ」

さっき、近づいて行った時、そのタングスさんを・・・・・・・背にして・・・・、私達に吠えていた。
犬ってさ、主人を守る為に前に出ることあるじゃん?
あの行動ってさ、つまりそういう事だったわけだと思うのよ。

「フリードはタングスさんを主人だと思ってる。そして、多分だけど、あんた、毎日タングスさんを怒ってない?」
「それは…」

怒ってるね。

「主人であるタングスさんをいじめる人。そう認識されてるんだと思うよ」
「な、なんですって?! 主人は私よ!」
「あのさ、自分に何もしてくれない人を、主人だなんて思える?」
「それでも私が主人よ! ガーラット家の一人娘よ!」
「肩書きなんて犬には関係ないから」
「ぬぎ…」

悔しそうに歯を食いしばるお嬢様。お嬢様としてそれはいいの?

「だからさ、あんたが、この子の世話をすればいいのよ」
「はあ?! 貴族である私が?!」
「貴族だろうがなんだろうが、飼ってる以上は自分で世話をするべし! これ鉄則!」
「いやよ! 服が汚れるでしょ!」
「いや、犬と遊ぶとそれだけで服が汚れると思うんだが」

だって、犬って地面を走ってさ、そのまま飛びついて来ることあるじゃん?泥だらけの足でしがみついてくるから、いつの間にか服が泥だけってこともままあるでしょ。
昔友達が犬飼ってたから、そういうことも時折ありました。

「ふん! そんな世話なんて、私の仕事では無いわ!」
「じゃあなんでこの子を飼おうと思ったのよ?」
「それは、可愛いかったし…。飼ってれば、それなりに見栄えも良いかしらと…」

平手が飛ぶ所だった。危ない危ない。

「テレジアが、見せてくれたのよ。茶色い子犬。可愛くて、私も欲しくて。だから、お父様に頼んで…」

ふむふむ。友達が持ってたから、羨ましくなったと。
殴っていいすか?
またクロさんのお手々が頬に。どうどう。

いるよね。話題になったからって犬を飼って、言うこと聞かないからってすぐに捨てる人。
そういう人は犬をステータスの一種にしか見てないのよね。腹立つわ。
犬が欲しけりゃ保健所か保護施設に行けっての。何気に血統書付きの子もいるらしいしね。ほとんどはミックス、雑種ばかりなんだろうけど。

雑種の何がいけないのよ!雑種は血統書付きよりも体が丈夫なのよ!所謂進化形なのよ!
血統書付きって結局近親交配なんだからね!結構体が弱い子が多いって噂よ!
長生きしてる子って大体雑種ミックスだからね。なんだかんだで、色々入ってる方が強いのよ。

と、閑話休題。

「可愛いだけで生き物が飼えるかー! 命舐めんなー!」
「ひっ?!」

ウィルシアがビビって肩を竦めた。
皆もびっくりしてこっちを見ている。
クロが肩にいるせいもあって、ちょっと前かがみ気味。それも迫力に輪を掛けた?

「あのね、あんたが名前付けた犬なんでしょ? だとしたら、この子はすでに、そこらにいる犬とは違って、あんただけのフリードになってんのよ。だから、大切にしなさい!」
「た、大切にって、だって、撫でようとしても、吠えるし…」
「仲良くしようと努力してないからでしょ。仲良くするには、どうすればいいと思う?」
「・・・・・・」

分からないんかい。

「人間だったら、言葉で理解し合えるけど、動物は言葉を理解出来ないでしょ? だったら、どうする?」
「・・・どう、すればいいのよ?」
「簡単よ。お世話をするの」
「はあ?」

「ご飯をあげて、ブラッシングしてあげて、遊んであげて、撫でてあげて、下のお世話もちゃんとする。そうすれば、何が嬉しいのか、何をしたら喜んでくれるのか、だんだん分かってくるもの」

下のお世話は大事です。健康管理のために。

「そ、そんなの、貴族の娘がやることじゃないわ」
「じゃあ、今すぐこの子を手放しなさい。というか、もうこのタングスさんにあげちゃいなさい」
「ちょっと! 私の犬よ!」
「お世話出来ないなら飼うな! ていうか、それで飼ってるとか言うな!」
「で、でも、飼ってるのは私…」
「お世話してない、この子の食費とかのお金だって親が稼いだ金でしょ? あんた、この子に何してるの?」
「・・・・・・」

ぐっとスカートを握りしめ、何も言い返せなくなったウィルシア。
こんな我が儘娘に飼われたら、フリードも可哀相だ。
いっそのこと手放してあげた方が、フリードの為だ。

「お、お父様に言いつけてやる!」

そう言って、泣きながらウィルシアは走って行ってしまった。
しまった。言い過ぎたか。
まあ、一応条件にその辺りのことも言ってあるから、大丈夫なんだけどね。
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