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黒猫と共に迷い込む
活躍するうちの子達
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教会らしき建物が見えてきた。
なんというか、私の知る教会よりは、若干背が低い。天井が低いと言うのだろうか。
壁は白く、陽の光を受けて煌めいているようだ。
入り口は両開き。
うん。この構えは教会みたいだ。
扉を開けて中に入ると、玄関ホールのような部屋があり、正面に同じような扉があり、今はその扉が開け放たれていた。
左右にも小さな扉があり、協会関係者の住居などに繋がっているようだった。
正面の大きな部屋へと入っていく。
天井は、普通の住居に比べると少し高い感じで、普段は礼拝などに使われているのだろう。
窓が大きく、陽の光が十分に部屋の中に入ってきている。
今はその床に、怪我をした冒険者らしき人達が数名、呻き声を上げながら転がっていた。
白い服を着た人達が、ばたばたと小走りに動き回っている。
治癒の魔法を使える人達が、怪我人の横で一生懸命呪文を唱えているようだった。
「ちょっとあんた?!」
一通り見回していると、ちょっときつそうな女性に腕を掴まれた。
「怪我人なの?! 軽傷者ならあっちで手当を受けて! そこにいると邪魔よ!」
「ああ、いえ、私冒険者ギルドから来たんですけど…」
「何? 治癒の魔法が使えるの? 魔術師には見えないけど…」
私は使えません。残念ながら。
「ええと、私の連れている従魔の、この妖精のリンちゃんが、治癒の魔法を使えるので、応援に来たんですけど」
リンちゃんが肩に降りてきた。女性に見えやすいようにだろうか。
「妖精? そんなものが本当にいるのね。まあいいわ。治せるなら手伝ってもらうわ。あっち、赤い札を貼っている患者達の方へ行って。赤い札が重傷、青い札が命に別状はないけど重い怪我。緑の札は比較的軽傷っていう意味だから。よろしく」
その女性も早口でそう言うと、慌ただしく去って行く。
確かに、よく見れば、患者1人1人に札が貼ってあった。
これって、災害時に手当の順番を決める為に貼られるというあれでしょうか。
考案は日本人なのかしら?
赤い札、青い札、と固めて集められており、緑の札の人達も、隅の方に集められている。
邪魔にならなそうな所に荷物を下ろし、赤い札の人達の所へ急いだ。
「う…」
近くでよく見れば、酷い怪我だった。
腹が切り裂かれて内臓がはみ出していたり、手や足がなくなっている人もいる。よく生きているなという状態の人達だ。
皆痛みで呻き、声を上げる力の残っている人は、痛い痛いと悲鳴を上げている。
治癒術師達が賢明に治癒の魔法を唱えているが、個人の実力の差があるのか、治せる人と治せない人で別れている。
実力が足りないのか、「治って! 治って!」と泣き叫びながら魔法を唱えている人もいた。
胸が痛い。
「リンちゃん、なんとかできる?」
肩の所にいるリンちゃんに声を掛けると、リンちゃんがフワリと飛び立った。
目の前の人から治して行くのだろうと、リンちゃんを見つめていると、リンちゃんはフワリフワリと飛んで、空中で停止した。
あれ?いつもはもっと近づいて力を使っていた気がしたけど…。
そう考えて見守っていたらば、リンちゃんの光が増して行き、緑の優しい光が膨れあがっていった。
その部屋の中が、緑の光で満たされていく。
すると、呻き声を上げていた人達が、大人しくなっていった。
「痛い…、痛い…、いた…くない? あれ、痛くない?」
「すまない…。最後に…、君に隠していたことが…。あれ? 体が軽く…」
「ううう…誰か…、助けて…。ん? あれ? 痛みが消えた?」
「手が…、手が…、俺の手が…。痛みが治まった?」
あちらこちらで、痛みが治まっただの、体が軽くなっただのと嬉しそうな、驚いた声が上がる。
「ちょっと、隠してた事って何よ!」
「いや、違うんだ…。何も隠してなんかないよ…」
一部修羅場が聞こえて来ているが…。
欠損した部位が元通りになることはなかったけど、出血が治まり、痛みもなくなったと飛び上がっている。いや、安静にしててくれよ。
治癒の魔法をかけていた人達があっけにとられてこちらを見てくる。
リンちゃんはすでに肩の上に戻ってます。
「リンちゃん、凄いねぇ」
褒めて頭を指でコチョコチョ。嬉しそうな可愛い顔。疲れてないかしら?
治癒術師さん達がこちらを見ているので、怪我の治った人達もこちらを見てきた。
どうやら状況をだんだん皆把握してきたらしい。
視線が痛い。
今度は私が痛い痛いだわよ。
いたたまれないその空気の中、私の肩を後ろからバシン!と叩く人。もちろんリンちゃんがいない方です。
振り向くと、先程のきつそうな女性。
「あんた! あんたがやったの?!」
「いえ、この、リンちゃんです」
「あんたの従魔なんだろ?! 凄いじゃないか!」
思いっきり手を掴まれて腕を振り回される。本人はちょっと元気な握手のつもりかも知れない。
「ありがとよ! おかげで皆治っちまった。あたしらの仕事がなくなっちまったけどね!」
わははと女性が笑う。
こういう豪快な女性は嫌いじゃない。ちょっと行動がいろいろ物理的に痛いけど。
「あんたがやってくれたのか! ありがとう!」
「痛みがすっかり消えちまったぜ! ありがとうよ!」
「助かったわ! ありがとう!」
ありがとうありがとうといろんな人から声を掛けられる。
「いやいや、私じゃなくてリンちゃんなので…」
と言っても、あんたがその子の主だろうと、皆私に言ってくる。
いや、本当に私、何もできないんだけど…。そんな私にお礼を言われても、肩身が狭いというか…。
なので、そのありがとう全部を込めて、私が代表してリンちゃんに。
「ありがとう。リンちゃん」
リンちゃんが笑顔で頷いた。
西の門の上では、兵士長のルードックが、西の森を見つめていた。
森の奥の方で、木々が倒される。魔物が近づいているのだろう。
スタンピードはこれまでも何度かあった。その度にギリギリではあるが、街を守って来た。
しかし、今回ばかりは難しいかもしれないと、ルードックは唇を噛みしめた。
報告に寄れば、今までに見たことのない上級の魔物が混じっているとのこと。
今回のスタンピードは、浅めの階層の魔物だけではなく、少し深い所の魔物が混じっているのだろう。
兵士から冒険者から、できるだけかき集めては来たものの、数でも実力でも魔物の方に軍配が上がる。
今度こそダメかもしれない。
弱気になって折れそうな心を、必死に奮い立たせる。
避難出来るものは、今頃必死で東の門から避難して行っているだろう。
しかし、それも街が陥落してしまえば、あっという間に魔物の群れに飲み込まれてしまう。
街で死ぬか、外で死ぬかの違いしか見えなかった。
部下達の顔を眺め回してみても、皆ここで死ぬのかという顔をしている。
どう考えても敵わないと、皆知っているのだろう。
皆を奮い立たせなければと、何か言葉を掛けようとするも、如何せん後ろ向きな気持ちのままでは、気の利いた台詞も出て来そうになかった。
その時、視界の上を、何か白いものが横切った。
何かと見上げれば、ペガサスがグリフォンを伴って、街の城壁から外へと飛んでいく姿だった。よく目を凝らしてみれば、その背に赤い人影。
「な、あれは?」
「バカな! 死にに行く気か?!」
部下達も気付いたのか、声を上げる。
「そこの者! 止まれ! 何処へ行く!」
慌ててルードックもその人影に声を掛けた。
その人物が振り向く。
その美しい顔に、ルードックの胸が痛んだ。
誰かのツバを飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
その女性はにっこりと微笑むと、再び森の方へ顔を向けてしまった。
ペガサスは止まることなく、スタンピードの方へと飛んで行く。
「あ、あれは…?」
あんな美しい女性は見たことがない。
ルードックの心に、あの女性の笑顔が焼き付いた。
すると、街から大分離れた頃に、女性が突如、ペガサスの背から飛び降りた。
「! 危ない!」
誰かが叫んだ。ルードック自身だったかもしれない。
ペガサスは女性が飛び降りると同時に、弧を描いて街の方へと戻って来る。
グリフォンはそのままスタンピードの方へと飛んで行く。
と、落ちていた女性の体が突如光りに包まれた。
ズズン・・・
女性が落ちた辺りに、突然赤い鱗を持つ、ドラゴンが現われた。
全員、呆気に取られる。
どこからドラゴンが?その巨体をどうやって隠してここまで?そして、あの女性はどうなった?
色々疑問が浮かんで来るも、それよりも強く、絶望が心を染めていった。
スタンピードならば、運が良ければ助かることもあったかもしれない。だが、ドラゴンは無理だ。確実に殲滅される…。
あまりの絶望に、屈強な兵士達の中にも、膝を付いてしまう者も現われる。
スタンピードの魔物ならば、どうせ死ぬにしてもどうか一太刀浴びせてやる!という意気込みを持っていた者達も、ドラゴンではそんなことも叶わず、一瞬で消されてしまうだろうと嘆く。
戦う気力さえ根こそぎ奪われてしまった兵士達に、ドラゴンは何故か背を向けたままだった。
羽を伸ばし、腕を伸ばし、
「グオオオオオオ!!」
恐ろしい咆吼が辺りに響き渡る。
首を左右に振り、纏わり付いてきたグリフォンに、息を吹きかけると、スタンピードの方を向いた。
そしてその口を大きく開け、魔力を練った。
「な、何をするつもりだ?」
街に目もくれず、スタンピードの方へ攻撃態勢を取るドラゴンに、首を傾げる。
まるで、この街を守ろうとしているかのように見えた。
ドラゴンの口元に魔力が集まり、勢いよく発射された。
ドラゴンブレス。
横一文字に発射されたそれは、スタンピードの前を走っていた小物達を、一瞬のうちに消してしまった。
ドオッ!
遅れて衝撃と熱風が押し寄せるが、何故かそれは街まで届かない。
街の一歩手前で、何かに遮られているようだった。
「よく聞け。人間共」
頭上から声が聞こえ、皆がその声の主を探す。
街の上空に、ペガサスが浮かんでいた。
「あのドラゴンはとあるお方の従魔である。故に、我らの味方だ! 恐るるな! 我らには勝利の女神が付いておる!」
ペガサスの言葉に、皆が顔を合わせ、今言われた言葉を反芻しているようだった。
「・・・味方?」
「・・・勝利?」
「・・・助かるのか?」
わーっと歓声が上がる。
今まで死を覚悟していた者達が、元気になって自分の武器を握りしめる。
ドラゴンが味方に付いてくれているのだ。どれだけ生存率が上がったか。
いや、もしかしたら、街もほとんど壊されずに無事に済むかもしれない。
それは、とてつもなく大きな、希望の光だった。
なんというか、私の知る教会よりは、若干背が低い。天井が低いと言うのだろうか。
壁は白く、陽の光を受けて煌めいているようだ。
入り口は両開き。
うん。この構えは教会みたいだ。
扉を開けて中に入ると、玄関ホールのような部屋があり、正面に同じような扉があり、今はその扉が開け放たれていた。
左右にも小さな扉があり、協会関係者の住居などに繋がっているようだった。
正面の大きな部屋へと入っていく。
天井は、普通の住居に比べると少し高い感じで、普段は礼拝などに使われているのだろう。
窓が大きく、陽の光が十分に部屋の中に入ってきている。
今はその床に、怪我をした冒険者らしき人達が数名、呻き声を上げながら転がっていた。
白い服を着た人達が、ばたばたと小走りに動き回っている。
治癒の魔法を使える人達が、怪我人の横で一生懸命呪文を唱えているようだった。
「ちょっとあんた?!」
一通り見回していると、ちょっときつそうな女性に腕を掴まれた。
「怪我人なの?! 軽傷者ならあっちで手当を受けて! そこにいると邪魔よ!」
「ああ、いえ、私冒険者ギルドから来たんですけど…」
「何? 治癒の魔法が使えるの? 魔術師には見えないけど…」
私は使えません。残念ながら。
「ええと、私の連れている従魔の、この妖精のリンちゃんが、治癒の魔法を使えるので、応援に来たんですけど」
リンちゃんが肩に降りてきた。女性に見えやすいようにだろうか。
「妖精? そんなものが本当にいるのね。まあいいわ。治せるなら手伝ってもらうわ。あっち、赤い札を貼っている患者達の方へ行って。赤い札が重傷、青い札が命に別状はないけど重い怪我。緑の札は比較的軽傷っていう意味だから。よろしく」
その女性も早口でそう言うと、慌ただしく去って行く。
確かに、よく見れば、患者1人1人に札が貼ってあった。
これって、災害時に手当の順番を決める為に貼られるというあれでしょうか。
考案は日本人なのかしら?
赤い札、青い札、と固めて集められており、緑の札の人達も、隅の方に集められている。
邪魔にならなそうな所に荷物を下ろし、赤い札の人達の所へ急いだ。
「う…」
近くでよく見れば、酷い怪我だった。
腹が切り裂かれて内臓がはみ出していたり、手や足がなくなっている人もいる。よく生きているなという状態の人達だ。
皆痛みで呻き、声を上げる力の残っている人は、痛い痛いと悲鳴を上げている。
治癒術師達が賢明に治癒の魔法を唱えているが、個人の実力の差があるのか、治せる人と治せない人で別れている。
実力が足りないのか、「治って! 治って!」と泣き叫びながら魔法を唱えている人もいた。
胸が痛い。
「リンちゃん、なんとかできる?」
肩の所にいるリンちゃんに声を掛けると、リンちゃんがフワリと飛び立った。
目の前の人から治して行くのだろうと、リンちゃんを見つめていると、リンちゃんはフワリフワリと飛んで、空中で停止した。
あれ?いつもはもっと近づいて力を使っていた気がしたけど…。
そう考えて見守っていたらば、リンちゃんの光が増して行き、緑の優しい光が膨れあがっていった。
その部屋の中が、緑の光で満たされていく。
すると、呻き声を上げていた人達が、大人しくなっていった。
「痛い…、痛い…、いた…くない? あれ、痛くない?」
「すまない…。最後に…、君に隠していたことが…。あれ? 体が軽く…」
「ううう…誰か…、助けて…。ん? あれ? 痛みが消えた?」
「手が…、手が…、俺の手が…。痛みが治まった?」
あちらこちらで、痛みが治まっただの、体が軽くなっただのと嬉しそうな、驚いた声が上がる。
「ちょっと、隠してた事って何よ!」
「いや、違うんだ…。何も隠してなんかないよ…」
一部修羅場が聞こえて来ているが…。
欠損した部位が元通りになることはなかったけど、出血が治まり、痛みもなくなったと飛び上がっている。いや、安静にしててくれよ。
治癒の魔法をかけていた人達があっけにとられてこちらを見てくる。
リンちゃんはすでに肩の上に戻ってます。
「リンちゃん、凄いねぇ」
褒めて頭を指でコチョコチョ。嬉しそうな可愛い顔。疲れてないかしら?
治癒術師さん達がこちらを見ているので、怪我の治った人達もこちらを見てきた。
どうやら状況をだんだん皆把握してきたらしい。
視線が痛い。
今度は私が痛い痛いだわよ。
いたたまれないその空気の中、私の肩を後ろからバシン!と叩く人。もちろんリンちゃんがいない方です。
振り向くと、先程のきつそうな女性。
「あんた! あんたがやったの?!」
「いえ、この、リンちゃんです」
「あんたの従魔なんだろ?! 凄いじゃないか!」
思いっきり手を掴まれて腕を振り回される。本人はちょっと元気な握手のつもりかも知れない。
「ありがとよ! おかげで皆治っちまった。あたしらの仕事がなくなっちまったけどね!」
わははと女性が笑う。
こういう豪快な女性は嫌いじゃない。ちょっと行動がいろいろ物理的に痛いけど。
「あんたがやってくれたのか! ありがとう!」
「痛みがすっかり消えちまったぜ! ありがとうよ!」
「助かったわ! ありがとう!」
ありがとうありがとうといろんな人から声を掛けられる。
「いやいや、私じゃなくてリンちゃんなので…」
と言っても、あんたがその子の主だろうと、皆私に言ってくる。
いや、本当に私、何もできないんだけど…。そんな私にお礼を言われても、肩身が狭いというか…。
なので、そのありがとう全部を込めて、私が代表してリンちゃんに。
「ありがとう。リンちゃん」
リンちゃんが笑顔で頷いた。
西の門の上では、兵士長のルードックが、西の森を見つめていた。
森の奥の方で、木々が倒される。魔物が近づいているのだろう。
スタンピードはこれまでも何度かあった。その度にギリギリではあるが、街を守って来た。
しかし、今回ばかりは難しいかもしれないと、ルードックは唇を噛みしめた。
報告に寄れば、今までに見たことのない上級の魔物が混じっているとのこと。
今回のスタンピードは、浅めの階層の魔物だけではなく、少し深い所の魔物が混じっているのだろう。
兵士から冒険者から、できるだけかき集めては来たものの、数でも実力でも魔物の方に軍配が上がる。
今度こそダメかもしれない。
弱気になって折れそうな心を、必死に奮い立たせる。
避難出来るものは、今頃必死で東の門から避難して行っているだろう。
しかし、それも街が陥落してしまえば、あっという間に魔物の群れに飲み込まれてしまう。
街で死ぬか、外で死ぬかの違いしか見えなかった。
部下達の顔を眺め回してみても、皆ここで死ぬのかという顔をしている。
どう考えても敵わないと、皆知っているのだろう。
皆を奮い立たせなければと、何か言葉を掛けようとするも、如何せん後ろ向きな気持ちのままでは、気の利いた台詞も出て来そうになかった。
その時、視界の上を、何か白いものが横切った。
何かと見上げれば、ペガサスがグリフォンを伴って、街の城壁から外へと飛んでいく姿だった。よく目を凝らしてみれば、その背に赤い人影。
「な、あれは?」
「バカな! 死にに行く気か?!」
部下達も気付いたのか、声を上げる。
「そこの者! 止まれ! 何処へ行く!」
慌ててルードックもその人影に声を掛けた。
その人物が振り向く。
その美しい顔に、ルードックの胸が痛んだ。
誰かのツバを飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
その女性はにっこりと微笑むと、再び森の方へ顔を向けてしまった。
ペガサスは止まることなく、スタンピードの方へと飛んで行く。
「あ、あれは…?」
あんな美しい女性は見たことがない。
ルードックの心に、あの女性の笑顔が焼き付いた。
すると、街から大分離れた頃に、女性が突如、ペガサスの背から飛び降りた。
「! 危ない!」
誰かが叫んだ。ルードック自身だったかもしれない。
ペガサスは女性が飛び降りると同時に、弧を描いて街の方へと戻って来る。
グリフォンはそのままスタンピードの方へと飛んで行く。
と、落ちていた女性の体が突如光りに包まれた。
ズズン・・・
女性が落ちた辺りに、突然赤い鱗を持つ、ドラゴンが現われた。
全員、呆気に取られる。
どこからドラゴンが?その巨体をどうやって隠してここまで?そして、あの女性はどうなった?
色々疑問が浮かんで来るも、それよりも強く、絶望が心を染めていった。
スタンピードならば、運が良ければ助かることもあったかもしれない。だが、ドラゴンは無理だ。確実に殲滅される…。
あまりの絶望に、屈強な兵士達の中にも、膝を付いてしまう者も現われる。
スタンピードの魔物ならば、どうせ死ぬにしてもどうか一太刀浴びせてやる!という意気込みを持っていた者達も、ドラゴンではそんなことも叶わず、一瞬で消されてしまうだろうと嘆く。
戦う気力さえ根こそぎ奪われてしまった兵士達に、ドラゴンは何故か背を向けたままだった。
羽を伸ばし、腕を伸ばし、
「グオオオオオオ!!」
恐ろしい咆吼が辺りに響き渡る。
首を左右に振り、纏わり付いてきたグリフォンに、息を吹きかけると、スタンピードの方を向いた。
そしてその口を大きく開け、魔力を練った。
「な、何をするつもりだ?」
街に目もくれず、スタンピードの方へ攻撃態勢を取るドラゴンに、首を傾げる。
まるで、この街を守ろうとしているかのように見えた。
ドラゴンの口元に魔力が集まり、勢いよく発射された。
ドラゴンブレス。
横一文字に発射されたそれは、スタンピードの前を走っていた小物達を、一瞬のうちに消してしまった。
ドオッ!
遅れて衝撃と熱風が押し寄せるが、何故かそれは街まで届かない。
街の一歩手前で、何かに遮られているようだった。
「よく聞け。人間共」
頭上から声が聞こえ、皆がその声の主を探す。
街の上空に、ペガサスが浮かんでいた。
「あのドラゴンはとあるお方の従魔である。故に、我らの味方だ! 恐るるな! 我らには勝利の女神が付いておる!」
ペガサスの言葉に、皆が顔を合わせ、今言われた言葉を反芻しているようだった。
「・・・味方?」
「・・・勝利?」
「・・・助かるのか?」
わーっと歓声が上がる。
今まで死を覚悟していた者達が、元気になって自分の武器を握りしめる。
ドラゴンが味方に付いてくれているのだ。どれだけ生存率が上がったか。
いや、もしかしたら、街もほとんど壊されずに無事に済むかもしれない。
それは、とてつもなく大きな、希望の光だった。
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