ダブルシャドウと安心毛布

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ある朝の日

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黒い服の人達がポツリ、ポツリとホクロの様に距離を置いて集まってるのを見て、蟻でももう少し集まるだろう…とどうでも良い事を思い、直ぐ様、不謹慎だなと心の中で謝る。

昨日の天気予報では30%だったのに、朝早くから降りだした雨のせいか急拵えで作られたテントの中の受付を見ると、店長が初めて見る黒いスーツ姿で神妙な顔をしながら一人一人に頭を下げる。

結局逢える事が出来なかった事で、私が僅かな期間、本音でぶつけた意味は何だったんだろうと強く思うけど、口にしてしまうと『そんなことないよ、彩月と出逢えた事、そのものが意味を持つんだよ。』と彼なら言うだろうと思う。
それが分かってしまうことが悲しい。

雨の日には嫌な思い出がある。
高校2年生の文化祭だ。
私のクラスはクレープの模擬店で天気予報は曇りで傘マークもなかったのに、昼前からポツポツと振り出し、止むこともなく私の担当の時には校舎に避難して、裏口から雨の中佇むテントを見つめていた。

そんな思い出が一つ増えたな。と思っていると、受付が一段落したのかいつの間にか店長が隣にきていた。
「ありがとう、来てくれて。」
「来ますよ、勿論」いつかの神楽さんに話した時のように殊更明るく装う。
「受付、まだでしょ?おいで」
「恐いんです。」
ん?とテントに向かって歩くのを止めてこちらに振り向いた店長。
「書いたら、認めちゃうことになるから。」
こちらに戻り、背中をポンポンと優しく叩く店長の手が頭を撫でたあの人をどうしようもなく思い出させる。

半ば無理矢理にテントまで連れていかれ、効果があるか分からない延長コードを繋ぎ合わせた暖房器具を見つめながら、その前でパイプ椅子に座り、途切れながらでも少しずつ集まってくる人の気配を感じる。

「あの子ね、私の店継ぎたいんだって。」
こちらを見て言ったのかどうか分からないが頭の上から声がした。
顔を上げ、受付の芳名帳が置いてある長机の方を向く。
「そんなの良いのにね、一人で始めた仕事だし。でも、凄く嬉しかったの。」
全然嬉しそうに聞こえなくて、店長も同じ気持ちなんだと改めて気付く。
しばらく誰も来ないテントの頭上、トン、トンと雨粒が叩かれる音を聞いていると御焼香を行う建物から女の人がこちらに向かってきた。

「思ったより、来てるのね。」芳名帳をパラパラとめくり、意外そうに店長に声をかける
「喪主でしょ、ちゃんと祭壇の辺りにいて頂戴。」
「大丈夫でしょ、とりあえずは受付来た人は皆、焼香終わったし。」
「母親でしょ、神楽の傍に居てあげて。」
おそらくそうだろうと思っていたけど、神楽さんのお母さんだとその会話で確信した。

何処にでも居そうな、パーマをかけたふくよかな眼鏡の女性だった。
話を聞いてると神経質なイメージがあったが、どう見繕ってもそうは思えない。
お母さんは店長が壁になっているせいか、こちらに気付くことなく話続けている。
「あの子は、私の事好きじゃないでしょ?そんな人間が傍にいてもしょうがないでしょう。」
「貴方が言う事じゃないでしょ?じゃあ、私があの子の傍にいるから姉さんが受付しといて。」
「嫌よ、私は喪主よ。喪主が受付に立ってたら世間体が悪いでしょう。」
「貴方はいつもそうね。もういいわ。」
いつもの姉弟の会話なのだろう。

何というか、自分の事しか考えないとはこういう事を言うのかと体現してる人だと思う。
諦めたように、受付に立ち続ける店長。

我関せずに口を開く店長のお姉さん。
「でも、あの子も最後まで良く分からなかったわ。ちょっと前は連絡してくるな。と言ったかと思うと急に連絡来て『話だけでも聞く』って先週言ったかと思うと信号無視で歩いてた子供が車に轢かれそうだからって子供を助ける為にねぇ…」
後半を聞こえないふりをして、そういえばと店長が口を開いた。
「貴方、体調は大丈夫なの?体悪くしたって聞いたんだけど。」
「あぁ、膝が痛くてね。仕事辞めようと思ったのよ。」
「で、それがなんで神楽に連絡いくことに?」
急に小声になる『あの人』
「別に、今まで私に迷惑かけた分、面倒見てもらおうと思って。」
「迷惑って…」
「迷惑じゃない、ちゃんとあの子が『マトモで、真面目で、苦労のない』勝ち組の人生を考えて道しるべをしたのに、『あんたの見栄の為の道具じゃない』なんて言ったかと思いきや隼人の所になんか行って…まぁ、10年経って親の有り難みやお金の大事さが分かった頃かなと思ってね、ちょうど良い機会だから戻ってきてもらって。大企業じゃなくても良いわ。あんた、どうせ個人の居酒屋なんて大して稼いでないんだろうから、あんまり神楽に給料払ってないでしょう?だから、正社員で仕事探してこっちに戻ってきて養って貰おうと思ったんどけど、残念だわ。」
「あんたねぇ!」

「謝ってください。」
いきなり店長の後ろから出てきた人影にびっくりしてるのに追い打ちをかけるようにもう一度口に出す。「謝ってください。」

「彩月ちゃん。」
「彩月さん、とおっしゃるのね?『謝って』と言うのはどういう意味かしら?」
確かに世間体を考える人のようだ、一瞬で声色と対応が身内のそれとガラッと変わる。

「神楽さんに、店長に謝ってください。」
「謝って、って言ったってねぇ…いない人には謝れないし、謝るようなことしてないのでねぇ…」分かるでしょ?と軽く笑いながら話すのも先程の会話を聞いたせいか、ひどく癪にさわる。

「彩月ちゃん、落ち着いて。とりあえず座って、姉さんもそろそろ持ち場に戻ってよ。」
「っていうか、誰よ、その子。」
「私の店の従業員よ。」
「へぇ~…雇える甲斐性あったのね。」今度こそ、はっきりと小馬鹿にしたように鼻で笑う。

「店長の店は、常連さんが多くて毎日忙しいんです。大して稼ぎもないとか憶測でものを言わないで下さい。」
「個人店でしょう?食材のロスもあるし、貴女達を雇うのに更に売上を上げないといけないことくらい分かるでしょう?そんなことも知らないの?」

あぁ、駄目だ。何を言っても言葉が歪曲して聞こえる人が世の中にはいるのだ…
でも、もう止まらなかった。テントから出て彼女の前に向かう。

「売上を見てもないのに憶測でものを言わないでくださいと言う意味ですが理解出来ませんでしたか?そもそも、神楽さんに給料払ってないとかも根拠がないのに、何故そんなことが言えるんですか?」

「そもそもで言えば貴女、さっきから失礼じゃない?姉弟の会話に入り込まないで下さる?」
「ありがとう、彩月ちゃん。私は良いから、ちょっと落ち着きましょう、ね?」

何も考えられなかった。いつもの思った事を言ってしまうのとはまた違う。言葉が口をついて出てしまう。
「神楽さんは、神楽さんはそんな貴女にも話し合おうと思ったのに、何故そんな物言いになるんですか?どんな気持ちで、どんな想いでいたのか知らないくせに!面倒見てもらうとか、道しるべとか彼の気持ちを一度でも考えた事があるんですか!?」

私の勢いに気圧されても出てきた言葉はやっぱり期待したのと違う言葉だった。
「あのねぇ、あなたはまだ若いからそういう事が分からないのかもしれないけれど、子供を育てるのは大変なの。良い大学に入って、良い会社に入るのがあの子の為なの。子供は物を知らないんだから大人が導いてあげないと。」

「導いたという言葉で、言うことをきかせて、迷惑をかけられたから面倒を見てもらう。誰よりも傷付いて、苦しんだのは彼なのに…謝って下さい、謝れ、神楽さんに謝れ!」

目の端で何人かが、こちらを伺うのに気付いていたけど壊れたレコードのように嗚咽を漏らしながらいつまでも謝罪を求めていた。
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