四季を指揮する。

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夕顔の告げ口

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道端にある、小石とも呼べないような塊を拾い上げる。
周りに人が居ないのを確認して何度となく見慣れた家の2階の窓めがけて、初めてドラマでやるような行動を起こす。
カツンッ、と思っていたより大きな音がしてびっくりすると同時に、バレないかドキドキする。
数秒ほど経ち、窓がガラガラと開き、彼女がいつもと変わらない笑顔を覗かせる。

ジェスチャーで示し会わせて、更に数分後に彼女が玄関から出てくるまで、こういう時は時間が永遠に感じるとかいうけど、そうでもないなぁ…と、どうでも良いことを庭のプランターに咲いた小さい花を見つめながら思っていた。
そうして、物思いにふけっていると、音もなく彼女が隣に立っており、「うおっ」と変な声を出す。

「びっくりした?」
「うん、とっても。」

えへへ、と笑う彼女にいつの間に来たのかと聞くと、先程みたいにジェスチャーで泥棒よろしくゆっくりとサムターンを回す動作をする。

ひとしきり笑い合い、どちらともなく話ながら歩き出す。
最近読んだ本の話、好きな服の話からの季節の変わり目の服装、もうすぐ夏が終わるから今年の夏『も』異常だった事。
この前見た雲海の話。

歩いて5分程で、煌々と明るい緑のコンビニエンスストアに到着する。
中に入り、彼女はストレートティーを、俺は微糖の缶コーヒーを買い、外のベンチに座る。

「で、旦那。例の物は何処ですかい?」
「何、その言い方。」
笑いながら鞄のチャックを開け、例の物とやらを取り出す。
『嵐山』と書かれた観光雑誌を彼女に手渡すと、まるでクリスマスプレゼントをもらった子供の様にー比喩じゃなく本当にー目をキラキラさせていた。
そこで、ずっと疑問だった事を尋ねてみる。
「そもそも、何で嵐山?」
今度は名探偵よろしく、指を左右に動かしチッチッチッと音を出したが、舌打ちが出来ないのか口で言っていた。
「京都と言えば嵐山なんですよ、お兄さん。」
「なのですか…」
「なのですなのです。」
食い入る様に観光雑誌とにらめっこしている彼女を眺める。
いつまでもこうしていたいと思いつつ、彼女のお父さんに申し訳なく思う。
その思いを見透かしたかの様に不意に彼女が『お父さんがね』と呟く。
「うん?」
「お母さんと始めてデートした場所なんだって。」
早口で言い、耳まで赤くなる彼女。
そこから、頭をフル回転させてお父さん達が何処を回ったかを聞くまでずっと雑誌とにらめっこしてこちを見なかった彼女をなんと言うかとても…

愛しく思っていた。



堺筋本町から歩いてすぐ、とあるオフィスビルの地下にある御寿司屋さんのカウンター席に座る。
大通りから一本入った所にあるのだが、大通りからは見えなく、オフィスビルを正面から見ても暖簾がなければ地下駐車場に降りる階段なのかと思う程、入り口に知らないと来れない場所だな。と思う。

既に待っていた彼に会釈し、隣に座る。
そこから、お造り、煮付け、ホタテの浜焼き等をつつきながら最近の仕事の話や近況を報告する。
お酒もビールから、いつの間にか日本酒に付き合わされ、握りが数貫出た辺りで彼女のお父さんがこちらを見ずに話し始める。
「実は知ってたんだよ。」
「何をですか?」
「あの子を夜の散歩に連れていってる事をね。」
「…見てたんですか?」
「まぁ、見てたというと語弊があるかな。」
いつの間にか、芋焼酎の水割りに変わったグラスをカランカランと回しながら、常連よろしく、いつものあれを、と彼女のお父さんが注文する。
「庭に咲いてる白い花、あれはね夕顔なんだよ。」
江戸前寿司では一般的なネタでね、と板前の方を見やるのにこちらもつられる。
海苔の上に酢飯を置き、茶色い細長い物体を手慣れた手つきで巻いていく。
「名前の通り、あれは夕方から夜にかけて綺麗な花を咲かせてね。あの子を起こさないように電気を消して、部屋の中から見るのを日課にしていたんだ。妻が好きな花でね。」
六等分に切られたかんぴょう巻きがゲタの上に乗せられる。
「思い出したよ、彼女との事を。その思い出の中の妻はあの子の君に向ける表情と似ててね。」
一つ摘まみ口に入れる彼。
「あの子との事、忘れないでいてくれるかい?と言ったら君の重荷になるだろうか。」
そういうとじっとこちらを哀願する顔で見つめてくる。
「やめてください、俺は。」
そう言ってかんぴょう巻きを一つ口に入れる。
「彼女が大切だから忘れないんです。」
そういって、一粒の罪を飲み込んだ。

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