異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

赤い香辛料

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クロの作戦を聞いて、顔を顰めてしまった。

「それで、それは誰が…?」
「もちろん、我が輩がやる。体の小さな我が輩ならば、ドラゴンの視界から外れやすいであろう」
「それはそうだけど…」

良いんだろうか?そんな風に考え込んでしまう。

「ドラゴンと正攻法で戦っても勝てぬぞ。八重子は馬を差し出す気か?」
「それは嫌だけど」
「主~~~~」

シロガネ、泣かないでいいって。
確かに正面切って戦っても勝てないだろう。他に良い案もないし、ここはクロの作戦に乗るしかない。
ということで、街中を回って、できるだけそれを集めて回った。
そして宿に帰り、シロガネとハヤテも人化して、宿の部屋でそれを作る。
ああん、でも、小さなハヤテではそれは作り辛かったね。たどたどしい手つきが可愛らしかったけど。
少し大きいのを一つ。小さめのを二つ。

「どうやって持つの?」

その可愛い肉球では掴めないよね?

「我が輩にはこの力があるであろうが」

と、作ったそれがふわりと宙に浮く。

「なるほど」

二つには小さな取っ手を付けて、リンちゃんが持ちやすいようにする。
当日はハヤテの背にしがみつきながら、それをその時まで死守する。大変かもしれないと思い、ハヤテの首に苦しくない程度の紐を巻き、それにぶら下げることに。紐を引けば簡単に取れる仕様になってます。リンちゃんもその紐にしがみつけば、ハヤテから振り落とされることもないだろう。














闘技場に入ると、割れんばかりの歓声が降ってきた。
こんなに人っているのかと感心するほどだ。
すぐに地響きがして、向かいの入場口から山のようなでかくて赤いドラゴンが、男の後ろに付いて出て来た。

「グオオオオオオ!!」

出て来て一発、咆吼を上げる。

「デモンストレーションだの」

クロが呟いた。
いや~、でっかいね。ドラゴンでかいだろうとは思ってたけど、本当にでかいね。
しばしあまりのでかさに見上げていたが、試合が始まるのだと、慌ててクロを地面に下ろす。
ちゃんとそれを持っていることを確認し、順繰りにみんなを撫でる。

「気をつけてね。頑張ってね。ちゃんと見てるからね」

後ろ髪を引かれながらも、説明を受けた物見櫓へと上って行く。
人が下にいると危ないからだとか。上からだとよく見えるし、丁度良い。
鐘が鳴る。始まりの合図だ。

「グオオオオオオ!!」

ドラゴンがまた吠えた。
すると、バスケットボール大の火の玉が2つ現われ、こちらに飛んでくる。

「みんな…!」

初っぱなからあんなん出るんかい!
着弾の寸前、シロガネが結界を張ったようだった。
爆音。
煙が舞い上がる。
すぐにハヤテが煙を抜け、上空に現われた。
そしてドラゴンの顔辺りに、小さな火の玉を当て、ドラゴンの気を引く。
後からシロガネも空に飛び上がり、空中で待機した。
クロの合図を待って、特大の雷魔法をドラゴンに落とすのだ。その為に魔力を練っているのだろう。
煙が晴れても、そこに黒猫の姿はない。
煙に紛れ、きっとドラゴンの下に潜り込んだのだろう。アレを持って。

確かにね、そこは動物にとって弱点であると思いますよ。
でもそこに攻撃しようとはあまり考えませんよ。
しかもそんなもの突っ込もうなんて…。
ドラゴンという大きな生物だから出来るのかもしれないけど。
そして猫という小さな生物だから出来るのかもしれないけど。



クロの作戦とはこうだった。

「ハヤテがドラゴンの気を引いている間に、我が輩がドラゴンの尻の穴に、香辛料がつまったものをぶち込む。合図が出たら、馬が雷魔法の特大を落とせばいい。雷魔法でそれが破れ、中身が出れば、ドラゴンと言えども無事では済むまい」
「何故我が雷魔法を使える事を知っている?!」
「その後、それを両目にぶつけて視界を塞ぎ、ハヤテが顎を下から体当たりすれば、うまくすれば脳震とうでも起こして倒れてくれるであろうの」
「我の問いに答えろぉぉぉぉお!」

こんな感じだった。



調味料を売っているお店を回って、辛い香辛料を集めて、紙で包みましたよ。
大きめのを持って、今頃クロはドラゴンのお尻の穴目指して走っているはずです。
なんか緊張感が保てない作戦なのだけど…。
ドラゴンは多分、開始早々、小さな黒猫のことなど、もしかしたら目に入っていなかったかもしれない。
現に、煙が晴れて黒猫の姿がなくなっても、気にもしていない。
黒猫が一番の爆弾を抱えていることも知らず…。
と、ドラゴンがビクリとなった。
ああ、きっと、クロが例の物《ブツ》をあそこに突っ込んだのね。

1回目の鐘が鳴った。
ドラゴンは強すぎるので、時間制限があるらしい。
3回目の鐘までに、決着をつけねばならない。
魔法はきっとドラゴンに効かない、雷魔法もきっとドラゴンの鱗を滑ってしまうだろうとクロが言っていた。
その滑ったものがお尻に向かえば、それが焼き切れる。
そして中身が撒かれる。

ドラゴンはお尻の穴に異物が押し込まれ、やはり気になるのか、後ろを気にしている。
ハヤテが良い感じに後ろを向かせまいと、攻撃している。頑張れ!
闘技場の端で、紫の炎が上がった。きっとクロだ。
シロガネが嘶いた。
ハヤテがそれを聞き、ドラゴンと距離を取る。
ドラゴンが異変に気付いたのか、行かせまいとハヤテに向かって首を伸ばしてくる。
だが、ハヤテに追いつくこともなく、天から光の柱が降ってきた。


ドンガラガラビシャン!!


耳をつんざくような大音響に、耳を塞ぐ。
一瞬、視界が白一色に染まった。
光が収まると、パリパリと雷の余韻を纏わせたドラゴンが現われる。
すると、ドラゴンクワッと目を見開き、ぴょんと飛び跳ねた。
ずしんと地面が揺れる。

おおう、こちらのお尻もなんだかムズムズする感じがする…。

ドラゴンが口を開け、目を見開き、しきりに後ろを気にする。ちょっと変な踊りを踊っているようにも見える。

うん、どうしたらいいのか分からないんだよね。

観客がざわめいている。彼らには何が起こったのか分からないのだろう。
シロガネが降りてきて、羽を畳んだ。きっと力を使い果たしたのだろう。
ハヤテはドラゴンの頭目がけて飛ぶ。
リンちゃんも両手に香辛料の詰まった紙の玉を持ち、投げられるようのスタンバイしている。
ドラゴンの目の辺りまで行くと、リンちゃんがそれを振りかぶり、目に向かって投げつけた。
あやまたずそれはドラゴンの目に当たり、紙が破けて中身が飛び出た。
声なき悲鳴を上げて、ドラゴンが必死に前足で顔を擦る。

それはきっと水で洗わないと落ちないと思うよ。

反対の目にもリンちゃんがそれを投げつけ、赤い粉が目に入った。
両目を奪われ、ドラゴンが悶える。

こちらの目もなんだかショボショボする気がする…。

リンちゃんが態勢を低くし、ハヤテが風を体に纏う。
そして、地面すれすれまで一度降下し、その後勢いよくドラゴンの顎目がけて上昇した。
ガツンと音がして、ドラゴンの顎にクリーンヒット。
さすがにこれにはドラゴンもたまらなかったのか、意識を手放し、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。


ズズゥン・・・


地響きがして、ドラゴンが倒れたまま動かなくなる。
そのまま、少しの間、コロシアムは静寂に包まれた。

うん、ドラゴンが倒れたんだもんね。驚いて当然だよね。
ハヤテが舞い降り、シロガネと並ぶ。いつの間にかクロもすぐ側に集まっていた。
腹の底に響くような歓声が沸き起こった。
急いで櫓から降りて、皆に駆け寄る。

「みんな!」

嬉しそうにこちらに振り向く皆。皆可愛い!
丁度いいハヤテの首に飛びついた。

「良かった! 勝った! 勝った!」

嬉しくてハヤテに顔をグリグリ。

「クア~」

ハヤテも嬉しそうである。

「八重子、我が輩の案だと忘れるなよ」

クロが肩にのしりと乗ってきた。
おう、この重さが可愛い。

「もちろん分かってるよう。クロさん賢くて可愛くて最強!」

と押しつけられる頭をナデナデ。
尻尾が顔に絡まってくるよ。
私も頑張ったとばかりにリンちゃんも顔を突き出してくる。
リンちゃんの頭もナデナデ。
嬉しそうに目を細める。

「我も、頑張ったのであるが…」

遠慮がちにシロガネも顔を近づけてくる。

「もちろん! ご苦労様、シロガネ」

シロガネの鼻筋をナデナデ。
嬉しそうな顔。
皆大した怪我もしてなさそうだし、本当に良かった。

ふと気付いて相手方を見ると、あのしつこい男が櫓の上で、膝を付いて放心していた。
まあ、ドラゴンが負けるなんて、誰も考えないよねぇ。
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