ヒーロー劣伝

山田結貴

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第七話 皇帝襲来! 外道ヒーローよ、永遠に

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「もう少し気張りなさいよ、永山……」
 あれから数分。美江はヒーローと皇帝の死闘を、少し離れた岩の陰から見届けていた。
 それは端から見ているだけの者にとっても、固唾をのまずにはいられないほどの戦いであった。
「我が故郷で流れていた噂は伊達ではなかったか。地球人如きが、ここまでやるとはな」
「へっ。てめえも皇帝だとかいうクソ偉そうな肩書きを持ってるだけあるじゃねえか。今まで俺にやられてきた怪人の中で、一番かもしれねえ」
 皇帝が繰り出す突きを的確に見切る永山。それをかわした後に放った回し蹴りをいともたやすくよける皇帝。これぞまさしく一進一退の、白熱した肉弾戦。最終決戦として、申し分ないのではないだろうか……。
「そういえば黒沢さん。全然出てくれないわね。大変なことになってるっていうのに」
 美江は戦いのことを気にしつつ、携帯電話を眺めながら首をかしげた。
 先程から、皇帝と遭遇してそのまま戦うはめになったということを連絡するために電話をかけ続けているのだが、どういうわけか全くつながらない。アンテナは立っているので圏外ではないはずなのだが、ひょっとして単に、着信に気づいていないのだろうか。
「怪人の情報をもみ消すのに集中してたら気づかなくても仕方ないかも。それにしても、いつまで続けるつもりなのかしら。永山も、変身すればいいのに……」
 美江は崖の真ん中辺りで腕をプルプルさせているシープソンを極力視界に入れないようにしながら呟いた。
 二人の身体能力はほぼ互角なのか、なかなか決着がつきそうにない。ただ、互いの攻撃によるダメージが蓄積し始めているのか、少しずつ息が上がってきている。しかし、ほとんど条件が同じに見える両者であるが、現在の状況で不利なのは永山だ。何故なら皇帝には、地球人には備わっていない火球を放つ特殊能力があるからだ。今のところはタイマンで戦っているというプライドからなのか、自分の能力のことをさっぱり忘れているからなのかは定かではないが、火球を生み出そうとする気配すら見せない。でもここで、皇帝が永山に向かって火球を浴びせれば……。
 せめて恥を捨てて変身して肉体の耐久力さえ上げてくれれば、こんな余計な心配なんてしなくても済むというのに。
「しぶといんだよ。おらあっ!」
「ぐっ」
 永山のキックが脇腹に命中し、皇帝は顔を歪めながら数歩後退した。
 あんな人間離れをした威力の攻撃を受けては、怪人といえども苦しまずにはいられないだろう。
 だが、皇帝はすぐに表情を元に戻し、どういうわけか微笑まで浮かべ始めた。
「やるではないか、ヒーローよ。貴様の強さ、想像を遥かに超えておったわ。久々に、本気を出してみようか」
「本気? てめえ何言って……がはっ!」
 皇帝は瞳を怪しく光らせると、目にも止まらぬ速さで永山に接近し、その頬を強く殴りつけた。
 屈強なはずのヒーローは、無残な格好で硬い地面に転がった。
「く……ゲホッ」
 永山は口から血を垂らしながら、よろよろと立ち上がる。皇帝はそれを、強者の余裕をにじませながら眺めていた。
「貴様、その程度の力で我に勝てると思っていたのか。我は王家の中で一番の武力を誇る、言わばナーゾノ星最強の存在。脆い地球人如きに敗れるわけがなかろう」
「うう……てめえが最強であろうがなかろうが……知ったことか。例えてめえがナーゾノ星とやらで最強だったとしても、どうせ所詮は井の中の蛙って奴だ」
 永山の悪態に対し、もう少しで地に足がつけられそうな状態にあるシープソンが「な、何を言う。へ、へ、陛下は井の中の蛙などでは」だの「ナ、ナ、ナーゾノ星の王位は、武術大会により決められるのです。その中で勝ち残った陛下はすなわち」だのと皇帝に対するフォローやら補足やらをしているのだが、完膚なきまでに無視された。
「ほう、我の拳をまともに受けてまだ減らず口を叩けるのか。しかし、もう立っているのもつらいだろう。今、楽にしてやろう」
 皇帝は再び拳をかまえ、瞳を怪しく光らせた……が。
「……あ、殴るよりも、火球を放った方が早く楽にしてやれるか。我には火球を放つ能力が備わっていることを、すっかり忘れておった。でも、ここでわざわざ能力を放つというのももったいない気が」
 こいつ、ガチで自分の能力のことを忘れてたのか。
 震える羊が相手にされなくてもなお、結局深刻な雰囲気は見事にぶち壊された。
「でも、このままじゃ」
 皇帝が間の抜けたことを言いながら何やら迷っているため隙が生まれているが、それでも永山の劣勢は変わらない。
 もしこれが創作の世界の話であるのならば、ここで勇敢な助っ人が現れてヒーローの窮地を救い、共闘をして悪を滅ぼすという展開にでもなるのだろう。だが、生憎これは現実世界の話。そんなご都合主義的に物事が運ぶわけがない。
「永山……」
 それでも美江は岩の陰から身を乗り出し、奇跡が起こってくれるように祈った。ヒーローが皇帝に追い込まれるところを、監視役として遠くから見守ることしかできない自分の無力さを呪いながら。
 確かに永山は、金に汚くて猛毒を次々に吐き散らす外道だ。声の聞き心地も悪いし、度々任務もサボる。それでも、理由や動機はともかくとして、地域の平和を命がけで守ってきたヒーローであることには変わりない。ヒーローが最後に、皇帝に敗れるなんてことがあってたまるものか。
「このままでは生殺しも同然か。では、そろそろ行くとしよう。やはり、最後は華々しく決めるとしよう」
 皇帝はとうとう力を込め、炎をまとった指先を永山の方に向けた。
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