全てを救う、その手には…

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群青、左手

何もない部屋

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 今、私の目の前に扉がある。特に何の変哲もない、皆さんが所謂『扉』と言われるものをイメージしていただければ良いのである。

 もちろん、扉自体の材質も木やスチール、アルミ等々、各々違えば、取っ手も円筒錠のものやレバーハンドル、サムラッチ。果ては病院のケアハンドルをイメージする方もいらっしゃるかもしれない。

 しかし、私の目の前の扉を説明したくても出来ない理由があるのである。
まるで、とある猫型ロボットが出してくる扉の様なのだ。いや、形状の話ではなく状況の話だ。
今、私は扉の目の前にいる。それは間違いない。
何故か、急に扉が現れた様に感じたのだ。
そもそも、私は何故、扉の前にいるのであろうか?歩いて来たのか、室内なのか、自分の家なのか。まさか、現実世界にどこからでも扉が現れるなど奇妙な話はあるまい。
もちろん、扉の前であたふたするくらいなら周りを見て現状を理解するのが宜しいであろう事は私にだって分かっている。なのに、どうしてか周りが見えないのである。
右や左を向けない訳でも首を回せない訳でもない。辺り一面が真っ暗なのだ、なのに扉だけは認識出来る。しかし、扉の形状は説明出来ない。こんな馬鹿な話があろうか?

 しかし、こんな不気味な場所からはどうしても逃げたい所なのだけれど、何故かこの扉を開けたい私がいるのである。
不安、未知、恐怖、不可思議…ごちゃ混ぜの感情を持ちつつ扉を開け、中に入る。

 中もやはり、真っ暗である。まるで宇宙空間に放り出されたように全てが無であるように、なんの認識も出来ない。
いや、一つだけ。たった一つだが認識出来るものがある。目の前、およそ3m程先にベッドがある。
ベッドは良く病院で見るような白いシーツがかかっており、頭側と足側にはお約束のようにスチールの格子がついている。
そして…そして、白いシーツの上に何故か左手があった。正確には肩から先の左手、左腕である。

また、先ほどの扉と同じように肩より先に付いてるであろう体が認識出来ない。
文章にすると途轍もなく恐ろしい現状なのだが、何故だか私はその左手から目が離せない。
いや、はっきり言おう。懐かしさすら感じる『それ』を私は触りたいのである。
手招きをしてる訳でもない、むしろピクリとも微動だにしないそれが何故か私を呼んでる気がして、一歩一歩夢遊病者の様に近付いていく。

手を差しのべれば届く距離まで近付き、恐る恐る自身の右手を近付ける。
良く冬場にドアノブに触ると静電気が起こるだろうが、それと似てる気がする。バチッと衝撃は来ないだろうが触れた瞬間、何かが起こる。そんな予感がする。

左手の人差し指に触れる。

その瞬間の気持ちをなんと言えば良いのだろう。夏のお盆休みに電車を乗り継ぎ、実家に帰り冷蔵庫にある花柄の麦茶ポットの中身をグラスに入れて、畳の上で胡座をかき、何とはなしに窓越しの入道雲を見るような…嬉しい、照れる、むず痒い、リラックス出来るような。
恐らくこれが郷愁というのだろう。
あぁそうだ、私はこの手を知っている。
そう思った瞬間、この左手を強く握る。壊れないように、それでももう二度と離さないと決意すべく、この手を強く握る。

と、同時に。
言い様のない不安にかられてしまう。
何故、私はこの手をこんなにも大事に思っているのだろう。そもそも、この手は誰の手なのだろう?
頭の中に無数の人の顔が浮かぶ。その中の誰にも当てはまらない。親類、友達、仕事の関係の人すらも。
それでも、この左手の持ち主をとても大事に思っている私がいるのである。
ないまぜになった気持ちが頭の中で膨らみ、何故だかわからないけれど、もう、それでも良いかと思いながら、この左手を握りながらゆっくりとベッドに腰掛け、瞼を閉じた。
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