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第三章 女王イリスの誕生

19話 「次の目標」

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この日人間社会に世界に激震が走った・・・
新参魔王のグリフォンの王エリカが長きに渡り人類の災厄と恐れられていたミノタウルスの王を倒して自らの配下に加えたからだ。

しかも配下になった方のミノタウルスからの正式な発表なので疑う余地も無い。
これは言うまでも無くヴィグル帝国侵略を狙う魔族への牽制だ。

魔王エリカがラーデンブルグ公国の元将軍だった噂も流してエルフの関与も仄かして圧力を掛ける。

魔族軍は秒読みだったヴィグル帝国への侵攻を白紙に戻して魔王エリカの動向を伺う事になったのだ。

この報告を受けたラーデンブルグ公国の首脳陣はと言うと・・・

「・・・・・・エリカが本当にミノタウルスの王様を倒しちゃった・・・」
親友の快挙をまだ信じきれていない様子のイリス。

「うむ、妾もエリカにこれほどの力が有るとは・・・想定外じゃったわい」
ラーデンブルグ公国首相のクレア公爵も複雑な表情だ。

もの凄い力を持ったエリカが今後どう動くのか予想も出来ないからだ。
エリカ本人が全然分からないので誰にも分かる訳がない。

「これは我々亜人にとって良い事なのでしょうか?」
内務大臣である兎人族の族長も心配そうにしている。

「うーん?エリカ次第と言った所ねぇ・・・
でも本当に凄いわね・・・倒すだけじゃなくて従えるなんて・・・ね」
軍務大臣のオーガロードのホワイトはただ感心している様子だ。

真魔族の動きは事前に魔王バルドルから知らされていたので、ミノタウルス王を「倒す事は出来るかも」とクレアは思っていたが「従える」とは思っていなかった。

ラーデンブルグ公国陣営は、自分達の味方ではあると思っているが、力を付けた魔王エリカの力に戦慄していた。

なぜそんな勘違いをしているか。

それは人間社会において魔物は自分を直接負かした者にしか従わないと言うのが常識だからだ。
なので全員が「エリカが直接対決でミノタウルス王を打ち負かした」と思っている

魔物が誰に従うかは「その魔物の気分次第」なのが真相だが。

エリカが味方に「あばばばば」させられて岩肌にドカーンされて痛くて《キュウウウン》と泣いて現在は入院している事は情け無いのでバルドルから意図的に伏せられている。

ミノタウルス王の「ミノタン」がエリカの配下に加わったのは、
「いやーこの娘、用兵が上手いが鈍臭くて何か変わってて見てて凄くオモロイな」
と思ったからだったと言うのも合わせて伏せられた。

それくらい今回のエリカに良い所は特に無かった。

「ミノタウルスは・・・まあ・・・マクシム君と同じ価値観だからな、少しどつき合いをすれば意気投合して仲間になると思ってたので別に心配はしとらんかったが、これからはそう簡単に行かないじゃろうな」

魔王バルドルが迷う事無く真っ先にミノタウルスを狙ったのは、自分達とも価値観が似ていて強い魔物の中では1番こちらの味方になりそうだったからだ。
そしてバルドルの思惑通りにミノタウルスは味方になった。

それからバルドルは少し考えてから・・・
「次の目標は・・・銀狼族じゃ」と魔王バルドルがエリカから視線を外して呟いた。

「ほほう?銀狼族とな?」

「相手にとって不足無しだのう」

今後の方針会議で魔王バルドルの発言に黒騎士マクシム君とミノタウルスのミノタンの目が輝く。

これに最も反応したのは当然エリカだ。
次からの戦争はエリカも敵将と直接対決をしないといけないからだ。
魔物の習性なので逃れる事は出来ない確定事項だ。

「いやいや!私の意見は?!せめて私と同格の相手を選んで下さい!
銀狼族とか言って言葉を濁しているけど、それって「フェンリル」ですよね?!
フェンリルとグリフォンってそもそも魔物としての格が違いますよね?!」

冒険者基準でグリフォンはAランク、フェンリルはSランクの魔物だ。
実際の力関係はもっとグリフォンの方が下だったりする。

「違うぞエリカよ、バルドルが言っているのは、ただのフェンリルではない。
お前の相手はフェンリルキング・・・銀狼の王だぞ?」

「余計悪いわ!私がそんなおっかない相手に勝てると思ってます?!」

「まぁ・・・無理じゃろうな」いよいよエリカからソッポを向くバルドル。

「エリカ様・・・臣下としては、その質問に答え辛いですな」
ミノタンもエリカから視線を外す、「ごめん主よ君には無理ぽ」と言いたいのだ。
何せ銀狼の王にはミノタンも若い頃に痛い思いをしている。

「エリカも大変ねぇ・・・死んじゃダメよ?」
心底気の毒そうな表情の赤騎士ヴァシリーサ。

「ん?死ぬ気になればやれない事もないと思うぞ?」
黒騎士マクシム君だけは、「頑張れば勝てんじゃね?」とか思っている。

「・・・本当に死んだらどうしてくれるんですか?・・・おい・・・視線を外すな、こっち向け魔王バルドルよ」

怪我がなかなか治らんので諦めて人間の姿になっているエリカがバルドルに凄むが、お目目が大きくクリッとした、ちょっと童顔で可愛らしい顔なので迫力が皆無の魔王エリカ。

服装も今は入院患者につきクリーム色のワンピース姿なので普通の街娘にしか見えない。

「正確にはユグドラシルの死を悲しんで引き篭もったフェンリルの王の説得じゃ。

しかし儂も奴とは面識が無いのでな、説得されたフェンリルの王がどう動くのか予想出来ないのじゃ。

ただな?噂ではフェンリルの王は「可愛いらしい人間の女の子好き」らしくてな?
充分に可愛いエリカなら説得出来るかも?と思っておるのじゃ」

バルドル曰く、ユグドラシルの眷属だったフェンリルの王はユグドラシルの死を悲しんで北極圏にある棲家に引き篭もってしまい配下のフェンリル達の統率が出来ていない状況らしい。

統率を失ったフェンリル達を魔族が洗脳して使役する恐れが有るとの事。
ここで魔族に余計な戦力増強をされたくはないのだ。

なので見た目が美少女のエリカが説得に出れば話しを聞いて貰えるかも?とバルドルは考えているらしい。

「それで私がフェンリルの王に捕まって何かされたらどうするんです?
そもそも「女の子好き」って「食べる」方で好きだったら私は食べられるって事ですよね?」
可愛いとか煽てられても全然乗らないのがエリカらしい。

「それは考慮しておる。今回は赤騎士と一緒に行って貰う。
フェンリルの王がヤバい奴なら赤騎士の転移魔法で即トンズラじゃ。
さすがのフェンリルの王でも赤騎士より魔法が上手いとは思えんからな」

バルドルいわく、ヴァシリーサこそが世界一の魔導士との事だ。

「ええ~?私?私って冷え性なのよ・・・北極なんて嫌だわ」
赤騎士ヴァシリーサはエリカを死地に行かせたくなので敢えて変な所でグズり始める。

それに対してバルドルは、
「わがままを言わない、行ってみない事には何も分からんし何も始まらん」
と淡々と告げる。

どうやら折れるつもりは無い確定事項の様子だ。
魔王エリカ、今度は「北極行き」が決定する、雇われ魔王も楽な商売ではないのだ。

「エリカは?寒い所は大丈夫?」
バルドルの様子を見てヴァシリーサもグズるのを止めて今度はエリカの様子を見る事にした。

エリカがまだ怯えているならまた反対するつもりだ。

しかしエリカは、
「あっ、私は「自然影響軽減」のスキル持ちだからマイナス40℃程度なら特に問題ないです」と怯えてはいないらしい。

余談だが、この世界の北極圏は地球と比べても比較的暖かく、年間平均気温はマイナス15℃と言われている。

めちゃくちゃ寒いは寒いのだが永久氷河なども一部地域を除いてほとんど見られない。
それどころか短い夏場には陸地部分では青々とした草原も見られる。

ヴァシリーサの転移魔法の保険付きで安心したのか少しフェンリル王の説得をやる気になっているエリカだった。

遊ぶ為にイリスと泣く泣く別れた訳ではないからね。
不安要素は可能な限り取り除きたいのはエリカも一緒だ。

「じゃあ防寒着を調達しないとね」エリカの様子を見てヴァシリーサもここで諦める。

「あまり大人数で行くと警戒されるからな。
今回は儂も同行して3人でフェンリル王の寝床へと向かう」

命令して危険な場所に女性だけを行かせる様なクズ男ではない魔王バルドル。
エリカとヴァシリーサの護衛を自ら買って出るのだった。

「ん?バルドルよ、フェンリルだと言うならベヒモスが役に立つのではないか?」

「ん?・・・おお!そうか!それは良い考えじゃな。
マクシム君よ、ベヒモスに話しを通して貰えるか?」

「うむ、任せよ」

マクシム君の指摘に「あっ!」となるバルドル。
よくよく考えたら、同じ「水属性の魔物」のベヒモスとフェンリルは盟友関係だったのだ。

これでエリカに同行するのは、魔王バルドル、赤騎士ヴァシリーサ、そしてベヒモスになる。

マクシム君やミノタンは兵士達と共にミノタウルスの砦でお留守番だ。
エリカに盛大に潰されたロテール君はまだ回復していない。

当初の不安を他所にどうやらかなり強力な護衛団になりそうでホッとするエリカ。
しかし話しはここでは終わらない。

「で?エリカよ・・・」あれ?バルドルの声質が何か変わった?

「はえ?!」そしてエリカは直感で危機を感じ取った!
そう・・・これは!・・・子供の頃に親に正座させられて叱られる直前の緊張感だ!

「あの戦いを見て確信したが、お主・・・儂を死に物狂いで両断した頃に比べて戦技訓練を怠っておるな?
なんじゃ?あの味方の雷撃に感電して「あばばばば」は?
お主、天舞龍リールにステータスを底上げして貰って以来、慢心して必死に訓練しておらんかったな?」

「ひゃあああ?!」父親同然のバルドルからのガチお説教の始まりだ。
あんな醜態を晒しておいて何もお咎め無しの訳がないのだ!

エリカの不幸は今座っている場所がバルドルの隣なのだ。
バルドルのお説教から逃れる事は出来ない。

「先程、お主は「自然影響軽減」のスキルが有ると言ったな?
ならなぜ雷撃を無効化まで言わんが軽減する事が出来なかったのじゃ?おかしいじゃろ?
「自然影響軽減」のスキルと合わせて風の防壁を展開すれば充分に防げた訳なのじゃが、なぜその考えに至らなかったのじゃ?」

「あう・・・あううう」バルドルのド正論に「あう」しか言えないエリカ。

「答えを教えてやろう。
「どうせ自分の高ステータスが有れば耐えれる」と思ったのじゃ。
何を根拠にそう思った?彼氏のロテールの真の力も把握しておらんかったのに?

更には「今は力を温存しよう」と考えたのじゃな?
これも何に対しての温存なのじゃ?
結果お主は余計なダメージを受けてその後に戦闘不能、挙げ句の果ては大怪我じゃ」

「はう・・・・」

静かに淡々とバルドルに捲し立てられるエリカ。
あの戦いでの醜態はエリカ自身も充分に反省していたが父親に言われると魂に直接響く。
改めて父親から反省を促されてエリカはめっちゃションボリしてしまう。

今のバルドルは危険な事をしでかした娘を叱る父親なのだ。

「フェンリルの所に向かう前に一から修行のやり直しじゃなエリカよ?」

「はい・・・御指導の程よろしくお願いします」
魔王エリカ、魔王になったのに、ここに来て保育園からのやり直しが決定する。
保育園児童エリカの誕生だ。

「魔王バルドルとは結構怖い男だったのだのう・・・」

「そうだろ友よ?やはり我よりバルドルの方が「魔王」に向いておるのだよ。
我とてバルドルに説教されたら何も抵抗出来ぬのだ」

流れる様にエリカに説教するバルドルを見てヒソヒソ話しをする、調教済みのマクシム君とこれから調教予定のミノタンだった。
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