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しおりを挟むプロローグ
あれは、私――睦永初海がまだ六歳の、ピカピカの一年生のときだった。
「お嬢ちゃん、可愛いねぇ」
大きなランドセルを背負い、ひとりで下校していた私は背後から声を掛けられた。
振り返った先にいたのは、見ず知らずのおじさんだ。
最初に断っておくが、私は決して美少女ではない。容姿ならば、お隣に住んでいる成瀬三佳ちゃんのほうがよっぽど華やかで女の子らしい。私は普通の、地味で目立たない女の子だ。
この日も三佳ちゃんと一緒だったら、私が声を掛けられることはなかったと思う。いつもは三佳ちゃんと、その双子の兄である亮ちゃんの三人で登下校しているのだけれど、たまたまタイミングが合わずにひとりで下校していた。
そんな私に可愛いと言ったおじさんは、全身黒ずくめにマスク姿という、いかにも怪しい格好をしている。顔は見えなくとも口角は上がっている気がするし、興奮しているのか鼻息も荒い。
「ランドセルが重そうだね。おじさんが、車で家に連れていってあげるよ」
目を細めたおじさんは恐らく笑いながら、ゆっくりと私に近づいてくる。
たしかに、教科書やノートが詰まったランドセルはちと重い。だからといってヒョイヒョイ車に乗るほど、私も馬鹿じゃない。
『イカのおすし』――いかない、のらない、おおきなこえをだす、すぐにげる、しらせる、は、学校で教えてもらった大事な「おやくそく」だ。
危険を感じた私は、おじさんを無視して家に向かって走り出す。
――だって、どう考えたって変な人だもん!
だが、小学生の足ではあっという間に追いつかれ、思いきり腕を掴まれてしまった。
「痛い目に遭いたくなかったら大人しくしてろ」
耳元で囁かれた低い声に、幼い私は怯んで固まってしまう。
おじさんの手を振りほどきたくとも、子供の力ではどうにもならない。ジリジリと身体が引きずられ、離れた場所に停めてあった、おじさんのものと思われる車のほうに連れていかれる。
――このままだと……
「や、やだ……」
運悪く周囲に人通りはなく、本当に恐怖したときには咄嗟に大声が出るものでもない。
やっとの思いで絞り出した声はか細くて、とても誰かに届くほどではなかった。
だけど――
「おい、おっさん。その手を離せ」
突然聞こえた第三者の声に、涙で滲んだ視線を向ける。
黒ずくめのおじさんと車との間に、同じく黒ずくめの誰かが立っていたのだが――
逆光で、顔が見えない……
何度か目を瞬かせていると、ぼんやりとしていたシルエットが徐々にはっきりしていく。
「総ちゃん……?」
中学校の制服である学ランに身を包んだ、お隣のお兄ちゃんがそこにいた。
成瀬総一郎――総ちゃんは、三佳ちゃんや亮ちゃんの八歳年上のお兄ちゃんだ。お隣さんだし、幼なじみの兄なので顔を合わせることはあるが、実はそれほど親しくない。
見栄えのいい成瀬きょうだいの中でも、長男の総ちゃんは群を抜いている。六歳の私にとって、総ちゃんは年の差以上に立派な大人だった。さらに彼は、気軽に声を掛けられるほど愛想がよくないため、せいぜい挨拶する程度の仲でしかない。
それでも、この危機的状況での見知った人物の登場に、ホッとした私から力が抜ける。
「その子をどうするつもりだ?」
総ちゃんが眼光を鋭くした瞬間、おじさんの喉からヒイッと奇っ怪な音が漏れた。
総ちゃんは中学生ながら、おじさんよりも背が高かった。おまけに、体つきもガッチリとしていて、おじさんを相手に喧嘩をしても負けそうな気配がない。
あとで知ったことだが、総ちゃんは子供の頃から武道の心得があった。日々肉体を鍛錬している少年と、小学生をコソコソ連れ去ろうとする中年オヤジとでは、力の差は歴然としていたのだろう。
「くそったれ!」
自分が不利だと本能的に察したおじさんは、掴んでいた私を総ちゃん目がけて投げつけた。
「――っ!」
ブンッと周囲の景色がすごい速さで移動して、またもや声が出なかった。
スローモーションになる視界に映ったのは、大きく広げられた両手と、制服の金ボタン。
次の瞬間――全身を包み込んだあたたかさを、私は今でも覚えている。
かなりの勢いでぶつかったはずが、不思議と痛みはなかった。私を受け止めた総ちゃんの身体はうしろへ傾き、尻もちをつく。
一方のおじさんは、一目散に車まで戻ってその場から逃げようとしていた。
「待て……!」
総ちゃんは、あとを追うためにすぐさま立ち上がろうとしたのだけれど、それを制したのは他ならぬ私だった。
「総、ちゃ……」
総ちゃんが離れてしまうことに漠然とした不安を感じて、必死にしがみついた。
「こ、こわかった、よう……」
このときになってようやく、頭の中にお父さんとお母さんの顔が浮かんだ。もしも連れていかれたら、両親にも友達にも、二度と会えなかったかもしれない。
すぐそばにある総ちゃんのぬくもりだけが、自分が無事だと証明する唯一のものだった。
ぼろぼろと涙を零しながら震えていると、ふたたび力強い腕に抱き締められる。直後、私たちのすぐ脇を、急発進した車が走り去った。
「――もう、大丈夫だ」
車の音が遠くなった頃、総ちゃんの大きな手が私の頭を優しく撫でる。
ゆっくりと顔を上げると、優しい笑顔の総ちゃんが、すぐ近くから私を見下ろしていた。
悪の手から自分を救ってくれた、正義の味方――私には、そう見えた。
「怖かったね。怪我は、していない?」
おじさんに凄んでいたときと違う穏やかな声に、かあっと全身が熱くなる。
「今日は、亮次郎と三佳は一緒じゃないの?」
問いかけに、無言で首を縦に振る。さっきまでの恐怖ではなく、別の緊張から言葉が出ない。
弟たちの不在を知った総ちゃんの眉間には皺が寄る。
「そうか……なら、念のために二人も迎えに行くか――」
「イヤッ!」
総ちゃんの言葉を食い気味に遮った。
「大丈夫だよ、先に家まで送るから」
「イヤだ! 総ちゃんと、一緒がいい!」
ぎゅうっと、総ちゃんの身体に抱きつく手に力を込める。
置いていかれるという不安もあった。でもそれ以上に、総ちゃんが弟と妹を心配しているのが、嫌だった。
私はひとりっ子で、総ちゃんのように自分を守ってくれる兄はいない。三佳ちゃんと亮ちゃんは大好きだけれど、それだけは妬ましかったのかもしれない。
総ちゃんには、近寄りがたいという印象もある反面、惹かれていた。
三佳ちゃんの家に遊びに行ったとき、総ちゃんがいるといつも緊張する。たった一言挨拶するだけなのに胸がドキドキして、素っ気なくとも返事をしてくれるとホッとした。
私には無愛想な総ちゃんだけど、弟や妹と接するときには空気が変わる。赤の他人と家族では態度が違って当たり前なのに、自分だけが仲間外れにされている気がして嫌だった。
「あのね、亮次郎と三佳は、俺の大事な弟と妹なんだよ?」
「三佳ちゃんと亮ちゃんはいつも一緒だから、大丈夫だもん!」
わざわざ行かなくても、双子はいつもセットで行動している。だったら総ちゃんは、私のそばにいてくれてもバチは当たらないだろう。
大人になった今ならば、総ちゃんが自分の弟妹を案じる気持ちがわかる。だけど、このときの私は本当に子供だったから、そんなことを考える余裕もなかった。
三佳ちゃんや亮ちゃんのように、私も仲間に入れてほしい。
それだけじゃなくて――
「総ちゃんは正義のヒーローだよ。お願い、総ちゃん。私を守って」
恐怖体験をした直後だったからだろう。
ヒーローを、本気で、自分だけのものにしたかった。
「もちろん守ってあげるけど、あいつらのことも心配なんだよ」
それでもなお困った顔をする総ちゃんに、余計に腹が立つ。
「だったら私も、総ちゃんの妹になる!」
精一杯背伸びをして、総ちゃんの綺麗な顔にこれでもかと近づいて、私は必死にお願いした。
「私だって、総ちゃんとずっと一緒がいい。三佳ちゃんには亮ちゃんがいるのに、私には誰もいないから、総ちゃんだけは私のそばにいてほしいの」
大きく見開かれた総ちゃんの瞳に自分の顔が映る。
勢いに押されたのか、総ちゃんの目線が宙を彷徨うのがわかった。心なしか、顔が赤くなっていたような気もする。
「別に妹にならなくても、守ってもらう方法は他にも……」
「じゃあ教えて! 私、なんでもするから!」
ぼそぼそとした呟きにも即座に反応するくらい、私は真剣だった。
そんな必死さが、通じたのかもしれない。
しばらく黙り込んでいた総ちゃんだけれど、やがて、意を決したように口を開く。
「それなら――」
続いた言葉に、私は迷いなく首を縦に振った。
それが、今日まで続く、長い長い束縛生活の始まりとも知らず――
第一話 その男、過保護につき
あれから、十五年の歳月が流れた。
――困ったことになったな……
短大卒業後に就職をした私は現在、社会人一年目の二十一歳。仕事帰りに同僚と食事に行くのもよくあることで、今日も先輩に誘われて近くの居酒屋へとやって来た。
成人しているのだから、お酒を飲むことに問題はない。困っているのはこのシチュエーションだ。
私たちの向かいには、知らない男の人が座っている。それも、横並びにずらりと七人。
「ちょっと、三佳ちゃん。これって、合コンじゃない?」
ヒソヒソと右隣に座る同僚の成瀬三佳に声を掛ける。三佳ちゃんは、家が隣同士で幼なじみの、あの三佳ちゃんだ。
長い年月を過ごしても私たちの友情は変わらない。小中高、短大と同じ学校に通い、選んだ就職先も同じ――まあ、そこには友情以外の、ちょっとした思惑もあるのだけれど。
とにかく私たちは、「姉妹」のように育った仲である。それこそ、置かれている境遇も同じ。だから、もちろん三佳ちゃんもこの状況に驚いていると思いきや、意外にも彼女に動揺している素振りはない。
「そうね。これで合コン以外だったら、逆にビックリよね」
彼女の返答を聞いて、改めて違和感に気づいた。
三佳ちゃんの服装が、今朝出社したときと変わっている。通勤時に比べて明らかにアクセサリーが多い。お化粧だって、仕事終わりなのにテカりもなくバッチリだ。
「三佳ちゃん、もしかして知ってた……?」
「当たり前よ。今日の発起人は七緒さんなんだから」
澄ました笑顔の三佳ちゃんは、自分の右隣へと視線を移す。そこには、最近婚活に力を入れている先輩が座っている。
「七緒さんの招集なら合コンよね。まあ、初海ちゃんには意図的に隠してたけど」
「……なんで?」
「そりゃあ、今みたいに緊張するからに決まってるじゃない」
三佳ちゃんの視線が、膝の上でガチガチに固まっている私の手へと移される。
たしかに合コンは得意ではない。小中学校は共学でも高校以降は女子校育ちで、飲み会に参加するようになったのもつい最近なのだから、こういうシチュエーションに慣れていないのは当然だろう。
――だけど、緊張しているのはそんな理由ではない。
「このことは、許可、取ってる?」
私がなにに不安を感じているのか、わからない三佳ちゃんではないはずだ。
私たちが合コンに参加していることを、「あの人」が知っているかどうか――
「許可なんて取るわけないじゃない。情報が漏れないように、今日まで黙ってたのよ」
悪びれた様子もなく、三佳ちゃんはジョッキに口を付けた。
「確信犯かい!」
思わず声が大きくなったけど、掴みかからなかっただけでも褒めてもらいたい。
「ヤバイよ。この状況は、非常にヤバイよ!?」
「――あのね、初海ちゃん」
喉を潤した三佳ちゃんは、静かにジョッキをテーブルに戻す。
「飲み会に参加するのに、いつまでも保護者の許可が必要なんてのがおかしいの。私たちはもう、社会人なのよ?」
ふう、と一息吐いて、三佳ちゃんはその大きな瞳で前を見据える。
正面の男性を睨んでいるのではない。彼女が見ているのは、ここにはいない相手だ。
「今までどれだけ私たちが抑圧されてきたと思ってる? 碌な恋愛経験もなくて、人の話ばかりを聞かされて。彼氏ができたとか、親に内緒で旅行に行ったとか、初エッチは彼の部屋とか……他人の恋バナは、いい加減うんざりなのよ!」
――あ、これはマズイ。
ジョッキを握る手が小刻みに震えている。これは、話している間に、怒りに火が点いてしまったパターンだ。
「私だって、彼氏のひとりや二人ほしいの! あの男が不在の今こそが、私たちに与えられた最高のチャンスなのよ!」
周囲を窺ったところ――熱弁を振るっていた三佳ちゃんは、多くの男性の注目を集めていた。
どれだけ合コンに気合いを入れているんだと、はっきり言ってドン引きだ。
だけど、ここが三佳ちゃんのすごいところでもある。
「やだ、私ったら気合い入りすぎ! 恥ずかしい」
さっきまでとは打って変わった、鈴を転がすような愛らしい声と笑顔。思いきり顔を赤くして慌てる様に、周囲からは自然と笑いが起こる。
ただのぶりっ子なら反感を買うが、三佳ちゃんは見事にドジっ子を演じてみせた。
三佳ちゃんの可愛さは、相変わらず健在だ。わざわざ合コンに参加しなくとも、彼女と付き合いたい男の人は大勢いるだろう。
それなのになぜ、彼女の恋愛経験が乏しいかといえば、彼女の家族――とりわけ兄弟が、過保護だから。
末っ子で唯一の女の子が目立つほど可愛いのだから、心配になるのも無理はない。毎日の登下校は双子の兄の同伴が当たり前。部活もバイトも、もちろん禁止。交友関係も厳しくチェックされて、友達の家に泊まりに行くにも兄たちの許可が必要だった。
女子校に通ったのも、彼らの強いすすめがあったからだ。成長につれて監視の目が行き届かなくなるのを危惧していたに違いない。
子供の頃に総ちゃんに対して『妹になりたい』と駄々をこねたせいで、私も同等の扱いを受けてきたのだが、大人になった今では自分にそんな価値がないことも理解している。
だって、三佳ちゃんに比べれば、私はいたって普通なのだ。
取り立てて不細工ではない、と思う。少々垂れ気味でも、ぱっちりとした目は自分でも気に入っている。童顔で背も低いけど、胸の大きさだけは三佳ちゃんに勝っているから、一部のマニアには受けがいいだろう。
今も、三佳ちゃんには男性陣からお声がかかっている。これだけ可愛い子が『彼氏がほしい』と公言しているのだから、男性陣は、俄然やる気になるだろう。
勘違いしてほしくないのが、私は三佳ちゃんにコンプレックスがあるわけじゃない。
三佳ちゃんは、私の自慢の親友だ。だから、恋人がほしいと望むなら、このチャンスにその願いを叶えてほしい。
就職をして、実家を離れて、仕事帰りの飲み会にも参加できる。同僚たちとも気兼ねなく外出して――いちいち詮索されないこの自由を、ずっと手にしていたい!
祝・解放! ビバ・自由!
だからこそ、無断で合コンに参加したなんて、「あの人」には絶対に知られてはならない。
――まあ、そう簡単にバレることはないと思うけど……
それでも、一抹の不安が拭いきれないのはなぜだろう?
「難しい顔しているけど、なにか考え事?」
ふと気がつくと、私の前にはさっきとは違う男の人が座っていた。
垂れ目の私は普段から困った顔に見られる。考え事をしているときは特に顕著で、三佳ちゃんからよく注意をされる。
「もしかして疲れてる? そうだよねぇ、お仕事お疲れさま」
彼は置いたままの私のジョッキを持つように促し、自分のグラスを軽くぶつけた。
「明日は休みなんだし、嫌なことはパーッと飲んで忘れないと!」
「え、ええ……そうですね」
目の前の彼はすでにアルコールが回っているようで、テンションが高すぎて正直ついていけない。
――それに、なんでわざわざ私に話しかけるんだろう?
私の横には三佳ちゃんがいるのに、と横目で確認して納得した。彼女の前にはすでに人が集まっている。
「俺、君みたいな大人しい子のほうがタイプなんだよね」
さしずめ、人気が集中している三佳ちゃんを早々に諦めて、あぶれた私に流れてきたというところか。
三佳ちゃんとの対比で大人しそうだと言われがちな私だけど、実際はいつも無口でキョドっているわけではない。合コンよりも気になることがあるから黙っていただけで、心の中ではあれこれと突っ込んでいるわけだし、男の人と話すのが苦手なんてこともない。
「さっきから全然飲んでないけど、もしかしてビールは苦手? だったらこっちを飲んでみなよ」
そう言って彼は、持っていたグラスを私にすすめてきた。
「カクテルなんだけど、口当たりがいいから飲みやすいよ。せっかくだから、親睦を深めようよ」
居酒屋の大きめのグラスに並々と注がれたオレンジ色の飲み物は、見た目は普通のジュースに見える。
人当たりの良さそうな彼の笑顔に、胡散臭さは感じない。それに、合コンだからといって、彼氏探しを目的にしなくてもいい。新たな交友関係を開拓するために楽しんでもいいはずだ。
「そうですね、じゃあ――」
改めて、乾杯しようとしたときだった。
「――飲むな」
低く響いた声と共に、通路と座敷を隔てていた襖がスパンと開く。
聞き覚えのあるその声に、私の身体がピシリと固まった。
開いた襖は私の左側にあるのだが、怖くてそちらを見ることができない。わざわざ見なくとも、流れてくる冷気のようなものが顔の半分にひしひしと伝わってくる。
だから仕方なく、反対側の三佳ちゃんのほうを向いた。そこで、さっきまで楽しそうに談笑していた彼女の顔が青くなっているのを見て、確信した。
――そこには、絶対に会いたくなかった人物が、いる。
しばしの静寂のあと、三佳ちゃんの絶叫が響く。
「ぎゃあああっ! お、おに……な、なんで!?」
――鬼ではない、お兄ちゃんだ。
観念して振り向いた先には、大男が立っていた。
「そ、総ちゃん……」
総ちゃんとは、幼い頃に私を助けてくれた、あの総ちゃんだ。
いつの間にかデフォルトになった銀フレームの眼鏡の奥で、少し吊り上がった切れ長の目が私を見てさらに細められる。
紅顔の美少年だったのは遠い昔。以前から武道を嗜んでいた総ちゃんは、あれからさらにその道を極め、すっかり筋骨隆々とした大男になっていた。
緩いくせっ毛の黒髪を撫でつけたオールバックに、屈強で筋肉質な身体に似合うよう仕立てられたオーダーメイドのイギリス製のダークスーツ。
よく通った鼻筋とふっくらとした唇は、人目を惹く美形であることに間違いない。
間違いはないのだけれど、兎にも角にも愛想がない。
普段から仏頂面だけど、さらにこの状況に余程お怒りな様子で、全身からブリザードを吹き荒れさせている。
「亮次郎の仕業ね……!?」
三佳ちゃんの声に反応して、大男の背後から穏やかな笑みの青年がひょっこりと顔を出した。
「ごめんね。でも三佳だって合コンのことを黙ってたんだから、おあいこだよね」
テヘッと舌を出した顔は三佳ちゃんとよく似ている。成瀬家次男の亮次郎は、三佳ちゃんの双子の兄。
二卵性とはいえ、基本的に二人は顔の造りも雰囲気もよく似ている。成瀬家のきょうだいの中で長兄だけが、悪の元締めみたいな風格なのだ。
その仏頂面の長男は、しばらくジッと周囲を見回していると思ったら、俊敏な動きで私のグラスを取り上げた。
「男にすすめられたものを、なんの躊躇もなく飲もうとするな」
「な……っ!?」
――いきなり出てきて、飲み物にまで制約をつけるの!?
「私だって、もう大人なんだからお酒くらい飲めるし!」
カクテルなんかコンビニでも売っているし、飲み会だって今日が初めてでもない。
総ちゃんは私の抗議などどこ吹く風といった具合で、グラスに鼻を近づけた途端に眉間に皺を寄せる。
「この酒は見た目に反してアルコール度数が高い。それに、どこかの輩がさらに酒を追加していないとも限らない。そうなったら、慣れていない初海は一撃で潰れるぞ」
「え、そうなの!?」
「本当だ! 彼のうしろに酒瓶があるね。ウォッカベースのカクテルに、さらにウォッカを追加したのかな?」
総ちゃんの陰から身を乗り出した亮ちゃんが、男の人たちの背後をまじまじと覗き込む。
「気に入った女の子に強いお酒をすすめて、酔い潰れたところをお持ち帰りする……よくある昏睡レイプの手だね」
にこやかな亮ちゃんから飛び出した物騒な言葉に、その場にいる男女共に顔色が変わった。
「……や、やだなぁ! そんなこと、するわけないじゃないですか」
アハハと乾いた笑いを漏らしながら、目の前の彼が身体をずらしてなにかを隠そうとしたのを、私が見逃すことはなかった。
だって、あからさまなんだもん。これでは、どうぞ疑ってくださいと言っているようなものだ。
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