全てを救う、その手には…

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冥色、右手

色のない空

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トントントンとリズミカルに一歩一歩足を前に出していくけれど変わらない景色が続く。
薄汚れたクリーム色の壁や天井が同じ風景を永遠に感じて、こちらの感覚器官が狂ったように錯覚する。
子供の時に行った遊園地、鏡だらけの部屋を思い出す。
一生出られないのかもしれないと思ったあの時と。
景色以外の違いと言えば、あちらは何処までも横移動だったが此方は縦移動な事くらいだろう。

そんなことを考えながらも、膝を曲げて一歩一歩また階段を上がる。

今時、セキュリティも甘く、10階以上で、人目に着かない建物などあるものかと思っていたが、ある所にはあるらしい。

これが夢か現かなど、もはやどうでも良くなってしまった。
それは壁も踊り場も、足を踏み締める段差も全て同じ色が続くものだから狂ってしまった、という理由ではなかった。

初めてデートに行った水族館を思い出す。
変わり者の彼女はイルカやペンギンみたいな人気の動物じゃなく、エイをたっぷり30分見ていた事。

気合いを入れて連れて行ったフランス料理より、大きめの公園に行ってバトミントンやフリスビーで子供の様にはしゃいだ後に桜の下で、俺が作った手作りの弁当を何より喜んだ事。
体当たりの様に強くこちらにぶつかりながら、雨の日に1つの傘で歩いた事。
楽しい思い出が代わる代わる頭の中に浮かんでくる。

勿論、彼女と一緒にいて良い事ばかりじゃなかった。
いつまで経っても目玉焼きはソースと醤油で意見が合わないし、家事の当番の時は食べてすぐ食器を洗うか、寝る前に洗うかで喧嘩になる事もあった。
そんな、些細な事だけどそういう日々がいまさら、どうしようもなく愛おしく感じていた。

一歩一歩足を前に出していくけれど変わらない景色が続く。

と思っていると、遂に、見慣れてきた景色が終わり、出し続けていた足を止める。
重そうなクリーム色の扉、一昔前の丸い銀色のドアノブが目につく。
アノ場所で見た、形状さえも説明出来ない扉ではない。
もちろん、扉の先が何処に続くのかも分かっていた。

一体、彼女が居なくなって幾年もの期間が過ぎたのだろうか…
朝、顔を洗うために見た鏡に映った自分の姿に刻まれた、失った日々を想起した。
そして、独りになった事に気付いてしまった。


夢の世界に居たままならば、どんなに良かっただろう。
最初は左手だけだったけれど、それでも温もりに涙した。
いつしか、少しずつ…本当に少しずつ彼女の姿が現れてきた。
そして、最後にはにかんだ表情を見た時に夢の終わりを知った。

何処にも居ない。
もう夢には戻れない。
現実に彼女を見いだせないならば…

ドアノブに触れようとした瞬間、その時、俺の右手に誰かが触れた気がした。
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