過保護な警視の溺愛ターゲット

桧垣森輪

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1巻

1-3

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「七緒さん、お疲れ様です」

 七緒さんは私たちを苗字で呼ぶが、私たちには自分を名前で呼ばせるのには理由がある。
 彼女の苗字は「緒方おがた」。本人的には緒方七緒という二回も「緒」が付く名前にコンプレックスがあるらしく、熱心に婚活するのも単に苗字を変えたいだけ、という噂もある。

「お疲れ様。この間はごめんね?」

 七緒さんは私たちのそばに来るなり、両手を顔の前でパチンと合わせて頭を下げた。
 もちろん、先日の合コンの件だ。なんでも相手とはSNSで知り合ったらしく、直接会ったのは当日が初めてだったのだそうだ。

「今度ちゃんと埋め合わせするから。ご希望のタイプがあればうけたまわるわよ?」

 正直、それどころではなかったから、気にしなくていいのだけど……

「私は断然、肉食系男子が好みです」

 乗り気でない私とは反対に、三佳ちゃんは食い気味で手を挙げる。
 ――このに及んでまだ合コンに行く気なの?
 めげない精神力はさすがである。

「睦永さんは?」
「私は……合コンは、しばらく遠慮しておきます」

 私には三佳ちゃんほどの根性はないから、ほとぼりが冷めないうちにそんな気にはなれない。
 丁重にお断りを入れたつもりが、七緒さんはその目を丸くする。

「どうして!? この間のお兄さんによっぽど叱られた? それとも、もう彼氏ができたとか!?」
「そんなんじゃないです! それにあの人たちは、私じゃなくて三佳ちゃんの親族ですから」
「ああ、そういえば、三人とも顔の系統は同じだったわよね」

 ――くっ、どうせ私だけ、成瀬家の面々に比べて顔面偏差値がおとりますよ。
 あの二人が三佳ちゃんの過保護な兄であることと、幼なじみのよしみで私もその管理下に置かれていることを説明すると、七緒さんも納得したようだった。

「じゃあ、合コンは別として、睦永さんのタイプってどんな人?」
「あ、そういえば私も、ちゃんと聞いたことなかったかも」

 七緒さんからの質問に、なぜか三佳ちゃんがぱあっと瞳を輝かせる。
 長い付き合いでも、私たちの間で頻繁ひんぱんに恋バナが出るようになったのはつい最近のことだ。なにしろ、お互いに実体験もなければ、この手の話題に過剰反応する人がいるから、意図的に避けていたということもある。
 私だって、恋愛には人並みに興味はあった。だけど、できやしないことを話してもむなしくなるだけだ。そうやって抑制されていたからこそ、特に三佳ちゃんは社会人になってからというもの歯止めが効かなくなったらしい。

「好きな男性のタイプか……なんだろう」

 即答できるほどの確固たるものはないから、改めて聞かれるとちょっと困る。

「とりあえず、肉食系ではないかな?」

 なにしろ私には天性の男運の悪さがあるから、ガツガツ来られると不信感を持たざるを得ない。
 私に声を掛けてくるのは、たいていが痴漢ちかんや露出狂といった不審者なんだもん……
 何度かナンパをされたこともあるけど、見た目も中身もチャラいというか、下心が見えすぎていて嫌だった。

「でも、草食系相手だといつまで経っても進展しないわよ?」

 三佳ちゃんの言う通り、恋愛経験のない私は、相手が極端な草食系だと、なかなか交際にまで発展することはないだろう。できれば相手にリードしてもらいたいから、いわゆる草食系もダメなのかもしれない。

「私の場合、粘着質か否かのほうが重要なんだけどね。肉食でも草食でも、ストーカー気質だったら一発アウトだから」
「ああ……」

 私の意見に、心当たりのある三佳ちゃんが遠い目になる。
 男性との心躍るエピソードはなくても、変質者との思い出は豊富なのだ。
 だから、そんな変質者から守ってくれるような、優しくて頼りがいがあって明るくてさわやかな人が理想だ。
 しかし、いつ思い出してもろくな体験がない。我ながらよく男性不信にならなかったものだ。自分で自分を褒めてやりたいくらい。
 私が恋愛に積極的になれないのは、絶対にこれらのせいだ……

「参考までに、七緒さんのタイプはどんな人ですか?」

 私の価値観は当てにならないから、ここは経験豊富そうな先輩の意見を参考にしてみてはどうだろう。

「私はもちろん家庭的な人ね。結婚後も仕事は続けたいから、家事や育児にも積極的に参加してくれないと。あとは経済力も大事!」

 さすがに婚活に力を入れているだけあって、現実的な意見である。
 そういえば、総ちゃんはこの理想に当てはまるかも。
 この週末も散々こき使われたけど、総ちゃんはそれ以上に働いてくれた。
 食事の準備はもちろん、重くて動かせなかった家具の移動もやってくれたし、手が空いたときにはパパッと洗濯物を畳んでくれた――下着まで片付けられそうになったときは、焦ったけど。
 とにかく、疲れているときに率先して家事をしてくれる男性となら、結婚生活も円満だろう。

「たしかに魅力的ですよね。あ、でも、デートでは外食がしたいな。家では作れないものとか食べたいから」
「初海ちゃん、話が逸れてるよ?」

 ついつい食に走ってしまったことを指摘されて肩をすくめる。やっぱり私はまだ、色気より食い気が勝っているのかもしれない。

「睦永さん、顔の好みとかは? 好きな男性アイドルとか俳優さんとかいない?」
「そりゃあ、世間的にイケメンと呼ばれる芸能人は格好いいと思いますけど、いまいち現実味がないというか。出会うことも、なにかが起こる予感もないし」
「じゃあ、今まで出会った中で一番格好よかった男性は?」
「それは……」

 思い当たる人は、総ちゃんしかいない。
 私を守ってくれたあの日から、総ちゃんは私のヒーローだ。
 過保護の度が過ぎていることを除けば、後にも先にもあの人に勝てる人には出会ってはいない。

「いっそのこと、おにいと付き合っちゃえば?」

 ニヤリと口角を上げた三佳ちゃんは、兄とよく似た含みのある笑みを浮かべ、とんでもない物件を紹介してきた。

「多少性格に難はあるけど、身内から見てもそんなに悪くないと思うの。経済力もあって家事全般こなせて、初海ちゃんの心配の種である不審者の対応も万全だよ?」
「ちょっと、三佳ちゃん。冗談やめてよ」

 三佳ちゃんのことだから、私が総ちゃんと付き合えば自分への監視が緩くなると思っているんだろうけど、その手には乗るものか。

「おにいって、成瀬さんのお兄さんよね? あれはいい男だったわ。でも、あんな素敵な人がフリーのはずないわよね?」
「そんなことはないです。おにいは性格に難があるって言いましたよね? これまでにそんな話を聞いたことはありません」

 血の繋がりがあるから逆に、お世話になっている兄に対して、三佳ちゃんは容赦ようしゃがない。

「あらやだ。だったら私が興味あるわ」

 それから三佳ちゃんは七緒さんに向かって、総ちゃんの過保護っぷりを披露ひろうしはじめた。それは重度のシスコンとも取られかねない内容で、そんな相手を私にすすめるなんてどうかしている。
 言われてみれば、これまで総ちゃんの彼女というものは見たことがない。でもそれは、単に私が知らないだけなのではないだろうか。
 年が離れているから学校生活はわからないけど、バレンタインやクリスマスといったイベントで、自宅の前までプレゼントを渡しにきた女の子たちを見かけたことはある。それくらい、総ちゃんは昔から格好よかった。
 私たちの男女交際に厳しく口出ししている手前、大っぴらにしていないだけだろう。もっとモテ人生を謳歌おうかしてもよさそうなものだが、変なところで義理堅いのが総ちゃんという人だ。

「でも初海ちゃんならおにい免疫めんえきがあるから、お似合いだと思うんだけどな」
「まだ言う?」

 あきらめきれない様子の三佳ちゃんに、思わず苦笑してしまう。
 私と総ちゃんが付き合う? ――ないない、それはあり得ない。
 あの人は兄のような存在でしかない。その考えは総ちゃんも同じで、その証拠に、昼夜問わず一緒に過ごしたこの数日も、つやっぽいことはなにもなかった。
 ――総ちゃんにとって、私はいつまでも庇護ひごすべき子供なんだ。
 今さらそんな目で見てほしいとは思わない。ただ、女として意識されないのは、年頃の娘としては傷つくこともある。
 私を守ってと懇願こんがんしたのは自分だった。わがままを聞き入れて、実の妹と同じ扱いをしてくれたことには感謝している。
 だけど、私だっていつまでも守られるだけの子供ではいられない。
 私もいつかは素敵な男性と恋愛がしたい。それ以上に、自立したひとりの大人の女性として生きていきたい。
 親元を離れ、社会人として独り立ちしたばかり。まだ完全にひとりでやっていけてるとは言えない私が、大人として認められるために越えなければならない最後の壁。それが総ちゃんだ。
 もしかして総ちゃんが現れたのは、いわゆる卒業試験みたいなものではないだろうか。

「私と総ちゃんがどうこうなる可能性なんてないよ。それに私、見た目だけなら亮ちゃんのほうが好きだし」

 だって私、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうでいかにも男性的な見た目は苦手だから。総ちゃんも昔のままがよかったのに、なんで鍛えちゃったのかな。

「……それ、絶対に本人たちの前で言わないでね?」

 そんなに顔を歪めなくても、あの二人の前で自分の好みを披露ひろうするような真似まねはしない。
 それに亮ちゃんも、私にとっては兄みたいなものだ。

「結局、睦永さんは理想はあっても現実と噛み合っていないのかもね。好きになった人がタイプってことになるのかしら」
「そうなんですよ!」

 さすが七緒さんはわかっている。

「理想はあるけど、まだこれという人に会ってないだけなんです!」

 きっと私にも、どこかにいるはずなんだ。ガツガツしすぎずスマートで、草食と肉食がちょうどいい塩梅あんばいでミックスされているような――

「そっか。ロールキャベツみたいな人がいいのかも。見た目は大人しくても中身は積極的で、重たすぎない人」
「初海ちゃん。それ、週末に食べたものに引きずられてない?」

 必死にひねり出した結論なのに、やっぱり三佳ちゃんはあきれ気味だ。

「胃袋だけはがっちりつかんでるのか……」
「なんの話?」
「なんでもなーい」

 絶対になんでもない顔には見えない。貧困な発想力を笑われたって、これが私なんだもの。
 私だって、いつかは「この人」だという相手に出会えるはずだ。
 総ちゃんたちを納得させるのは骨が折れそうな気がするけれど、そんな苦労も運命の相手とならば苦にならないだろう。
 ――いつか絶対、自分で見つけてみせるんだから。


 三佳ちゃんや七緒さんとの他愛のないお喋りのお陰で、抱えていたモヤモヤが少し晴れた私は、午後からの仕事を精力的にこなした。
 資料をひたすらに打ち込むルーティーンワークはいい。
 余計なことを考えずに無心になっているうちに、あっという間に退社の時間になった。
 でも、仕事が終わればまた、現実が待っている。

「ええ!? 三佳ちゃん、先に帰っちゃったの?」

 部署の違う三佳ちゃんとはいつも更衣室で待ち合わせているのに、なぜか姿が見えない。おかしいと思って電話をしてみたら、彼女はもう帰路についていた。

『ごめんね、今日はちょっと用事ができちゃって』
「そんなことお昼には言ってなかったじゃない。……あ、もしかして」
『違うよ、合コンじゃないから。とにかく、今日はひとりで、気をつけて帰ってね』

 最後は早口でまくし立てるように言葉を紡いだ三佳ちゃんは、さっさと電話を切ってしまった。
 ――あやしい。
 合コンではないと言っていたけど、どう考えてもなにかありそうだ。
 またよからぬことを考えているのかもしれない。

「あら、睦永さん。今日は成瀬さんと一緒じゃないの?」

 通話の切れたスマホを片手に眉をひそめていると、七緒さんがやって来た。

「残念ながら振られてしまいました」
「あなたたち、一緒のアパートに住んでいるんじゃなかった? 仲が良いわよねえ」
「それが、諸般の事情で……」

 そっか。考えてみれば、三佳ちゃんとは帰る方向が違うから、これからは別々に帰宅するのが当たり前になるんだ。
 子供の頃からずっと一緒だったのにと、急に寂しくなったのが顔に出たのだろうか。七緒さんはしばらく考えたあと、ポンと手を打った。

「時間があるなら一緒にごはんでも行かない? この間のお詫びを兼ねて」

 合コンについては謝罪も受けたし、気にしていない。むしろ迷惑をこうむったのは七緒さんだというのに、なんて律儀りちぎな先輩なのだろう。

「そんなの、もう気にしないでください。でも、ごはんには行きましょう」

 三佳ちゃんもいないから、ひとりで食事するよりずっといい。
 日々忙しい総ちゃんだって、どうせ家にはいないはずだ。
 なにより、こうやって総ちゃんのことを気にしているのが嫌だ。
 門限なんてないのに、時間を気にしてビクビクしてしまうのは染み込んだ習性だろう。
 だけど、私はもう大人で、自由なんだ。先輩と外食して帰ったからといってとがめられる筋合いはない。
 これを機会に、私だけの交友関係を広めるのもいい。三佳ちゃんを引き離したのは、失敗だったのだ。

「どうしたの、今度は急にニヤニヤしちゃって」

 ――おっと、つい顔に出てしまっていたらしい。

「なんでもありま……いや、あるか。七緒さんと二人でデートだと思うと嬉しくて」
「可愛いことを言ってくれるけど、私はデートなら男性としたいわ」

 そんなふうに七緒さんとキャッキャしながら会社を出た直後だった。

「遅いぞ」
「――げっ」

 エントランスを一歩出たところに、総ちゃんが立っていた。
 陽が落ちて薄暗くなったオフィス群をバックに、黒いトレンチコートを羽織っている総ちゃんは、道行くサラリーマンとは違った雰囲気をかもし出している。
 ――あんぱんと牛乳が似合いそうだ。
 とにかく、なんというか、様になっている。派手な格好をしているわけではないのに、そこにいるだけで周囲の目が自然と惹きつけられる。その証拠に、さっきから通り過ぎる女の人たちがチラチラとこっちを見ては、心なしか顔をほころばせている。

「なんでこんなところにいるの!?」
「なんでって、迎えに来たに決まっているだろう」

 さも当然みたいな顔をしているのは、送り迎えをするのに慣れているからだ。
 総ちゃんは実家を離れるまで、部活や勉強の合間を縫って、こうやって私たちのもとにやって来ていた。あの頃もどうやって都合をつけていたのかと不思議だったが、まさか社会人になってまで復活するとは思ってなかった。

「み、三佳ちゃんなら先に帰ったよ?」

 あなたの妹は、急用ができたからと私を置いて先に帰っちゃいましたよー。
 なんか怪しかったから、追いかけるなら早いほうがいいですよー。

「連絡を受けているから知ってる。だから待っていたのはおまえだけだ」
「ええ!?」

 三佳ちゃんがみずから連絡していたとは想定外だった。悪態をついていても、やっぱり恐れる存在ということなのか。

「ほら、帰るぞ」

 いつまで待たせるのかとでも言いたげにきびすを返したが、そうは問屋とんやおろさない。

「ちょっと待って、私にだって用事があるんだから!」

 そう言って、私は隣の七緒さんに腕を絡めた。

「私、先輩と食事に行く約束があるの。だから送り迎えはいらない」

 振り返った総ちゃんの眼鏡の奥の目が、スッと細められた気がした。
 ――ええい、ひるんでなるものか。お迎えが来たからまた今度なんて、私は幼稚園児じゃないんだから。

「予定があったのなら、私は今度でも」
「いいえ! 予定なんてありません!」

 空気を読んだ七緒さんが引き下がろうとしたけれど、そこは下がらなくて大丈夫です。
 むしろ、行かないで。私をひとりにしないで!
 逃がすまいと絡めた腕に力を込めると、総ちゃんの視線がそこへと向けられた。それから徐々に上がり、七緒さんの視線とぶつかる。

「成瀬さんのお兄様、でしたね。先日はどうも」

 何度も言うが、総ちゃんには愛想がない。女性に対して向けるには、あまりにもぶしつけな視線なのだが、七緒さんは大人の対応で挨拶あいさつをした。

「ああ、あのときの」
「改めまして、睦永さんの同僚の緒方と申します。先日のお詫びにと睦永さんと食事に行くところでしたの」

 私がひとりで帰るのなら、断っても総ちゃんはついてくる。だが、しかし。職場の先輩と一緒ならば、総ちゃんだっておいそれとは同行できまい。

「もしよろしければ、ご一緒しませんか? お兄様にもお礼をさせてください」

 こともあろうに、七緒さんは総ちゃんまで食事に誘った。
 ――なんてことを言い出すの!?

「ちょっと、七緒さん!?」

 私は七緒さんの腕を引き、くるりと総ちゃんに背を向ける。

「やめておきましょうよ。女同士のほうが絶対楽しいですって」

 顔と顔を寄せ合い、聞かれないようにヒソヒソとした声で、前言撤回するように要求した。

「いいじゃない。私も噂の過保護っぷりがどれほどか見てみたいの」
「そんな……」

 どうやら七緒さんは、昼間の三佳ちゃんの話や私の反応で、ますます興味をそそられたらしい。
 他人事なら楽しめるのかもしれないが、当事者としてはたまったものじゃない。
 ――どうして仕事帰りの女子会に、保護者を同伴しなきゃいけないの!?
 おまけに、婚活中の七緒さんは、十中八九恋バナをするだろう。それこそ、総ちゃんが一番嫌う話題じゃないか。
 総ちゃんは、恋愛そのものを否定するわけではない。だが、恋愛を題材としたドラマや映画、小説が目に留まるたび、世の中の男がいかに煩悩ぼんのうにまみれているかを説くのだ。
 せっかくのロマンチックな場面でも、下心を暴露ばくろされては興ざめする。
 ――思春期の少女が抱く淡いあこがれさえ、根こそぎ刈り取られたんだ!
 そんな相手と食事に出かけて楽しめるはずがない。なにより、結婚にあこがれている七緒さんにも悪影響を及ぼしかねない。
 懸念する私に、七緒さんは余裕の態度で耳打ちする。

「大丈夫よ。それに、もしも過保護の理由が理不尽なときは、援護してあげる」

 思わぬ申し出に、形勢が逆転する――私の中で、過保護殲滅せんめつ計画が即座に練られた。

「……いいんですか?」

 私も三佳ちゃんも散々抵抗してきたが、所詮しょせんかなわなかった。
 総ちゃんにとって、私たちの自由になりたいという願いは子供のわがままでしかなかった。
 一枚も二枚も上手うわてで、私たちがどんなにわめいても論破できない。
 周りの大人も総ちゃんを信頼しきっていたため、今まで私たちの味方をしてくれる者は誰もいなかった。
 だから七緒さんは、初めてできた大人の味方である。年齢は総ちゃんよりも下だけど、男性より女性のほうが精神年齢は高いと聞く。このすけはぜひ獲得したい。

「任せなさい。年下を可愛がる気持ちはわかるけど、度が過ぎるのはよくないわ」
「七緒さん……!」

 なんて頼もしい。救世主、いや、もはや神である。
 女神様は、さらに身を屈めながら私にだけわかる角度で不敵に微笑む。

「それに、やっぱりいい男じゃない。本当にフリーなら、私にワンチャンあるかも、でしょ?」
「……結局、そこですか?」

 どうやら七緒さんは、総ちゃんをロックオンしたようだ。
 でも、もしも総ちゃんと七緒さんが付き合えば、私たちへの干渉かんしょうが緩められるかもしれない。
 すらりとした高身長でクール系美女の七緒さんは、総ちゃんと並んでもおとりしない。
 ――だけど、それを想像したときにモヤッとするのはなぜだろう。
 きっとそれは、総ちゃんがどういう人かわかっているからこその不安に違いない。
 勝負の行方がどうなるのか――期待と不安を抱きながら、私たちは食事の場所へと向かうことにした。


 七緒さんが選んだのは、会社近くのカフェ――そう、亮ちゃんのバイト先のカフェである。七緒さんは最初、食事代を全部持つと言ったけれど、最終的には総ちゃんがご馳走ちそうするということで話がまとまった。理由はどうあれ、あの合コンの場を壊したのは自分だからとスマートに申し出たのだ。
 そうして、七緒さんが指定したこのお店に来たのだけど、こんないつも行くお店ではなく、もっと高いものをご馳走ちそうしてもらえばいいのに……
 手料理を振る舞われることが多い総ちゃんとの外食だから、もっと贅沢ぜいたくがしたかった。

「そういうお店は男性と二人きりのときに行くものよ」

 不満が顔に表れていたのだろう。七緒さんが小さく笑ってウインクする。
 ――なるほど。それが大人の恋愛なのね。

「いらっしゃいま……兄さん!?」

 エプロン姿でバイト中の亮ちゃんが、私たちを見て目を丸くする。

「どうしたの、来るなんて聞いてないけど。心配しなくても真面目に働いてるよ?」
「そこは疑っていない。ここは、こちらの緒方さんの推薦だ」
「ああ、七緒さんいらっしゃいませ。初海ちゃんも」

 笑顔の亮ちゃんが微妙に私から視線を逸らすのは、うしろめたいことがあるからか?
 それよりも、亮ちゃんがバイト中ということは三佳ちゃんはフリーなのね。なんの用事だったのか、明日聞きだしてやる。
 席に通された私たちはディナープレートを注文した。本日のメニューはチキンの照り焼きで……美味おいしそうだ。


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