異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

広がるクロの噂

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意識が覚醒していく。
目を開けると、朝の光が差し込んでくる部屋。
今日は黒猫の顔は覗いてこなかった。
ふと見れば左の脇の所で人の腕を枕にしてくうくう眠る可愛い黒猫の顔。
思わずにんまり。
空いていた右腕で体を優しく撫でると、クロが目を開けた。

「ぬ、今日は早起きであるな、八重子。今日は出かけない方が良いかもしれぬの」

「なんで?」

「槍が降るかも知れぬ」


モフモフの刑に処した。






















いつものように支度して、今晩は任せとけ!とお父さんに言われて、楽しみにしてますと答えて、宿屋を出る。
ギルドへのそう遠くない道を歩いていると、

「よう、ヤエコちゃんだったか」

声を掛けられた。
赤髪の赤い瞳のガタイのいいおじさん、ガタイさんだ。

「おはようございます」

とりあえず挨拶。

「この前はありがとうございます。おかげで助かりました」

「い、いや、いいんだ。ははは…」

ガタイさんの瞳がキョドキョドしだす。
あの時のことは何故か記憶が曖昧になっているはずだ。
何故か。

「あの、お借りしていたお金です」

と言って持っていた1枚の金貨を差し出す。

「え? 借りた? ああ、そうか。そうだな。うん。役に立って良かったよ」

どうして自分たちのお金が減ったか、首を捻っていたはずだ。
これで辻褄もあうだろうし、私もこの人達に負い目を感じなくて済む。
万事OK。

「随分活躍してるみたいだな。噂は聞いてるよ」

「あはは、いえ、まぐれですよ」

実際私は、何もしてないし。

「今日もこれからかい?」

「はい。ギルドに向かうところです。ガタイさん達も?」

「いや、俺達は今日は休みだ。ここのところ頑張ってたからな。2、3日ゆっくりしようということになってな」

「そうなんですか」

「ところで、ヤエコちゃん」

ガタイさんの声が急に潜まる。
口元に手を当て、ヒソヒソと話し始める。

「ちょっと小耳に挟んだ噂なんだけどな。
 ヤエコちゃんのことだと思うんだが、猫を連れた冒険者の猫が、普通の猫じゃないって話が広まっててな」

ギクリ。

なんじゃその話!

「いやまあ、他に猫を連れて歩いてる奴もいないし、そうなんだろうと思ったんだけどな。
 まあ、見た目も柔そうなその冒険者が活躍してるのは、猫のおかげだったのかと、同じ冒険者達は納得してたりするんだが」

やばい、どうしてバレた。
一応気をつけていたのに…。
やはり道端でブツブツ呟いていたのがまずかったのだろうか…。
会話を誰かに聞かれたとか?
冷や汗が流れる。
どうしたらいいのかと考えるけれど、一度流れ出した噂を止めるのは多分不可能だ。

ソンナワケナイダローハハハー、と何もない風を装って、噂が収まるのを待つしかないのだろうが、実際素人にしか見えない私が、大物を捕まえて来てしまっているので、何もないと知らん顔できるとも思えない。
万事休すか?!

「それは別にいいんだが、ちょっと、その噂が良くない奴に届いたらと思ってな。
 一応忠告しておこうかと」

別にいいってどういうことだ?!私は良くないぞ?!

「この街を治めている奴のことなんだが…」

ん?領主とはまた違うのかしら?

確かここは、マメダ王国の(絶対日本人が建国に関与していると思われる)南にある街で、更に南にあるマーレッド王国との国境に一番近い街だとか。
マーレッド王国からの品もちょいちょい入ってくるらしく、流通の拠点にもなっているとか。つまりそれなりにお金の動く街ということだ。
ここら一帯はヒワ伯爵の領土ではあるけれども、伯爵はほぼ王都に詰めているので、別の者が代理で管理しているとか。
ガタイさんが前に説明しれくれたことを思い出す。

「そいつの名前が、トンコレラ・アブーラと言うんだが、奴の趣味がちょっとあってな…」

豚と油?脂肪のことか?
体に悪そうな名前だ。

「奴は珍しい魔獣を集めるのが趣味、と表向きは言ってるんだ」

表と言うことは、裏があるのですね。

「奴には嗜虐趣味もあってな。今までにも何体もの魔獣が、奴の趣味のおかげで命を落としたらしい。
 その猫ちゃんも、まあ普通の猫にしか見えないけど、奴に狙われたら覚悟しておいた方が良いと思う。
 絶対に逆らっちゃダメだよ」

「逆らったらどうなりますか?」

「もう二度と会えなくなるかもな」

死亡か監禁か。死亡の方が確率が高いか。

「まあ、うちのクロは普通の猫・・・・ですし。大丈夫でしょう」

「普通の猫…。うん、まあ、大丈夫、とは、思う…」

納得出来なさそうな顔をしたガタイさんだったが、頷いた。




























ガタイさんと別れ、歩き出す。

「奴らはそれを知ってて、そんな所に八重子を連れて行こうとしていたのだぞ」

クロが囁く。

「クロがいなかったら私、どうなってたか…」

「良くて籠の鳥。悪くて生かさず殺さずと言うところかの」

「どっちも嫌だ…」

ふと足を止め、ちょっと路地裏へ。
人の目がないのを確認し(今更遅いかもしれないが)、クロに話しかける。

「ねえ、クロ。この街出ようか?」

「今すぐにか?」

「うん。まだ朝も早いし、上手くすれば陽が落ちる頃に隣町とかに行けるかもしれないよ。
 そしたらさ、そんな変態いなくなるだろうし。
 さすがに街を越えて追いかけて来たりはしないと思うんだけど…」

「それは分からぬぞ。
 そういう手合いは、手に入れたいと思ったならば、どんな手段を使ってでも手に入れようとするかもしれぬしな。
 となると、何処へ行っても追いかけられるかもしれぬぞ?」

「うわ~、何その逃亡生活。私はそこそこ平凡に平和に生きていきたいだけなのに…」

「異世界に来た時点で平凡も平和も空の彼方に消え去ったの」

「Oh…そーでsky…」

「・・・・・・」

「そーでスカイ…」

「・・・・・・」

「何か言ってよ」

「答えたら負けだの」

「モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ」

首から背中にかけて、顔をこすりつける。

「やめるのだ! キモイのだ!」

「私はキモチイイのだ!」

しばし、モフリタイム。






















「だからだの…。無理に逃走しても追いかけられるだけならば、こちらから打って出てもいいのではないかとの…」

クロさんお疲れ気味。まだ朝なのに。

「打って出るって言っても…、相手の場所も分からないよ?」

多分街の中で一番立派そうな建物にいるんじゃないかとは思うが…。

「まだそいつの耳に噂が届いているかも分からん。少し様子見するのだの」

「そうだよね。来ると決まったわけじゃないものね」

そうだよ。ちょっと珍しいからって、猫に興味を示すわけ…。
こんなに可愛い子なら、色んな人に狙われてもおかしくないか?!

「八重子、妄想もほどほどにしておけ」

何故クロの突っ込みがここで入る?!































ギルドに入ると、視線が痛い。
こちらを見て、ヒソヒソコソコソ。
幾重にも突き刺さる視線を感じながら、エリーさんの元へ。

「おはようございます」

「おはようございます!」

あれ?なんだかエリーさんの笑顔が、今日は一段と輝いて見えるけど。

「何か良いことでもあったんですか?」

聞いてみる。

「え? ええ、その…」

チラリとクロを見て、

「ずっと気に掛かっていた問題が解けまして」

クロの噂かい!
これは、最早冒険者全員は知ってそうだな…。
溜息を吐く。

「それで、その、クロさんは、魔獣、ではないのですか?」

普通の猫・・・・、です」

「普通の猫、なんですね。はあ…」

どうやらエリーさんに新たな疑問が出来たようだった。

「も、もし、従魔契約をしている魔獣がおりましたら、ギルドに登録をお願い致します」

「はい。魔獣がいたら・・・・・・ですけど」

に~っこり。

「も、もし、契約をしていない魔獣がおりますと、街中では討伐の対象にされてしまいますので、お気を付け下さい。
 契約している魔獣をギルドに登録しませんと、違反として、罰金を頂くことにもなりますので」

「はい。魔獣がいたら・・・・・・、ですけど」

に~~~~っこり。

「そ、その、本当に普通の猫、で?」

「それ以外に何に見えます?」

「・・・・・・」

猫にしか見えないようだ。

「え~と、お仕事の話でしたっけ?」

話を逸らした。

「何かあります?」

「討伐系は…」

「私未だにナイフしか武器を持っていないので」

「・・・・・・」

だったらどうやって猪を仕留めたんじゃ―――!!とか、心の中で叫んでいるかもしれない。
エリーさんの笑顔が固くて怖いよう。

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